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お稲荷様の天気雨。  作者: 高橋ルイ
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1.「ミタマ」

 ちゅんちゅんとスズメが、鳴く休日の爽やかな朝。

 澄んだ朝の匂いに、いつもなら俺は心地よく眠っていた。そう、いつもなら。

 ゲシッ!バキッ!ドスッ!

 ミタマのかかと落としが俺の腹に炸裂する。


「グハッ!」


 しばらくミタマと過ごしてわかったことだが、ミタマはどうも寝相が悪いらしい。

 どう足掻いてもいつもそのちいちゃい脚を俺にぶつけてくるのだ。

 断ろうにも添い寝を求めるミタマの可愛さにはどうやっても勝てるはずがない。

 だから俺の朝はいつも腹キックから始まる。


「ミタマ……はぁ……」


 これの一番タチの悪いところは本人には悪気が一切ないということだ。もう怒りも湧いてこない。

 これの所為か、最近早く起きることが習慣づいてしまった。これはいいことなのか悪いことなのか。


 朝のコーヒーで十分に目を覚まして俺は朝食を作る。

 朝ごはんは適当に冷凍ご飯を解凍して、ベーコンエッグとインスタント味噌汁を二人分作る。

 すると、目をこすりながらミタマがリビングにやってきた。


「ふわぁ〜……お、いつも貴様は朝食が早くて助かるのぅ」


 ミタマは食卓につき、俺と手を合わせる。


「「いただきます。」」


 ミタマは食事の時、すごく美味しそうに食べてくれる。

 美味しそうに食べるミタマの顔は愛おしい。嬉しそうな顔で、そのもふもふとした尻尾をブンブンと振らすのだ。


「なぁ貴様よ」


「なんだ?」


「せっかく休みなのじゃし外にでも行かぬか?」


 ミタマはちょくちょくイラっとくるところもあるが、基本的には俺のいうことを聞いてくれるし可愛らしいところもある。そんなミタマの願いは聞いてやりたい。


 ということで俺とミタマは朝食を食べ終え、街を歩いていた。


「何処か行きたいところがあるのか?」


「いやの、現代ではどんな町となっているか気になってな」


 ミタマはよく現代のことについて興味を示す。

 漫画、アニメ、ゲーム……その中で特に衝撃を受けたらしいのが食なのだそうで、100年前の食事を今の食事と比べると「まるで固っ苦しいだけの文章のワンパターン恋愛小説」だそうだ。

 ミタマは偏食家というわけではないが、かなり食にはうるさい。逆に昨日の残り物とかで同じのだったりすると小言が絶えない。

 まぁ、そんな欠点を帳消しにしてしまうほど、食べている姿が愛おしいのだが。


「肉!肉じゃ!新鮮そうなお肉じゃ!」


 ミタマは肉屋に並ぶ肉を見てガラス越し、見た目相応の子供のように幼くはしゃいでいる。

 それを見た肉屋の森さんは俺に気付き、笑いかける。


「おっいらっしゃい秋山さん!可愛いねぇ、娘さんかい?ははっ!」


 娘……ではないが、説明したら絶対ややこしいことになる。俺はどう説明しようかと迷っていたが、ミタマが巫山戯たことを言う。


「娘?笑わせるでない、こやつは妾の花婿じゃ!」


 突拍子もない発言に俺は言葉を失う。

 森さんも少し固まったがしばらくするとハッハッハ、と笑い出す。

 だが、けしてバカにするような笑いではなかった。


「そりゃいい、どうか末永くお幸せにな!」


 森さんは喋らなければ怖く見えるのだが実際話すと温厚篤実な人だ。

 おそらく子ども特有の『お父さんと結婚する!』とかそういう風の言葉に認識しているが、その上でミタマを傷つけないようにああ言ったのだろう。

 本当、いい人だ。

 とりあえず今日の晩御飯に使う鶏もも肉だけ買った。


「毎度あり!あっ、これも持ってけ!」


 なんと、手羽先をおまけしてもらった。

 ミタマは目をキラキラさせて、ありがとうなのじゃ!とお礼を言った。

 森さんは満足そうだ。


 買い物も終わったので、商店街をミタマと観察しながら家に帰る。

 家に帰ろうしていると、俺の数少ない友達の本間と会った。


「あっ秋山、奇遇だね」


「買い物か?本間」


「そそ、今終わったとこ」


 本間は同級生で中高が一緒の俺の悪友とも言うべき女友達で、恋愛感情も何も無いただの友達だ。30を過ぎた今でも時々ゲームをして遊んでいる。

 すると、彼女はミタマに気づいたようだ。


「......お?この可愛い娘は誰?」


「俺の姪っ子だよ、最近預かってんの」


 本間はミタマの方を向き、膝を曲げてミタマの高さに合わせる。


「ミタマちゃん。こんにちは、アタシは”本間ほんま 優里ゆり”。よろしくね!」


「あ、えと、よろしく......なのじゃ」


 ミタマはなんだかたじろいだ様子で、だんだん語気が弱くなる。

 気圧けおされているのとはどこか違うような、明らかに様子がおかしい。


「ありゃ、怖がらせちゃったかな」


「い、いや!そんなことはないのじゃ!し、心配かけてすまんかったの!!」


 ミタマはまるで取り繕うように、弱い語気を誤魔化すように、声を無理やり絞り出す。


 ミタマが少し気になったが、久々に本間と話したので俺らは話を弾ませる。

 最近のゲームの話、今期のアニメの話、最近彼女はいないのかという話。

 いろいろな話をして、それはそれは話が弾んだ。


「お前そろそろ彼女とか作んねぇの?そろそろやばいんじゃね?なんなら......アタシが付き合ってやろうか?」


 本間はからかうように俺に思ってもないであろうことを言う。

 すると、ミタマは頬を膨らませて今にも泣きだしそうな顔になる。


「思ってもないことを.....ミタマ?どうしたんだ?」


「............なんでもないのじゃ」

 

 ぷい、とミタマは顔を背ける。

 _____熱くなった目頭から零れ落ちた、その雫を誰にも見られないように。


 本間は優しい声でミタマに言う。


「......そっか、ミタマちゃんは秋山のことが大好きなんだね」


「別に……こやつのことなんか好きじゃないわい」


「言いたいことはちゃんと言わないとダメだよ、いつ言えなくなるかもわからないんだから」


 ミタマはその言葉にピクリと反応する。

 泣き腫らしてぐしゃぐしゃになった赤い顔を、うつむいたままでもこちらに向けて心の内をさらけ出す。

 それは今まで感情を抑え込んでいたものが決壊し、溜まり切ったものが溢れ出すような吐露だった。


「......ほんとは......本当は大好きなのじゃ......!!それこそ、一生を尽くしてしまえるほど......!でも......こやつが......!......こやつが妾以外の女と楽しそうに話しているところを見ていると......どうしようもなく胸の奥が締め付けられて、苦しくなるのじゃ......。仲のいいただの友人ということは理解しておる。理解しているはずなのに......いや、理解しているからこそ、こやつが妾以外の女と喋っているのが苦しいと言い出すことに嫌気が差して、そんなことを考える妾自身にも嫌気が差して......それでもこの苦しさが消えなくって......!この感情はどこにやればいいのじゃ......!?今、これを言葉として伝えている妾も嫌じゃ!!だって......だって......!!おぬしはただこやつと仲良くしてくれているだけなのに.....!!!」


 本間はミタマの言葉のすべてを受け止めた上でミタマに言う。


「苦しいのに話してくれてありがとね。そして、さっきはミタマちゃんを苦しめるようなこと言ってごめんね。」


「違うのじゃ!おぬしは何も___」


 本間は言葉を遮るように、ミタマの口に人差し指を添える。


「私が悪いったら私が悪いの。あと、人の話は最後まで聞くこと。」


「......はい。」


「だから、私が悪いんだからミタマちゃんは申し訳なさそうにしてないで堂々としていればいいの。」


 バツが悪そうなミタマを励ますように、「ミタマは悪くない」ということを認識させるように少々語気を強める。


「まず、私は秋山の友達であって恋愛感情は一切ない。そうよね?」


「あ、ああ。」


 ミタマの衝撃的な告白もあって、俺は突然話を振られて動揺した。


「ね?だから、ミタマちゃんは秋山と添い遂げることができる。どうせこいつ彼女なんか作ろうともしないからね」


「うるせーな、まぁそうだけど」


 その言葉を聞いた瞬間、ミタマの顔が晴れる。


「......ほんとか?本当に貴様は女と付き合ったりしないのかの?」


「......そうだよ」


「......貴様は妾だけが好きなのかの......?」


「......」


「......嫌いか?」


「......ッー!!だーァもう!嫌いじゃねぇよ好きだよ畜生!!」


 前回は酒の勢いで出ただけの本心、今回は酒の勢いでもなんでもなく素面の、心の底から出た好きの言葉。


 すると、商店街中から拍手が響き渡る。

 ふたりを祝福するような拍手にハッとして、流石に恥ずかしくなる。

 俺らは近くのファミレスに逃げ込むように入った。


「なにはともあれ、ミタマちゃんが元気になってよかったよ」


「おぬし。さっきは一方的に感情をぶつけてしまってごめ......いや、受け止めてくれてありがとうなのじゃ」


 明るくなったミタマの顔を確認し、本間はニカッと笑う。


「あと、私からミタマちゃんに一つアドバイス。こいつ相当な奥手だから、不安になったらああやって感情を確認するといいよ。ついでに粘着質だからそんなんで熱が冷めるような奴じゃないし」


 冗談交じりに本間は言うが、ミタマはちょっと信じているような気がする。


「なにせこいつ、高校で同じだっただけの先輩に10年間片思いしてて、結婚報告を聞くまであきらめなかったんだよ。そのくせ一回も話しかけれなかったんだから」


 俺としては当時とてつもなくショックな出来事だったというのにこいつは平気で笑いものにしやがる。


「うるせぇ!!」


 そんな調子で楽しく話していたら、もう帰る時間になってしまった。


「今日はありがとね、ミタマちゃん!......と秋山」


 本間は俺たちを見送る。


「こちらこそなのじゃ!」


「クソッ、ついでみたいに言いやがって」


 でも、ミタマのケアをしてくれたのは本当に感謝している。

 本間のああいうところが俺は好きだ。もちろん恋愛感情などではなく、親友として。

ミタマをウザ可愛いキャラにしようとしたら、なぜかそこには純粋に可愛いのじゃロリがいました。なんでぇ?

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