04話 その頃のクロノベル公爵家
一方、クロノベル公爵邸では。
コルナンと聖杯の淑女の死体が消え、さらに聖杯がニセモノだと知れた時、大いに荒れた。
「この愚かモノがあ!!!」
ガツンッ
クロノベル公爵家当主【ガランドゥール・クロノベル】は激昂し、ニセの聖杯を息子サリエリにぶつけた。
「二十四人もの護衛家臣を殺害されながら得た聖杯はニセモノ! あまつさえコルナンと淑女にも逃げられるとは、お前はいったい何をやっていたのだ⁉」
咎められるサリエリも黙ってはいない。
彼にもまだ言うべき言葉があるのだ。
「ち、父上! お言葉ですが、なぜ計画にコルナンの殺害まで入れたのです? 『Sランクの暗殺』などという危険な真似をせずとも、依頼通りの金を払ってこの件から離れさせれば、被害はなく聖杯も手にできました!」
「ふん、自分の失態をそれで消すつもりか? 次期クロノベル公爵ともあろう者が姑息なことよ」
「不手際は認めます。ですがやはり計画に余計な要素が入っていた事は言わざるを得ません!」
サリエリは一歩も引かず父親を糾弾する。
このまま全責任を負うことになれば、どのような事態になるのか想像も出来ないからだ。
「良かろう、理由を話してやる。貴様は【共和主義者】というのを知っているか?」
「たしか知恵をつけた平民どもが、『平民にも政治に参加させろ』などと言っている運動でしたね。政治の奥深さも知らぬ平民が愚かなことです」
「そいつらは、最近平民出身のSランク、エドガー・コルナンを担ぎ上げようとする動きを見せている。また、われわれ貴族連合としても、奴の実績は認めざるを得ない。奴を前面に出されたならば、われわれは理論的に押されてしまうだろう」
「なぜです? Sランクとはいえ、引退した者もふくめれば、それなりにいるでしょう。なぜ奴だけ?」
「奴はな。平民の、それもFランクからSにまで登った唯一の冒険者なのだ。そしてそれは、平民の能力が貴族に劣らないことへの証明にもなりかねない。それ故、年老いた奴が共和主義者どもの口車に乗ってしまう前に始末せねばならなかったのだ」
なるほど。最近、貴族の権利が脅かされる事態の噂をよく耳にする。
それが【共和主義者】とやらの存在だったのかと、サリエリは納得する。
「よくわかりました。父上、僕にコルナン捜索の陣頭指揮をお命じ下さい。必ずや汚名を返上してみせましょう」
だがクロノベル公爵は、息子のやる気に満ちた言葉に応えなかった。
「サリエリよ。この件の貴様の失態は返上など出来ぬほど大きい。結果としてコルナンに世界最高の魔導具【慈愛の聖杯】を奪われた形となった。そしてそれは共和主義者どもの力となりかねない」
「い、いえ、その前に必ずやコルナンを探し出してみせます! どうか僕にチャンスを!」
「コルナン捜索はすでに専門家が行っておる。貴様に出番なぞない。そして失態は、わが息子であろうと看過できぬほど重大。よって貴様を廃嫡とする」
「ち、父上ーー!!」
だが、そこに待ったをかけた人物がいた。
それは公爵の陪臣の一人【ディーノ男爵】であった。
「お待ちください閣下。いかに重大な過失とはいえ、まだ御年十歳のサリエリ様に一度の失態で廃嫡は行き過ぎ。家臣たちの動揺をお考えになれば、早すぎる悪手ではありませんかな」
「ディーノ男爵。では、どうする。無罪放免とはいかぬ件だとは理解しているな?」
「もちろん。サリエリ様には、これからいくつか試練を受けていただくのです。それに応えられたなら、能力を認め廃嫡は見送る、という形にすればよろしいでしょう」
「……フム。では、どのような試練を受けさせる。考えはあるのか?」
「サリエリ坊ちゃんは魔法が得意だそうですな。何でも魔法学の名門アーベクト魔法学園に主席で入学が決まったとか」
「は、はい。僕はいずれわが国の魔法界を引っ張っていく存在になりたいと思う所存です」
「ではまず、私が教鞭をとるラカン魔法学院に転校していただきましょう」
「なっ! あんな平民どもも通う学校に⁉ このアーベクト主席入学のこの僕が!!」
「フッフッフそれは偏見ですサリエリ様。ラカン魔法学院こそ、真のエリート集団。そこで鍛え上げられた生徒は将来、政治、軍事、魔法学の分野で国の舵をとっていくことになるのです」
「クッ、戯れ言をッ」
クロノベル公爵は二人のやりとりを無視して話を進める。
「して、どうする。まさか『そこへの転校が試練』などと言うつもりはあるまいな」
「ええ。サリエリ様にはそこで”筆頭”となってもらいます。ラカン魔法学院は戦闘魔法中心の教育の場であるため、成績優秀者ではなく模擬戦の最強勝者が筆頭となります」
「フム……同学年内の最強など甘すぎる気もするが、とりあえずの試練としては良かろう」
「ち、父上! 名門のアーベクトを出て、本当にそこへ行かねばならないのですか⁉」
「決めるのはお前だサリエリ。お前ならクロノベル公爵家当主をあきらめても優秀な魔法師になれるだろう。試練に挑み次期公爵を目指すか。名門魔法校出身の優秀な魔法師となるか。好きにせい」
短い間にサリエリの顔には苦悩、怒り、悔しみと表情が次々変わる。
やがて絞り出すように答えを口にした。
「……試練、承りました。ラカン魔法学院に入り筆頭となります。必ずや完全な勝利とともにクロノベル公爵家嫡男の証明をしてご覧にいれます」