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第1話 プロローグ

「ああ、優斗君? 明るくて気さくでとっつきやすいリア充だよね。彼氏にしたいランキングとかには入ってないみたいだけど、気にしてる娘もいると思うよ」


「優斗? けっこうイケテルんじゃね? わりかし。リア充の中でも上位の部類に入ると思う。女子受けもいいし、男子でも嫌いな奴はいないんじゃねーかな」


「リア充の桜木君? そうね。あまり勉強はしないタイプだけどヤンチャ系でもないし、日直や掃除をさぼることもないし。迷惑かけてる生徒もいないから、私は個人的にはあれでいいと思うわ」


「桜木優斗っていい奴だよ。陰キャの僕らのこと馬鹿にする陽キャも多いけど、桜木はそんなことないし。そりゃあ、リア充は気に入らない……的な所はあるけど、桜木は……大目に見てもいいかな?」


 ……ってところが大体のクラスメートの俺に対する意見なんだが。


 その俺、桜木優斗きさらぎゆうとは、市立彩雲学園に通う高校二年生だ。ハタから見れば、イワユル「リア充」に該当するだろう。自分で言うのもなんだが、外見は結構イケてる。というかイケてる様に見せようと努力している。


 重たくもない軽くもない髪型で、さっぱりと青色のブレザーを着こなして登校。そして多くのトモダチ達とのアットホームな会話、やり取り。みんな俺の事をリア充だと思っているし、誰に聞いても「あのリア充の優斗?」という返答が返ってくるだろう。


 しかし、それは真実ではない。実は、俺は『仮面リア充』なのだ。


 部活に入らない帰宅部なのだが、それは他人との近しい接触を避けるための方便に過ぎない。放課後の陽キャ連中との遊び、カラオケやゲームセンター等も角が立たないようにうまく断っている。


 俺は、人と深くかかわらないで表層的で平穏な人生を生きて行こうと決めた男なのだ。だから親しい『友達』もいないかわりに、『敵』もいない。今現在『彼女』もいないし、もう作りたいとも思わない。


 だがそれでいいと思うし、俺が選んだ生き方でもあって、今日も一時間目前のクラスで皆と仲良くわいわいやっている。


 しかし……


 一人だけ。


 一人だけ、この二年二組に会話も挨拶もしない生徒がいる。

 それが孤高の『氷姫』、早瀬舞依はやせまいだ。


 ――と、


 そのタイミングでころころとシャーペンが床を転がってきて、反射的に拾う。転がってきた先を見ると、早瀬舞依がこちらに据えた目を向けてきていた。舞依は、意志の強い視線で俺を見つめているが、無言。


 さすが『氷姫』様。格が違うと思いながら、どうするか一瞬逡巡した後、舞依に向けて拾ったペンを差し出しながら柔らかく言葉をかけた。


「シャーペン、落ちたよ」


 舞依は表情を更に険しく変えた後、無言でそれをひったくる。顔と全身に不快だというオーラがにじみ出ている。


 ちょっと……評判の『氷姫』様とはキャラが違うと思いつつも、なぜにそんな不快顔? と胸中で問いかける。どうやら俺は相当嫌われているらしい。なぜだ? 完全無欠の「トモダチキャラ」を演じてるはずなのだが。


 俺は再び、窓際で一人座っている舞依を見た。長い黒髪が美しいミステリアスな美人。切れ長の目に、強い意志を感じさせる瞳が宿っていて、鼻筋は真っ直ぐ。そして引き結んだ唇。モデルの様な整った造形の、どこからどう見ても別格のクールビューティー早瀬舞依その人なのであった。


 いや、美人というか、まっこと美しい。『仮面リア充』として女性陣達とも学園内で仲良くやっている俺でも、舞依は別格だと思う。黙っていてもその横顔に吸い付けられて目が離せなくなる。ため息が出そうになるのを止められなくなりそうになって、いやいやと思い直す。


 そのミステリアスクールビューティーの舞依は……『氷姫』と呼ばれている猛者でもあるのだ。別格の外見なので突撃する男子生徒が後を絶たない。そしてどんなイケメンにもなびかず、振った相手は優に二桁。誰ともつるまない孤高の華。男子が告白すると、何も返答せずに無言でフラれるらしいとの噂がまことしやかに流れている。


 舞依との無言での対峙が続く。俺、ピンチかも……と思っていると、背後からそのピンチを救うような「優斗君」という声をかけられて、振り向く。女の子っぽいブラウンショートヘアが良く似合っている朗らか陽キャの美島日奈みしまひなが、「どうしたの?」という調子で笑みを浮かべていた。


「早瀬さんと優斗君という組み合わせ。めずらしいね」


 日奈は、氷姫に対して臆することもなく、明るい口調を向けてくる。逆に氷姫の方が日奈に臆するという様子で、俺に向けていた敵意の眼差しを引っ込めて、顔そらす。


「早瀬さん。優斗君、なにか早瀬さんに悪さしてない?」

「どうして俺が!?」


 異を唱えたが、日奈はにこにこ顔のまま鉾を収めてくれない。


「早瀬さん、優斗君のこと、にらんでたっぽいから。どうなのかなって?」


 その日奈の問いかけに、氷姫はバツが悪いという面持ちを浮かべてから、そっけない口調を返してきた。


「なんでも……ないわ」


 対して日奈はマイルドな対応を崩さない。


「早瀬さん。優斗君に限らず、困ってることがあったら何でも言ってね。私、クラス委員だし、そういうの放っておけないたちだから」


 仮面リア充の俺もその日奈に合わせる。


「確かに……ね。困りごととかあったら、俺とは言わずに親しいトモダチに相談したらいいよ」


「ありがひょっ……とう。でも……」


 氷姫は少し口ごもったのち、日奈と俺がかけた言葉を振り払った。


「私のことは、ほ、放っておいて」

「ごめんなさい。迷惑だったね」

「悪かった。親しいトモダチでもないのに」

「っ!」


 氷姫は、何かを言いかけて、言おうとして言い出せなかったという反応を示した。


「優斗君、行こ。いつまでもここにいたら早瀬さんに悪いわ」


 その日奈の言葉に従って、俺はなんだかなーと思いつつ、氷姫の机を離れたのだった。





 それから、よくつるんでいるトモダチ、茶髪ショートボブのクラスカースト筆頭、北条鮎美ほうじょうあゆみと合流する。


「でも、早瀬さんにちょっかいかけるなんて……優斗君、怖いもの知らずなんだね」


 日奈が自分の事を棚に上げて会話を振ってきた。


「落ちたペンを拾っただけなんだが……。早瀬さん、機嫌悪そうだったな」

「でも早瀬さん、やっぱり素敵だなぁ~」


 日奈は窓際に座っている舞依に、憧れてるという視線を向ける。


「横顔が絵になる美人だよね。長い髪がはらりって落ちているのも色っぽい……」

「そうかしら?」


 鮎美が割って入ってきた。


「ヒナっちは憧れてるみたいだけど、私はあの人、あまり好きくない」

「アユっちはそうなんだ。確かに孤高というか、いつも一人だもんね」


 合わせた日奈に、鮎美がさらに畳みかける。


「なんだか他人を見下しているみたいで正直気に入らないわ。確かに外見は男子が騒ぐのもわからなくはないけど。男振りまくって友達の一人も作らないで孤高って、そういうのどうかと思うけど」

「まあ……そういう考え方も、あるかな……」


 朗らかマイルドの日奈は、ちょっと合わせづらそうに愛想笑いを浮かべる。


「優斗も同意してくれるでしょ?」


 鮎美がこちらにも振ってきた。異議を唱えて角を立てるつもりは毛頭ない。俺は長い物には巻かれろ的な、カースト序列には従順で温厚なただの『仮面リア充』なのだ。


「俺も鮎美に賛成だよ」


 それを聞いて、鮎美が我が意を得たりという満足気な笑みを浮かべる。確かに、タカビー系の鮎美が嫌う要素満載の『氷姫』様ではあるなと俺も納得する。『仮面リア充』としては『氷姫』様とも角突き合わせないでウマくやりたいのだが……。ただの『仮面リア充』の俺ごときがかかわれる『氷姫』様でもないし……。


 クラスに一人くらい合わない生徒がいるのも仕方ないことなのだろう。俺としては、表面上だけはウマくやりたいという思いもあるのだが、放っておいて問題はないと判断した。


 今までもこれからも、俺はトモダチキャラとしてクラスで皆と仲良く過ごしてきたし、過ごしてゆきたいのだ。


 が――。状況は一変することになってしまうのであった。あの日あの時、あいつに出会った瞬間に!

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