表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お稲荷様の天気雨。  作者: 高橋ルイ
1/4

0.「お稲荷様」

単発のつもりの短編でしたがミタマとの日常をもっと書きたくなったので連載にしました。

 俺の実家には神社がある。といっても田舎にあるような古さびた末社まっしゃだが。

 今日はその実家に住んでいた親父が死んでから、誰も掃除する人がいなくなったので掃除しにやってきたのだ。


「なるほど......こりゃ酷いな......」


 親父が死んでから一年経った。

 幼い頃に何度か見たことのある、鳥居の先に小さいほこらだけがある小さい神社。

 一年も掃除されていない神社はとてもとても酷い有様だった。

 鳥居は錆びて苔が生えていて、玉緒の縄は千切れかけている。


「うわぁ、これは酷いな……ん?」


 末社の横隅に狐の尻尾のようなものがあったので引っ張ってみる。

 するとそれは狐ではなく、狐のような耳と尻尾、狐のお面をつけ、如何にもな紅白の和服を着た幼い少女だった。


「ふぎゃっ…!」


 狐の少女と顔を見合わせる。



……




「掃除とは感心感心!わらわはこの神社の神なのじゃ!」


「神ねぇ……」


 狐の少女はそれらしい態度で境内に居座り、頬杖をついて蹲踞そんきょのように座っている。


「如何にも!妾こそが豊穣の神、稲荷神いなりしんなのじゃ!貴様の畑に繁栄が訪れるやも知れぬぞ?」


「畑なんて持ってねぇよ」


「なぬ!?男なのに畑の一つも持っておらぬのか!?」


 豊穣神の名に恥じない豊かな胸を揺らし、稲荷神は偉そうに講釈を垂れる。

 しばらく話を聞いていると、18年前にお袋は無くなってしまって最近では親父しか世話してくれる人がいなかったらしい。


「ところで貴様、最近貴様によく似た信仰者を見かけないのじゃが……」


「ああ親父か。死んだよ、去年に。」


 その言葉に稲荷神が反応して、動きが一瞬止まる。


「え…はっ…ふへ…」


「お゛ぁ゛ぁ゛あ゛〜!」


 稲荷神は突然苦しみだし、ジタバタとしながら倒れ込んだ。

 へなへなと濡れた犬のような顔で、ポロポロと泣き出す。


「あやつが唯一の信仰者じゃったんに……妾は信仰者がいないと消えてしまうのじゃ、通りで最近体がだるいと…引きこもってから飲まず食わずでこちとら皮一枚の空腹なのじゃあ…」


「皮一枚でヒキニートかよ」


 なんだか可哀想だ。


「貴様、妾を家に住まわせてくれぬか?」


 少女一人養うくらいなら容易いくらいの収入はある。だが、住所不定、年齢不詳、戸籍不明、狐の耳と尻尾。少女の姿から誘拐が疑われるかもしれない。

 考えれば考えるほど問題が湧いて出てくる。だが親父を亡くしてしまったことには同情できる。


「……わかった。ただ俺のいうことはちゃんと聞いてくれ。」


「んお?」


 俺はひとまず被っていた帽子を稲荷神に被せて狐耳を隠す。


「絶対に取るなよ。」


「なんだか汗臭くて嫌じゃなあ」


「ここに置いてってやろうか!」




……




 俺はとりあえず自宅に連れ帰るべく最寄りの駅へと向かった。

 稲荷神は少し困惑しつつも意外に俺のいう事を聞いてくれて、ちょいちょい目移りしながらも利口についてきてくれる。

 切符を買って、ガタンガタンと単調なリズムで刻む電車に乗る。


「ほぉ〜、これが最近の交通手段なのか。便利ではあるがいくつも行き先があって面倒じゃのう」


「まぁ否定はしない」


 稲荷神は椅子に膝をついて座り、スカートの下に隠れた尻尾を嬉しそうに振りながら外の風景を眺めている。

 休日の電車なのでやはり人はそれなりにいて、今どきに珍しい和装と、この場にそぐわない雰囲気からか少し目立っていた。


「なぁ、どうにかその身長…とまではいかなくとも耳と尻尾はどうにかできないか?」


 稲荷神が頭を悩ませる。


「妾にもっと信仰者がおれば変化の術も容易いのじゃが、生憎今は信仰者が一人しかおらんからな」


「こればかりは致し方なしか」


 信仰を増やそうにもこんな姿では神様だと信じて貰えないだろう。


「あ、そういえば名前を聞いてなかったな」


「確かに名乗っておらんかったな。妾の名前は”宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみ”。貴様は?」


「俺は”秋山大吾あきやまだいご”だ。にしてもお前名前長いな…うかのみたまのおおかみ…省略しておおかみ…いや….うかのみたま…みたま…そうだ、”ミタマ”なんてどうだ?」


「妾の高潔な名を省略するでない!と言いたいところだが、確かに呼びづらいな。ミタマ、この名前で妾を呼ぶことを許そう!」


 そんな話をしているうちに、まもなく目的の駅に到着するというアナウンスが流れる。


「ほら、そろそろ着くから靴を履け。」


 ミタマは名残惜しそうに風景を眺めるが、仕方なく靴を履いて席を立ち、扉の前に立つ。

 駅に着いたというアナウンスが流れ、自動ドアが開く。


「今では扉が自立して開くんじゃなぁ、便利になったものじゃ」


 ミタマはしみじみと文明の移り変わりを実感し、電車を降りる。


「おばあちゃんみたいなこと言うなお前」


「実際、妾は400歳じゃからな。100年前くらいに信仰が不足気味になってからずっと祠に篭っておったのじゃ」


「年寄りの上に引きこもりかよ」


「さっきから失礼じゃな!貴様!」


 流石にミタマの着ていた和服は現代では目立つので服を買うことにした、ユニ○ロで適当にミタマのサイズに合った服を買い揃えた。

 白の簡素な無地のパーカーに尻尾を隠すカーキのタイトスカートに白のスニーカー、そして耳を隠すためのグレーのキャップ。

 適当に選んだはずなのになぜだか似合ってしまう、顔はいいからだろうか。


「これが最近のふぁっしょん?とやらか、新鮮で良いのじゃ」


「お気に召して何よりだ…..っと、もうお昼だな。今日は外食しようか」


 昼はサイ○リヤで済ませることにした。

 100年間食にすら触れなかったミタマにとっては、洋食も新鮮に感じるらしい。


「美味!美味なのじゃ!これ本当に好きなだけ食べてもいいのかの!?」


 安価だったので選んだが、これも満足そうで何よりだ。


「ああ、好きなだけいいぞ」


 軽々しく好きなだけなんていってしまったが、俺はこの言葉を強く後悔することとなる。

 100年間飲まず食わずの空腹、その恐ろしさをご覧あれ。


「すみませーん!こっからここまでお願いしますなのじゃ!!」


 !?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?


「あっちょっやめ」


 100年間の空腹、その食欲は伊達ではない。それは一週間の平均男性のカロリー摂取量を優に超えるような量だった。それなのにも関わらず、ミタマはペロリとそれを平らげて見せたのだ。

 震えが止まらない。

 安価だったから選んだはずのサイ○リヤ、そのレシートの長さとそこに書かれていた情報を、俺の脳が理解を拒んだ。


「俺の一ヶ月分の給料が……」


「あー、えと、その、なんじゃ……悪かったな」


 ミタマは申し訳なさそうに満腹の腹をさすっている。


「いや、いいんだ……俺が好きなだけって言ったしな……」


 言葉の上では強がっていてもやはり、はたから見るとものすごく落ち込んで見える。

 ミタマは申し訳なさそうに縮こまっている。


 俺はトボトボと自宅に戻り、そのままベッドに倒れ込む。


「あっその、えっと……」


「悪い、放っておいてくれ」



 「完全にやらかした……」そう思ったミタマは罪悪感と焦燥感から思い切った行動に出てしまう。


「!?何して…」


「そ、添い寝じゃ……昼は好き勝手食べて悪かったからな……」


 ミタマは優しく包み込むように俺の体に手を回す。

 小さい体からは信じられない包容力で俺は意識が溶けた。

 あぁ、暖かい。



 ……



 気づけば7時間も寝てしまっていて、時計の針は20時を回っていた。


「不貞寝のつもりだったのにこんなに寝てしまうとは……」


 ミタマはまだ眠っていて、買ってやったパーカーが着崩れて谷間を晒している。

 気の抜けた寝顔に見惚れていると、ミタマが寝返りを打つ。


「黙ってれば可愛いんだよなこいつ」


 そんなことを言っていると、ミタマは目を覚まして目をこする。


「おや、寝てしまっていたか……」


 先程まで落ち込んでいた俺だが、一回寝て冷静になった頭とミタマの可愛さで全て許してしまった。


「そういえばさっきはよく見ておらんかったが、人間の家もずいぶん変わってしまったもんじゃの。」


 ミタマは部屋を見渡して、色々な物に目をつけた。


「この黒い板はなんじゃ?」


 ミタマはパソコンに興味を示したらしい。

 パソコンを開くとロック画面が浮かび上がる。


「う、薄い板の中に人が!人が!?」


「リアルでそんなセリフを聞くことになるとは……」


 ミタマは文明の利器に驚き、ペタペタと画面を触っている。


「そういえば、今の世の人はどんな書物を読んでおるのじゃ?」


 ミタマは俺の部屋の本棚に手を伸ばす。


「あっ!ちょっ…まって!?あぁ…っ!!」


 まずい……あの棚は……

 パラ……ページをめくった瞬間、ミタマがボンっと顔を赤く染める。


「そ、そんなとこまで…….びゃあぁぁぁ……っ!破廉恥!破廉恥なのじゃ!」


 俺はもう顔を手で覆い隠すしかなかった。


「頼むから……見なかったことにしてくれ……」



 ……



 あれこれ振り回されているうちにあっという間に23時を回っていた。

 俺はいつも通り晩酌をしていた。

 そんな酒を飲む俺をミタマは羨ましそうに見つめて、唾をゴクリと飲んでいる。


「美味しそうに飲みおって…妾にもにも飲ませい」


「いいけどミタマ、炭酸大丈夫なのか?」


「うっ…」


 ミタマはしゅんとして目を潤ませてしまう。


「わかったわかった、ミタマにも飲めるやつが確かここらへんに……あった。」


「なんじゃそれ」


 俺は紙袋から日本酒の瓶を取り出す。


「日本酒、お米のお酒だよ」


 ミタマのグラスにトクトクと日本酒を注ぐ。

 クイっとミタマが日本酒を飲みこむ。


「…甘い!甘いのじゃこれ!もう一杯注いでおくれ!」


「ミタマは酒強いのか?」


「馬鹿にするでない!豊穣の神じゃぞ!強いに決まっておろう!」


 ミタマは結構イケるクチのようで、グイグイと日本酒をもう一杯飲みほした。

 結果……….酔った。


「もっとぉ〜もっとおくれぇ〜」


「完全に酔ったなこいつ、ほらもう寝てこい」


 ミタマは呂律が回らないまま一升瓶を抱えてふわふわとしている。


「大丈夫かミタマ、水飲むか?」


「ねるぅ…ねるねるねる〜…..きさまとそいねぇ……」


 ミタマは俺に抱きついて、そのまま俺を押し倒す。


「ちょっおま…!」


「さいきんだぁれもあいにこんくてさびしかったのじゃぁ…そんなわらわをいえにむかえいてくれたきさまとなら……くちづけだっていやではないぞぉ…?」


 酔いが回りに回ったミタマの勢いは止められない。


「いやいやいや…」


 このままゲロでもかまされたらたまったもんじゃない。


「いやかぇ…?」


「へっ…?」


「わらわのこと……きらい…かぇ?」


 酒で顔が赤くなり、涙目になったミタマのこの顔には誰も勝てない。


「……嫌いじゃねぇよ好きだよ畜生!」


「ならもんだいないのじゃ…♡わらわにそのみのすべてをゆだれてくりゃれ……♡」


 ミタマの体温が肌から伝わり、直に温もりが伝わる。

 その綺麗な唇が俺の唇を奪いかけた寸前、ミタマの動きが止まる。


「……うぷっ」


「ミタマ?」


 ものすごく嫌な予感がする。


「…ぁ、いや待てそこで吐k」




 ……




「…..昨日、酒を飲んでからの記憶が曖昧で………….貴様?今日は何だか機嫌が悪いようなのじゃが……」


「ミタマ」


 名前をただ呼ばれただけなのに、一言から感じる圧が尋常じゃない。


「あ、えと……」


「忘れてるか、そうかそうか」


 命の危機を感じ、ミタマは早口で弁解を始める。


「何かやらかしたのは分かったのじゃ、ごめんなさい。でも多分妾に悪気はないからどうか許して欲しいのじゃ。だから命だけは」


「しばらくは許さん」


「本当にごめんなさい」

酒は飲んでも飲まれてはいけない(戒め)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ