第28話【敵との駆け引き】
楽しい食卓が一瞬にして地獄と化した。ジャックは、大男ーーエンヴィーの闇魔法に拘束されている。ポム吉もラースに取り押さえられており、二人共身動きが取れない状況だ。
「騙したな」
「その通りだ。最初は君を家族に迎える予定だったんだけど、そうはいかなかくなった」
ラースはチラッと隣のエンヴィーの表情を伺う。その表情は、嫌悪と憎悪そのもので、それが全て目の前のジャックに向けられている。
「血族を殺された恨みか。その痛みが分かっててよく神を殺し続けれるな」
そのエンヴィーに応えるように、ジャックが皮肉めいた言葉をかける。どうやら、その言葉はエンヴィーの癇に障ったようだ。反射的に怒りを覚えたエンヴィーは、跪くジャックの首を踏みつける。
「がはっ!」
「おい!まだだと言ったろ」
「フンっ」
慌てたラースが、すぐにエンヴィーを数歩下がらせ、ジャックの首の状態を確認する。
「闇で魔力を乱されているのに、瞬時に魔力を集中して防御したか。偉い子だ。危なく死ぬとこだったな」
「何が目的だ。世界を敵に回してまで、神々を殺し続ける理由はなんだ?」
「安心しろ。大した理由はない。暇つぶしの一環であり、好奇心でもあり、単に夢でもある。お前がアマノの名誉の為に戦い続けるみたいなものだ」
「同じにするな」
「それより提案があるんだが、聞きたくないかい?」
「提案は聞かない。代わりに忠告してやる。俺をこれ以上痛ぶったり殺したりしない方がいい」
「何だと?」
「俺の体には魔力関係なしに起動する自爆魔法が仕組んであるッ」
「ッ!?」
「なにっ!?」
ジャックは堂々と分かりやすい嘘をつく。しかし、ジャックの発言を確かめる方法はない為、そこがジャックの狙い目だ。
「ハッタリだな」
「そう思うのも無理はない。確かめようが記憶を見る方法しかないからな」
「おっ、その手があった」
「バカか。今この状況で記憶を見ればあんたが爆破して死ぬ。アマノはそういう風に俺に呪いを掛けたんだ。俺が心底ピンチだと思った時、自動的に俺を守るように。この呪いのおかげで、グリードやスロウスに勝てた。俺を殺るなら暗殺するべきだったな」
「随分それっぽい嘘をつく子供だ。この偉大なるラースががそんな嘘で怖気付くと思ったかい?」
ラースは腕を組んで偉そうにそう言うが、足がガタガタと震えている。
「ざけんな。そんな高度な呪いを扱える奴がそうそう居るか」
「アマノは経った二十年で神話となった女神だ。疑うのは勝手だが、俺と共に死ぬのもあんたらの勝手だ。好きにすればいいさ」
流れを掴んだジャックは、一瞬ニヤッと渡って態度をデカくする。しかし、瞬時にエンヴィーが距離を縮めて来て、一瞬武者震いを起こすジャックに素早く触った。
「バカエンヴィー!離れーー」
「やはり嘘か」
慌てるラースとは違い、エンヴィーはつまんなそうに瞼を閉じた。そして、再びジャックを蹴り、髪を掴んで顔を持ち上げた。
「がはっ!」
「何で躊躇なく記憶を探る為に触れられたか……聞きたげだな?」
「な……ぜ?」
「お前の言い方だと、記憶を見た場合は見た本人だけが爆破するような言い方だった。全滅より、俺一人を選んだ。単純なリスク軽減の道だ」
「へへっ、俺のあやふやな言い方をよく信じたな。全員が爆死だったらとか考えないのか?」
「考えない。なぜなら最初から嘘だとほぼほぼ確信していたからな。こういう所は経験の差だ。どう足掻いても縮まらぬ差よ」
「流石ロイスのお祖父様。で?どうやったら助けてくれるの?」
「そんな道ない。死あるのみ」
エンヴィーが先走ったように床を砕き、足元に魔法陣を出現させる。しかし、それを妙なオーラと魔力が止めに入る。
「ダメだと言ったはずだよ」
止めたのは、静かにジャックを見下ろすラースだ。先程同様、まだ足が震えている状態だが、そんな腰抜けの状態でも妙な威圧感とオーラを放っている。エンヴィーもそのオーラに飲み込まれ、恐怖とは別の何かを感じて身を引いた。
「提案は一回しかしない。ジャック……私と契約すること」
「契約?」
「主神の首を一つ持って来い。さすれば家族二人を殺した罪を許し、私の家族に迎えてやる」
「アホか。そんなら死んだ方がマシだ」
「ならば、君が死んだ後、君を七つの亡霊のリーダーにしてやる」
「俺が死んだ後?何を言ってんだ?」
「神々絶滅の主犯を大英雄アマノの天、英雄ジャックにする。全てが終われば、お前の首を手土産に天使と悪魔達を従える。分かったか?」
「つまり、俺という悪党を倒した英雄になる気だな?それをきっかけに自分が全天使達を従える。いい作戦だが、いつものようにドジするのがオチだぜ」
「最後のチャンスだ。どうする?英雄のまま私の仲間になるか、主人のアマノに泥を塗って大悪党として死ぬか……好きにしなさいよ」
「当然断る。偽りを信じる天使達になんて思われてもいい。俺はアマノに胸張って生きれればいいんだよ」
ニヤッと笑って見せるジャックを見て、ラースは片目を細めて不機嫌そうに首を抑えた。
「エンヴィー。今回は俺が間違ってたようだ。さっさと消せ」
「フンッ、やっとか」
「待て!」
エンヴィーが攻撃のそぶりを見せた瞬間、ジャックは慌てたように声を張った。
「残念だったなラース」
「何がだ?」
「俺は知ってるぞ。この浮気野郎!」
「なっ!?浮気?何を言って……」
二人の意味深な言葉に、ラトニーとエンヴィーが訳が分からそうな表情をしている。
「ラトニー!ラースはキャバクラに通い詰めてる!その証拠に財布に何枚もの名刺がある!」
「なっ!?何を適当なこと言ってるこのガキ!信じるなよラトニー!」
ラースは慌ててテーブルの上の財布に手を伸ばした。しかし、財布は既にラトニーに取られており、中の名刺を見られている。その名刺の数はざっと十枚はある。
「ラース、どういうこと?」
「あー!なんて卑劣な真似を!?子供の癖にこんな小細工するなんて!やられた!罠だ!これは罠だ!ジャックの罠に嵌められた!」
慌てて誤魔化すラースだが、慌てすぎてその場に転けてしまう。そんなラースに近寄るラトニーは、ニコッと笑って手を差し伸べる。
「おお、すまん。流石ラトニー。この程度の罠にはひっかかーー」
しかし、その手はラースの胸元を持ち上げ、頭を強く掴んだ。
「きっ、記憶を見させてもらったよ」
「へっ?」
「最低。浮気野郎」
ラトニーは強い口調でそう言い、ラースの股間を蹴り上げた。そして、怒りに身を任せて部屋を出て行ってしまう。
「あははあは!くくっ……ざまあ見やがれ!自業自得だクズ野郎!あんな美人なお嫁さんがいてよくそういうお店に行けるもんだ!同じ男だと思えないね」
「ウヒャヒャ!うちゃちゃちゃ!浮吉!」
泣いて蹲るラースを見て、ジャックとポム吉が大笑いする。
「子供だと思って油断してたなラース。こいつ、大人の店を知ってるマセガキだ」
「俺の母親が元々そういう仕事してたからな。おかげで死ぬ前に楽しいショーを見せてもらったぜ。ほら、さっさと殺してくれ」
「安心しろ。楽しいのはこっからだ。次は貴様の拷問ショーだ」
エンヴィーのその言葉は、ジャックに軽い恐怖を予測させた。同時に、ラースがカンカンに怒ってジャックの胸ぐらを掴んだ。
「ガキの分際で!ラトニーの誕生日が台無しじゃねえか!」
「てめえの浮気が原因だろうが。バーカ」
「きっ、貴様小僧……どういたぶってやろうか」
「俺の分も残しとけよ。ラース」
ラースとエンヴィーの魔の手が伸びる。しかし、ジャックはそんな二人に目もくれず、その後ろを見ているようだった。ラースとエンヴィーも、遅れて背後の何かに気が付いた。
「ぐあっ!」
「くっ……」
「ホワッ!」
ラースとエンヴィーの首が深く斬られ、その背後から黒いローブを纏った何者かが姿を見せる。辛うじて死を回避した二人も、突然現れた何者かの姿を見失う。
「クソっ!エンヴィーやばい。がはっ!」
「何やって……ッ!?」
血を吐いて倒れるラースに気を取られたエンヴィーは、一瞬の隙を突かれて背後から背中を刺される。しかし、エンヴィーは背中に刺さった刀を自身の筋肉と魔法を駆使してへし折り、ローブ姿の何者かを蹴り飛ばす。
「エンヴィー!」
「くそがっ。一体何者だ貴様!」
ラースとエンヴィーを一瞬の内に無力化させた者は、ゆっくりと汚れたローブを脱ぎ捨てた。そして、ジャックとポム吉の前で刀を鞘に収める。
「やはり、目をつけてよかった。まさか七つの亡霊のリーダーと接触するとは思わなかったわ」
「リベ先生!」
白い髪を靡かせ、赤い目をちらつかせたのは、先生である天使リベだ。
「尾行してたのか」
「立て続けに被害に遭ってるんですもの。正解だったでしょ?」
「フンッ」
拗ねるジャックを抱えたリベは、手負のラースとエンヴィーを後にして窓から飛び降りた。
「どこへ行くんだ!?なぜ奴らにトドメを刺さない!」
「でかい方の目が死んでませんでした。二人にはまだ策がある。それに、私は自分の生徒を救いに来ただけ。七つの亡霊は最高神達がやってくれます」
「離せ!誰も助けろなんて言ってない!学校の外までおっせかいは要らないんだよ!」
「貴方とルーナはいい子だと思ってたのに、ジャックが一番の問題児ですよ」
二人が居た城はもう見えなくなっていた。しかし、ジャックの口から現れた不思議な空間が二人を包んで見覚えのある場所へと転移させる。
「どういうこと?」
「さっき居た城の部屋だ。けど、ラース達が居ない」
二人は、先程の部屋に転移されていた。しかし、ラースとエンヴィーの姿はなく、散らかった食卓と床に這いつくばるポム吉だけがある。
「二人は逃がした」
その声と共に、ポム吉の上に歪んだ空間が現れる。更に、その空間からラトニーが現れ、床のポム吉を踏み付けた。
「そして私は、二人の安全の為に目撃者の貴方達を始末しに来た」
ラトニーはポム吉をグリグリと踏み付け、ゆっくりと青い瞳を見せた。




