第5話 【邪神天悪】
「魔法で深い眠りにつかせたから当分は起きないよ」
アマノとジャックは、アイムを引渡しに魔界に訪れていた。二人のくたくたに疲れた体は、表情に出ている。
「お疲れ様ですお二人共。約束通り羽根をどうぞ」
「羽根もそうだけど、私と悪魔達が平和条約を結んだこと公表しといてね」
「分かってます」
そう言ったアマノは、鳥の毛に似た黒くて大きい羽根を受け取る。
「ジャック、後ろ向いて」
「良いけど?なんで?」
「良いから」
不思議がりながらも、ジャックはアマノに背を向ける。
するとジャックの背に、ナイフで裂かれたような激痛が走った。
「いったっ!?何!?」
「アマノ様これは?まさか羽根を……」
「魔法を使ってジャックに羽根を移植した。これなら自由に飛べるし、ジャックの頑張り次第で悪魔の魔法が使用できる」
ジャックがゆっくり背後を見ると、黒い羽根が自分の一部となっていた。羽根にも神経が繋がっており、妙な感覚だった。
「羽根は引っ込めることもできる。やってみて」
「どうやって?」
「私は羽根を持ってないのよ?自分で考えて」
戸惑いながらも、背に力を入れたり、羽根を触ったりする。
だが、羽根は引っ込めれない。
「まぁ、人間が悪魔の羽根を操れる訳ないか」
「そうですよ。魔王様の羽根なら尚更、飛べたとしても魔法は難しいかと」
「けど可能性ができただけ良しとするわ」
ジャックは、少し悔しい気持ちになった。期待に応えれない自分に苛立ちをも覚える。
*
魔界から帰って来た次の日、ジャックは朝から背に付いた羽根を引っ込めようと試みていた。
「ジャック、そういうのはコツを掴むことが必要なの。貴方自転車乗ったことある?」
ジャックは、お茶をするアマノの方を見て手を止める。
「そんな高い物買って貰ったことない」
「じゃあー、剣術で例えましょう。ジャックは剣を使って豚を切るのに何日掛かった?」
「一週間」
「今は簡単に骨ごと切れるわよね?けど最初はどう?」
「最初?確か骨が硬くて思ったようにいかなかった。力が足りないとも思ったけど、変えるべきなのは剣筋だった」
「そうね」
話の途中だと言うのに、アマノは立ち上がり、ジャックの元まで足を運んだ。そして、素早く刀を抜き、ジャックに刀を振るった。
しかし、ジャックは自分の神器で刀を受け流す。
「これが出来るようになったのは?」
「二週間前くらい」
「なぜ出来るようになった?」
「なぜ?ん〜、別にコツを掴んだとかではないけど……強いて言うなら『慣れ』、かな?」
「そう、技術ってのには『コツ』と『慣れ』の二つが重要になってくるの。今まで私は、技術を身に付ける技術を教えたはずよ。コツが分からないなら探るように……分かった?」
「分かった」
ジャックは、すぐに言われたことを頭の中で整理し、深く考えた。午前の勉強中も、午後の特訓中も、ずっと考えた。
そしてその夜、ジャックは人体の本を読み漁ってる時に閃いた。そして実行した。
「引っ込んだ!羽根が引っ込んだ!アマノ出来た!」
アマノが見たのは、何もないジャックの背中だった。ジャックは、羽根を引っ込めることに成功したのだ。
「もう一回広げてみて」
「余裕」
再び背中から、悪魔の羽根が生える。
「流石ジャック、できると信じていたよ」
「意識させる場所は背中じゃなくて首にしたんだ。これは自論だけど筋肉が背中と繋がってるし、脳にも近くなるから信号が直接伝わりやすくなったんだと思う」
「考えすぎじゃない?単に思い込みで出来るようになっただけかもよ?」
「どっちでもいいよ、とにかく今は気分が晴れて最高」
満足そうに目を瞑るジャックを見て、アマノも満足そうな笑みを浮かべる。
*
魔界に太陽はなく、常に薄暗い世界だ。だが、一応時間感覚はあり、朝や夜と言う概念も存在する。
朝と夜の明確な違い、それは赤い月があるかないかだ。
朝は月があり、夜は月が落ちる。その代わり、夜は町中に電灯が付いている。
「うきゃっきゃ」
「しっ!」
そんな夜の魔界に、デモとゼパルが侵入していた。勿論、囚われたアイムを助けに来たのだ。
「やぁ!久しぶりアイム!」
アイムは、手錠を付けられて牢屋に入れられていた。
手錠には魔力を封じる効果があり、魔法が使えないようになっている。
牢屋の鉄格子も、魔界にある最も硬い鉱石を使われている。
「てめぇデモ!なんであの時助けてくれなかったんだ!?それに助けに来るのに一週間も掛けやがって!てっきりお前が死んだかと思ったんだぞ!?」
「ごめんごめん。詳しくはあとで説明するよ」
デモは、ニコッと笑ったまま牢屋の鉄格子を捻じ曲げ、アイムの手錠を外した。
「ん〜、やっぱ自由は最高だな」
「ゼパル!もう見張りは良いよ」
「さっさと帰ってディナーにしよっ!お腹空いたよ」
デモは、二人の肩に手を置く。そして、魔法陣から取り出した指輪に願うように、ボソボソと呟く。
すると、三人は小さな光に包まれ、魔界から姿を消した。
*
ジャックが羽根の扱いを練習してから一週間以上が経った。
「なかなか上手に飛べるようになったね」
「魔法も一つ出来るようになったよ」
ジャックは、羽根を使って宙を自由自在に飛べるようになっていた。最近は、ずっとアマノの周りを得意げに飛んで見せている。
「それより降りてこの新聞見に来て」
「新聞?魔界の新聞?」
魔界にも新聞があり、魔界での出来事を記事にしている。
「アイムが脱走したようだよ。目撃者が神と天使が監獄に入ったのを見たらしい」
「デモとゼパルだ」
「そしてこの三人は『邪神天悪』と呼ばれ指名手配されたって」
「邪神天悪?」
「邪悪な神、天使、悪魔だからだと思う」
「邪悪って感じしなかったけどね」
「まぁ、どっちにせよ私たちに関係ない話よ。逃げたアイムを捕まえてなんて言われてないし」
話が済むと、新聞を折りたたみ、椅子から立ち上がる。
「それより、今日は隣町に行くわよ」
「何で?」
「依頼が来た。妖が大量に発生したからその始末をしろって」
「その依頼、誰から?」
「神から」
一瞬だが、アマノの穏やかな目付きが、嫌そうな目付きに変わる。
「信頼されてるね」
「逆、嫌われてるの。普通、妖退治は週一で下級天使がする仕事なの。それほど私は神にとって邪魔な存在、つまりこの仕事は雑用よ」
イメージとは違ったアマノの実態に、ジャックは驚きの表情を隠せない。
「嫌なら辞めれば?妖退治」
「嫌じゃないよ。むしろ神々と慣れ合わなくて楽よ」
「そう」
ジャックは、それ以上の詮索はしなかった。だが、アマノという存在を少しだけ知ったことに変わりはない。
*
アマノ達が訪れたのは、イギリス、イングランド中部の工業都市、バーミンガムという人口約九十一万人、都市ロンドンに次ぐイギリス第二の大都市である。
この日、ジャックは都市中の妖をアマノと手分けして倒した。ジャックが倒した妖だけでも二十は超える数だった。妖は人間の負の感情から生まれる。その負の感情が大きければ妖も大きい存在となる。この日の妖は皆大きかった。
「疲れた……なんでこんなに妖が居るのか不思議だ。この街の人間は皆マイナス思考なのか?」
「お疲れ様、ご褒美に今日は外食にしましょ」
気付けば夕日が綺麗な時間帯になっていた。そして、ジャックは妖を倒して初めて気が付く。
住む街より、建物や店が多く、そして大きく、川や街並みも綺麗で美しいことに。
二人は、しばらく外食できる店を探すが、時間帯のせいか、どこも混んでいた。そして、やっとの思いで入れる店を見つける。
「何名様でしょうか?」
「大人一名、子供一名」
「かしこまりました。あちらの席にお座り下さい」
この時ばかりは、店員にも周りの人にもアマノとジャックの姿が見えていた。どうやらアマノは、自分やジャックの姿を好きなように周りに認識させれるようだ。
「ジャック、貴方好き嫌いないわよね?何が美味しいか分からないから適当に頼むね」
注文の数分後、すぐにジャンじゃか料理が運ばれてきた。ローストビーフ、ミートパイ、カレー、フィッシュ.アンド.チップス、トード.イン.ザ.ホール、サンドイッチ。
二人前にしては多すぎる量だ。さすがのジャックも顔を引きずった。
「どうぞ、私の奢りよ」
「……いただきます」
食べ始めてすぐ、店員が小難しい顔をして駆け寄ってきた。
「お客様、大変すみません。席が込み合ってる関係で、お客様の席で相席よろしいでしょうか?」
「ジャックが良いなら」
「別にいいよ」
ジャックは内心、アマノと二人きりの食事を望んでいたが、ほんの少し見栄を張った。少しモヤつくが、その気持ちは一瞬で吹き飛んだ。なぜなら、相席の客が見覚えのある者だったからだ。
「「げっ!」」
相席の者は、デモ、アイム、ゼパル、邪神天悪の三人だ。思わず、ジャックとアイムは声を揃えた。
「デモ、どうする?逃げるのか?」
「私達はもう貴方を追っていないわ。貴方が恨んでいるなら戦わざるを得ないけど」
アマノとアイムは、しばらく睨み合ったまま動かった。しかし、デモがニコニコと爽やかな笑顔で席に着いたことで場は収まる。
「恨んでないよね?アイム」
「……あぁ、けど一つだけハッキリさせておく。俺はこの小娘に負けたが、小娘より強い」
「そう、分かったわ」
やっと全員が席に着く。そして、デモが当たり前のように料理に手を付ける。
「勝手に食うな、アマノの金だぞ」
「じゃあ、全額僕が出す。文句ある?」
「人間の魂は奪うが、金は払うんだな」
「魂を奪ってるのはアイムさ」
ジャックは、この都市に妖が大量発生した理由がアイムのせいだと悟る。アイムが人間の欲と関わることで、人間の負の感情が生まれる原因になってくる。妖が増えるのは当然のことだ。
「アマノちゃんって綺麗な顔と体してるね。随分若いって聞いたけど、何歳?」
「馴れ馴れしい、少し離れて」
「良いじゃん、女子同士よ?まぁ、それはともかく何で人間の子供を連れてるの?」
「……拾ったから、そんな深い理由はないわ」
アマノは、一瞬横目でジャックを見て、悪事を咎められたような後ろめたい口調で言った。
そんなアマノを挟んで、デモとゼパルがニヤニヤと笑みを浮かべる。
「何よ?」
「「別にぃ~」」
この日、アマノは少しだけ三人と距離が縮まった。それも、怪しいほどに親しげなデモとゼパルのせいだろう。アマノにとっては嫌なことではなかったが、警戒心は決して解かなかった。