05話 また出あったお坊ちゃん
さて、オレは他の新入生より一ヶ月遅れの入学という形でラカン魔法学院入学という形になった。
そして今日は初登校の日。
やけに威圧感のある校舎の中に、大勢のガキどもが入っていくサマを見ると憂鬱な気分になってくる。
「うえっ、ガキどもがいっぱいだ。この中に入るだけでもキツイぜ」
「お前も今はそのガキの一人だ。では、ここでお別れだ。エドガー・コルナン。お前が筆頭になった頃、ふたたび会おう」
聖杯の淑女ちゃんは、オレの家を出てどこぞへ身をひそめるそうだ。
「まぁそれはいいが、行くアテはあるのか? 公爵の手下はあちこちでアンタを探している。家ナシじゃヤバイぜ」
「心配はいらない。こちらはこちらでやっておくことがある。ではな」
そう言って背中を向けさっさと行ってしまう。
まぁオレを子供にする秘薬があるということは、彼女も見た目通りの年齢ではあるまい。
彼女の心配をしてもはじまらないし、オレはオレで依頼をこなすさ。
受付からとある部屋へ案内され、そこで待つよう指示されたオレ。
だがそこには、同様の指示で待機しているガキがもう一人いた。
「お前ッ……」
そのガキを見たとき、思わず我を忘れそうになった。
そいつはオレを殺しにかかった公爵家の坊ちゃんだったのだ。
相も変らぬ利発そうな顔で、オレを見下した目で見る。
「なんだ、お前は。僕に話しかけるな。僕は君ごときが対等に話せる身分じゃない」
坊ちゃんの見るからに不機嫌そうなその様子に、わずかながら溜飲が下がる。
大貴族の御子息が、こんな平民も通えるような魔法学校に来る理由。
それはもしかして……
「おや、すごいお方とご一緒に入学できたもんだぜ。んで、今アンタはどういう気分だ? 平民も魔法を学べるラカンに入れて誇らしいかい?」
途端、坊ちゃんは分かりやすく顔を真っ赤にして憤った。
「クッこんな学校すぐに出ていってやる! 筆頭になれたらすぐにな!」
「筆頭? アンタ、筆頭を目指しているのか?」
「『アンタ』はやめろ。それに話しかけるなと言った!」
なるほど。聖杯奪取失敗の罰がここへの入学か。
そして試練として、ここの筆頭になるまで許されない、といった所か。
ツイている。どうやら穏便で正当な方法でケジメはつけられそうだ。
「じゃ、独り言でも言ってるぜ。そんなお偉いお坊ちゃんが、どうしてここに居るんだろう? 平民も入学できるラカンに。まさかとんでもない失態でも? いやいや、これは邪推だな。こんなアタマ良さそうなお貴族さまが、まさかねぇ」
お坊ちゃんは分かりやすくプルプル震え出した。
うおーっ、面白れぇ。もっとやってやろう。
……と思ったが、残念ながらようやく教師らしき奴が入ってきた。
チョビ髭の見るからに怪しそうなオッサンだ。
もっとも身なりは良いし、それなりに気品ってやつはあるので貴族だろう。
「いや待たせましたな、お二方。サリエリ君とは既知ですが、あらためて。初等科一組担当のノバン・ディーノと申します。そしてサリエリ君は私のクラスに入ってもらいます」
「ああ。短い間だが、よろしく頼む」
たしか一組から三組までは貴族ご子弟のクラス。
そして四組に平民はまとめて入れられていると聞いた。
「では入学に際し、お二人には最初の魔力測定を行っていただきましょう」
ディーノという教師は、部屋の隅にある何かの物体をおおっている幕をサッと取り去る。
そこには大き目の水晶が据え置かれていた。
「これは魔力測定器。これに手をあて、魔力を流しこめば、その者にどの程度の魔力があるのかが分かります。今回のはあくまで参考ですが、進級の際のこれは試験の一つとなります。」
ラカン魔法学院では入学時に特別な規定はもうけていない。
しかし進級にあたっては、規定の試験に通らねば上がれないそうだ。
「では、まずサリエリ・クロノベルから……」
「いえ、まずそっちの無礼な平民にやらせてください」
と、サリエリは妙な提案をした。
「はっ? お貴族さまより先にオレが? いいのか?」
「かまわん。いいから、さっさとやれ」
「フム、ではカスミ・シドウ。やりなさい」
水晶に手をあて、魔力を放出。
「46マギベル。ふーむ、このままでは進級はおぼつきませんな。学内でも最低レベル。学末試験までにしっかり魔力を上げてください」
やっぱ、少ないな。
この二週間ばかり森に通って魔力の取り込みに奔走したが、しょせんは森の浅瀬。
もっと奥に行って魔力の濃い場所で修行しないとな。
「はっはっは。大したことはないと思っていたが、予想をはるかに下まわったな平民。では格の違いを見せてやろう」
坊ちゃんも同じように水晶に手をあてて魔力を放出。
すると水晶はまばゆく輝きはじめた。
「1021マギベルです。さすがですな、その年で千を超えるなど、素晴らしい才能」
たしかに大したものだ。金に飽かせて魔力アップアイテムでも集めまくったんだろう。
拍手でもしてやるかな。パチパチ。
お坊ちゃんはオレを見てニヤリ。
「これが貴族だ。お前ごときとはくらべものにならぬ力。共和主義のとなえる主張など、ただの現実を見ない願望にすぎんのだ」
舐めんなよ。オレはここからSランクまで駆け上がったんだ。
「ではサリエリ・クロノベル。教室へ案内しましょう。カスミ・シドウ。君は後で君の担任がくる。ここで待ってなさい」
「ではな平民。このドアを出たら、不快なお前のことは忘れる。二度と思い出すことはない」
二人は出て行き「パタン」と扉は閉じられた。
オレは「ドカッ」と椅子に座る。
「また思い出すことになるさ。筆頭の座をオレに奪われてな」