第28話【奇石団団長】前編
マモンの目には、こちらに向かって来る二人の天使が見えていた。一人は大会の優勝者、もう一人は子供の天使。しかし、マモンには天使の子供が人間だと分かっていた。
「神々が相手してくれなくなったと思えば、お前ら二人が相手ということか。メタトロンに勝った現最強の天使と、魔女の子の天である人間の子供」
「あぁ、欠片を持っていない俺らでは相手にもならないかもしれないがな」
「そうだな。だが、時間稼ぎ程度の作はあるのだろ?」
「悪いがない」
大会の優勝者――アイムは、警戒する素振りを見せたまま無蔵座に距離を縮める。同時に、人間の子供――ジャックがマモンの背後へと回る。
「余り恐れるな。恐れたとこで死ぬのには変わらないんだから」
マモンが素早く背後を振り向き、ジャックとの距離を詰めて首を掴もうとする。しかし、ジャックはポム吉を前に持っていき、マモンの腹を蹴って距離を取る。そして、マモンにくっ付いたポム吉が爆破し、同時にアイムの放った光線が命中する。
「今だ!」
アイムの蹴りがマモンの腕をへし折り、手に持っていたデモの刀を落とさせた。
「一旦引け!」
刀を奪ったアイムは、ジャックと別の方に距離を取る。
「俺の魔法を諸で食らったんだ。致命傷にはなってるはずだ」
「明らかにスピードや魔法の威力がおかしい。アーニーとか言ったな?お前、欠片を所持してるんじゃないのか?」
爆風と共に姿を表したマモンは、傷一つ付いていない。アイムにへし折られた腕以外、傷らしい傷は全く見えない。
「何て頑丈な体だ。欠片を持っている事を差し引いてもおかしい」
「質問に答えてくれたら、見逃してやってもいい。欠片を持ってるんだろ?光は見えないが、恐らく何か魔道具によって光を抑えてるんだろ?その欠片、渡してくれるのなら、お前ら二人共この結界から出すことを約束する」
「この刀も貰う。それなら欠片をやる」
「それでいい。ほら、欠片を投げてくれ」
アイムはジャックの方を見て、目と表情でコンタクトを取る。
「お仲間か?別に話し合っていいよ」
「渡して良いか?こいつらの目的は欠片を集めること。刀は手に入ったし、これ以上の危険を犯す必要もないと思うんだ」
「結界から出れる保証がない。ダメだ」
ジャックが顔を顰めてそう言うが、マモンは近くの結界の壁に触れて、一部穴を作り出す。
「結界を作った者はこのように結界の出口を作れる。安心しろ」
「アイ……アーニーに任せる」
「分かった」
アイムは少し考え込んだ末、懐から出した欠片をマモンに投げた。
「本物……だな。ほら、さっさと行け」
アイムとジャックは、警戒しながらマモンが触れている結界の出口へと出て行く。しかし、ジャックが出口を通った瞬間、遠くから炎が放たれた。その炎は、ジャックの背中を焼いた。
「がはっ!?」
ジャックがそのまま結界内で倒れるが、反射的にアイムが結界内へ戻ってジャックを抱えた。ふと、炎が放たれた方向を見ると、そこにはボロボロで神々の首を抱えているメタトロンが居る。既に神々と戦い終えた様子で、息を切らしてアイムとジャックを睨み付けている。
「あ〜あ、俺知らない」
「ジャック!しっかりしろ!」
「くっ……大丈夫……」
ジャックが眉間に皺を寄せ、苦しそうにしたままそう言うが、炎を消えた今も背中の肉が抉れている。
「マモン!!てめぇ!!」
「俺じゃないだろ。お前目ん玉付いてんのか?あっちを睨め」
「てめぇの仲間だろうが」
「仲間でも意思疎通はしていなかった。恨むならあのイカレ天使を恨め」
アイムはジャックを抱え、欠片を警戒してマモンから少し離れる。そして、メタトロンの様子と手に持っている神々の首を観察する。
(欠片を持っていた神だ。ってことは、こいつは今欠片を二つ持っているってこと。負傷してはいるが、欠片を所持してるのには変わらないな)
冷静にメタトロンを観察するアイムは、今の自分に欠片がないこと、負傷したジャックが居ること、それが自分を苦しめていることを理解している。
(こんなガキ置いてけば良かった。しかし、助けてしまったのだから仕方ない。ジャックを見捨てればアマノが逆恨みをしてくる可能性も捨てれないからな)
アイムは深く息を吸い、ゆっくりため息をついて苛立った精神を落ち着かせる。
「気に入らない。才能があるのにつまらなそうに戦うガキも、まぐれで勝った悪魔のお前も……直感がお前を殺せと言っている。同族……特に人間のガキは……だから嫌いだ」
「また負けたいようだな。試合と違って死ぬってのに」
遠くから見ているマモンは、少し呆れた表情で結界の扉を閉じる。それを見たメタトロンは、苛立った様子で睨みを効かせる。
「マモン、なぜ敵を見逃した?」
「欠片を大人しく渡したからだ。それに、余り認めたくないがその天使は俺より強い。戦って負ける気はしないが、お前が勝てなかった相手と戦うのはリスクが高い。刀一本で奴らを逃がすのは賢い判断だと思うんだが、何か気に入らなかったか?」
マモンとメタトロンの二人は、ピリついた空気を放っていて、少し離れているアイムやジャックが迂闊に動けない。
メタトロンの圧倒的な殺気とマモンの冷静で堂々足る態度が何とも言えない空気を作っている。
「納得は出来るが、やはり気に入らない。俺がこいつらを殺したいと分かってて逃がすあんたも気に入らない。俺にテレパシーで伝えてくれても良かっただろうが」
「リスクを負う必要がない……目的を忘れてないか?」
「……あんたは正しい。けど、俺のことも考えて欲しかったよ」
「ああ、少し気を付けてみる」
「とにかく手を出すな。こいつは今ここで殺す……後に敵となるだろうし、何より俺のプライドと誇りに傷を付けた」
「分かった。ここで大人しく見てるよ。欠片の回収忘れるなよ」
「ふんっ」
アイムとジャックの元に、ボロボロのメタトロンがやって来る。欠片を持っていないアイムにとって逃げ出したい状況だが、メタトロンが自分よりダメージを負ってるのが唯一の救いだ。
「来な、ド三下」
「負けた奴がよく言うぜ」
アイムは、ジャックを背負ったままメタトロンにゆっくりと近寄る。しかし、ジャックは苦しそうにしてアイムの肩を叩いた。
「俺を降ろせ。足でまといになる」
「下は奴らのおかげで海だ。降ろす場所なんてない。それにお前は荷物にすらならないくらい軽いし問題ない。出来たら魔法や神器で援護しろ」
「分かった。すまねぇ」
ジャックは、背中の傷を羽根で覆い、神器であるワイヤーを取り出してアイムにがっちりと掴まる。
目の前のメタトロンは、既に炎の鎧を纏っており、輝く剣を構えてこちらに寄ってきている。
「行くぞ」
「おう」
アイムが出来るだけ素早く動き、メタトロンの横へと移動する。しかし、欠片の影響があるメタトロンは、当然のようにアイムの背後に回り、剣をアイムの背中に引っ付くジャックに振るった。だが、アイムの尻尾が剣を弾き飛ばし、背中から生えた魔力の腕でメタトロンの首を掴む。
「やはり神々との戦いでかなり弱ってるな。無力な奴が欠片を持った所で、対して変わらないようだ」
魔力の手は炎を通さず、徐々にメタトロンの首を締めている。メタトロンを守る炎の鎧が火力を増しているが、アイムの魔力の腕には無力のようだ。
追い詰められたメタトロンは、炎をあちこちに放ち、抵抗をしてみせる。
「どこ狙ってんだ?」
あちこちに放たれた炎は、アイムの元に吸い付くように帰ってくる。あらゆる方向から来る炎を避け切れそうにはない。だが、アイムは魔力の手を使い、メタトロンを持ち上げて炎を守る傘を作る。
しかし、裏をかいたように炎が軌道を変えて下から飛んできた。炎は、アイムの足や腹に命中する。
「耐えろアイム!メタトロンを離すな!そのまま首を絞めろ!」
「言われなくても分かっている!」
アイムはそう言ったが、メタトロンの首を絞める魔力の手は徐々に緩まっている。ジャックはそれに気づき、すかさず魔力の腕に触れた。
「何してる!?」
「具現化された魔力ならいけると思うんだ」
「何言って……ああ、なるほど」
アイムは悟ったように笑い、最後に力を振り絞るかのように魔力の腕でメタトロンを強く握る。
「やれ」
アイムとジャックはお互いの体を守るように羽根で覆う。その瞬間、メタトロンを掴んでいる手が火花を放って爆破した。その威力はとてつもなく、持続的な爆破が行われている。
「どうだ?」
爆破が終わると、メタトロンは大きな負傷を負っていた。捲れた肌、流れる血、捥がれた羽根、鎧である炎も徐々に小さくなっている。
「はぁはぁ……三下のカス共が……この俺に……」
「神々と戦ったばかりなのに感情に任せて喧嘩売ったからだよ、バーカ!欠片があってこのざまとは情けないな」
アイムはメタトロンをバカにし、(お前も言ったれ)と言わんばかりにジャックを見る。
「そうだそうだ!何が天使最強だ!ボロボロのボロ雑巾じゃねえか!三下はお前だ!」
ジャックはそう言い、(お前もなんか言え)と言わんばかりに隣に浮いているポム吉を見る。
「そっ、そうだそうだ!天使最強は僕だぞ!」
二人と一ポムにバカにされたメタトロンは、肩を抑えたまま剣をしっかりと握っている。悔しそうに唇を嚙んでおり、片目を痙攣させて少し遠くに居るマモンの方を横目で見た。
「マモン!手を貸せ!二人なら勝てる!早く来い!」
「やばい!あっちも欠片を二個持っている!あいつが来たら勝てねえ!」
「メタトロンを仕留めるぞ!」
アイムは、慌てたようにメタトロンに突っ込んで行く。それを援護するように、ジャックがワイヤーでメタトロンの首を絞め、肩に神器を投げた。
「がはっ!?このガキ!!おい!マモン何やってる!?聞こえないのか!」
今にもやられそうなメタトロンは、慌ててマモンの方を見る。だが、マモンは先程の位置から一歩も動いておらず、遠くに居る仲間の方をぼーっと眺めている。
「あいつ!?見殺しにする気か!?俺を失えばあんたの方が損なのに!はっ!」
メタトロンが再びアイムの方を振り返った時、既に首を掴まれて拳が目も前にあった。余りにも長くて遅いその一瞬は、メタトロンの脳裏に二度目の死を過らせる。




