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ミトロジア  作者: ビタードール
一部】一章『アマノとジャック』
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第52話【アマノとジャック】

 一瞬、静まり返った。

 深い傷を負い、血まみれになったアマノが地でうつ伏せに倒れている。メタトロンとサンダルフォンは、それを見てケタケタ笑っていて、楽しそうにハイタッチを交わした。

 氷の中から、ただ見ることしか出来ないジャックにとって、今の状況は絶望そのもの。時間が止まり、世界が一変したかのような感覚が全身に走り、全ての感覚が180°狂い出す。


「アハハ!たかが数年しか生きてない小娘が調子乗るからこうなるんだよ。なあ、サンダルフォン」


 メタトロンは完全にハイになっている。サンダルフォンの頭に手を置き、似合わないテンションで腹を抱えて笑っている。


「あれでしょ!若気の至り!仕方ないのよね。けど、この子が成長段階だったから勝てたのも否めないでしょ?」

「それいうなよ。白けるぜ」

「ごめんごめん。けど、久々にはしゃいだね」

「そうか?俺はもっと力出せると思ってたから、ちょっと残念だよ」

「残念って顔してないよ」


 楽しく笑い合う二人は、目の前のジャックのことを気にも止めない。一つのゲームをクリアした幼い兄妹のように、今この瞬間を堪能している。


「あ?ああ、悪いなジャック。お前のこと忘れてた」


 ジャックの方をチラッと見たメタトロンは、手に膨大な炎を集め、ジャックに触れようとする。


「何で残してたか忘れた……気に入らなかったんだっけ?大会での恨みだっけ?まあいいや。もう興味失せた。楽に行ってこい。大好きなアマノ様の元へ」


 笑い疲れたメタトロンは、ジャックへの興味を失ってた。今、メタトロンの手から躊躇なく最大火力の炎が放たれとうとしている。その時、ジャックが見ていたのは、メタトロンではなく、その背後の光景だった。

 突然、今にも死にそうなアマノがサンダルフォンの背後に現れ、弱弱しい手で握る刀を振るう。


「がはっ!?」

「あ?どうし――」


 メタトロンが振り返った時、サンダルフォンの体は縦に真っ二つになってた。同時に、メタトロンも攻撃を食らい、一瞬の隙を生んでしまう。その隙を見逃さなかったアマノは、開いてるかも分からない目を輝かせ、ジャックを閉じ込めている氷を叩き割った。


「アマノ!」


 だが、氷から出て来たばかりのジャックに、メタトロンの炎が飛んできた。アマノは刀を手放し、ジャックの手を引っ張って、ジャックを守るように抱き締めた。それは、思考が伴った行動というより、動物的本能に近かった。


「何を!?」


 青ざめるジャックに対し、アマノは薄汚れた微笑みを浮かべた。巨大な炎は、アマノとジャックを包み、アマノの背中を簡単に抉って見せた。二人は、炎に包まれたまま再び地に落ちていく。


「サンダルフォン!」


 メタトロンは一瞬迷ったが、すぐにサンダルフォンの方へ駆け寄った。だが、その時既にサンダルフォンは死んでおり、風船のようにゆっくりと落ちてく所だった。メタトロンは下唇を噛みちぎり、悔しそうにしてサンダルフォンの体を抱き締める。サンダルフォンの死体は、そのままメタトロンに吸収され、双子の天使が一つとなる。


「お前にとって死は二度目か……前よりマシな死に方で……良かったな」


 メタトロンはそう言ったが、表情は鬼の如く怒っており、全身から炎が溢れ出ている。


「バカが」


 その怒りは、自分の手を引きちぎってしまう程だ。体全身をむしるように引っかき、どうしようもない感情を吐き出す。だが、ここ百年最強の天使は、戦いの途中だということを自覚している。涙が炎で蒸発する中、すぐに気持ちを切り替え、周りを見渡す。


「なぜアマノは音も気配もなく一瞬にしてサンダルフォンの背後へ移動出来た?転移魔法ならジャックの背後や目の前だ……場所がおかしい」


 メタトロンはすぐにその謎を解いた。サンダルフォン死体があった場所には、小さな小さな白い何かがあった。それをすぐに摘まんだメタトロンは、表情を変える。


「こ、こいつ……こざかしい真似を」


 そこに居たのは、豆粒サイズになってるポム吉だった。拘束して魔法陣に放り込んだポム吉が、小さくなってサンダルフォンの背後に居たのだ。


「このバグ野郎が」

「はなしぇ――」


 メタトロンは豆粒サイズのポム吉を指で潰す。だが、潰したポム吉の破片はどこかへと消えてしまう。


「やはりあのクマ、転移持ち……。魔力がないのに転移だと?ふざけるな!くそっ、想定外のことを想定していたはずだったのに……どうやらつまりだったらしい。あの小娘……よくもこんな鬱陶しい真似を」


 頭を抑えるメタトロンは、アマノとジャックが落ちた場所を見下ろす。そこには、既に二人の姿はなく、破壊つくされた街並みしかない。


「まあいい……サンダルフォンの心臓はある。確か禁忌の魔法で蘇りの魔法がある。手間かかるだろうが、奴らを始末した後、じっくりとやろう」


 メタトロンは血濡れた手で髪を掻き揚げ、羽根を広げる。背に生える羽根は、サンダルフォンを吸収した際に授かった分、増えている。


 *


 ジャックは、アマノを連れて荒廃した建物へ逃げ込んでいた。微かに息があるアマノは、なぜ死んでいないか不思議なくらいだ。


「アマノしっかり!気を失うな!」


 ジャックは手当を急いだ。魔法でアマノの傷を少し溶かし、これ以上出血しないようにし、近くにあった布で傷を保護する。持ってる薬品や医療系の魔道具は全て使った。


「ジャック……」

「……ッ!ここに居るよ。増援が来るはずだから、もう少し頑張って」


 目を覚ましたアマノに、ジャックは優しく早口で声を掛ける。その声は優しいが、表情は焦っていて、手も震えてる。

 一方アマノは、今にも閉じてしまいそうな目で、そんなジャックをしっかりと見ていた。


「欠片……持って……逃げなさい」

「何言ってんだよ!俺は――」

「逃げない……そう言うのは分かってる。ジャックは合理的に見えて、バカな男の子……私のことが大好きなッ……純粋な少年だもの……」


 ジャックの表情がどんどん曇る中、アマノは欠片六つをジャックに押し付け、自身の目をくり抜いた。瞬間、アマノの綺麗な肌と髪が、一瞬にして輝きを失った。死人のような肌、色が落ちたような髪、まるで全ての力がなくなったかのようだ。


「何……やってんの……」

「増援なんて当てにしちゃダメ。神々が今のメタトロンに勝てる訳ない。生き残りたければ、どんな手を使っても勝つのよ……。今の貴方に必要なのは私じゃない……貴方に必要なのは、勝ちへの執念。それ以外は何も必要ない……泣くならメタトロンを倒した後にして……その時に存分に私を想って。こっちに来たら……許さないから……」


 血を吐きながら言葉を発するアマノは、弱弱しい手でジャックの顔を掴み、顔全体を探るように触る。そして、ジャックの眼帯を外し、もう片方に自身の目を移植した。瞬間、ジャックの疲労と疲れは吹き飛び、力と魔力で漲った。


「やだよ……それじゃあ、勝った所で何も残らないじゃんか……俺、何の為に……何の為に戦うんだよぉ」


 泣きながら問いかけるジャックに対し、アマノは小さく答えた。


「私の為」

「……嘘だ。あ、アマノの為にならないだろ……」

「なるのよ……ジャックが生きて成長し続ける。それって、最高に幸せなの」


 アマノの声はどんどん枯れていき、遠くへ遠くへ行っている。だが、それを拒むように、アマノがジャックを抱き寄せ、優しく額にキスをした。


「貴方は希望よ」


 アマノがジャックを強く抱き締めたその時、体温が冷たくなるのを感じた。呼吸も心音もなく、抜け殻がジャックを包んでいる。固まったアマノに対し、ジャックも同じように固まってしまった。涙が溢れ出て、震えていた体もピタリと治まっている。感情が抜き取られたかのように、声も上げなかった。


(何の為に……)


 ジャックの中で何かが蠢いていく。どす黒い何かが確実に成長していた。初めて人を殺めたあの時、あの時に似ている何かが蠢いている。


(死にたい……死なせてくれ……)


 生まれて始めて自殺を考えてしまった。それ程、ジャックにとっては大きな出来事だ。


(けど死んだら……アマノが許してくれない。俺はアマノの為に……メタトロンを始末しなくてはならない……)


 そう考えるジャックだが、メタトロンへの殺意など微塵も無かった。アマノを殺したメタトロンへの憎しみ以上に、アマノの死を受け入れらえない。それで精一杯だった。これ以上の感情は、溢れ出てしまう。


(どうでもいい……メタトロンも神々も……またアマノと暮らしたい。あの何気ない幸せが欲しい)


 これがジャックの本音だ。だから体はこれ以上動かず、アマノの手を握りしめ、涙を流したまま優しく抱き締める。ずっとこのまま動かず、死を待つ方が何倍も良かった。


(何で戦わないといけないんだよ……アマノ)


 いつも自己中心的なアマノだったが、ジャックがそう感じたのは一度もない……今この時以外は。


(立ち上がらないといけないの分かってる。けど……動かないよ。だから頼む……誰でもいい……立ち上がる為の憎しみを……俺にくれ)


 そう願った時だった。荒廃した建物の屋根から、一人の天使が顔を見せた。


「流石に死んだような。涙のお別れの所だろうが、それも台無し。すぐに再開させてやる」


 天使――メタトロンは、先程より魔力に満ち溢れている。怒りの衝動もあって、やる気と力に満ちている。今のジャックと正反対だ。


「ああ……ありがとう……あんたの顔を見たら、少しやる気が出て来たよ」


 ジャックは寂しい表情のまま、ゆっくりとアマノを寝かせ、涙を拭って両目を開いた。ジャックの目に気付いたメタトロンは、片目を細めて怒りと喜びが混じった何とも言えない表情を浮かべた。


「その雰囲気……神の力を授かったな。さっきよりは楽しめそうだな」

「アマノ……今から言われた通りにするけど、勘違いしないでくれ。これは、アマノの為になりたい俺の為にやるんだ」


 アマノと別れを告げたジャックは、空を飛び、メタトロンと顔を合わせた。そして、メタトロンはニヤッと笑って羽根を広げ、ジャックも涙ぐんだ瞳をしっかりと開く。


「来い……メタトロン」

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