第15話【スロウス】その1
班授業が始まってから一ヶ月近くが経とうとしている。ゲームも終盤までクリアしていて、ロイスとはかなり遊んだ。
「眠っ〜」
だが、この日ジャック達は眠気に襲われていた。髪も乾かしたばかりで、タオルを羽織ってテーブルの上に顔を乗っける。
「ロイスがプールに行こうなんて言うから、こんな眠くなるんだ」
「仕方ないじゃないでしょ。ゲームでプールシーンを見たら行きたくなるでしょ」
「重い」
ロイスは眠そうにしながら、ジャックとルーナを強引に両手に抱き寄せ、子供をあやす様にそのまま寝てしまう。
人を信頼することのないジャックでも、ロイスは信頼出来る側の神だ。それに、この眠さには負けてしまう。
「あ?何やってんだ君たち」
そこに、惚けた顔でラックが入って来た。それを横目で見たロイスは、何か気遣ったように毛布で隠れた。
「何やってのロイス。隠れないで教えてよ〜」
「この子達君のこと嫌いだから。いつも通り女の子と遊んで来な」
「は?何で嫌われてるの?」
「自分の胸に聞いてみたら?まぁ、ラックにそんな繊細なことできないか?」
「た、確かに出来ない」
ラックは自分の耳を胸に当てようと必死に首を動かす。どうやら、物理的に胸に聞こうとしてるようだ。
「まぁいいや。今日も女とランデブーしてくるぜ!」
「行ってら〜」
ラックが出て行ったのを見て、ロイスは再び眠りにつく。
*
また別の班授業の日。
授業が始まる朝の時間、ジャックはカーマとルーナの話に耳を傾けていた。
「お前の両親を殺した奴はどんな奴だったんだ?」
「関係ないだろ」
「関係ある」
「……どこが関係あるんだ?」
「別にいいだろ。教えてくれよ」
ルーナはしつこくカーマから話を聞き出そうとしている。それに痺れを切らせたのか、カーマが静かに話し出した。
「……二人組だった」
「お?どんな?」
「……一人は顔の見えなかった。もう一人は2mを超える大男だ。顔の見えない方はスロウスと呼ばれていて、大男の方はスロウスって奴にお爺ちゃんと呼ばれてた」
「見てたのか?」
「あぁ。奴らを数秒しか見なかったが……得体の知れない存在なのは間違いないよ」
「……そうか。悪いな、嫌なこと思い出させてしまって」
「思ってねぇこと言うな。話を聞いたからって、必要以上に関わるなよ」
「なんだ。心配してくれてるのか?」
「違う。あくまでも、奴らを殺るのは俺だって言ってんだよ」
カーマはいつも通りピリピリしている。そんなカーマが苛立っているのも仕方のないことだ。
「おっ、チャイム鳴ったな。じゃあな復讐者!班授業頑張れよ」
「ふんっ」
「行こうぜジャック。そろそろゲームクリアだぜ」
「そうだね」
今も殺神の首謀者、『七つの亡霊』によって神々が無差別に殺されている。昔のジャックなら何とも思わないが、アマノを失っているジャックは、少しカーマを気にしていた。
「チラッ」
ルーナは恐る恐るロイスの居る部屋を覗く。そして、ニコッと笑うロイスを見て一瞬嬉しそうにして部屋に入る。
「ラックは?」
「いつも通り」
「ナイスっ!」
「早速やろうか。ミーアの大冒険、結構終盤じゃなかった?」
三人はしばらくゲームをすることになる。基本、未プレイのジャックがプレイし、行き詰まった時だけルーナに代わる。ロイスはそれをただ微笑ましげに見ているだけだ。
「違う。下手かよ」
「難しいんだ」
「代わるか?」
「いや、まだ諦めない」
昼時を終え、ゲームを初めて五時間以上が経った。
「ラスボス倒した〜!やっとエンディングだ!」
ジャックの難しい顔が一瞬にして解れ、疲れ果てたようにコントローラーを手離し、伸び伸びとその場に倒れた。
後は、エンディング映像を見るだけだった。
「いっ!?」
しかし、急に目に激痛が走り、反射的に片目を強く抑える。最初は、ゲーム疲れで目を痛めたのかと思った。
「どした?」
「大丈夫?」
「なんだ……これ」
見たこともない映像が、脳裏にハッキリと映った。それは、学園内に現れる大男で、その男が学園内で殺戮の限りを尽くす映像だ。それと同時に、直感で危機を感じた。
「ッ!」
「ジャック?」
ジャックはすぐにその場を立ち上がり、直感が誘う場所へと走り出した。窓を飛び越え、下の二階へ向かう。
「きゃぁぁぁ!!」
更に、その直感に確信が付くように二階から悲鳴が聞こえ、窓には血がべっとりと付着する。
「ジャック!真理の義眼だ!さっき見えた映像は真理の義眼のサインなんだ!」
焦るジャックに対して、懐から出て来たポム吉が助言をする。
「なぜ俺が見た物を知ってる?」
「アマノも同じだった!ジャックの周りで何かあれば、真理の義眼がサインとして伝えてくれるんだ!」
「知らなかった。まったく、不快な能力だ」
二階の窓ガラスを蹴り飛ばすジャックは、周りを見て唖然とする。既に何人か生徒が殺されており、駆け付けた先生も返り討ちにあっている。
「さっき見たのと、同じ光景……」
学園を一瞬にして地獄に変えたのは、ジャックに背を向けて先生や生徒を鷲掴みにする大男だ。2mを遥かに超える巨体、圧倒的な殺気と魔力、古く研ぎ澄まされた刃のような異様なオーラすら感じるフードを被ってる男。
そいつは、ゆっくりと背後を振り返ってジャックを睨み付けた。
「英雄……ジャックか」
「我が名はポム吉!ただの可愛い熊だ!そして隣のお方こそ!偉大なる大英雄アマノの力と意志を受け継いだ英雄ジャックだ!」
ポム吉はいつも以上に出しゃばり、誇らしげにジャックを紹介する。だが、ポム吉はすぐにジャックに頭をが掴まれ、大男の懐へと投げられた。
「ほわっ!?」
ポム吉は一瞬にしてナイフに串刺しにされる。だが、それとほぼ同時に転移したジャックが、ポム吉の近くに現れて大男の首に刀を振るった。
「なっ!?がはっ!」
「先手必勝、このまま死んでもらう」
「ちっ!」
大男は、慌てて手に持っていた死体を前に突き出し、盾として使用する。だが、その死体もジャックに斬られ、すぐに使えぬ物となった。
「お前もこうしてやる」
「くそっ!!何だこいつ!?」
男は不快そうに唇を噛み、床にかかと落としをして当たり一体を破壊した。床が崩れ落ちると、下で班授業していた者が姿を見せ、状況に困惑している。
「わお!凄い状況……。一体何してるの?ジャック」
その班には、ベルも居た。大男と対峙するジャックを見て、ベルが呑気に話しかけて来る。それに目を光らせた男が、素早く動いてベルを黒い煙で拘束した。
「あら」
「どうやら知り合いのようだな。こいつの命が惜しければ、俺を追ったりすんじゃないぞ?追ってが見えたらその場で即殺すからな」
男は大量の血を流したまま、ベルを連れてどこかへ飛んで行く。
「やられた!」
「落ち着け。姿を見られなければいい。透明マントがある。これを羽織って追い掛ける。勿論、魔力のないお前が飛ぶんだ」
「流石ジャック!了解!」
ジャックはドラゴンになったポム吉に透明マントを羽織らせ、垂れ落ちる血を目印に空中を進んで行く。
透明マントを羽織った二人は、決して姿を見られることはない。
*
「ぬぬぅ!!あのガキ!この俺にくだらねぇ真似しおって」
深い傷を負った男は、人気のない森でゆっくりと降りた。そして、ベルを近くの木に括り付ける。
「まさか、七つの亡霊の神?」
「七つの亡霊……なぜそう呼ばれてるかは知らないが、まぁそうだ」
「神々を殺すんでしょ?て、てことは、私もやられるの?」
少し怯えるベルに対し、男は観察するように目を向けた。そして、背中を摩ってほんの僅か驚いた表情をする。
「そのつもりだったが……もうどうでもいい。ここに置いて行く」
「やったぁ!と、素直に喜びたいのだけど……」
ベルは、目線を男の背後に向けた。男は、その目線で悟ったように動き、背後からの攻撃を避ける。
「追ってきたのか?何てしつこい野郎」
「安心しな。あの世までは追い掛けたりしない」
攻撃を放った少年――男に追い付いたジャックは、ベルの拘束を解いて鋭い目付きで男を見上げる。
「さっきは不意を憑かれたからな。だが、もうチャンスも希望もないぞ」
「お前こそ逃げ場ないからな」
睨み合う二人は、圧倒的な身長差がある。ジャックの倍くらい大きい男は、ニヤッと笑い、ベルの口から出した黒い闇を操った。
「おぇー!」
「ちっ、仕込まれてたか」
闇はベルを襲おうと形を変える。それを阻止しようと、ジャックがベルに近寄るが、闇は形と攻撃の方向を変えて来た。
「なっ!?」
「不意を憑いたお前に、不意を憑かれたとは言わせんぞ?」
「くっ!」
ジャックは鞭のようにしなった闇に吹き飛ばされ、近くの木へと体が衝突する。
「死ね」
体勢を立て直す暇もなく、ジャックに闇が襲い掛かる。だが、それを何者かが消し飛ばした。
「ッ!?」
そこに現れたのは、気だるそうに突っ立つロイスだ。ロイスは小難しい顔をして、男を細い目でじっーと見る。
「なぜ邪魔をする!スロウス!」
男は、ロイスに向かって疑問と怒りをぶつける。同時に、ジャックの助かったという安心が吹っ飛び、一瞬にして青ざめた。
「スロウス……だと?」
「ごめんよお爺ちゃん。せめて、僕の手で彼を始末させて欲しい。一生のお願いだ」
「お爺ちゃん……まさか……こいつら……」
二人は、お互い面識があるようだ。そのお互いの呼び名は、ジャックの不安を確信へと変えた。
「悪いねジャック……僕はロイスじゃない」
ロイス――スロウスは、悲しそうに振り返って長く瞬きをした。




