第32話【ラトニー】その4
一人の少女が死んだ目をして立っている。少女は、両親を殺されたばかりだ。これから自分を引き取ってくれる金持ちの養子になるのだ。それでも心は死んだままで、生き返りそうにない。
「ラトニー、今日から君は私の娘だ。遠慮なく過ごすといい」
「……」
少女――ラトニーは、両親が亡くなってから一度も言葉を発していない。それ程に心が傷付いていた。
「ラース、仲良くするんだぞ。彼女もお前も親を亡くしてる。優しくするんだぞ」
「分かってますよ。お父様」
そして、これがラースとラトニーの出会いだった。
「やあ、外で遊ぼうよラトニー。それとも家で映画でも見るかい?」
ラースは必要以上にラトニーに構ってきた。ラトニー自身も、傷付いている自分を慰めに来ているのだと思って余り気にしていなかった。
「ほら、ここの森は面白い植物や動物があるんだよ。食べれる植物もある。ついておいで」
そう言って森の中を案内するラースは、植物に足を引っ掛けて転けてしまう。そして、上から襲ってきた巨大植物の口に飲み込まれそうになる。
「こ、これは珍しい植物だ!神食い植物だ!逃げるんだラトニー!結構やばい!」
ラトニーは食べられそうになるラースを置いて、言われた通りにすたこらと逃げて行った。
「くっ!やばい!あ!やっぱ待ってラトニー!助けて!あっ!」
結局ラースは植物に飲み込まれ、ラトニーに助けられた。植物の液体で汚れたラースは、助けられた後もすかした態度を取っており、少し恥ずかしそうにラトニーの方を見る。
「ちょっと試してみた。君がどれ程の腕前か。この程度は何ともないんだね……全く流石だ」
「……何、その態度?カッコわる」
ラトニーは両親を亡くしてから初めて口を開いた。それも、呆れたような表情でため息をついてだ。
「やっと喋ってくれた。かわいい声してるじゃないか」
「きもっ」
それから二人は、次第に次第に仲良くなっていく。ラースのドジの後始末も、慣れてしまえば生き甲斐のようなものなのだろう。それだけで、ラトニーは心を取り戻せた。
「僕は偉大なことをするよ」
ある日、ラースは野望を明かすように口を開く。
「主神になるとか?それとも戦争をなくして世界平和?」
「誰もやったことのないことがいい。主神は居るし、世界平和なんて曖昧で不確定だ」
「じゃあ何?」
「新世界の創造」
「カッコつけないで分かりやすく言ってよ」
「……神が一人だけの世界だよ。それが本来あるべき姿。頂点は一人さ」
「神々の聖書の読みすぎじゃない?つまり、自分がその頂点になりたいんでしょう?」
「僕以外にその役目が務まる者がいるかな?」
「寧ろ、貴方が一番務まらないと思う」
「……とにかく、僕はこの世界をあるべき世界に戻し、理想郷を取り戻す。最初の神が犯した失態を僕が拭ってやるのさ」
「それじゃ大悪党よ。貴方以外の神を殺すって意味じゃない?」
「最初からそう言ってるだろ?」
ラトニーはラースの話を途中まで何とも思わずに聞いていた。いつもの見栄っ張りのデタラメだと思っていたのだ。だが、最後の一言を聞いて、思わずラースの顔を見た。その表情は、純粋な子供そのもので、瞳も宝石のように綺麗だ。言ってることとやろうとしてることは最低で自分勝手そのものなはずなのに、何故だか吸い込まれるように惹かれる。
「どれくらい本気?」
「ものすっごい本気。君に対する想いと同じくらいさ」
「それは恐ろしいわ」
それと同時に気付いてしまった……ラースの本心に。ラースはただ、自分の思うがままに暴れたいだけだと。一生子供のように遊び、何か理由を付けて自分が一番と全世界に知らしめてやりたい野心の塊だと。
それを一言で言うと『大して深く考えてない子供』と言ったところだ。それなのに、妙に人を引き付ける魅力があり、言葉に出来ない高い能力を秘めている。
少なくとも、ラトニーからはそう見えた。
「暴君ネロ王がテロ組織を作ったって。暗殺から用心棒まで何でもする悪党に成り下がったわ」
ラトニーは新聞の一コマを見てつまんなそうに言った。ハンモックに寝ながらそれを聞いてたラースは、チラッと横目でラトニーを見て、再び瞼を閉じる。
「君も世間と同じように彼をそう評価するんだな」
「何が言いたいの?」
「彼は成り下がったんじゃない。彼自身は成り上がったんだ。もっと言うと生まれ変わったかな?与えられた玩具で遊ぶのに飽きて、自分で自分の生き方を決めれる大人になれたんだよ」
「地位や権力に飽き飽きしてこんな生き方をしてるってこと?」
「浅く簡単に言えば……そんなとこかな」
「ふう〜ん」
「……そいつ、俺達で頂こう」
「頂く?」
「そろそろ動くってことだよ」
ラトニーは訳も分からないままラースの部屋へ着いて行く。深夜の時間帯は何だがワクワクしていて、暗い部屋でランプを灯す。
「何でこんな時間に?」
「楽しいだろ。この時間が一番」
ラースは紙とペンを取り出す。そして、考えながら文を書いていく。
「何書いてるの?」
「暗殺の依頼さ」
「誰に?誰の暗殺?」
ラースは質問に答えてくれない。痺れを切らせたラトニーは、紙に書かれてる文を覗き込む。
「ら、ラース……貴方……何の冗談?」
「何がさ」
「何がさじゃない!その名前は貴方のお父さんじゃない!依頼主もネロ王の組織!何がしたいの!」
ラトニーはラースの手を引っ張って声を張り上げる。それもそうだ。ラトニーの言った通り、自分の父の暗殺を依頼してるのだから。
「だから言ったろう。ネロ王を頂くと」
「ちゃんと説明してよ」
「これは代償だ。僕の最愛の父を差し出すことで、ネロ王は僕の元にやって来る」
「ちゃんと説明しろって!なぜお父さんの死でネロ王が貴方の……はっ!まさか……」
ラトニーは今のラースを見て悟ってしまう。恐ろしい事実に。
「まさか、私の両親を殺したのも貴方なの?そうやってアサシンに依頼して、私がこの城に来るよう仕向けたの?」
「だったらどうする?」
ラースの穏やかな目を見て、ラトニーは怒りに怒った。ラースの首を持ち上げ、今にも締め殺そうとしている。
「これが貴方の作戦だったの!?新世界の創造ってのは、貴方の中で既に始まってた!そうだろ!」
「そうだけど、皆起きちゃうよ」
「き、貴様……なぜ私なんだ。なぜ私を選んだ。幼くて支配しやすいとでも思ったか……」
「一番欲しかったから」
「ふ、ふざけるな……まだ私を揶揄うつもりか……」
「殺すなら早くした方がいい。今の騒ぎで執事達が起きた」
「くっ……」
ラトニーはラースが心底憎かった。自分の最愛の両親を殺した張本人で、10年近く自分を欺いていたのだから。
「ラース様、何の騒ぎで!!」
執事が部屋の扉を開けて入って来た。しかし、ラースは生きており、ラトニーから手を離してその場に居る。
「ら、ラトニー様も居ましたか。先程の音は?」
「何でもないわ。ちょっと盛り上がっちゃって」
「そうですか。夜更かしは程々にお願いしますよ。私達も叱られるのですから」
「分かってる」
ラトニーの嘘で執事達が部屋から出ようとする。だが、机にあるテーブルの紙を見て、再び部屋に入って来た。
「その紙、ご主人様の名前が……ひょっとしてご主人様が探してた手紙?」
執事が紙に手を伸ばす。だが、ラトニーがその手を叩き、紙を隠すように持ってた。
「これは……その……」
物静かなラースは、誤魔化すラトニーを静かに見ている。焦らず、慌てず、その後の結果を知っているような目で。
「これはサプライズで使うの。もうすぐお父様の誕生日でしょ?」
「これはこれは、大変失礼しました。見なかったことにします」
「ありがとう」
執事達が部屋から出ると、ラトニーは気まずそうに下を向いて、紙を机に置いた。
「何で黙ってるのよ」
「君こそ、何であんな嘘を言うんだ。これでは共犯者じゃないか」
「そうよ、共犯者よ。ずるいわラース。貴方はこうなることを十年前から分かってたんでしょ。全部貴方の思い通りなんでしょ?」
ラトニーは涙を浮かべ、悔しそうにラースの方を見詰める。それに応えるように、ラースも横目で目を合わせた。
「何のこと?ちゃんと説明してくれないと分からないよ」
「……貴方を殺せば、もう貴方以上に私を愛してくれる人は居ない。そして、貴方以上に愛してる人も居ない。貴方は待っていたんでしょ?自分が両親以上の存在になるこの時を。例えそれが、両親の仇だとしても」
「憎しみが愛情を上回った気分はどう?」
「最低よ」
ラトニーは涙流したままゆっくりとラースの唇を奪う。ラースもそれに応じて優しくラトニーを抱きしめ、赤子をあやす様に頭を撫でた。そして、ラトニーの死角で、不気味で穏やかな笑みを浮かべる。
この日以来、ラトニーはラースに全てを捧げた。
*
そんなラトニーの命も絶たれようとしている。目の前にあるのは、鎌を振り翳す死神――ジャックの姿だ。刀を振り落とす寸前だが、走馬灯を見ていたラトニーにはゆっくりに見える。
「本当、最低よ」
攻撃を諸に受けたラトニーは、血を吐いてよろめく。だが、その場で踏み止まり、片手に持った矢をジャックに突き刺す。だが、その矢は片手で受け止められてしまい、矢の効果も発動しない。よく見れば、ジャックの手にはワイヤーが巻かれており、矢に秘めている魔力を乱している。
「ジャック、貴方の勝ちよ。私との戦いわね」
ラトニーはそう言い、両隣に浮くラースとエンヴィーを連れ、背後の歪んだ空間に身を落とす。だが、ジャックにはそれを追うことが可能だ。
「先生、奴らの位置は?」
「ぎ、ギリシャ神話の地域。こ、この転移の魔道具で追って。ラトニーの位置を見れるよう、共有するから」
瀕死のリベは、ジャックの瞳を撫で、転移魔道具を渡した。すると、ジャックの片目はリベの同様の花が咲き、ラトニーの位置を見えるようになる。
「ラトニーはまだ大丈夫だが、ラースの位置がもう少しで分からなくなる。その前に全員始末する」




