第18話【スロウス】その4
ジャックに殴られたことで、スロウスの体は現状を維持できなくなっている。全身が液体になりつつあり、ドロドロに溶け始めている。
その痛みとぬるま湯に浸かるような感覚の中で、遠い昔を思い出していた。
気の毒な自分の過去を、思い出していたのだ。
*
スロウスは六歳の誕生日に両親を殺された。当時のスロウスにとって、記憶にも印象にも残らない大したことのない事実だ。
「大丈夫だスロウス。お前さんの両親を殺した奴は殺された。今日からお爺ちゃんが居るからね。安心していいんだよ」
その後、スロウスは曾祖父さんに引き取られる。そして、それが新たな家族との出会いだった。
「この神はお前の両親の仇を取ってくれた者だ。私の恩人でもあるんだ」
「お、恩人?」
スロウスの前に現れたのは、不気味な美しさがある男だった。優しい表情とは別に、背後にべっとりと気色悪い物が付いてるような男だ。
「私はラース。今日から君の家族だ。他の家族も紹介するよ」
ラースと曾祖父さんを含めた五人、それがスロウスの家族となる。だが、その家族にはある思想と目的があった。
「いいかスロウス。神ってのは数人……いや、本当は一人で良いんだ。優れた存在は個体数が少ない。神はこの世の頂点であり、絶対的な存在。最初の神、天之御中主神が間違った考えをしたせいで、こんなに増えてしまったが、本来あるべき姿は神は一人なのだ」
これがこの家族の常識であり、思想であり、最終目標だった。神として誇り高いラースは、この思想の元生きていた。当然、幼いスロウスもラース達と同じ思想へと強調された。
「けど、僕は今の和気あいあいの世界も好きだよ」
「……そうか」
スロウスはラースや曾祖父さんへの感謝と恩があった。だからこそ、その思想に反対する理由はないと考えていた。
「お前も手伝うんだ。ラースの為だ」
「分かったよ」
七歳になれば、神殺しも強要された。ラース達は積極的に神々を暗殺していき、目標へと小さな積み重ねをしていたのだ。
(僕が殺らなくても、結局リーダー達が殺るんだ。なら、僕の毒で苦しまないで殺してあげよう)
これがスロウスの考えだった。家族への反逆など考えなかった。当然、何度か頭に過ぎる考えだったが、家族の強大な力を見て、それが無駄だと思い込んでいた。
(それに、リーダーやお爺ちゃんには、両親の仇を取ってくれた恩があるし、このままでいいんだ。もし間違っているなら、リーダーの目標は達成されない。達成されたなら、リーダーは正しかった。全ては天のままに決まっている)
スロウスの考えは、言い訳を並べた怠惰な考えだった。だがらこそ、多くの神を罪悪感なく殺すことが出来たのだ。
*
(ああ……悪党でも寂しくなるよ。これから死ぬと思うと、家族が恋しくなる。またリーダーやお爺ちゃんに褒めてもらいたいな)
スロウスの体は、溶けて消滅するだけだった。しかし、その体は次第に固まっていき、形態をゆっくりと変えた。
「ジャック流石!スロウス倒したよね!」
「はぁはぁ、な、なんだ?」
「え?」
スロウスの神器が機能しなくなったのを見て、ベルが安心したようにジャックの元へ来て、回復魔法を使用した。
しかし、様子がおかしいスロウスを見てゆっくりと身を引く。
「ッッ!?がはっ!!」
「ベル!?」
突然、ベルが血を吐いてその場に倒れた。
「まだ生きる気なんだ……この体……」
立ち上がったスロウスは、風邪を拗らせたような声質でそう言い、変わり果てた姿をジャックに見せた。
ドクロのような顔は液体でドロドロになっており、体は黒い闇のようになっている。その魔力が空中へ漏れており、当たり一体が歪んでいるようだ。
「空気だ!毒ガスが空気に充満している!ベルは毒ガスによってやられたんだ!」
ベルの服から出て来たポム吉が、慌てた様子でガスマスクに変形し、ベルの口元に装着する。
「じゃあ俺は!俺はなぜ倒れてないんだ?」
「毒を受け過ぎて耐性を持ち始めてる!それと、まだ体の血液が毒を解毒してくれている!効果は薄れているけど、あと数分は持続すると思う!」
「がはっ!?」
「ジャック!?」
だが、ジャックも血を吐き、頭を抑えてその場に蹲る。
「最初に食らった毒が回り始めたんだ」
「そもそもダメージを受け過ぎだ!取り敢えずベルを背負って!」
ジャックがベルを背負うと、ポム吉がガスマスクになったままジャックに触れた。
「体が……楽に……」
「ベルの魔力をジャックに共有させている。大丈夫、魔力には余裕がある。毒からは僕が守るから安心して魔力を使って」
「フっ、今夜はご馳走だな」
「やったぁ!」
「治癒魔法」
ジャックは自分の体をある程度治療し、ゆっくりとスロウスと目を合わせる。その姿は、神というよりは悪魔のようで、何とも醜い姿だ。
「何がお前も縛ってるかは知らんが、まだ生にしがみつくんだな」
「ジャック、君が大人しく逃げていたなら……どれだけよかったか」
「うるせぇ。早く来い、ロイス」
「毒魔法、ポイゾン.ヴェレード」
周りの草木は全て枯れ落ち、巨大な魔法陣から毒で出来た剣が現れる。その剣は、先程の手裏剣並に巨大で、地面を真っ二つに切り裂いた。更に、地面がドロドロに溶け、ジャックの片腕をすんなり持って行った。
「ジャック!腕があぁぁぁ!!」
「やかましい!」
「しょんな」
左腕を失ったジャックだが、今更痛みはなかった。あるのは、目の前のスロウスを倒そうとする意思だけだ。
「ポイゾン.ヴェレーノ」
スロウスが魔法陣から放った魔法ほ、毒の雨のようだ。弾丸のように激しく落ちてくる毒が、ジャックとその周りを徹底的に破壊し尽くす。
「サン.ライト!」
だが、ジャックが放った光によって、スロウスは目を閉ざした。その隙に、ジャックはスロウスの元へ飛んで行き、手から放った魔法をスロウスに当てる。
「はっ!奴は!?」
だが、魔法の爆風からスロウスの姿は見えない。ジャックは今の一瞬でスロウスの姿を見失ってしまう。だが、すぐに背後の気配に気付き、神器を振るう。
「遅い」
だが、神器は一瞬で溶けた。それだけでなく、スロウスが放った拳でジャックの頭が吹き飛んだ。しかし、顔の半分は生きており、目をギラギラと輝かせた。
「ライト.ファロン」
同時に、指から放った光魔法がスロウスの心臓を撃ち抜く。更に、ワイヤーを引っ張り、地面に落ちていた神器を拾ってスロウスの背後から神器を投げた。
スロウスが間一髪でそれに気付き、神器を避ける。だが、飛んで来た神器をキャッチしたジャックが、流れるようにスロウスの胸を貫く。
「……」
「治癒魔法」
ジャックが使用した治癒魔法は、刀から放たれており、スロウスの傷口を治している。同時に、スロウスの姿が解けるように戻って行き、元の姿になった。しかし、その姿は依然液体のように溶けており、命に関わる重症だ。
「もう動くな。今から治療すれば間に合う。大人しく牢屋へ入ってくれ」
「フフフッ……僕の負けか」
スロウスは清々しくニコッと笑った。同時に、飛んで来た小さな手裏剣がスロウスの首を掻っ切った。
「がはっ!?」
「なっ!ロイス!」
「ほわっ!?」
ジャックは反射的にスロウスの元へ走り出した。その勢いで、ベルとポム吉が背中から落ちる。
「来るな!」
「……」
スロウスは溶けて消滅しそうだった。体内から自身の毒が回っていて、体が持たなくなっている。
ジャックもスロウスの一言で足を止めた。
「なぜ自害を?」
「捕まれば記憶を見られてしまうからね。死んでも、家族を裏切ることは出来ないし、したくない。最後の最後まで褒めてもらいたいから、居場所が無くなるくらいなら死を選ぶ」
「俺にはその家族とやらに縛られて言い訳してるようにしか見えないが」
「だとしたら、酷い目だね」
ジャックのその目は、アマノの目――真理の義眼だった。まるで、スロウスの全てを見たかのように静かに風に靡かれている。
「何だよジャック。もっと喜んだらどう?ゲームクリアだよ」
「これでクリアなら、酷いエンディングだ」
「フフっ、そう?確かに、君とあのゲームのエンディングを見ときたかった」
「見たんじゃないのか?」
「まだ見てなかった。君と見るのを楽しみにしてたんだよ」
「見るべきだったな」
「いいや、知らぬが仏って言葉があるように、これで良かったと思う」
次第に崩れ落ちる体は、砂時計のように確実に終わりが近付いている。そして、その砂が僅か最後になるまで、二人は沈黙と風に黄昏ていた。
「もう少しで、家族以外を愛せそうだった」
「……」
「最後に、君の顔をしっかり見せておくれ」
「……」
ジャックは黙って静かにスロウスへ顔を向けた。スロウスはジャックの顔を母親のような表情で見詰め、最後の最後まで寂しそうにした。
「ッ!?がはっ!?」
スロウスの消滅間際で、ジャックの体内で毒が回り始めた。
「くそっ……俺も限界か……」
ジャックの体は、ヒビが入ったように割れており、毒で全身侵されている。そして、とうとう血を吐いてその場に倒れてしまう。
「ッ!ジャックっ――」
スロウスは一瞬だけ躊躇した手をジャックへと伸ばした。しかし、その手は何の意味を持たずに、ジャックの目の前で崩れ落ちてしまう。そして、そのまま全身がドロドロに溶けて崩れ落ちた。
残ったのは、スロウスの服とその服に被さるゲームソフトだ。そのソフトは、まだ買ったばかりの新品で、リボン付きでトッピングされている。
「……」
微かに意識があったジャックは、そのソフトに手を伸ばし、最後の力でソフトを掴み、それを一瞬だけ見て、ゆっくりと抱き締めた。
そして、そのまま赤子のように気を失う。




