03話 冒険者ギルド
「ダンジョンに行きたい? パーティーもなしにお前さん一人で? おい、ガキ。冒険者にあこがれるのはいいが、あんまこの仕事は舐めんじゃねぇぞ」
いつもの冒険者ギルドに行き、いつものように受付のギルドマスター【ゴルドラン】にオーダーを出した答えがこれ。
ああ、糞。うっかりしてた。
一からやり直さなきゃならないのは、魔力だの筋肉だのだけじゃなかった。
ギルド内のオレの評価もゼロだ。
「お前さん一人でやれる甘い仕事なんざ、ここにはねぇよ。どっかの丁稚にでもなった方がいいんじゃねえか?」
昔なじみのゴルドランの他人を見る目がつらい。
しかし困ったな。ギルドの許可がなきゃ城門の外に出られない。
魔力アップになる魔物だの薬草の元だのは、城門外の山や森にしかないんだよな。
……そういや、ランク試験制度ってやつがあったな。
Sランクだったオレには関係ない話だったが、一応覚えておいて良かった。
そいつを上手く使ってみるか。
「ゴルドラン……じゃなくてマスター。Eランクの評価試験を受けたい。コイツで骨を折ってくれ」
パチリとゴルドランの前に銅貨を並べる。
ゴルドランは忌々しそうにそれを見た。
「ちっ。知ってやがったか。お勉強だけはしてきたみてぇだな。しかしやめときな。シロウトじゃ、試験クエストで死ぬことだってあるんだぜ」
「余計な忠告はいらねぇよ。Dから上は実績が必要だが、Eランクだけは試験料さえ払えば新人だろうと受けられるはずだろう」
「まぁ、そうだがな。しかたない。おい、ラーテン。仕事だ。子供のお守り、しっかり頼むぜ」
ギルドに併設された酒場からヒョロリとした若造が出てきた。
ラーテンというのは、ゴルドランの遠縁の小僧だ。
まともに仕事をこなせない不器用者で、巡り巡って彼に預けられたらしい。
「ヘーイ叔父貴。クエストの間、コイツを見てやりゃいいんですね?」
やれやれ、大丈夫か?
いかにも無能そうで、オレについてこれるか不安なんだが。
「コイツは試験官だ。試験クエストでお前さんの後をついて観察する。もし助けがほしい事態になったら、コイツに助けをもとめな。試験が失格になるかわりに、お前さんを助けてくれる」
こんな三下に助けてもらうほど落ちちゃいねーよ。
クエスト場所も、Eランク試験なら森の浅瀬あたりだろうし。
「で、試験内容だが、薬草採集だ。これがポーションの元となるクナイ草。これの薬草処理をした株を三つ採ってくれば合格だ。で、薬草処理の仕方だが……」
「ああ、大丈夫だ。クナイ草の薬草処理を三つだな。んじゃ、さっそくバラカス森林行きの許可証をくれ」
「……お前さん、勉強のしすぎじゃねぇか? クナイ草がバラカス森林にあることも、薬草処理の仕方も知ってるってのか?」
少し調子にのりすぎたか。もうちっと新人冒険者然とするべきか。
ともかく、ようやく城門の外へ出る許可をもらったオレは意気揚々とクエストにでた。
――—そして、その夕方。
「ほら、クナイ草三つ。試験はこれで良いんだろう?」
「ああ、完璧だ。で、こっちのホーンラビットの毛皮二枚は何だ?」
「そいつはついでに狩った。さすがに背中に傷をつけずには無理だったから、二級品になっちまった。一応ちゃんとなめしてあるし、いくらでも良いんで買い取ってくれ」
「……初日から低級魔獣を狩ったうえ、皮のなめし方まで知ってるってか。おいラーテン、森での小僧の働きはどうだった?」
「完璧な冒険者だったッスよ。まるで森の中を知ってるみたいにスイスイ進んでいって、追いつくのがやっとだったッス」
実際、ラーテンの小僧を置いていきそうになったことが何度かあって、そのたびに待ってやった。ギルド職員のくせにお荷物すぎやしねぇか?
「……なるほどな。お前さん、シロウトじゃねぇな。どこかで冒険者やってたのかい?」
「まぁな。オレは流れ者だ。生きるためにやってきた事がコレだ。Eランクにしてくれるかい?」
「ほらよ、登録証だ。良かったらパーティーを紹介してやろうか?」
腕が立つとなれば、とたんに優しくなるゴルドラン。
相変わらず仕事熱心だねぇ。
たしかにもう一度冒険者としてやっていくなら、渡りに船の親切だが。
「悪いが、小遣い稼ぎ程度のクエストしか出来ないんでね。パーティーには入らない。魔法学校の入学が決まっているんだ」
「流れ者のクセに学校だぁ? 金はどこから出てんだよ」
「支援してくれる人がいるんだよ。イケメンには生まれてくるもんだね。ほらよ」
書き上げた登録証を渡す。
「なるほど、どこぞの奥様に上手くやったってか。名前は【カスミ・シドウ】ね。東の方からきたガキってところか」
東のヤマタイという国から来たという設定だ。
前に仕事をした関係で、あそこの国のことはそれなりに詳しいからな。
「よし。それじゃ、これがEランクのプレートだ。他にわからない事があれば……なんだ、あの野郎ども」
ドヤドヤと謎の一団がギルドに入ってきた。
身に着けた服はそれなりに良品で、ヤツラが貴族の使いだということがわかる。
そいつらがゴルドランの前に立ち、代表らしき奴が言った。
「Sランク冒険者エドガー・コルナンは居ないか? ヤツに話がある」
ピンときた。こいつら、オレをハメたクロノベル公爵家のヤツラだ。
現場に死体はなくなっているし、オレも淑女ちゃんも生きていると踏んだか。
「コルナン? いいや、野郎は数日見てねぇよ。なんでもギルドを通さない依頼を受けたとかで、そっちにかかりっきりじゃねぇか?」
「……そうか。彼の使っている店なり拠点なり知らないか?」
ジャラリ銀貨を出すも、ゴルドランは鼻で嗤う。
「しまってくんな。ギルドマスターってな、荒くれ共に信用されにゃならんでな。事情は知らねぇが、ウチのメンバーの情報を口にするわけにはいかねぇぜ」
「……邪魔をした」
男達は出ていった。
やはりというか当然と言うべきか、オレの足取りを追っているな。
この分なら、懸賞金をかけるのも時間の問題だろう。
クロノベル公爵家か。妙な宿縁ができたかもしれんな。