第7話 【天.シックス】 後編
近くで天使の死体が燃え、ジャックの腕からは血が止まらない。
「仕方ない」
天使の死体に腕を近づけ、自身の腕を燃やす。すると、血は止まり、皮膚が焼ける。
「くっっ、リオーノ.メルト」
腕に移った炎を溶ける液体で消す。当然、悶絶しそうな痛みがジャックを襲う。
「解除」
腕が液体で溶ける前に魔法を解除することで、腕は火傷だけで済んだ。しかし、血を止める為とはいえ、ダメージを受けすぎた。
「はぁはぁ、痛い、染みる。流石に動けねぇ」
「君は凄いね、流石アマノの側近」
暗闇から出てきたのはデモだった。傷一つ負わず、無事に天使を撃破したようだ。
「どうも」
「喘ぐほど疲れちゃったの?」
「その言い方なんかやだ」
ジャックは嫌な顔をして、切らしていた息を無理やり整えた。
「ごめんごめん、女の子に失礼だったね」
「俺は女じゃない、分かってて言ったっしょ?」
「分かってて言った。けど君は女の子以上に可愛いよ」
デモは、ジャックの顎を軽くクイッと持ち上げ、ニコッと笑う。当然、ジャックはすぐに手を振り払った。
「見た目だけで判断すんな」
「見た目以外も可愛いよ、あくまで僕の意見だけど」
デモは、二つの羽根を持っていた。きっと、戦った天使の羽根だ。
「羽根?」
「うん、敵が落としてった。君にあげるよ」
「いっ!!いっったい!!」
ジャックの背に激痛が走った。振り向くと、天使の白い羽根が二つ増えていた。
「この天使の羽根も貰おう」
デモは、燃えてる天使の死体に手を突っ込み、羽根をむしるように取った。そして、ジャックの背中に再び付けようとする。
「待て待て!まさか付けるの?」
「付けるよ」
「あの、出来れば痛くしないで」
涙目になったジャックは震えていた。腕の痛みだけでなく、背中に激痛が走る。その痛みが泣くほど痛かったらしい。
「無理」
「いっった!?」
ジャックの羽根は、悪魔の羽根が一つ、天使の羽根が三つ、計四つになった。
「魔王の羽根を扱え、魔法を習得できた君ならいづれ天使の魔法も使えるようになるよ」
痛みのあまり、ジャックの表情が固まる。
*
動けなかったジャックは、デモに背負ってもらって城を出た。
城を出ると、既に皆居た。アマノの治癒魔法やゼパルの回復魔法で戦いで負った傷を手当てしている。
「おっ、天使を倒したようだね。良かったねアマノちゃん」
「当然よ。それより、ジャックの手当てをしましょ」
回復魔法で痛みを和らげ、治癒魔法で失った皮膚を再生させる。腕の傷は、切れた服と共に治っていく。
「ねぇ、アイムちゃん。魔界に流れ星ってあるの?」
ゼパルが治療を続けながら、上空を眺めて突然言った。その発言に、アイムだけでなく皆が首をかしげる。
「あるわけないだろ……何頭悪いこと言ってんだよ」
「けど今確かに、空が光ったの。流れ星――いや違う!避けて皆!」
ゼパルが皆を突き飛ばした瞬間、ゼパルの胸に矢が突き刺さった。一瞬の出来事で、デモ以外の皆、理解できなかった。
「神器!」
状況をいち早く理解したデモは、自分たちの周りを盾で覆った。盾と言っても、透明でガラス壁のような盾だ。そして、盾を張った瞬間すぐに複数の矢が飛んできた。
「天使の誰かが死ぬ前に助けを呼んだんだ。神と天使の大群だ」
盾越しに見えたのは、空高く、遠くからやって来る神と天使の集団だった。弓矢、槍、剣などの神器を構えてこちらに近づいていてる。
「僕が時間稼ぎをするから、ゼパルを治療して」
盾から飛び出したデモは、神と天使の集団に魔法を放ち、足止めをする。
「ゼパル?おい!しっかりしろ!」
「邪魔!」
ゼパルに寄り添うアイムを突き飛ばし、アマノが治癒魔法で胸の傷を塞ごうと試みる。
だが、ゼパルはアマノの手を振り払い、自らの羽根を引きちぎった。
「アイムちゃんに……」
それがゼパルの最後の言葉となった。
「おい!手を止めんな!」
「死んだわ……貴方に羽根を残して」
「このガキ!良いからやれって言ってんだよぉ!」
アイムは取り乱し、アマノを殴った。胸ぐらを掴み、脅しを続けようとする。
しかし、ジャックがアイムの腕を強く握ったことで、力が緩み、手を離した。
「常日頃人の死を見てるあんたなら分かるだろうが。死んだんだよ、ゼパルは。そのことでアマノに八つ当たりすんな。次やったらあんたを殺す」
アイムは顔を赤くし、涙目になりながら地面を踏み潰した。
「んなこと言われなくても分かってんだよぉぉぉ!!!クソガキ共の分際で偉そうなこと言ってんじゃねぇ!」
アイムは、盾の外側に飛び出し、神と天使の集団に向かっていこうとする。
「待てアイム!落ち着け!君も死にたいのか?君はアマノ達と共に逃げるんだ」
しかし、デモが腕を引っ張り、アイムを止める。
「断る……奴ら皆殺しにする」
「大人になれ、成長しろ、冷静であれ、真実を受け止められない者はどの世界でも生きていけない」
デモは、哀れみと悲しみの目を見せる。その目を、アマノとジャックは静かに見ていた。
*
「んっ、あぁ?」
アイムは見知らぬ場所で目覚めた。いつから寝ていたのか覚えがないが、一つ思い出したことがある。
それは、ゼパルが矢で打たれて死んでしまったこと。それ以降の記憶はない。
「そうだ!ゼパル!!」
飛び上がって起き上がると、ジャックがアマノの頬の傷に湿布を貼っていた。その頬の傷は、アイムが殴った傷だ。
「ここは私達が住む森、デモが貴方を気絶させたの。ゼパルの羽根は貴方に付けといたわよ」
「……そうか」
気絶して冷静になったのか、自分の背にゼパルの羽根があるからか、アイムは落ち着いていた。
「デモは?」
「私達を逃がす為、神々の足止めをした。きっと死んだでしょうね」
「そうか、腕の手当てありがとう。それと殴って悪かったな」
アイムの体は、不思議と軽く、痛みがなかった。
だから森を出ようとした。
「これからどうする気?」
「……これから考える。頬の傷、本当にすまなかった」
アイムは、心からの謝罪をし、弱々しく羽根を広げて森を出て行った。
*
「ゼパルもデモも亡くした。何の為に力を欲してまで魂を喰ってきたのか……一人は平気だが、失ってからの孤独は少し辛いな」
雨の中、アイムは隣街を歩いていた。羽根を広げ、飛ぶ元気はなかった。
大切な存在を失うのは初めてだった。なぜなら、大切な存在なんて今までなかったから。目から流れる涙が、雨で流れるのだけが今唯一の救いだ。
そんな状況でしばらく歩いてると、倒れている子供を発見した。
良く見てみると、子供は頭に金の輪っかがあり、背に白い羽根がある。子供は、人間ではなく天使だ。
「天使の子供?」
「んんッ、だ、れ?」
子供はちょうど目が覚め、アイムの顔を目を細めて見た。
「俺はたまたま通りかかった悪魔……アイム。お前はなぜここに?ここは下界だぞ」
「えっと、確か下界に落とせって言われて訳が分からないまま落とされた」
「ゼパルのような堕天使ではないようだな。天界内のトラブルか何かか……取り敢えず今日はもう遅い、下界で一晩過ごしな」
「は、はい」
アイムは、仕方なく子供を一晩面倒見ることにした。
(明日天界に返すか)
*
翌日のこと。
天界新聞には、デモが死んだことが載っていた。死因は自爆魔法による自爆。そして、依然アイムとアマノは追われる身だ。
「こんにちは。これ、アマノに頼まれて欲しいものリストが書いた紙を渡しに来た」
「ほぉ、ご苦労さまですジャック様」
この日、ジャックはジィジの元に訪れていた。追われる身となっているアマノが迂闊に外を出歩かないよう、ジャックが自ら来たのだ。
ただし、理由はそれだけではない。
アマノ本人に聞けないある話を、ジィジに聞きに来たのだ。
「あのさ、聞きたいことがあるんだけど……」
「なんですじゃ?」
「他の神や天使達はアマノを『魔女の子』って呼んでるんだけど、何か知ってる?」
「魔女……そのことか」
ジイジは、何か知っている様子だった。
「話してくれ。勿論アマノには言わない」
「わっかちゃよ。まぁ、座って聞いてください」
ジャックはその場に座り込み、静かに話を聞くことにした。
「何千何万も生きる神々からしたらほんの少し前の話じゃ。魔女と鬼が禁断の恋をした。二人は遺族の反対を押し切る……やがて二人の間に子供が産まれた――」
天界や魔界には、天使や悪魔以外にも魔女や鬼など複数の種族が居る。そのことを勉強していたジャックにとっても、何とも奇妙な話だった。
「その産まれた子がアマノ様じゃ」
「けど変だ、アマノは神じゃないの?」
「……そう、アマノ様は魔女としても鬼としても生きれなかった。どちらの種族からも好まれなかった子に対して二人はある行動に出た……それは悪魔と契約すること。当時は悪魔との契約もできた時代、しかし人間ではない場合は願いは一つ。二人は夫である鬼の魂を犠牲に願いを叶えることにした。その願いこそ、アマノ様の種族を神にすることだったんじゃ」
話を理解したジャックは、一つ疑問に思う。
「なぜ神に?」
「一番地位が高く、生きやすい種族が神だと思ったからじゃ。じゃが魔女の子と知れると神々は純粋な神ではないと言い出した。当然アマノ様は天界で生きづらくなった……それどころか命を狙われ下界に逃げて来たんじゃ」
「それでジィジが育てたのか」
「そうじゃ。けど最近のアマノ様は少し笑うようになって嬉しい。きっとジャック様のおかげじゃろうな」
「そう」
ジャックは、内心悪い気はしなかったが、表情には出さずにジィジから視線を逸らした。
*
ジャックが森に戻ると、アマノが見覚えのある悪魔と話していた。
背は大きく、がたいがいい大きな悪魔――魔王の補佐官を務めているサナスだ。
「確か補佐官の、サナス?」
「ちょうどいい所に来たわ。ジャックにも説明をお願い、サナスさん」
サナスは少しやつれており、何だか不安な表情をしている。
「ジャック様、実は……」
その表所を見て、また何か頼み事だと悟る。