第27話【目覚め】
闘技場内の地下。
ジャックが眠る緊急治療室には、まだ複数人の天使が残っていた。地上では、マモンが召喚したリヴァイアサンによって近辺の壁や建物が壊されているが、地下には振動が響くだけで被害はない。
「この人間を神界の牢屋に転移させろってよ」
「ここも安全と言い切れないからな。急ごう」
見張りの天使達がジャックを治療カプセルごと転移させようとした瞬間、何もない空間から声がした。
「待て!」
姿を現したのはポム吉だ。天使二人の前に堂々と現れ、自身を透明にしていた布を床に置く。
「あの熊、いつから?」
「追い出したはずだよな?」
天使二人は、不思議そうにしてポム吉に近付く。堂々としていたポム吉は、一瞬にしてブルブルと震え、困ったように慌てふためきだした。
「やっ!やってやる!」
ポム吉は、勇気を振り絞って天使にパンチをする。すると天使は体が固まり、二人共その場に倒れた。
「……僕って最強?てっ、照れちゃう!」
照れるポム吉だったが、すぐに気配を感じた。ポム吉の背後に、影のように静かなクルーニャが立っており、ポム吉を赤い瞳で見下ろしている。
「誰?」
「クルーニャ。ジャックの知り合い」
「僕ポム吉!ジャックの友達!よろしく!」
ポム吉は、クルーニャに握手を求める。しばらく間が空くが、クルーニャがゆっくりとしゃがみ、ポム吉の手を優しい取った。
「……みっともない姿だな」
「そんな!?」
クルーニャの瞳はポム吉の奥の奥を見るような深いものだった。ポム吉とは別に、誰かを見ているようにも見える。
「ジャックを助けよ。来な」
「クルーニャいい神様!」
「どうも」
クルーニャは、刀でジャックが眠るカプセルを真っ二つに斬る。割れたガラス製のカプセルからは、粘り気のある液体と共に裸のジャックが流れ落ちる。
「がはっ!?ぺっ!」
「ジャック!傷も治って肌も綺麗になってる!完全復活!」
寒そうにするジャックは、震えながら周りを見渡す。ポム吉を見て嫌そうにし、クルーニャを見て慌てたように背後に下がった。
「お前……なぜここに?」
クルーニャは、無言のままジャックに服を渡す。するとジャックは、自分が服を着てないことに気付いたようにクルーニャに背を向けた。
「こっち見ないでくれ」
「……顔だけじゃなくて中身も女なのか?」
「いいから」
クルーニャは、呆れた表情でジャックに背を向ける。ジャックは、クルーニャが背後を見たことを確認して、慌てたように素早く着替える。
「ここはどこだ?試合はどうなったんだ?」
着替え終えたジャックは、少し距離を取って疑問を投げかける。
「ここは闘技場の地下、緊急治療室。試合どころか大会も終わった」
「じゃあ、俺は負けたってこと?」
「優勝はアイム、準優勝がメタトロン。アイムが大会に参加することは知ってたんだろ?」
「そうだけど……何であんたも知ってるんだ?アイムが参加していたこと」
「知らなかった。ちょっとカマかけただけ」
「なっ!?ちっ、何かムカつく」
一本取られたジャックは、ムッとした表情で肩に乗っていたポム吉を両手で潰した。
「ほわ~」
「肝心なのはその後、奇石団マモンが現れた」
「奇石団が?」
「更にメタトロンも奇石団だった」
「まじか……」
「今奇石団は悪魔と天使、計四名が確定している。その四名と一匹の化け物が欠片を思う存分使って地上で暴れている。デモ.ゴルゴンとの戦いで神々は戦力不足になっている。正直奇石団が勝ってもおかしくない状況だ」
「俺に何かしろって訳じゃないよな?」
ジャックが疑うように目を細めるが、クルーニャは無言である物を懐から取り出した。
「欠片?何で持っている?」
クルーニャが取り出したのは白の欠片だった。一つだが、地上にある欠片と共鳴してギラギラと光っている。そして、その欠片を小さな巾着に入れた。
「こうやって魔道具の中に入れとけば欠片が近くにあってもこちらの欠片は光らない」
更に、子供にお菓子をあげるような表情と仕草で欠片をジャックに渡した。
「何を考えている?何が目的だ?」
「とてもシンプル。楽しく生きる」
「じゃあなぜ欠片を俺に渡した?」
「教えない」
「ちっ……お前の思い通りには動かないからな」
ジャックは、そう言って逃げるように部屋を出て行った。
「待ってよジャック!」
ポム吉もジャックを追い掛けて部屋を出て行く。
「欠片を受け取った時点で思い通りなんだよ。お前が思うままに動いてくれれば、それだけでゲームが面白くなる。お前は最高のプレイヤーであり、俺の作るゲームの主人公になっていく」
クルーニャの少し悲しそうな表情は、少し不気味で美しい程に曇っている。
*
ジャックは、地下から出てすぐに息を飲み込んだ。
「何だこいつ……」
闘技場が海水でいっぱいになっており、その中央に話に聞いていた化け物――リヴァイアサンが暴れ回っていた。何十人かの最高神がリヴァイアサンを囲んでるが、その最高神達は緩やかに、そして確実に数が減ってきている。欠片を一つずつ所持している奇石団がリヴァイアサンを援護し、同時にリヴァイアサンが奇石団のメンバーを援護していて、欠片を所持していない神々は数が居るだけになってしまっている。このままでは、奇石団が付近の神々を倒してしまうだろう。
「何て絶妙なチーム力……あの化け物と周りの奇石団がお互いをカバーし合ってて神々が手玉に取られている」
「どうするのジャック?」
「アマノを探そう。もう森に戻っている可能性もあるけど、俺やポム吉を探して残っている可能性も捨てれない」
「分かったよ!」
二人は、戦いに巻き込まれないよう、物陰に隠れながら空中を移動する。ジャックは羽根で飛び、ポム吉は両足をばたつかせて飛んでいる。
同時に、転移魔法で次々と神と天使の増援がやって来る。神の何人かは欠片を所持しており、皆やる気と怒りに満ちている。
「そこまでだ奇石団!人数も欠片の数もこちらが上だ!大人しく降参しろ!」
神々は、自分らの優位と勝利を確信しており、奇石団や化け物を囲って圧をかける。しかし、マモンは待っていたかのように笑い、リヴァイアサンの頭の上に降り立つ。
「単純なバカ……この時を待って暴れていたんだよ」
マモンは、欠片の光を神々に照らして一瞬の隙を作る。同時に、欠片持っていない神々を中心に、レヴァイアサン口から吐いた水で吹き飛ばした。ジャックも攻撃を受けそうになるが、間一髪で交わす。
「あぶね」
マモンは素早く遠くに移動し、詠唱を唱えて足元に魔法陣を出す。周りを見渡せば、奇石団全員がマモンと同じことをしてる。その位置は、リヴァイアサンを中央に正方形になっている。魔法陣から出た光は、一瞬のうちに結界となって神々を閉じ込める。欠片を持っている神が六人、持ってない神と天使が六人、戦える人数が大幅に減少した。
「欠片を持っている奴も何人か結界外に行ったか……まあいい。だいたい計画通りだ」
結界はかなり頑丈で、外の神々が強力な魔法を放ってもビクともしない。
「我々が奇石団に対抗する為、欠片を持ってくるこの状況……これを狙っていたのか」
余裕があった神々は、顔色を変えて息を飲み込んでいる。逆に、奇石団にはほんの少しの余裕と一手上回った精神的な勝利がある。
「くそっ!攻撃を避けたのは間違いだったか……俺まで中に閉じ込められた」
結界に閉じ込められたのは神々だけでなく、ジャックとポム吉もだ。結界の壁を叩き、焦ったように周りを見渡している。
「何やってる?」
そんなジャックに何者かが背後から声を掛けた。素顔を隠していないジャックにとっては嫌な状況だ。
「お母さんとはぐれっちゃったんです!そしたらこんな目にあって!助けて下さ――」
しかし、背後に居たのは選手として変装しているアイムだった。それを知ったジャックは、少し安心したようにため息をついた。
「なんだアイムか……」
「傷は治ったようだな?神々に人間だってバレなかったのか?なぜここに居る?」
「ある神に助けられて、脱出成功。けど結界の中に閉じ込められた」
「助けてくれた?誰が?」
「クルーニャとかいう変な奴……」
「知らない名だ」
「アイムこそなぜここに?逃げ遅れたの?」
「いや、優勝したはいいものの、その後メタトロンに刀と欠片を盗まれた。奴は奇石団のメンバーだった。今欠片は奇石団が一人一人持ってて、刀はリーダーのマモンが持っている。欠片はともかく、刀はデモの物だ。このまま引き返せない」
「俺に作戦がある」
顔を隠しているアイムをまじまじと見たジャックは、クルーニャから貰った欠片の入った巾着をアイムに渡す。
「なんだこれ?」
「欠片が一つ入っている。その巾着に入っている間は光ったりしないから、すぐに欠片を所持していることはバレない。あんたが持ってた方が作戦は上手くいく」
「で?その作戦は?」
「大会の優勝者アーニーとしての顔、それを利用して神々を動かす」
アイムの布を軽く引っ張ったジャックが、ニヒルな笑みを浮かべる。
*
神々が手分けして戦っている。何人かは奇石団のメンバーを抑えており、残りの何人かで化け物リヴァイアサンを相手にしている。そんな中、布で顔を隠しているジャックが天使を装い神々の一人から欠片を奪った。
「な!なにやってる!?あの天使を捕まえろ!」
そこに通り過ぎたアイムが、ジャックの首根っこを掴んで神々へと近づいた。
「おお!そなたは優勝したアーニー選手か!よくその天使を捕まえてくれた!」
「やめろ!離せ!」
「こいつは天使じゃない。選手に紛れていた魔女の子の連れの人間だ」
アイムはジャックの顔の布を剥ぎ、神々へ突き出すように見せた。
「何!?まだここに居たのか!?」
「それより聞いて下さい。今状況は硬直している。俺の考えを聞いてくれますか?」
「ん?考え?まあ、メタトロンを倒した男だ……何かいい作戦があるのだな?」
「はい。欠片を持っている神でマモン以外の奇石団をお願いします。マモンは俺がやります」
「分かった。君が一人を相手してくれるなら人員を上手く配分できる。かなり助かる」
「ありがとうございます。この人間にも手伝ってもらうんで、こちらで預かりますね」
アイムがそう言うと、ジャックは慌てて暴れ出す。
「やだ!囮に使う気だろ!絶対逃げてやるからな!この!」
しかし、アイムが一発殴ることで、暴れていたジャックが沈むように大人しくなる。
「失礼します」
「頼んだぞ」
神々から離れたアイムとジャックは、お互いに目を合わせて悪い顔で笑みを浮かべる。
「ナイス。これで神々の許可の元、暴れることができるな」
「ナイスだけど、あんな強く殴らなくても良かっただろ。恨むからな」
「アイス奢ってやるから許せ」
「二人分なら許す」
ジャックが腑に落ちる表情でそう言うと、アイムは不思議そうな表情を浮かべ、ポム吉も嬉しそうにジャックの服から顔を出す。
「二人分?俺の分か?」
「僕の分だよ!」
「どっちも違う。アマノの分だ」
二人と一ポムが行く先には、デモの刀を持つマモンが待ち構えている。




