第24話【グリード】その4
身動きの取れないジャックは、激痛と苦しみの中で冷静に未来を見ていた。真理の義眼に映る未来は、グリードの放った銃弾がジャックに当たり、体が粉々になって爆破する光景だ。
どっちにしろ、この距離からは奥の手である地獄門の召喚が使えない。
「神器!爆魔亜刀!」
ジャックの見た未来が来たようだ。素早く放たれた銃弾は、弾丸でありながら高スピードの魔法だ。通常でも避けることの出来ない攻撃を今のジャックが避けれるはずがない。
しかし、ジャックは弾丸が来る前に姿を消した。
「何!?」
これには、グリードも戸惑いを隠せない。しかし、すぐにその謎とジャックの位置に気付いた。
「はっ!貴様!まさか転移を!この幻獣の元へ転移したな!」
「正解!」
ジャックはグリードの背後で、体勢を変えないまま宙に浮かんでいた。そして、ゆっくりとグリードに向けて右手を伸ばす。
「地獄の門よ――」
すぐさま、地獄門の召喚を行おうとするジャックだが、グリードが瞬時に投げた神器が喉に刺さり、喋ることが出来なくなる。
「がはっ!?」
「地獄門の召喚ですね。貴方のことは多少調べていたので、戦闘中は警戒してましたよ」
ジャックは召喚に必要な詠唱を発することが出来なくなり、打つ手なしの窮地に立たされる。
「フフッ、派手に行きな」
勝利を確信したグリードは、心の奥底に隠した自分を見せるようにニヤッと笑って見せ、手の平から圧縮された魔法を放とうとする。
「がはっ!」
「ッ!」
しかし、背後から現れた何者かによって、頭を脳ごと噛みちぎられる。背後の何者かーーアウトリュウスは、噛みちぎった肉片をぺっと吐き出し、グリードに踵落としを入れた。
「じゃら〜ん!救世主俺ちゃーん!」
「……」
「何でピンピンしてるのって?それはお母様のお陰だよ」
アウトリュウスの肩の上で、白い猫ーークロがゴロゴロ音を立てる。同時に、アウトリュウスの魔法が下に落下してくグリードの心臓を撃ち抜いた。
「はい終わり。一人で頑張ったね、ジャック」
瀕死のジャックをお姫様抱っこするアウトリュウスは、血濡れたジャックの全身を舐めて血を拭き取った。
「お母様、ジャックの傷も治療できない?」
アウトリュウスがそう頼むも、クロはプイッと知らんぷりする。
「やっぱダメか」
「助けてくれてありがとう!」
「……」
ポム吉が礼をするも、アウトリュウスによって無視される。
*
(なぜだ……栄光なる血を引くこの私が、あんなガキ共に敗北した?なぜ?なぜこうなった……)
グリードは今にも眠ってしまいそうな目で、瀕死のジャックを見ていた。そして、だんだんと消えていく自分の体を見ていた。
(あんな薄汚れた人間が……我が王を脅かそうとしている。あってはならぬ!ならないんだ!)
そして、朽ちる体から一枚の古い写真が出てきた。その写真は、赤髪の子供の写真だ。
(ら、ラース……)
眠るように沈む意識は、次第に思い出と過去へと浸っていく。グリードは死の直前で走馬灯を見るように、自分の幸せな過去を思い出していた。
*
「首をはねろ」
一人の王が跪く神二人に対してそう言った。その王は、暴君さが目付きに現れており、傲慢さが態度に出ている。
「で、ですが、ご存知の通り私の息子です。そのようなことできるはずが――」
「ならば親子揃って死ぬか?」
「……」
二人は親子で、親が子の首をはねることを命じられている。親は、覚悟仕切った子に対して震えた手を振りかざす。
だが、その震えた手はグッと堪えられ、玉座に座る王へと向けられた。
「バカにするのもいい加減にしろ!死ぬのは貴様だ!ネロ王!」
しかし、親は王に蹴り上げられ、その場で空気と混じるように爆破した。それを見た子も、怒りを露わにして王へと立ち向かうが、子も同様に顔を触れられて爆死した。
「やはりクズの子はクズだな。余が命じてないのに同じ道を行きたがる」
「流石です、ネロ王」
「素晴らしい余興でした」
「この程度が素晴らしいとは、酷いセンスだ。お前も要らぬ」
王は、自信を褒め讃えた部下すらも爆風で吹き飛ばした。そう、この暴君こそがグリードその人だ。
グリードはかつて十地域に別れていた一つを支配する王だった。親が王族で、王子として生まれたグリードに手に入らない物はないように思えた。
「ネロ王には困りました。昔はあんなにいい子だったのに」
「ですから、それも彼の策だったのですよ。自分が王になった瞬間、自身の親を公開処刑したではありませんか。あんなに可愛がってくれた優しい父と母を」
「もう、あれは神でも王でもない。欲求の塊じゃ」
誰も彼もがグリードに逆らえなかったのは言うまでもない。しかし、平穏の時は突然訪れた。
「ネロ王はどこへ!?」
「一ヶ月は経ちました。まさか、死んだとか……」
結局、グリードは突然失踪し、消えたまま王宮へ戻ることはなかった。だが、当然死んだ訳ではない。ただ、自分の満たされた心に虚しさを覚え、安全とは真逆の生活を望んだのだ。
グリードは犯罪組織を作り、マフィアやギャングのような生活をし始めたのだ。
「世界も狙えたあのネロ王がここまでゴロツキまで落ちるとは。それも自ら」
「全く何考えてるか分からないぜお前は」
仲間はグリードを面白がったが、グリードは次第に次第にその生活が面白くなくなってきていた。
(余は全てが欲しかった。しかし、今は違う。求めて手に入れて求めて手に入れての繰り返しには飽き飽きだ。キリがない。余が求めてるのは……一体、何だ?)
グリードが最終的に求めたのは、自身が本当に求めている物、その『何か』に出会うことだった。だが、グリード自身にもその『何か』の正体が分からないときた。
「くそっ、この俺がヘマをするとは……あの底辺貴族めっ。あの程度、余に比べたら下級民族なのに……くっっ、か、がはっ!」
ある日、とある貴族の暗殺で大怪我を負ったグリードは、命からがら逃げ切った。しかし、体は動かず、助けも来ないようなこの状況では、何れにしても死ぬ。
「あっ」
草むらに隠れて死を待つグリードに、一人の少年が足を引っ掛けて転けた。少年は、瀕死のグリードに気付き、周りをキョロキョロと見渡した。
「大丈夫かい?ちょうど使えそうな薬がある。口をお空け、食べさせてあげる」
グリードは少年の言う通り、話すことも出来ない口を小さく開けた。少年は、マリア様のようにグリードを支え、優しく薬を飲ませる。
「はぁはぁ……助かった」
「礼には及ばないさ。そんなことより、今は体の傷のことを心配しな」
少年は、綺麗な赤髪とワニのような赤目が特徴的で、何だか触れたくなるようなオーラを発している。
そんな少年とグリードの元に、武装した神々と一人の老人が現れる。
「ラース様!こんな所に!」
少年――ラースは、駆け寄って来た老人に抱き締められ、薄い目で後ろの神々を見た。
「彼らは?」
「ラース様が居なくなったから捜索していたのですよ。お父様が暗殺されたばかりで、こんなとこまで来てはダメです」
「ごめんなさい。どうしても、父の死が受け入れられなくて」
グリードはラースと老人の会話を聞いてピンと来た。昨日、自分が暗殺した貴族がラースの父だということに。
「その傷だらけの男は……ま、まさか……」
老人が傷だらけのグリードに気が付いて、勘づいたようにラースと共に一歩後退りした。
「僕を助けてくれたんだ。さっき、妙な男が僕に襲いかかって来て、そこに通りかかった彼が僕を助けてくれてくれた。だからこの傷は僕のせいなんだ。彼を城へ案内してあげて」
ラースはグリードを庇うような発言をした。それも、純粋な少年の瞳で、淡々と嘘を並べてだ。
「そうでしたか。てっきり逃亡した暗殺者だと思いました。失礼しました」
グリードは生まれて初めて動揺していた。ラースが全てを知った上で嘘をついたことを悟り、疑問と恐怖を覚えていた。ラースの父を殺したのは自分で、ラースにとって仇であるはずだ。だからこそ訳が分からなかった。
「ラース……大変なことになった」
城へ帰ると、ラースと同い年くらいの少女が駆け寄ってきた。その少女の背後には、荷物を纏めた執事やメイド達が並んでいる。
「申し訳ありませんラース様。私達ーー」
執事の一人がそう言った瞬間、ラースが執事とメイド達の間に入って二階へ続く階段をゆっくりと登る。
「君たち皆クビだ。父が死んだ以上、君らに払う金や報酬はない」
「ら、ラース様……」
執事とメイド達は涙ぐんで膝をついた。それは、自分達が言おうとしていたことをラース自ら言葉にしてくれたからだ。そして、深く頭を下げて城を出て行った。
「爺やもだ。君は寿命が近い。残り少ない時間を自分に使うといい」
更に、グリードを背負っている老人にも資金を渡し、強引にグリードを引っ張り抱えた。
「はははっ。見た目はこんなんですが、神は不死ですよ。一生仕えますよ」
「いや……僕の特技さ。よくご存知だろ?死期が近い者が分かるんだ。どうやって死ぬかまでは分からないけど、残り一年もない。やりたいことやって死んでくれ」
「……ラース様がそう言うならそうなのでしょうね。貴方のお父様が死ぬ数週間前も同じことを言ってましたし……そうなのでしょうね」
結局、ラースは全ての従者を城から追い出し、少女と二人でグリードの手当てを行った。この状況を作り出したのは、ラースの父を暗殺したグリードだろう。
「行く宛はあるのかい?」
「なぜこんな真似をする?分かってるのだろ?お前の父を殺したのは俺だぞ!?何を考えてる……ガキ。慎重に言葉を選ばなければ、首が吹き飛ぶことになるぞ」
グリードは幼いグリードの首を掴んで、暴君の如く睨みを効かせた。
「言わない」
ニッと笑ったラースに不思議と怒りが沸かない。あるのは、新しい感情と感覚の数々。それが心地よい訳ではなかったが、特別嫌な訳でもなかった。あったのは、初めて他人に興味を持ったという事実だ。




