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ミトロジア  作者: ビタードール
一部】一章『アマノとジャック』
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第44話【秋の空】後編

 空気が一瞬にして変わった。サタンの一言を聞いて、ジャックもクルーニャも驚いている。ジャックは悟ったように一歩身を引き、小さな微笑みを隠すように顔を背ける。


「その子供って……まさか俺のこと言ってるのか?」


 驚いていたクルーニャは、心を落ち着かせるようにタバコを吸い、冷静を装って首を傾げる。


「他に誰が居るんだ。お前のことだ……クルーニャ」

「……揶揄うのはやめろ」

「揶揄ってなどいない。お前は私の良き理解者だよ」

「……俺はお前のこと何も知らないぜ」

「これから知れば良いだろう」


 お互い目を合わせないまま、淡々と言葉だけが交わる。ジャックは何だか気まずくなったが、気を使って街並みを眺めているフリを続ける。


「俺はごめんだ」


 クルーニャはそう言って顔を背け、タバコの煙を深く吐いた。だが、羽根を広げたサタンが一瞬にして近くに来たことで、その表情が少し曇る。


「私の本当の名前を教えて欲しいか?」


 サタンは甘い声でそう言い、クルーニャの両頬を触って無理やり振り向かせた。


「何?本当の名前……」


 サタンは、してやったりと言った表情でニヤッと笑った。


「名前くらいは興味あるんだな……」


 そのまま、クルーニャの耳元でこっそりと名前を囁く。名前を聞いたクルーニャは、目を丸めて驚く。


「その名前……」

「私のお爺様と同じ名だ。なあクルーニャ、私はお前のことそこまで好きではない。けど、ジャック同様愛している……お前はどうなんだ?」


 サタンは畳み掛けるように誘惑を続ける。クルーニャの頭を掴み、片手を取ってダンスをする男女のようにウットリとした表情を浮かべる。


「全然、好きでも愛してもいない。俺はあの日から一度だって誰かを愛したことはない」


 だが、クルーニャは強気にサタンの手を捻り上げ、光のない目で見下ろす。


「フッ」


 サタンは笑ったかと思えば、クルーニャのタバコを取り上げ、流れるように唇を奪った。それも、ジャックが恥ずかしそうに目を逸らしてしまう程、長めのキスだった。クルーニャは一瞬何が起きたか分からなかったが、すぐに理解し、それを拒もうと身を引く。だが、サタンがそうはさせてくれない。


「はっ!お前何を?」

「なら、今日から私を愛してくれ。嫌だというなら、もう二度とお前に関わらない。考える時間を十秒やる」


 再び、クルーニャに温度が当たる。サタンがクルーニャを抱き締め、そのまま崩れ落ちるようにしゃがみ込む。その抱き締め方は、女が男を抱き締めるというより、母親が子供を抱き締めるような、全てを包み込むような抱き締め方だ。そんな二人を、ジャックはただ静かに見ている。


「離れろ……触るな……」


 クルーニャは駄々をこねる赤子のように小さく拒んでいる。手足をじたばた動かし、サタンの顔や腹を強く叩く。それでも、サタンは一切離してくれない。


「頭が痛い……吐きそうだ……」


 抵抗を止めたクルーニャは、肉が抉れるくらい頭を強く押えて縮こまる。その姿は、神にも大人にも見えない。サタンの言った通り、子供のような態度と表情だ。


「あと三秒だ。早く決めたらどうだ?」


 そこからの三秒はとても長がった。それと同時に、何かがおかしかった。ジャックも三秒を数えていたが、妙な空気と匂いに気付いていた。


「んっ?」


 三秒が経つと、サタンがバタリと横に倒れた。胸に風穴が空いており、身動き一つしない。一方、クルーニャは死んだ目でサタンを見下ろし、血で濡れた手で倒れたサタンを起こした。そして、その血塗れた罪深い手でサタンを強く抱き締める。


「おい……おっ、お前……何やってる?」


 目を疑った。ジャックには、サタンが死んでいるように見えるし、生命力も魔力も感じられない。


「しっ、死んでるのか?クルーニャ……お前が殺したのか?」


 クルーニャの耳にジャックの言葉は届いていない。ただ強く血塗れたサタンを抱き締めており、落ち着いた目で顔を見ている。髪を撫で、頬を撫で、背中を撫でている。


「おい!質問に答えろ!クルーニャ!!」


 反応のないクルーニャに対し、ジャックが怒りを露わにした。そしてとうとう、羽根を広げて神器を取り出す。痺れを切らしたジャックは、何も言わずにクルーニャに攻撃を仕掛ける。

 クルーニャは、それが分かっていたかのようにサタンを抱えて距離を取った。


「お前がやったんだな!!なぜ殺した!!答えろクルーニャ!!」


 ジャックは自分でも分からない怒りに苛まれ、強く握った神器をクルーニャの方に向けた。眠ったように死んでいるサタンが、懐かしき母親と重なり、苦しみがより一層強くなる。


「なぜそんなに怒る?お前はアマノさえ良ければ良いんだろ?」


 クルーニャは不気味な程落ち着いており、先程の子供っぽさと一変し、クールな大人のような立ち振る舞いだ。


「黙れ!アマノの名前を出すな!サタンにも触るな!置いて早く去れ!今はお前の言い訳一つ聞きたくない!」

「お前が感情的なのは珍しいな。まぁ、その感情を受け止めてやってもいいが、冷静になって話をした方がスッキリすると思うぜ」

「冷静になれだと!?俺は今何が何だか分からないんだ!サタンはさっきまでお前と抱き合っていた!なぜ死んでいる!?説明しろ!」


 精一杯の冷静がこれだった。ジャックは頭の中であらゆる理由を考えていたし、さっきまでサタンと話していたことが夢でないことも確かめていた。

 サタンが自分を手に入れる為の作戦だとも考えたし、そういう夢を見させる魔法かとも考えた。しかし、それを確かめる方法はなく、目の前のことが唯一の真実だってことを理解している。

 考えれば考える程、クルーニャへの憎悪と、サタンへの思いが深まる。


「愛してるからだ」

「ふざけてんのか?」

「ふざけていない。サタンは俺にこう言った。俺が愛すること恐れていると……実際その通りだ。俺はあの日からずっと誰かを愛することを恐れている。だから早めにその恐怖を消した。それだけのことだ」

「意味が分からない……殺す必要がないだろ……身勝手すぎる。少なくとも、サタンは殺される為にお前に想いを伝えた訳じゃないぞ」

「身勝手?それの何が悪いだ?」


 言葉に出来ない怒りがジャックを襲う。それは、クルーニャに対してだけでなく、自分自身に対してもだった。


(俺はなぜこんな奴に気を許していたんだ。敵でないし、手伝うことばかりしてきたからと言って、こいつ自身が危険じゃない訳ではない。思えば出会った時から怪しさと不気味さがあった。何を考えているか分からないし、味方か敵かも分からない。それに、一度アマノを危険にさらした……こいつは最初から常識では測れないモンスターだったのに……なぜ俺は……)


 こんなに深い後悔は初めてだった。敵であるメタトロンやアマノを苦しめてきた神々以上に、クルーニャが憎かった。


「何でこんなに腹立たしいか分かったよ。神々や奇石団と違って敵意あっての行動ではないからだ。お前の行動は理解も納得も出来ない……今まで会って来たどの悪党よりも質が悪い……自覚のない邪悪さに反吐が出そうだ」

「ケッケッケ、俺に深い愛情は要らないんだよ。愛情を得た時、同時に憎しみを負うリスクがあるから。もう優しい言葉に裏切られるのは懲り懲りだし、美しい物が怪我されるのも見たくない。ジャック、お前も俺と同じようにアマノを失えば、少しは理解してくれるだろう」

「お前の話は聞きたくない。過去に何があったから知らないが、今の俺には言い訳にしか聞こえない」

「勘違いしないで欲しいが、俺は幸せな神だ。辛い過去に縛られていないし、どうすれば自分を楽しませれるか知っている。埋まらない心を満たす為、猫のように日々気まぐれで生きる。誰よりも神をしている、そんな幸せ者だ。そして今、不安の要因も一つ消えた」


 クルーニャは、不安の要因であったサタンの髪を撫で、猫のように甘えた表情で残りの体温に浸っている。ジャックにとって、それは不快極まりなかった。


「お前はここで始末する。もう明日が来ないよう……その埋まらない心も……俺が埋めてやる」


 ジャックは涙を流し、怒りに身を任せてクルーニャに神器を振るう。クルーニャはサタンを抱えたまま攻撃を避け、静かな目でジャックに目を向ける。


魔標線まひょうせん


 避けたクルーニャだったが、背後に伸びたワイヤーが逃げ場を無くしている。ジャックはそのまま距離を詰め、ワイヤーを繋げた大剣を真っすぐ投げる。その大剣はクルーニャの蹴りで弾き飛ばされるが、軌道を変えて足に刺さった。よく見れば、ジャックが背中で隠した手でワイヤーを操っている。クルーニャの足に刺さった大剣は、爆破を起こして屋根に深く刺さる。


「光魔法」


 ジャックが放った光は、閃光弾のように光を放った。一瞬光で視界を奪われたが、クルーニャは一手早く目を瞑ってい為、目にダメージはない。


「地獄の門番アバドンよ……地獄の門よ今開け」


 ジャックはその一瞬を利用し、最上級魔法の一つ『地獄門の召喚』を使用する。それに気付いたクルーニャだが、抵抗する素振りは一切見せない。


「それか……魔界の契約魔法。なぜお前がそれを使えるかは知らないが、このままだとサタンも門の中に引きずられる。いいのか?」

「一人じゃ寂しいんだろ?やるよ。サタンは母さん同様、思い出の中の人だ。そこに魂はない」

「ケッケッケ……そうか……」


 門の力に吸い込まれるクルーニャだが、その途中にサタンをジャックの方へと投げた。ジャックは、反射的にサタンを受け止める。瞬間、地獄の門が魔法が解けたように消えてしまう。


「何!?」

「ケッケッケ……そういう神器だ」


 クルーニャの指から糸が出ていて、それがサタンに繋がっていている。


「まさか……糸とサタンを通して無効化の能力を……」

「その通り」


 謎に気付くジャックだが、突然動いたサタンに首を掴まれる。サタンに生命はないことから、クルーニャが操っているのだろう。


(魔法が出ない……魔力も……あの野郎、舐めた真似を!)


 逆に力を封じられたジャックは、怒りと憎悪でいっぱいだった。そんなジャックを楽しんでいるかのように、クルーニャがニヤッと笑う。

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