第48話【幻想と現実】前編
アイムはマモンから逃げ回る中で、一つの謎について考えていた。それは、建物に隠れていた自分が、簡単に見つかってしまったこと。アイムからすれば、見つかる要素などなかった。
その謎を解きたい気持ちもあり、アイムはもう一度マモンを翻弄して見せる。
「何?」
行く先々に自分の幻想を創り出し、それを死角にして瓦礫の影に身を潜める。更に、幻想のアイムが実体化して、マモンを一斉に襲った。
「魔神化で得た能力か……厄介だな」
幻想のアイムは、いくらかダメージを与えると、すぐに背景に溶けるように消える。だが、マモンは再びアイムを見失った。
「ちょこまか隠れやがってよぉ!それでも魔神になった大悪魔かよ!さあさあ!弱虫アイム出ておいで!出ないとやっちゃうよー!」
最初と同じように、マモンは大声でアイムを挑発する。そして、ゆっくりと一つの瓦礫に目線を持っていき、そこに魔法を放った。
「げっ!またかよ!」
魔法で吹き飛ばされたアイムは、体を幻想能力を使って透明にする。
「また幻想!?卑怯者!!逃げんなよ!!」
マモンはそれを目にし、楽しそうに挑発を続ける。見えないアイムを追い掛け、確証のないはずの場所に魔法を放つ。しかし、どういうことかマモンが魔法を放つ場所は、決まってアイムの居る場所だ。
(なぜだ!?幻想で魔力も操っている……目で認識なんてほぼ不可能。例え出来てもハッキリとは見えない。この魔法の打ち方は、明らかに俺の居場所が分かっている)
アイムは謎に縛られたまま、飛行と逃亡を続ける。幻想で創った自分を立ち向かわせ、時間稼ぎを試みるも、今のマモンには余り効果はない。
「恥ずかしいのか!アイム!俺の前に姿を出すのが恥ずかしい乙女なのか!今のお前が魔神なんかにこれぽっちも見えないぜ!何とか言って見せろアイムちゃんよぉ!」
マモンの挑発は声量と威圧が増していき、言葉数も増えている。
(好き放題言いがって。バカみたい大声出し続けて疲れないのかあいつは?)
そんなマモンを内心小バカにするアイムだったが、ある違和感に気付き始める。
(なぜあんな大声なんだ?それに、挑発も俺が隠れ始めてから始めた。もしかして、この行為そのものが俺の居場所を突き止めているんじゃ?)
その考えに確証が持てなかったアイムは、姿を現したまま飛行を続けた。驚きの表情を浮かべたマモンは、ニヤッと嬉しそうな笑みを浮かべる。
「やっと姿を見せた」
マモンは先程の大声と違い、ボソッと小さく呟いた。アイムはそれを確認し、しばらく逃げに徹底する。だが、すぐにマモンに追い付かれ、逃げ場のない壁際に蹴り飛ばされた。
「わ、分かったぞ。さっきお前は、俺の位置を探る為に大声で挑発していたんだ。声の反響によって俺の位置を見破ったんだな?」
「やっと気付きいたか。そういう魔法だ。お前が幻想能力で姿を隠すことを知った時から、これで対抗しようと思ってたんだよ」
「そりゃあ対策されてるか……」
「さてと……こっからはサンドバックの時間だぜ」
マモンに無理やり立たされたアイムは、その場で殴り合いを強要される。欠片の数に差がある為、一発一発のスピードや重みが桁違いだ。
「くっ……」
「どうした?お得意の幻想は使わないのか?ゼウスにやったみたいに、俺を幻想世界に引き込んでみたらどうだ?」
マモンはそう言ったが、アイムは己の体だけでしか抵抗しない。
(幻想物を創るのはいくらでも出来る。しかし、ゼウスと戦った時みたいに、相手の意識を幻想世界に引き込むには条件がある。それは、相手が油断すること。あの時、ゼウスは瀕死の俺に雷霆を振るうだけだった……だから発動できた)
アイムが一方的にサンドバックとなっているのは、マモンを幻想世界に引き込む為の準備だ。しかし、この作戦はどう見てもリスキーに思える。
「幻想世界に引き込むのに何か条件があるんだろ?そうやって殴られてるのは、その条件を成立させる為の準備か?」
マモンに考えを見透かされ、更に状況が悪くなる。殴られ続けたアイムは、とうとう腕が吹き飛び、顔も半分持ってかれる。
「ちっ」
限界を感じたアイムは、間一髪拳を避けてそのままマモンによしかかった。同時に、アイムの体が派手に爆破する。アイムの体は木端微塵に吹き飛び、マモンも皮膚が捲れて片腕の肉が吹き飛ぶ程のダメージを負う。
「頑丈な俺の体を……ここまで破壊するとは……。自爆に見えたが、奴は不死身に近い体を持っている。今にも破壊された肉片がどこかに集まるはずだ」
マモンが冷静に周りを見渡すと、予想通り吹き飛んだアイムが上半身だけで体を引きずっていた。飛ばされた肉片が下半身を作ろうと必死だが、まだ時間が掛かりそうだ。
「悪いなアイム。俺の体は悪魔の中でもトップクラスの強度を誇るんだ。もっと派手に吹き飛ぶと思ったか?」
地面に這いつくばるアイムは、両腕がなく、目や鼻も大きく破損している。マモンは、そんなアイムを容赦なく踏みつける。
「流石に大人げなかったかな?けど、どちらにせよこれが現実。幼虫のようにもがくことしかできないお前は、今この場でつまらない死を送る」
「殺す……お前を殺す……」
顔と体をもぞもぞ動かすアイムは、とても滑稽に見える。
「ハハッ!まだ何か出来ると思ってんのか?俺の刀がお前の心臓を突き刺そうとしているんだぞ?死ぬんだよお前は!!」
「くくっ……クククッ……待ってたぜ」
「あ?何をだ?」
「お前が油断するこの時を――」
ニヤッと笑うアイムだが、刀で心臓を刺されて言葉が詰まる。死んだ目でアイムの死体を見るマモンは、すぐにこみ上げてきた感情に身を任せて大きく嘲笑う。
「きゃはははははは!!俺が油断するのを待ってたのに、死んじまったじゃねえか!ここが幻想世界じゃねえ限りお前は敗北したんだよ!」
「ここは幻想世界だよ」
勝ち誇ったマモンの背筋が凍った。背後から聞こえた悪魔の囁きは、マモンから表情を奪って体を動かせなくさせる。
「ま、まさか……」
「マモン団長……体が震えてるぜ?」
背後に居たのは、体が闇に染まっているアイムだった。体の闇がマモンの背に張り付き、目の前には複数の剣が現れる。
「これからこの剣で全て突き刺す。幻想世界だから現実世界のお前の傷にならないが……とっても痛いぜ」
「くっ!ああああああ!!!」
剣を体に刺さるだけでなく、独りでに動いて傷を抉っている。激痛が何度も何度も体に染み込み、次第に意識が朦朧としてくる。
「目覚めた時、お前は死んでいる。現実世界で痛みを味わえば幻想世界から意識が解放されるからな。今、現実世界の俺は何をしていると思う?」
「お前の体はバラバラになっているはず……すぐには俺にとどめを刺せないだろうが。俺にはお前から受けた自爆の痛みがある……そろそろ意識を取り戻すはずだ」
「確かに、今この数分は向こうの世界で一瞬の出来事だ。しかし、果たしてあんたの予想通りかな?」
気付くと、マモンは心臓を手刀で刺されていた。体に刺さっていた剣はなくなっており、闇の状態のアイムも通常のアイムに変わっている。しかし、アイムの吹き飛んだはずの下半身があり、両腕もしっかりと付いている。
「体が……戻っているだと……幻想世界に来たタイミングが俺の予想より前だったというのか?」
「違うな。幻想世界に引き込む条件は油断させること。能力はお前が俺にとどめを刺す直前に発動した」
アイムの破損していた顔が背景から浮き上がるように見えた。傷が治ったというより、元に戻ったという表現の方が正しい治り方だった。
「その顔……まさか、最初から体を失っていなかったのか?」
「そう。傷は全部幻想でカモフラージュした。顔も手も背景に同化させていただけ。自爆魔法だって、ただの爆破魔法。お前は幻想世界そのものに注意が行き過ぎて、ただの幻想に気が付かなった。全てお前を油断させる為に準備してたんだよ」
「へへっ、随分やるじゃないか……坊や」
マモンは、最後の力でアイムを突き飛ばし、血を流したまま体を引きずる。
「もう動くな……死ぬと時くらい楽に行った方がいい」
「楽しいなアイム……こうやって暴れるのは……幻想抱いて死寝るならまあ幸せだよな」
しかし、マモンは意識も体も限界を迎え、その場に朽ちるように倒れる。その体には、既に命が宿っていない……ただの抜け殻だ。
「無事かアイム!」
同時に、遠くから神々が十人程やって来る。よく見れば、神々は縄で拘束したプロケルを連れている。
「今倒したとこだ。生かして確保なんて器用なことは出来なかったけどな」
「さっ、流石だな。よくやってくれた」
アイムはデモの刀を拾い、一安心したかのようにその場に座った。神々は驚いた表情で、アイムの治療とマモンの死体の確認を行う。
「ま、マモン……?」
そんな中、プロケルは凍ったような瞳でマモンを眺めていた。
「ううっ……私、貴方より長生きしたくないって……あれ程言ってたのに……」
ただ眺めていたプロケルは、その場に蹲って涙を流した。猫のような瞳は、多くの水で満たされていく。神々は、それを何とも言えない表情で見ている。
「……!?」
突然だった。ただ泣いてたかと思ったプロケルが、尻尾で自分の胸を突き刺した。
「何をしてる!?」
「自害する気か!」
神々は慌ててプロケルを取り押さえるが、それより先にプロケルが何かをマモンの死体へと投げた。
「心臓?」
プロケルが投げた物――自身の心臓は、アイムの目の前を通り過ぎてマモンの体に当たる。更に、心臓が独りでに動いて、マモンの胸の傷へと侵入した。
「まさか!?やばい!!今傷に入った物を取り出せ!マモンの傷から取り出せ!!」
嫌な予感がしたアイムは、いち早く違和感に気付いて声を発する。しかし、マモンの体から放たれた膨大な魔力で、近くに居た神々が吹き飛ばされた。
「ちっ!野郎!」
アイムは瞬時に動き出し、刀でマモンに斬りかかった。だが、マモンは近くに居た神を盾にし、ギョロッと動かした目でアイムを睨み付けた。
「どういうことだ?寝て覚めたかのような感覚だが、まだ終わっていなかったのか?」
マモンはそのままアイムを押し戻し、立ち上がって周りを見渡した。その時、胸から血を流すプロケルを見て、凍り付くようなゾッとした感覚が走る。
「プロ……ケル?」
その凍り付くような感覚は、伝染したかのように周りに居た神々にも走った。嫌な予感が的中したアイムだが、その気色の悪いモヤモヤはまだ続いている。




