第16話【スロウス】その2
ジャックは困惑を隠せなかった。今朝のカーマの話に出た情報が、目の前の二人に一致する。
カーマの両親を殺した七つの亡霊の情報は、『スロウス』と呼ばれる男と『爺ちゃん』と呼ばれる大男の目撃。
だがらこそ、助けに来たと思われたロイスがスロウスだったことに驚きを隠せない。
「まあいい。ほんとに一生のお願いだからな?これからは良い子でいるんだぞ」
「約束する」
「そいつの首を持って帰って来い。でなければいくら俺の家族でも、容赦はしないぞ」
「分かってるよ」
「フンっ」
爺ちゃんと呼ばれる男は、スロウスの説得に応じた。そして、首の傷を抑えてその場を立ち去る。
スロウスは立ち去った男を確認するように、しばらく突っ立っていた。
「説明してくれ、ロイス。ほんとに、あんたが七つの亡霊なのか?」
「何でかな。何でこうなったかな。感がいいから戦いに巻き込まれ、ちょっとだけ強いから悲劇に会う。ジャック、君が爺ちゃんに会わなければ、今頃僕らはゲームのエンディングを見れていたんだ。僕らの関係は変わらず、何事もなくハッピーエンドを迎えれたのにね」
「どうやら、ほんとらしいな」
風に靡かれるスロウスは、薄ら寒そうに萌え袖をし、猫のように等身大で立っている。それを見て、ジャックもベルも武者震いをした。
「逃げな二人共。もう学園やこの付近に来ちゃダメだ。今なら奴らに会わないで逃げれる」
「何、言ってんだ?」
スロウスの発言は、ジャックを不快にさせる。
「リーダーの目的は神々を滅ぼし、僕含めた七神だけがこの世の神となること。それが、彼の思想だ。だから何れ君達も消される。そうなる前に、最果ての地に逃げるんだ」
「そうじゃない。あんたを見逃す訳にはいかないって言ってんだ。ロイス」
「だから言ってるでしょ?奴らにはその力があるんだよ。その端くれの僕にすら君らは敵わない」
既に勝利を確信してるスロウスは、少しづつ苛立ちと焦りを見せる。まだロイスの姿を見ているジャックからしたら、それは奇妙な恐怖だった。
「そう言われると、試したくなる質でね。それに、そんなことしたらあんただってタダでは済まされない」
「大丈夫、お爺ちゃんは僕には優しいしあまちゃんだから」
「だとしても、あんたは牢屋へぶち込む」
「何度も何度も言わせるな。こっちは戦いたくないし、勝てないから逃げろって言ってんだ」
「こっちこそ、何度も言ってる。逃がさないし、あんたには勝つって」
二人が睨み合う中、ベルはゆっくりと木の影に隠れた。恐る恐る二人の顔色を伺っており、それを見て少しだけ純粋な笑みを見せている。
「神器」
ジャックは桃凛剣と天之月の二本の神器を取り出す。その神器は、ジャック同様空中に浮かんでおり、攻撃のタイミングを悟られずらくしている。
「かったるいしうざったい」
スロウスも首の骨をゆっくりとボリボリと鳴らす。そして、気だるそうにしたまま目のクマを擦った。
「神器、風輪赦」
スロウスが取り出した神器は、大、中、小の三種類の神器だ。その全てが歪な手裏剣のような形で、全てが鎖で繋がれている。それを羽衣のように纏い、ジャックと同じように空中に浮いている。
「あんま乗り気じゃないけど……ゲームスタートだよ」
そう呟いたスロウスは、一向に動かない。それを嫌そうに見て、ジャックが自ら動いた。宙を舞い、神界にしか存在しない森の木を蹴り飛ばし、スロウスの死角へと回る。そして、ワイヤーに結んだ二つの神器を操り、神器の羽衣を掻い潜って首元を掻っ切った。だが、その傷は浅く、ダメージになっていない。
「射程距離内」
スロウスの神器が動きを見せた。小さい手裏剣がフワッと浮き、繋がれている鎖を踏んだことで鋭く伸びた。
鎖には手裏剣が数本くっ付いており、触れていい場所は限られている。しかし、ジャックの頬が触れたのは手裏剣の刃だった。その頬に刃が掠れるが、傷はスロウス以上に浅い。
「ライト.ファロン!」
神器を目で追うジャックは、流れるように光の光線を放つ。間一髪で光を避けるスロウスだが、光が近くの手裏剣に反射して背中からスロウスを襲う。
「がはっ!?」
「悪いなロイス。俺はあんた以上の強敵と戦って来たんだ」
ジャックは畳み掛けるようにワイヤーを操り、二本の神器でスロウスを挟み撃ちにする。当然、スロウスも神器を空に振り回し、ジャックの神器を弾いて防御する。
だが、弾きあった神器が絡まり合い、スロウスの体に刃が刺さる。更に、ジャックがワイヤーを強く引っ張ったことで、黒ひげ危機一髪のように体中に刃が刺さる。
「観念するんだな。俺がちょいとでもワイヤーを強く引っ張ったら、お前の命に関わる」
「心配ご無用だよ。それより、自分の命の心配は……しないのかな?」
「何言って――」
瞬間、ジャックの体に違和感が走る。全身が痺れ、熱や痛みを感じ始めた。足元がぐらつき、思わずその場に跪く。
「な、なんだ……体が……」
「やっと効いた。即効性のある毒なのに、数分掛かったね」
「毒?まさか……神器に毒を仕込んでいたのか」
「ちょいと違うね――」
スロウスの体に巻かれる手裏剣の神器が解除され、ワイヤーも体から出たドロドロとした液体によって溶けた。拘束から脱出したスロウスは、その場でムーンウォークをして手首をだらーんと見せ付けた。その手の指からは、ポタボタと妙な液体が流れ落ちている。
「毒魔法、それが僕の特技なのさ」
「へっ、手の内見せていいのか?」
「今見せないなら、もう見せることないでしょ?分からないかい?もうゲームオーバーだってこと」
「……くっ」
傷の痺れは、次第に激しい痛みへと変わっていく。体の自由が奪われていき、まともにスロウスの顔を見ることも出来ない。
「数ミリ掠った程度で……この威力」
「 気の毒だよ、ジャック」
「ちっ……治癒魔法」
ジャックは治癒魔法を自身の体に使用する。だが、傷を治す治癒魔法では、毒の解除は出来なかった。
「無駄だよ。ポイゾン.ヴェレーノ」
スロウスが向けた指からは、水鉄砲のように毒の弾丸が放たれる。だが、空中から現れた白いドラゴンがジャックを連れ去ったことで、スロウスの攻撃を回避する。
「良くやったポム吉……後で褒美をやる」
「やったぁー!」
ドラゴンの背には、一体化してるポム吉が居た。
間一髪の回避だったが、ジャックに余裕がある訳ではない。それに、こちらをただ見上げるスロウスにも、少し違和感を持っていた。
「なぜ何もしてこないんだ?」
その違和感の正体はすぐに判明する。突然、ドラゴンが大きく揺れ、体勢を崩してその場へ落下していく。
「ちっ、ドラゴンが毒を食らってたか」
「そんな〜」
「くそっ。頭が痛くなってきた」
「大丈夫?」
「大丈夫ばない」
ジャックは痛む頭を抑えながら、ポム吉を連れてドラゴンから降りる。しかし、降りることを読んでいたように、龍の姿をした毒の塊が襲って来た。
「なっ!?」
「ポイゾン.ドラゴン」
「間に合わねぇ」
ジャックは防御が間に合わなかった。それを知っていたから、防御から攻撃へと変更する。ジャックがワイヤーを操って投げた神器は、見事スロウスの横腹に命中する。
だが、目の前の攻撃が止む訳では無い。
「……ッ!?」
それでも、ジャックは攻撃を回避出来た。それは、ジャックの力ではなく、突然現れた黒い蝶々がジャックを連れて攻撃を避けたからだ。
「危なかったねぇ」
「ベル?まだ逃げてなかったの?」
黒い蝶々は、ジャックをベルの手元まで連れて行き、その場で綺麗に弾けた。ベルに抱っこされるジャックは、少し恥ずかしそうにしながらも毒の影響でぐったりしている。
「回復魔法」
ベルの回復魔法によって、痛みや疲れが引いていく。だが、毒そのものの効果が無くなった訳では無い。
「あ、ありがとう。助かった」
「毒が消えた訳じゃないからね?まだ毒は体内に残ってる。体中に毒が回れば再び毒の効果で死に至る。それまでにあそこの男を倒さないといけない」
「まさか、手伝ってくれるの?」
「迷ったけど、私達友達でしょ?一緒に戦おう」
ジャックはニコッと笑うベルを見て、戸惑いと驚きの表情を見せる。そして、すぐに薄く笑い返し、ベルの手を取った。
「何だ。アウトリュウスやセーレみたいに冷たい奴だと思ってた」
「何それ〜!ひどーい。私はちょっと意地悪なだけで、めちゃめちゃいい子なんだからね?」
「そうだね」
ジャックは毒の痛みが引いたように緊張が解れた。ベルへの信頼が少し高まり、不安が吹き飛ぶようだ。
「女の子でも容赦しないから。ちゃんと死んでもらうよ」
だが、そんな二人にゆっくりと目を向けるスロウスが、その緊張を再び強くする。
「貴方もちゃんと倒す!この英雄ジャック様が!」
ベルも対抗するようにそう言い、自信満々にジャックの背中を押し出した。
「あくまで人任せかよ」
「私強く見える?どう見てもか弱い女の子でしょ〜?守ってよね、ジャック」
わざとらしくもじもじしするベルは、チラチラとジャックを見て揶揄うよに投げキッスをする。だが、その投げキッスを盗んだポム吉が、流れるようにベルの胸に飛び飲んだ。
「照れちゃう!」
「うわぉ!?かわいいぬいぐるみだね」
「ベル、そいつ女の敵だから気を付けて。女の子を見つけると、決まって胸の上でぺっ――」
「ぺちゃ!」
ポム吉は、ベルの胸の間で「ぺちゃぺちゃ」と言って甘えてる。それを見て、ベルはギュッとポム吉を抱き締めた。
「くっ、苦しい……」
「変なクマ!鼻にチョコついてる!食べちゃお」
更に、ポム吉の茶色の鼻を強く摘む。
「チョコじゃないよ!は、鼻だよおおぉぉ!」
ポム吉は、鼻を引っ張られてプルプルと震え、その場にぐったりと倒れる。そのポム吉を服の中にし舞い込むベルは、手品のように黒い蝶々を何匹も出現させた。
「さっきの蝶々?」
「援護するよ。出来るだけ離れないよう、私の前で戦って」
「分かった」
ベルの黒い蝶々を見て、スロウスは警戒するように首を傾げ、ゆっくりと木の影に隠れた。
「2対1になったが、僕の毒の前では死あるのみ」




