第19話【戦いの準備】前編
ジャックが目を覚ますと、病棟で体を治療されていた。回りが魔力で溢れており、体の毒も無くなっている感覚がする。
「んんッ?」
隣には、同じベッドでベルがすやすやと寝ており、ジャックの腕を掴んでいる。ジャックはベルを起こさないようゆっくり腕を振りほどき、自分の服の中を探るように触る。
「あった」
ジャックが服から取り出したのは、スロウスの服から拾ったゲームソフトだ。ソフトのパッケージは少し割れているが、中身は無事のようだ。
「んッ」
ベルが目を覚ましそうになったのを見て、ゲームソフトを服の中に隠す。そして、ゆっくりと体を起き上がらせる。
「んっ?あれれ〜?いつの間にこんな場所に」
目覚めたベルは、ベッドに座るジャックに目を向け、微かに微笑んだ。
「おはようジャック。どうやらスロウスを倒したようね」
「うん」
「所でジャック。何でここに?私のベッドで何してたのかな〜?」
ベルは揶揄う様な態度でニヤッと笑う。
「ベルが俺のベッドで寝てたんだよ」
「えー?違うよ。ジャックがこっちに来たんだよ?ほら、ここ私の名前入ってる」
「え?あ、ほんとだ。け、けど俺は気付いたらここに居て」
「なるほど。無意識に女の子のベッドに入っちゃう変態さんか〜」
「違うって」
ジャックは少し怒ってムッとした態度でベルを睨む。ベルはそんなジャックを横目で見て、すぐにケタケタと笑った。
「ははは!冗談だって!私がジャックをこっちに運んだの!もう〜、ジャックって短気何だから」
「フンッ」
ジャックは自分が無意識に動いてないことを聞いて安心した。だが、ムッとした態度は変わらず、拗ねてもう一度ベッドに横たわり、ベルに背を向けた。
「ジャックは強いね〜。七つの亡霊の一人を殺っちゃうなんて」
「ベルの手助けが無かったら負けてた。別に強くないよ。今はまだ」
「そうね。強いけど、私の理想の器とは程遠いし、明らかに足りない」
ベルのその一言は、自信なさげでいつもより小さい声だった。まるで、独り言のような呟きだ。
「理想の器?一体何の話?」
ジャックがその呟きを拾うと、ベルはビクッと体を震わせ、ゆっくりとこちらを見た。そして、少し間を開けて口を開く。
「私の夢の話だよ。そんなに聞きたいの?」
「うん。気になる」
「しゃあない。教えてあげる」
ベルがジャックとの顔を近寄せ、薄く悪魔じみた笑みを浮かべた。ジャックは少し頬赤めて目を背ける。
「私の夢は理想の主に従えること。私はずっと探してるの……ジャックみたいに強くて、それで居て絶対的な王様に」
「神様らしくないね。まるで天使みたいな願いだ」
「……それって、私が天使みたいに可愛いってこと?」
「何でそうなるの……」
呆れるジャックに対して、ニコッと天使のように笑うベルは、何かを誤魔化すように下を向く。
「デモ.ゴルゴンが生きてたのなら、私はきっとデモに会いに行ってた」
「デモに仕えてたってこと?」
「いや……多分彼はそういうタイプじゃないよ。私の理想とは真逆だ」
「そう」
「昔……とても強い人が居たの。けど、彼は私と馬が合わなかった。大好きな人だったから、それが残念で残念で……忘れられないの」
「その人には……もう会えない?」
ジャックの問に対し、ベルは静かに頷いた。そして、少し申し訳なそうな素振りを見せ、ベッドから起き上がり、静かに病棟を出て行った。それを見て、ジャックも顔を洗いに行く。
「げっ!?何これ!?」
ジャックは鏡に映る自分の顔を見て、鏡を二度見する。額には、黒いキスマークが付いており、水で洗ってもキスマークが取れない。
「ベルの奴!いつ付けやがった!全然取れない!」
結局、キスマークが取れなかった為、帽子を深く被ってキスマークが見えないようにした。
*
その後、ギリシャの最高神達に軽い事情聴取をされたジャックとベルは、一週間の自宅待機を命じられた。
「何で自宅待機?」
ポム吉がジャックに聞く。
「スロウスを殺したから、七つの亡霊から命を狙われることを想定したんだ。けど、たかが一週間隠れただけではどうにもならないよな」
「暇?」
「いや、俺がやるべき事は沢山ある」
「掃除とか?洗濯とか?」
「違う!修行だ!今回の戦いでハッキリした。俺はこの一年間で弱くなり過ぎた。今の俺では、真理の義眼も使えないし、アイムとの戦いで使えた天津の神にもなれない。きっとすぐに元の強さに戻せないだろうけど、少しづつでも強くならなくてはならない。アマノの力を受け継いだ俺がこの程度なんて、アマノの顔に泥を塗るようなもんだ」
「手伝うよ!」
「要らない。今回はプライドを捨て見ようと思う。どうせ居るなら、奴を徹底的に利用するまでだ」
「奴?」
ジャックが向かったのは、寮の部屋の中にある奥底の部屋だ。そこは、鉄や鎖で扉が施錠されており、開かずの扉となっている。
「ポム吉、お前は来るなよ。姿を見られると面倒だ」
ジャックはその施錠を解除して部屋の中へと入る。そこは、明かりが一切ない暗闇で、気配は一切ない。
それでも、ジャックが必要とした男は確かに居る。
「お兄ちゃん、ご飯持ってきたよ」
ジャックは死んだ目と表情で優しく高めの声を出す。そして、男の前に静かにパンと水を与えた。
「……」
「悪いね。呪いが悪化しない為とはいえ、こんな部屋に拘束して」
「仕方ないだろ。用がないなら出て行け。修行の邪魔だ」
男――メタトロンは、気配と魔力をコントロールし、筋肉一つ動かさずに瞑想している。その半径数mは、メタトロンの絶対領域に見える。
(何て集中力だ。周りの微かな魔力やオーラがメタトロンに引き寄せられている。こいつ、何も出来ない状況で徹底的に何もしないことを選択したんだ。それこそ、こいつの修行なんだ)
ジャックはメタトロンの集中力とオーラの片鱗に触れ、体の奥底から武者震いした。
(神と天使は上下関係にあり、相性も悪いと聞く。それでも、こいつはスロウスより圧倒的に強い)
ジャックはメタトロンにゆっくりと近付き、しばらく歩いた場所で足を止めた。
「お兄ちゃん、私の修行に手伝って欲しい」
ジャックはストレートに要望を伝える。すると、メタトロンは集中力を意識的に緩やかに解き、片目でジャックの方を見た。
「珍しいな。お前から修行したいって言うなんて」
「うん。このジャックの体、まだ使い慣れてなくて」
「分かった。相手してやる」
メタトロンはそう言い、部屋の明かりを付けた。そして、あぐらをかいたまま宙へジャンプし、空中へフワッと浮いた。
「前言った魔道具、用意したんだろうな?」
「勿論!」
「それを出せ。じゃなきゃこの部屋が持たない」
「魔道具、領域瓶」
ジャックが取り出した魔道具は、一見ただの小さな瓶だ。その瓶をその場に起き、瓶の蓋を取る。
すると、ジャックもメタトロンは瓶の中に吸い込まれ、別の空間へと飛ばされた。
「ここなら思う存分遊べる」
「流石お兄ちゃん!」
ジャックはストレスを溜めながらもサンダルフォンを演じ続ける。二人の周りは何にもなく、広々とした空間が永延と続いている。
「今、この体に合わせて戦い方変えてるから、あんま本気出さないでね?」
「分かってる。俺がお前相手に本気出したことあるか?」
「そう言えば……ないね」
「さぁ、どっからでも掛かってこい」
ジャックは唾を飲み込み、メタトロンに攻撃を仕掛ける。ワイヤーを伸ばし、メタトロンの足元を狙って神器を投げる。同時に、メタトロンの背後に回り込んで魔法を放つ。
「ライト.ファロン!」
しかし、メタトロンの圧倒的な集中力は、ワイヤーも神器もギリギリで避け、魔法を指で摘んで押し潰した。
「え!?」
「こっちからも仕掛けるぞ!」
「ヤバっ!」
「デス.ブレイド!」
攻守交替だ。メタトロンの炎が一瞬にしてジャックを包み込んだ。ジャックは慌てて神器を縦にするが、その炎は圧倒的な火力でジャックの皮膚を溶かした。
「手加減したのにそれか。その体なら治癒魔法が使えるだろ?早く治療して掛かってこい」
「これで手加減!?お兄ちゃん強すぎるよー!」
ジャックはサンダルフォンを意識してわざとらしくそう言ったが、内心もっと驚いていた。
(これだ。フィジカルの強さに加え、圧倒的な魔法力。この炎だけで全て丸く収めてしまう)
ジャックは皮膚を治療し、手から放った光をメタトロンに放つ。その魔法は広範囲で、戦略もクソもない。ただの力業のゴリ押しだ。
「もっと魔力をコントロールしろ。広範囲の魔法は扱いが難しいと言ったろ?使うならもっと繊細なコントロールをするんだ。魔力を圧縮し、全体にパワーが染み込むように放つんだ」
だが、メタトロンは片手で魔法を受け止めており、平然としている。
「わ、分かってるよ!ライト.ファロン!」
メタトロンのアドバイスを受け、再び魔法を放つ。だが、それでもメタトロンを揺るがすことは出来ない。
「ふむ、少しは効いたぜ。その調子だ」
結局、自宅待機の一週間は寝る間も惜しんでメタトロンと修行した。メタトロンは相手を最愛の妹だと思っているせいか、乗り気で修行に付き合った。
「ちくしょう。あの野郎、俺と同じく一年のプランクがあった癖に、前より遥かに強くなっている。きっと、牢屋でも瞑想してイメージトレーニングをしてたんだ。あいつ、やはり戦闘の天才だ。戦闘センスだけなら主神以上……単純な強さも主神レベルだ。もう、万が一も俺が勝てるような相手ではない。奴も、俺やアイムのように無限に強くなるタイプだ」
ジャックは一年間で自分とメタトロンに圧倒的な差ができたことを実感した。だが、今メタトロンが自分の手元に居ることは、ジャックにとっては幸運だ。
それは、七つの亡霊と渡り合うには、メタトロンとの修行が必要だからだ。
*
とある最果ての城の中。七つの亡霊の一人のラースは、テーブルの上のキャンドルの火を眺めている。
「スロウス……お前は優しい子だったな」
ラースは静かに涙を流して、ワインを一口口にした。そして、その場で酔い潰れる。
「リーダー、お酒飲めない癖に飲まないで下さい。一口で酔い潰れるのに」
「うるせぇ!!酒持ってこい!」
ラースが酒に酔う隣で、女が呆れたようにラースに毛布をかける。
「ちくしよおおお!!!!スロウス!!」
別の部屋からも、悔しがる男の叫び声が聞こえる。それを聞き、女は更に呆れたように溜め息をつく。
「我々の目標が達成され、私と貴方が結婚したなら……子供にはスロウスと名付けましょうよ。きっといい子よ」
「うるさい……触るな。ほっといてくれよ」
「何よ。もう知らない!ラースのバカ」
ラースの態度に腹を立てた女は、機嫌を損ねてその場を立ち去ろうとする。それを見て、ラースは焦ったように女に手を伸ばした。
「おい!待て!あっ!」
しかし、椅子ごと倒れてしまい、そのまま床へ転けてしまう。女は一瞬ラースの方を見るが、プイッと怒って立ち去って行く。
「うぅっ……やっちまった。くそぉ」
その場で情けなく涙を流すラースは、テーブルから落ちたジャックの写真を見て、怒りの表情へと変えた。
「ジャック……お前には地獄を見せてやるぞ」
そして、ジャックの写真にナイフを突き立てる。




