第50話【悪魔の目的】
ルゼは気を失っており、死んでいくのも時間の問題だ。そんな中、アイムは刀を引っこ抜き、動きが鈍ったマモンを真っ二つに斬った。だが、マモンの体はすぐに血で繋がれそうになる。
「あと一発!」
もう一撃、素早く振るう。だが、傷から出て来た幻想のマモンがアイムの刀を真剣白刃取りをして受け止めた。一瞬ほっとしたマモンだが、ルゼの傷から出て来た魔力の拳によって首を掴まれる。
「がはっ!」
「大人になれた、成長できた、冷静になれた。あんたの言葉を思い出さなかったら、負けていたよ……デモ」
気が抜けたように目を瞑るアイムに、マモンの魔の手が伸びる。だが、いとも簡単に軽く避けられる。アイムは、カウンターの準備が整っており、残された右手は既に振り下ろされている。
「ハハッ!負けた!あっ晴れあっ晴れ!」
「じゃあな、マモン」
放たれた右手は、傷ついたマモンの体が破裂して吹き飛ぶ程の威力だった。アイムの体の中に、全ての魔法が戻った感覚が走る。そして、悲しい表情で冷たいルゼの手を握った。
アイムが最後に見たマモンの顔は、遊び疲れた少年のようだった。
「勝った……勝った……勝ったけど……これじゃ一体何の為に勝ったか分かんねぇよな」
ゆっくりと地面に降りるアイムは、溢れ出た涙を止めることが出来なかった。怒りをぶつける相手が死んだこともあり、感情をどこにぶつけ良いのか分からない。今できることは、ルゼの小さな体を抱き締めることしかない。
「その子が生き返る方法を知っている」
そんなアイムに、邪神が囁く。透き通った声の持ち主は、その場にしゃがみ込んで手の平にある欠片六つを見せた。
「お前が倒したマモンの欠片だ。この欠片を全て集めるんだ」
「欠片?欠片が何だって言うんだよ……」
「この欠片を全て集めると奇石と呼ばれる石になるのは知ってるな?俺の研究で分かったのだが、その欠片には無限の力があるんだ」
「無限の力?」
「簡単に言うと、願い事が叶う。それも何でも……その子が生き返ることも出来る……」
それを聞いたアイムは、一瞬希望に満ちた表情をする。だが、すぐに後ろめたそうに目を逸らした。
「で、でも……神々には欠片をくっ付けるなと言われてる」
「なぜ?」
「欠片はくっ付ければ二度と離せない。だから、奇石を完成させればそれを巡ってまた争いが生まれる。複数に分かれてるなら、権力を分散できるが、奇石一つを誰かに任せのは余りにもリスクが高いからだ」
「お前は魔王になるんだろ?なぜそんなことを気にする?」
その言葉は、アイムをハッとさせる。自分が何の為に死に物狂いで魂を食い、血がにじむような戦いに参加してきたかを思い出した。
「魔王……」
「今の状況なら神々すらも支配出来る。いつも思ってたんだろ?この未完成な世界を、自分ならもっとよりよく出来るって……。俺もそう思うよ。無能な神々より、お前の方が信念がある」
「奇石を独り占め出来れば……ルゼは生き返り、この世の王にもなれる……。そうすれば、完璧とは言えずとも、可能性のある理想の世界が創れる」
「そうだ。お前がたかが神のいうことを気にするというなら……これ以上は言わないが……」
「俺は憤怒の魔神……爺をも超えることのできる大悪魔、大魔王……」
血が出る程、強く顔を抑えるアイムは、次第に悪魔その者の表情となっていく。逆立つ羽根が動物の威嚇のようにも見え、角や尻尾がより鋭く伸びる。
「ありがとう……あんたが居なかったら我を忘れていた。名前を、名前を聞かせてくれるか?」
「クルーニャ」
透き通った声の持ち主――クルーニャは、アイムと目を合わせ、薄っぺらな微笑みを見せた。
*
アイムとマモンが戦う前、アマノとジャックはメタトロンとサンダルフォンに追われていた。スサノオから預かった欠片六つを二人で分け、戦いやすい場所まで誘導している。
「ド三下が、ちょこまか逃げんなよ」
だが、メタトロンが前方に回り込んだことで、後方のサンダルフォンにも追い付かれ、挟まれる形となった。
「神器、雨之月」
「神器、桃凛剣」
アマノとジャックは、すぐさま神器を構え、前方に居るメタトロンに斬りかかる。息の合ったコンビネーションだったが、攻撃を受けたのはアマノとジャックの方だ。
「くっ」
「流石お兄ちゃん!」
「全く……一度俺を追い詰めたからって……浮かれてんだよお前らは」
更に、メタトロンが指をパチンッと鳴らすと、アマノとジャックが殴られた腹に炎が出現し、二人の体を燃やそうとする。
「ちっ、水魔法!アクア.ヒール!」
ジャックが素早くアマノの炎を消すが、自分の炎を消す前にメタトロンに頭を掴まれ、顔面を何度も蹴られる。
「がはっ!」
「女神様が優先か?自分の身を守れよ!自分の身を!」
アマノが助けに入ろうとするも、サンダルフォンの氷で邪魔をされる。
「こっちこさせんなよ、サンダルフォン」
「分かってるって!」
双子に相応しい連携は、アマノとジャックを一瞬にして追い詰める。だが、メタトロンの服から、体が縛られたままのポム期が顔を出した。
「やめるんだメタトロン!痛めつけられるのは僕の役目だ!ジャックを離せ!」
ポム吉は、言葉だけは達者だが、何か出来るはずなく、体をもぞもぞ動かしているだけの無力なぬいぐるみだ。メタトロンもポム吉を気にも止めず、ジャックの顔を掴んで持ち上げる。
「何だジャック?お前、隻眼になっちまったのか?しかも、お前の目じゃない……アマノの目だ。目が変わったとこで、相変わらず品の悪い目付きだ」
「よ、余裕こいてないで……やったらどうだ?」
「なぜそんな甘い考えしかできない?死にたければ命乞いしろよ……楽に死にたければな」
メタトロンの手から出た熱気は、ジャックの顔を容赦なく溶かしていく。同時に、メタトロンの手が内部から吹き飛んだ。メタトロンは澄んだ目を細め、嘲笑うように首を傾げる。
「かはっ!う、迂闊に……触るからだ」
「いっぱい食わせたつもりか?」
メタトロンの無くなった右手から、炎で出来た右手が生え、再びジャックの顔を掴む。ニヤッと笑うメタトロンは、火力を上げてジャックの顔を溶かそうとする。
「やめろ!」
それを止めに入ったポム吉が、小さな口でメタトロンの耳にかぶりつく。当然、ダメージはないが、妙な違和感はあった。ポム吉がどんどん大きくなり、煙と共に姿形を変えた。
「ぐはっ!?」
ジャックの目の前に現れたのは、大きな体と白い翼、尻尾と牙を生やす巨大なドラゴンだった。
「ほわああああああ!!!」
ドラゴンの咆哮は、ポム吉の声とはかけ離れた野太い声だ。その声を発した口には、牙に串刺しになっているメタトロンが居る。
「あの熊!?ドラゴンに……変身出来たのか……」
ポム吉の変わりように、アマノもサンダルフォンも気が引いた。同時に、メタトロンがドラゴンの口から飛び出した。ドラゴンはメタトロンを諦め、落ちていくジャックを背に拾ってアマノとサンダルフォンの方へと飛んで行く。
「つっ込んで来る!」
「ジャック!」
ドラゴンはサンダルフォンを無視し、アマノを背に乗せて逃げていく。サンダルフォンはドラゴンの考えに気付き、舌打ちをして嫌な表情を浮かべる。
「ジャック!しっかり!」
ドラゴンの背の上で、アマノがジャックの顔の治療を行った。溶けていた顔は元に戻るが、滲むような痛みは残ったままだ。
「ぺっ!自分の肉が口に入った……顔が曲がってる感覚がする。けどまあ、大丈夫」
「照れちゃう!良かった照れちゃう!」
ドラゴンの首元から、ポム吉の胴体が生えていた。そのポム吉は、泥の中を歩く子供のように、ドラゴンの背の中を進んで来る。
「ポムちゃん?どうなってるのそれ?」
「同化してる!というかどうかしてる!なんちっ照れちゃう!うちゃちゃ!」
ポム吉はくだらないギャグを言い、一人でケタケタ笑う。それを引いた目で見るアマノとジャックは、すぐほっと溜息をつく。
「助かった」
「助かったは良いけど、やっぱ強敵ね。メタトロン一人ですら軽く受け流された」
「やはり使うしかない……真理の義眼を」
「三回使えば限界が見えてくる。つまり、二人で六回……タイミングは私が命令する。テレパシーを送るから、しくじらないで」
「分かった」
「それと、作戦通りに動いて欲しい。普通に戦えば負ける相手、だから頭使って戦わないと負ける。あの二人は戦いのエキスパート……ほくそ笑んだ者から負けていく。さっきのジャックはほくそ笑んでいた。結果その上を行かれた」
「……別にほくそ笑んだ訳じゃないよ。ただあいつが俺より強かっただけだろ」
ジャックはそう言ったが、後ろめたい目で下を向く。
「嘘ついてもダメ……自分が一番分かってるでしょ?」
「……」
「ご、ごめんなしゃい」
ジャックが不満そうに黙るのを見て、ポム吉が代りに頭を下げた。それを見たジャックは、ポム吉をぶっ叩いた。
「悪かった……次は気を付ける」
「分かってくれて嬉しいわ。じゃあ、行くよ」
ジャックが非を認めたのを見て、アマノは安心したようにニッと笑って頭を撫でる。ドラゴンの上で立ち上がる二人は、背後から来る気配に目を向ける。
「来るわ……失敗したら死ぬよ」
「ああ」
欠片を持っているメタトロンとサンダルフォンは、ドラゴンにすぐに追い付く。二人は、そのままドラゴンに乗り込み、アマノとジャックを囲む。メタトロンの傷は氷で止血されており、致命傷にはなっていない。
「手間取らせやがって」
「ほんと、嫌な二人……それと嫌な熊ちゃん……」
同じ顔で笑みを浮かべる双子は、同時に武器を手に取り、邪悪な笑みを浮かべて攻撃を仕掛ける。




