第40話【魔法を使えぬ神】
人間の感覚で言えば、大昔の話だ。何兆何億と生きてきたゼウスやクルーニャが少年だった頃の話。
魔法の使えない神の子供――クルーニャは、主神を目指す志の高い生徒だった。魔法は使えないが、神々を超えた圧倒的な頭脳がある。学力テストは常に満点の一番、あらゆる魔道具の発明で賞を得るほど優秀だ。だが、魔法が使えないというだけで、半神扱いだ。つまり、落ちこぼれだ。
誰もクルーニャと関わろうとしない。魔法が使えない癖に、頭脳だけは一級品。そんな異形の落ちこぼれと関わろうとする者は居ない。
「クルーニャ勉強教えて」
ただ一人を除いて。
「他の奴に頼め」
「貴方がいいの。だって、貴方変わってるし、見ててムカつかないもの」
「ウザイ奴だな。教えてやるから座れ」
「やったー!私ルナ!よろしくクルーニャ!」
少女――ルナは、ごく普通の女の子だ。最初は心を開かなかったクルーニャも、ルナと関わって行く内に徐々に心を開いていった。
「クルーニャは主神を目指してるの?」
「ああ」
「何で?」
「認めさせる為だ。俺が真の神だってこと。魔法に頼って自分の力を引き出せないバカ共を認めさせる」
「それ乗った!私もクルーニャが主神になれると思う!」
「なぜ?」
「見てきたから。貴方を一番近くで見てきたから」
ルナは、そう言って顔を近寄せる。頬赤くするクルーニャは、すぐに身を引いて目を逸らした。
「魔法は使えなくとも、神器や魔道具を使って勝てるようにするさ」
「私は好きよ。そうやって試行錯誤して目標に走れる貴方」
クルーニャは、戦闘面においても努力をしていた。毎日、誰よりも鍛錬をし、残された体を極限まで極めた。当然、辛いことの連鎖だったが、そこにはいつもルナが居た。
「諦めるな!」
ルナの口癖だった。その言葉に、何度も何度も何度も救われてきた。そんな生活が、青年になるまで続いていく。
ある事件が起きるまでは。
ルナの両親が何者かに殺される事件だ。その事件の首謀者は、かつて神々を滅ぼそうとしていた神六名の集団組織だ。
「許さない!」
怒りに身を任せたルナは、両親の死から得た情報を元に、組織の在処を突き止めた。そして、先走ってしまった。
それによって、神々にも組織の居場所が分かり、主神含めた数名がルナ奪還へと向かう。それを知ったクルーニャは、痕跡を辿って主神達を尾行した。
「なっ、これは?」
クルーニャは地獄を見た。主神達を尾行したクルーニャが見たのは、主神達の悲惨な姿だった。組織のメンバーが四人程倒れており、他の二人は傷を負って立っていた。
「何だ少年?我々に何か用かな?見ての通り、忙しいんだけどな」
一人の男がクルーニャに気付いた。男は、倒れている主神を軽く踏み潰すが、血で滑って転んでしまう。
「いてっ」
「ははは!またドジった〜。疲れてんなら座ってたらどう?」
「今のはわざとだ」
仲間が四人倒れているというのに、立っている二人には余裕がある。主神を返り討ちにする程の実力が、その余裕から伺える。転けた男は、綺麗な赤髪で澄んだ目をした男で、もう一人はクルーニャと同い年くらいに見える美形でやんちゃそうな青年だ。
「ルナはどこだ?」
「ルナ?それは、この少女のことか?」
先程転けた男は、そう言って見覚えのある神を前に突き出した。その神――ルナは、ボロボロになっており、立てるような状態ではない。
「なっ!?」
更に、クルーニャの体は、赤髪の男に見えない力で引っ張られ、そのままナイフで胸を貫かれる。
「がはっ!?」
「主神達に仲間を殺られた。見たところ、お前もこの女も主神の仲間らしい」
男はそう言って、見えない力で瀕死の主神達を椅子に座らせた。そして、その主神達の目の前でクルーニャとルナを痛ぶった。それも、拷問の域を超えた暴力を振るわれた。ルナに関しては、クルーニャの目の前で性的な暴力をも振るわれたのだ。
「諦めるな……諦めるな……」
クルーニャはずっと呟いていた。拷問を受ける中で、ルナから貰った魔法の言葉を。だが、その地獄の中で、魔法をも超える力を手に入れる。
「なっ?」
丸一日の拷問を受けたその時、クルーニャを縛っていた鎖が解けた。まるで、神の中の神がくれたチャンスのように思えた。クルーニャは、そのチャンスを物にし、二人の油断をついて青年の首を掻っ切る。そして、皮膚のない手で赤髪の男の首を掴んだ。
「こいつ!」
男は、先程の力を見せようとするが、何も起こらない。そう、クルーニャはこの時に得たのだ。触れた相手を無力にする、魔力無効化の力を。
一瞬の油断を取られた男は、クルーニャに首を掻っ切られた。
「……」
その日、クルーニャは今までの努力で得た力以上の力を得た。だが、目を覚ました次の日、既に別の物を失っていた。
クルーニャもルナも命かながら生き残ったが、心身共にボロボロだった。ルナに関しては、クルーニャ以上に傷が酷く、精神にすら及んでいた。
「ルナ、君の両親を殺した奴らは、俺が殺したよ」
ルナは精神病になった。ルナを酷く愛していたクルーニャにとっては、絶望以外の何者でもない。
「うっけ!うけけけ!!けっけっけっけっけ!!」
時に狂ったように笑い、時に意味もなく頭を掻きむしる。数週間が経ち、とうとうルナが自殺する。病棟で首を吊り、絶望した表情で下を見ている。
「ははっ!!うけけけ!ケッケッケ!」
クルーニャは、絶望の余り笑いが込み上げた。この日からルナの狂った笑いが移り、少年のように清らかに笑えなくなった。
「あれ程諦めるなって言ってたのに、生きるのを諦めたのかよ。ケッケッ、嘘つき……嘘つきめ!」
その日から、クルーニャは人情というものを捨てた。これから永遠を生きる神にとって、誰かを愛するということは、失う時の絶望のリスクを追うからだ。
それでなくとも、クルーニャは信じていたルナに裏切られた。「諦めるな」という魔法の言葉、その魔法は一瞬にして解けた。
*
時は戻る。
クルーニャは泣いていた。サタンに心の中を見られ、静かに涙を流していた。馬乗りで抑えられているせいか、体は一切動かない。
「大昔のことだから、覚えている者なんてほとんど居ないだろうが……私のお爺はその事件を知っている天使だったんだ」
「それを知ってるから何だよ?俺は同情も慰めも肯定も求めていない。過去は過去で、今は楽しく生きている」
強気にいうクルーニャだが、サタンはその薄っぺらい皮の下を知っている。
「嘘つき。過去のトラウマから逃げ、誰かを愛することから逃げている。その生き様、楽しいのか?私は悪党だが、大切な物を知っている。愛情、感動、信頼、目に見えない人情の素晴らしさを知っている。だからこそ、理解者を求めてるし、ジャックを私の元にしたいと思う」
「俺が逃げてるだと?」
クルーニャはサタンの首を掴み、冷たい目でじーと見詰める。
「撤回しろよ。俺の全てを知ったような口を取るな」
「撤回しない。殺りたきゃ殺りな。ルナを壊した奴らのように、お前も私を壊すが良い」
クルーニャは言われた通りにサタンの首を締めるが、同時にサタンもクルーニャの体を強く抱き締める。その温もり故、クルーニャの手は緩まった。
「お前はなぜ、こんなことに命を賭ける?」
「正直に言ってやる。お前もレヴァイアサン同様、奴隷にしたいからだ。精神から縛り、私の手元に置きたい。どうせ嘘は見破られるのだから、正直に言ってやった。お前の力は使える」
それを聞いたクルーニャは、一瞬目を細めて手を離した。
「バカバカしい。奴隷契約をしてるのに、まだ縛ろうとする気かよ」
「私はこの方法で魔界を支配した。愛情という武器は相手を縛る。例え偽物でも、相手からは本物になる」
「これ以上俺を揶揄うな」
「そうだな。このくらいにしてやる」
サタンはようやく体から降り、クルーニャも背伸びをして上体を起こした。
「どっちにしろ、今回のゼウス対アイムの賭け、私の勝ちだ」
「ジャックを連れて来ればいいんだっけ?」
「そうだ。早めに頼むぞ」
「分かったよ」
二人は、先程のことがなかったかのように会話をし、お互いに目線を外した。まるで、お互いに恋人が居るのに、関係を持ってしまった男女のような雰囲気だ。
*
その頃、アマノとジャックは森で夕食を取っていた。近くでポム吉がむしゃむしゃと食事をしているが、二人は貴族の如く丁寧に食事をしている。
「まさか、アイムが勝つなんて思わなかったね」
ジャックが緊張した声でそう言った。二人は、今日の戦いを観客席で見ていて、それを見終わったばかりなのだ。
「今一番、デモ.ゴルゴンに近い男だわ。最強のゼウスを倒したのだもの……もう私ですら勝てるか分からない」
「デモ程圧倒的って訳じゃなくても、タイマンで勝てる奴は居ないだろうね」
「欠片があれば別だけど。それでも、魔神になったアイムは希石団にとっても厄介だろうし、それで得た能力はもっと厄介」
ジャックは黙り込み、一瞬沈黙が走る。いや、ポム吉の叙爵音だけが聞こえる。
「どうするアマノ?神々を信じる?」
「まさかアイムが私達のことも考えてたとは思わなかった。けど、神々側にはアイムが居る。信じる訳じゃないけど、安全の為、協力はするわ」
「分かった」
二人は明日を待つだけだ。明日、アイムや神々が自分達の元へ来ることを確信してるが故、明日という日に緊張がある。
「アイム……」
ジャックは、サタン同様今日の戦いが忘れられなかった。感動まではいかなくとも、驚きを超えた感情が心を揺さぶっている。




