第29話【奇石団団長】後編
アイムの拳は血で染まっていた。しかし、殴ったはずのメタトロンの姿はない。
「あれ?逃げられたのか?」
「いや、確かに手ごたえはあった。どこ行った?」
ジャックも、アイムに背負られたまま不思議そうにしている。だが、その謎はすぐに解かれた。次の瞬間、アイムの胸がぱっくりと割れて血が噴き出たのだ。
「アイム!?はっ!?」
ジャックは、気配を感じて後ろを振り返る。振り返ると、マモンが刀と死にそうなメタトロンを持って宙に浮いていた。手に持っている刀は、大会の商品であるデモの刀だ。
「てめえマモン……わざと助けなかったな。俺が……ぐっ……殴られてから助けやがって」
抱えられたままのメタトロンは、弱々しく言葉を発する。
「メタトロン、自分の発言に責任はないのかな?戦う前、お前は手を出すなと言った。やられそうになって手を貸せなんて……少しダサいとは思わないのか?」
「後に言ったことの方が正しい。助けろって言ったら助けろや……」
「そもそも、俺は欠片と引き換えにこの二人を逃がそうとした。それを拒んだのはお前だ。お前が最後まで責任を持って仕留めるのが筋だと思うが……どう思う?天使最強の男」
マモンがそう言った時には、メタトロンは気を失っていた。顔も体も全てがボロボロで、出血も酷い。
「気を失ったか」
「あんた、どうやってメタトロンを俺達から奪った。アイムはしっかりとメタトロンを掴んでいた。その手の形は変わっていなかったのに。スピードとかじゃなく、もっと違うやり方だろ?」
「それを知りたければ、あの手この手で抵抗することだな」
マモンは、メタトロンを抱えたままジャック達に突っ込んで行く。欠片の力もあり、そのスピードは負傷を負ったアイムに避けれるものではなかった。反射的に体が動いたジャックは、間一髪でマモンの刀を受け止め、そのまま背後へ吹き飛ばされる。
「やばい!避けろアイム!」
流れるように、マモンの刀がアイムに振るわれた。遠くに飛ばされたジャックには、どうしようも出来ず、ただその光景を見ることしかできない。
「くそっ!」
「残念」
刀の前に羽根を持ってきて防御したアイムだが、その羽根ごと斬られてしまう。体が深く頭から腹の下まで深めに斬られ、顔の仮面が真っ二つに割れる。
「アイム!」
ジャックがアイムを抱えて逃げるように背後に身を引いた。すかさずマモンを警戒するが、肝心なマモンはアイムの方を見て驚いたように表情を固めていた。
「その顔……お前、天悪戦線のガキか」
マモンが言った一言は、アイムの耳には届いていない。アイムは瀕死の状態で、体が割れてて呼吸も出来ない状態にあるからだ。
「知り合いなのか?」
「いや、顔だけ知ってるだけだ。なぜ俺に気付かなかったのか分からないが、きっと印象が薄かったのだろうな。命の恩人だってのに」
「命の恩人?アイムを助けたってこと?」
「そうだよ」
「なら、今回も見逃してくれないか?一度助けた命、また殺す気?」
「ああ、殺す。何事も時と場合によって変わる」
マモンが殺気を見せたその瞬間、ガラスが割れるような激しい音が聞こえる。それは結界が解かれる音で、崩れる落ちる結界の外から神々がやって来ている。
「何だ?」
「結界が解かれたか……結構早かったな。まあいい、この二人を殺して退散するとしよう」
再びマモンの手がジャックに伸びる。だが、そのマモンの首を一人の天使が掻っ切った。
「がはっ!?」
「うわっ!」
「アイ.モーメント」
その天使は、アイムとジャックを抱え、結界の外へと瞬間移動した。それを見ていたマモンは、腑に落ちない表情で外から来る神々に目を向けた。
「確かあの天使は大会で第三位の奴だったな。アイムやジャックと関わりのある天使なのか……それは分からないが、今は逃げなくてはな」
*
ジャックは、天使に観客席の一目に付かない場所まで連れ来られた。安全を確認する素振りを見せた天使は、黒い髪を靡かせて仮面を取る。
「サタン!?大会に参加していたのか!?」
天使――サタンは、澄んだ目でジャックを見つめた。そして、瀕死のアイムを横目で見る。
「ああ。そいつは、邪神天悪のアイムだな?噂では敵対した仲だと聞いたのだが」
「今は敵じゃない。けどそんなことも関係なくなりそう……こいつ死にそう」
「死なれては困るか?」
「困るっていうか……居た方がいい。戦力になるし、俺やアマノが生き抜く為には利用できる」
「分かった。出来るだけのことはする。避けてろ」
サタンがジャックを小突き、アイムの傷に回復魔法を使用する。苦しそうなアイムの表情が安らかな表情になっていくが、傷が治っている訳ではない。
「体支えてろ」
「はい」
魔法陣から出した医療道具から、包帯や針を取り出す。サタンの使う針は大きめで、その針に糸を通して傷を縫っていく。
「器用だね」
「針や糸に魔力を込めてる。でなけれこの鍛え抜かれた皮膚を通さない。物や武器に魔力を纏わせるのは戦いの基本だ」
「……そう」
傷を縫い終えると、包帯で体中を巻いてミイラのような姿にする。体はガチガチに固定されており、アイムの意思で動くことは出来ないだろう。隣には宙に浮く点滴があり、管がアイムの腕と繋がれている。
「血液も補充した。アマノは来てるのか?」
「来てる。結界内はテレパシーが通らなかったから、これからするつもり」
「後はアマノの治癒魔法を頼れ。今は十分な医療道具もない」
「分かった。サタンはどうするの?」
「私はまだやり残したことがある。気にするな」
「分かった。助けてくれてありがとう」
「……どういたしまして」
ジャックはアイムを背負い、サタンに一礼をしてその場を去る。
*
「アマノ!」
アマノは、闘技場から少し離れた建物の影に居た。一緒に居たタナトスがジャックに気付き、安心した表情で手を上げている。
「二人共無事で良かった」
「それはこっちのセリフですよ、ジャック様。メタトロンに黒焦げにされた時はダメかと思いました。治療間に合ったのですね」
「まあ、気付いたら生きてたって感じ。それよりアイムがやばい。早く森に戻って傷の手当しないと、間に合わなくなるかも」
「アイム?って、邪神天悪の悪魔じゃないですか!?敵だったのではないのですか?」
「え?アマノから聞いてないの?」
「聞いてませんよ」
ジャックとタナトスは、同時にアマノの方を見る。アマノは一瞬目を合わせるが、すぐに知らないフリして目を逸らした。
「早く帰るよ。アイムも治療しないといけないし」
アマノは、話を切り替えるように下界と繋がる扉を開き、すたこらと扉の中に入って行く。
「分かったよ!」
ポム吉が一番乗りで扉の中に入って行く。
「あのバカ熊、アマノに何かする気だ」
ジャックも駆け足で扉に入る。
「ほんとアマノ様って扱いづらい……」
タナトスも扉に入ろうとするが、扉の向こう側から体を押されて尻もちを着く。
「いたた……」
「ただしタナトス、貴方はダメよ」
「そんな!?」
アマノが冷たい目でそう言うと、タナトスを天界に置いて、扉が閉じてしまう。
「ほんとに置いていったよぉ」
*
アマノ達が下界に戻った同時期、まだ神々や奇石団は闘技場に残っていた。結界が壊された今、一気に形勢逆転した。
奇石団の選ぶ道は、逃げの一択だ。
「団長!それ、お兄ちゃん無事なの?」
メタトロンの実の妹――サンダルフォンは、マモンが抱えている瀕死の状態のメタトロンを見て困ったように周りをウロチョロする。マモンはそれを鬱陶しそうな目で見て、あしらうようにメタトロンを渡した。
「心配なら自分で持て」
「これダメだ……早く帰ろうよ」
「ああ。だが妙なんだ。レヴァイアサンを元の位置に返そうとしてるんだが、召喚魔法が機能しない」
マモンは、少し遠くで弱弱しそうに戦っているレヴァイアサンに目を向ける。レヴァイアサンは、神々によって追い詰められており、今にもとどめを刺されそうだ。
「召喚印が解除されたのでは?」
「きっとそうだ。けど、それを考慮して舌の裏に付けたんだ。何か一本取られたようで気に食わないな」
「どうします?置いてきますか?」
遠くから来た天使にしか見えない悪魔――プロケルが状況を確認した上で冷静に聞く。
「奴に食わせてた欠片を回収したい……が、諦めよう。たかが欠片一つ、欲をかくならもっと大きなことでかこう。俺らはもっと大きなことに欲を使おうぜ」
「ええ、そうしましょう」
「早く帰ろう。これでお兄ちゃん死んだら笑えないよ」
「そっちの方が笑えるだろ」
四人は、攻撃を仕掛けようとしている神々を横目で見て、勝ち逃げをするかのように一瞬にして姿を消した。
「くそっ、転移魔法で逃げたか。あれでは、世界を行き来する扉じゃないから行先が分からないな」
神々は悔しそうにして、奇石団の残した怪物レヴァイアサンに目を向ける。レヴァイアサンは、神々によって瀕死に追い込まれ、水の上で朽ちるように倒れている。
「その場でいい!確保せよ!そいつの記憶を読み取れば奇石団の情報が得れる!」
神の一人がそう命じたが、神々が同時にざわめきだした。レヴァイアサンの頭の方を見て、少し戸惑ったような様子を見せている。
「どうした?」
「彼女……大会三位の天使ですよね?さっきまで居なかったのに突然現れて」
「それがどうした?早く引きずりおろせ」
「もうやってます」
神々は、レヴァイアサンが絶命してしまはないように、大会三位の天使――サタンに近寄る。だが、サタンの手から放たれた黒炎が神々を襲った。神々は、水魔法で黒炎を消そうとするが、炎はなかなか消えてくれない。
「魔界の炎!天使の癖に魔界の契約魔法を!?」
サタンは、炎をレヴァイアサンの周りにある水に移し、一瞬にして炎の海を作り上げる。神々は、迂闊に近寄れなくなる。
「やられた。上位魔法を使えばレヴァイアサンが死ぬ恐れがる。かと言って近寄れる状況ではない」
「貴様も奇石団か!」
神々がサタンを睨み、攻撃の体制を整える中、サタンがレヴァイアサンの額に額を当て、悲しくて美しい表情を浮かべた。その表情は、我が子を心配する母親の表情そのもだ。
「可哀そうに……仲間の為に戦ったのに、その仲間に置いてかれて一人孤独の死を味わう」
サタンに頭を撫でられるレヴァイアサンも、サタン動揺清らかな表情だ。先程よりも安心した様子で、赤子のように身を任せている。
「レヴァイアサン、お前も私を理解できるはずだ。私はお前を理解できる。もう苦しむ必要はない……私が居る」
サタンはそう言うと、宝石のような物を出した。その宝石は、神々が扱う転移用の魔道具だ。
「バカな!なぜ奴があれを持っている!?神界でしか流通してないぞ!」
「やばい!逃げられる!!」
神々がサタンを捕まえようとした時、既にサタンは光と共に消えていた。闘技場に残ったのは、黒炎の海と神や天使の死体だけだった。




