第35話【氷の天使】後編
クルーニャはジャックに背負われ、アマノもジャックの肩を借りている。今まともに動けるのはジャックだけだ。そんな中、サンダルフォンが爆風の中から姿を見せた。
「あのエロぐま……私だけならともかく、お兄ちゃんまで危険に晒しやがった」
サンダルフォンの手足はなくなっており、胸部も抉れていた。しかし、抱えていたメタトロンは氷の球体によって守られて無事だ。
「今だ!」
ジャックは、クルーニャとアマノを後にし、真っすぐサンダルフォンに突っ込んだ。そのスピードはあまりにも早く、サンダルフォンの反応が遅れる程だ。
「バカな!?」
そして、サンダルフォンの心臓目掛けて胸を突き刺した。しかし、サンダルフォンが目の前に出した魔法陣から、氷の拳が出てジャックを殴り飛ばした。
「まだ攻撃してくるか……しかし心臓を突き刺した。もう死ぬだけ――」
勝利を確信したジャックだったが、真っすぐ突っ込んできたサンダルフォンに再び殴り飛ばされる。その攻撃で、ジャックは胸部の骨が折れる。
「がはっ!?なっ……なぜピンピンしてやがる」
サンダルフォンのなくなった手足は氷で作られており、胸の傷も氷で塞がれている。それでも、ジャックは心臓を位置する場所を刺した確信があった。
「どういうことなんだ?」
「こういうことだったりして」
宙に浮くのは、氷に包まれた心臓だ。氷の端っこが魔法陣となっており、血管も未知なる場所に繋がっている。
「心臓を別の位置に配置していたのか。ポム吉に胸をやられた時、咄嗟にそうしたのか?」
「鋭いし賢いね。そういうこと……かなりやられたけど、まだ戦えるのだ」
「俺は無理。もうあんたと戦えない。勝てない勝てない。それよりアマノとクルーニャ知らないか?俺見捨てられたかも」
「アマノとクルーニャ?確かに……いつのまに」
アマノとクルーニャは姿を消していた。先程居た場所に居なくなっており、気配も魔力も周りから感じ取れない。
「けどこいつなら居るぜ」
ジャックはニヤッと笑って、どこからか取り出したポム吉をサンダルフォンに投げた。サンダルフォンは少し警戒した様子でポム吉を氷の剣で突き刺す。
「ほわっ!?」
「先ほどと違って妙な魔力は感じない。どうやら爆弾ではないらしいが、許さない。とっても許さない」
サンダルフォンは、ポム吉の頭をぐしゃっと握る。
「ほわ!」
「いい鳴き声だ。もって痛めてやろうか?」
「ぜひ頼む」
ポム吉は、更に痛めつけられた。瞬間、ポム吉の背後から突如アマノとクルーニャが現れた。
「何だと!?」
「神器!魔標線!今よ!」
「ああ」
ワイヤーで縛られたサンダルフォンに、クルーニャの魔の手が伸びた。首を掴まれたサンダルフォンは、慌ててじたばたとあがいた。
「やめろ!離せ!魔法が出ない!」
「お前は負けたんだよ」
背後に回り込んだジャックが、サンダルフォンから取り上げた欠片二つを見せつけた。クルーニャに触れられている今、サンダルフォンの魔法は出ない。メタトロンを包んでいた氷も溶けてなくなり、メタトロンが地へと落下する。
「どうやって現れた?」
「コース.レゼン。親しい者の場所に転移する魔法でこの子の元に来たのよ」
アマノはそう言ってポム吉の頭を撫でる。ポム吉は、嬉しそうに笑って「照れちゃう」と言っている。
「転移魔法……。まさか小僧に寄り添った時、欠片を受け渡して作戦を共有したな?小僧ははなから囮……二人が転移で逃げて戻って来るまでの状況を整えるまでの囮だったのね」
「鋭いし賢いね。その通り……これから貴方達を神々に突き出す。遺言……ある?」
サンダルフォンは、少し考え込むように下を向く。そして、すぐに鼻で笑って目を瞑った。
「ふっ……フフッ……ふ……ふええええー-ん!お兄ちゃん助けてー!団長!副団長!助けてよおおお!サンダルフォンめちゃピンチ!助けて助けて助けて!」
笑ったかと思えば、赤子のように泣き喚いた。そんなサンダルフォンの胸にポム吉が飛び込む。
「泣かないでサンダルフォン。僕も一緒に牢屋に入るよ」
「てめぇ殺すぞ!」
「照れちゃう」
「殺す」
泣き喚くサンダルフォンだが、ポム吉にだけは怒りを見せる。
*
同時期、魔界でも戦いが繰り広げられていた。アイムはマモンと、サタンはプロケルと、レヴァイアサンは炎の巨人と、それぞれが戦っている。
「来い、アイム」
アイムは、マモンが持っているデモ刀に注意を向けたまま攻撃を仕掛ける。体術の戦闘はアイムが一歩リードしているが、大きな一手が決まらない気持ち悪さがある。それでも、マモンはアイムにしがみつくのに必死の様には見える。
(俺の方がリードしている……なのに何だ?この違和感は)
その違和感は、アイムにとって障害となる恐怖だった。だが、確実にその違和感が当たっているのは体で分かっていた。目の前のマモンの余裕、決まらない攻撃、それがほんの少しづつストレスとなっている。
「整った」
マモンは確かにそう言った。同時に、アイムからめいいっぱい距離を取った。
「どうした?逃げるのか?」
「さよならだアイム」
マモンは、刀を何もない場所に振り落とした。だが、刀はアイムの体を真っ二つに斬って血しぶきを見せた。訳の分からない光景だが、それはアイム本人が一番思っているだろう。マモンが自分の近くに移動していて、振り落としたと思った刀が体を割いている光景は、体験した者誰しも絶句する。
「何が……起きた?」
「こういう魔法だよ。お前のあちこちに印があるだろ?」
アイムは、真っ二つになった状態で自分の体を観察する。手や足元、羽根や尻尾の計五か所に十字架のマークが付いている。
「何だこの紋章?魔法?」
「お前はもうどこにも逃げることは出来ない。常に俺の手元にある」
「そういえばメタトロンを俺から取り上げた時も同じようなことがあった。お前の魔法の正体は……紋章を付けた者を手元に転移させる魔法か?」
「勘が鋭くなったな。そうだ。生物相手には五か所付けなくてはならないから、それまでが大変でね」
「くそっ……こんな所で……」
アイムの体は二つに割かれ、朽ちるだけになる。
「何てな」
「お?」
割かれた体の間にある血が、糸のようにピンっと張られて体を繋ぎ合わせた。糸のような血は、そのまま短くなっていき、離れた体を元通りに繋げる。
「対策してきたのだな」
「俺も成長してんだよ。俺はもう、そう簡単に死ねる生物ではなくなっている」
「なるほどな!」
再び、マモンが刀を振るう。アイムは、成すすべなく手元に転移され、攻撃を受けてしまう。転移される位置が一定ではないから、刀の攻撃を受けてしまうのは当然だ。
「くそっ!」
「防御するしかないな。それとも転移に合わせて攻撃を仕掛けるか?」
「いや……寧ろ逆だ」
再び刀を振り落としたマモンだが、攻撃が初めて当たらなかった。それは、アイムの体が真っ二つになったままで、斬る部位がなかったからだ。更に、刀を振り落とした状態でアイムの体がつなぎ合わせられることで、刀はアイムに貫通した状態になる。
「やるな」
「刀は返してもらう」
アイムはそう言ってマモンを吹き飛ばすが、その時にはマモンは刀を手に持っていた。体に貫通していたはずの刀は、確かにマモンの片手にある。
「まさか刀にも紋章を?」
「当たり前。紋章が付いているお前は俺の所有物。どこへ逃げても俺の手元……」
「ん?」
「あ?」
「あ!!フフッ、あははははは!!」
「何だあいつ……普通に気色悪い奴だな」
突然笑ったアイムを見て、マモンは警戒した様子で身を引いた。だが、その次の瞬間に起こしたアイムの行動を見て、アイム同様大笑いした。
「ハハッ!まじかよ!シンプル過ぎて俺自身も思い付かなかった」
アイムは、紋章のある皮膚を全剥がした。勝ち誇ったようなアイムだが、マモンは動揺しているように見えない。
「けどほんとにアホ。それは呪い……魔力が込められている。皮膚は関係ない……やるなら腕や足ごと捨てなければ――」
マモンが話している途中、アイムは躊躇なく片腕を切り落とした。
「これでいいか」
「きっ、きめえ行動力……躊躇しないんだな」
「お前の所有物なんて御免だ。来いよマモン……いつまで受け身何だ?」
「いいだろう。やってやろ――」
マモンは、乗り気でアイムと戦おうとしたが、何か引っかかたように表情を失い、嫌な顔をしてため息をついた。
「アイム……また今度決着をつけよう」
マモンはそう言って突然姿を消した。それは、サタンと戦っていたプロケルも同じだ。アイムもサタンも、突然のことで唖然としてしまう。だが、炎の巨人はその場に居座ったままだ。
「おい!天使!プロケルは?」
アイムは、周りを見渡してからサタンに近寄る。サタンも周りを見渡し、安全を確認した上でレヴァイアサンの頭に座る。
「天使じゃなくサタン。プロケルは突然消えた。何かコンタクトを取っていたようにも見えた。何かあって逃げたんだろうな。きっとコンタクトを取っていた相手はメタトロン達だろう」
「そうか」
「その手、先程呪いを受けたろ?呪い解除が出来る者に解除してもらわないと治らんな」
「やはり呪いの類か……。きっと炎の巨人もマモンの所有物にされていたんだろう。きっとすぐ手元に帰る」
「幸いだが、呪いの解除は私が出来る。炎の巨人の呪いは解いてある。お前のも解いてやってやろうか?」
「ほんとか!?頼む!」
食い気味なアイムを見て、サタンは思い通りと言った表情を浮かべた。
「別にいいが、お前の持っている欠片をよこせ。そしたら呪いの解除を行ってやろう」
「何だと?」
「じゃなきゃ呪いを解除しない。これは絶対だ。いいだろ別に?持っている欠片は一つだろ?」
「分かった。正直、あんたが居なかったら負けていたからな」
「物分かりがいい。偉いぞ」
アイムはサタンに呪いを解除してもらった。
「アイム様!」
戦いが終わったのを見計らい、拘束したゼウスを抱えてルゼがアイムの元へ来た。
「ゼウスは?眠らせてあるか?」
「当分は起きないよ」
「オーケー、そいつは使える」
アイムは静かな表情で微かに笑う。




