第25話【決初戦】
観客達が最高潮に盛り上がっていた。決勝戦を前に、誰もが興奮していて、熱気だけで押しつぶされそうな空気が漂っている。
「決勝戦!いくつもの敵を焼き払って来た炎の使い手、その姿はまさに地獄から這い上がった悪魔そのもの。ある者は死神、ある者は魔王、ある者は天使の皮を被った邪神とも言うその男、最強天使メタトロン!かたや相手は無名の天使。だがその強さだけは本物、ミカエルやサンダルフォンと言った上位天使を圧倒的な力とフィジカルで倒してきた男、無敵の天使アーニー!誰もが予想した男メタトロン対誰もが予想しなかった男アーニー!待ちに待った決勝戦、開始です!!」
実況の合図と共に、両者が殺気を飛ばし合い、お互いに警戒を交えて睨み付ける。その殺意と威圧だけで観客達の熱気が凍ってしまいそうだ。
「あの時俺の腕を掴んだお前が来ることは薄々気付いていた」
ニヤッと笑うメタトロンは、殺気を抑えて口を開けた。
「いつのことだ?」
「ガキとの試合、お前があそこで止めてなければ俺はガキを殺して失格だったのに。自分の行いが自分の首を苦しめることになるとはな」
「何が言いたい?」
「お前を殺す為に、ここまで誰も殺さず勝ち抜いてきた。俺からガキを殺す喜びと幸福を奪ったんだ。奴の代わりをしてもらう」
「そんなに殺しが楽しいのか?」
「相手によってはな」
メタトロンは、下から身長190cmはあるアーニーを睨み付ける。20cm以上背の低いメタトロンだが、圧倒されている様子はなく、迫力と殺気では負けていない。
(こいつが天使最強……。前魔王以上の威圧……戦士にしては小柄だが、迫力も魔力も桁違いだ)
アーニーと名乗っている男――アイムは、仮面の下で息を吞む。
「何身構えてんだよ」
メタトロンは、一歩も動かないアイムに向けて炎を打つ態勢を取った。手の平から出現している魔法陣からは、今にも炎が飛んできそうだ。それでも、アイムは動かずに、天使の羽根を広げて身構えるだけだ。
「この距離だ。余裕で当たる」
「当ててから言え」
「デス.ブレイド」
素早く放たれた炎は、アイムを飲み込む程大きい。しかし、一瞬体を強く捻って横に身を交わした。
「三下のバカが」
避けた炎がアイムの背後に戻って来る。だが、アイムは炎を見ることなく空中で一回転して炎を避ける。その一瞬を狙ったように、メタトロンの剣がアイムの右腕を切り落とした。一瞬の出来事に観客達が静まり返る。
「手を貸そうか?ああ……これ借り物の手、というか盗んだ手か。ほれ、受け取りな」
メタトロンは挑発口調でそう言い、アイムの切れた腕を見せびらかしてから空中へと投げる。そして、アイムがその腕を取ろうとした瞬間に腕に向けて炎を放った。アイムの腕は、焼けて灰になり、切れた腕から血が大量に流れ落ちる。
「ハハッ!はははははっ!」
「……」
「どうした!腕が恋しいか!?」
アイムを嘲笑うメタトロンには、この試合の流れを掴んだ確信があった。その確信が故の笑いと挑発だ。しかし、その笑いも一瞬にして止んだ。
「はっ?」
アイムは、自身の口でもう片方の腕を嚙みちぎった。当然、メタトロンも観客も唖然としてしまう。
「なぜ笑いを止めた?俺の腕がなくなるの……あんなに面白がっていたのに」
「頭おかしいのかお前?」
「意味が分からない。おかしいのはお前だろ。二本目なくなったらさっきの倍は笑うだろ」
「そうじゃねえ。何で自分から腕を捨てる?今大きく敗北と死に近づいたんだぞ」
「んなのいちいち言わなくても分かる」
メタトロンの笑いは、一瞬にして冷めた。両腕をなくした狂戦士を前にして、精神的な敗北を感じたのだ。
(マジのイカレ野郎なのか?それとも何かの作戦か?腕に気を取られていていたが……こいつが既に仕掛けている可能性も捨てれない。まあ、やることは変わらない)
メタトロンが再び剣を構え、腕のないアイムに向かっていく。アイムが、咄嗟に落ちている腕を蹴り飛ばすが、メタトロンの剣によってバラバラになる。
「やはりスピードでは負けてないな」
メタトロンの剣は、のけ反ったアイムの頬を深く斬った。しかし、メタトロンがアイムの居た場所に来た途端、爆破に近い炎がメタトロン包んだ。
「トラップか……しかし属性が炎ってのが残念だったな」
メタトロンに体に燃え移った炎が体に染み込んで消えていく。炎そのものが無駄だと言わんばかりの態度と表情だ。
「じれったい」
アイムが真っすぐ飛んでくる。単純過ぎる動きに、メタトロンも片目を細めてため息をついた。
「三下のバカ……それは演技か?」
「闇魔法」
アイムを中心に闇が広がっていく。暗くて黒い霧が二人を包み、当たり一体が見えなくなる。
(闇の基礎魔法か……。一見霧のように見えるが、炎や風で吹き飛ぶような魔法じゃない。幻覚や概念に近い闇だから、どうしようもないな。しかし、暗闇でもお前の気配は微かに感じるし、腕から垂れる血の音も微かに聞こえるぞ)
先程までメタトロンに直進し来ていたアイムの足音がなくなった。それでも、闇によって何もかもが見えない世界で、メタトロンからアイムのおおよその位置が分かっていた。
(ギリギリまで気付いていることを悟られないようにしよう。奴の反応速度は速いが俺ほどではない……一瞬早く攻撃できる)
笑いと共に興奮と拳の震えを抑える。メタトロンは、背後に来る気配と血の音に気付いていたが、その素振りは一切見せない。闇に動揺している素振りをし、剣を構えている。
(来た)
メタトロンは、羽根を広げて背後からの攻撃を避けた。アイムは、完全に攻撃を空ぶってしまう。そんなアイムを嘲笑ったメタトロンは、すかさず剣を背中に叩き込む。だが、そのアイムの背中から黒い羽根が生え、剣を弾き飛ばした。
「黒い羽根!?お前!悪魔か!?」
アイムは、メタトロンの方を見上げ、口から生やした悪魔らしい牙でメタトロンの首へ嚙みついた。そして、脊髄から生やした尻尾でメタトロンの腹を突き刺した。
「がはっ!?」
「そうだ。俺は悪魔アイム……デモの刀を回収しに来た」
「くっ……デス.ウォール」
メタトロンは、腹を突き刺された状態で全身を炎の鎧で覆う。アイムの尻尾に一瞬で炎が移り、秒で焼け焦げていく。しかし、アイムの両腕からは透き通る光のような腕が生える。
「上位悪魔特権の魔力の応用技だ。そう言えば、天使最強のメタトロン……お前言ってたよな?相手によっては殺しが楽しいって」
アイムは、片方の魔力の腕でメタトロンの首を絞めるように握る。
「その意見、とても分かる」
そして、もう片方の魔力の腕でメタトロンの腕を切り落とし、切り落とした手が握っていた剣で、メタトロンの両足を切り落とした。
「だが、お前を殺しても面白くも何もない。今の俺にとっては、三下だからな」
耳元でそう囁かれたメタトロンは、泡を吹いて気絶してしまう。同時に、闇が晴れ、アイムの姿が天使の姿へと戻った。
「こっ、これは……どういうことなのでしょうか!?闇が晴れたと思えばメタトロンが倒れています!両足と片腕が切れていて完全に気を失っています!アーニーは平然と立っている!大番狂わせの決初戦!優勝はアーニー!!」
実況によって試合が終わると、闘技場に入口から医療班や天使達がメタトロンの元へ駆け寄り、アイムも医療班によって軽い治療を受けながら出口に運ばれる。アイムもメタトロンもタンカーに運ばれていたが、血反吐を吐いたメタトロンが目を覚ました。
「どっ……どこだ?」
「試合は終わりました。今治療室に向かっているので安心してくださいね」
「治療室?終わった?」
メタトロンは、震えた目を横に動かし、タンカーに座るアイムを見た。そして、羽根を広げて残っている片手を伸ばし、アイムに突っ込んで行く。
「メタトロン様!お止めを!」
だが、周りの天使達が素早く反応して、メタトロンを五人係で抑えた。
「離せ!俺は負けてない!あいつはずるをした!ずるいんだ!」
「とにかく落ち着いて下さい!ずるをしたと言うのなら聞きます!一体どんなことをされたのですか!」
「あいつを殺したら言う!だから離せ!」
「すみません!」
メタトロンは、天使達の当身によって再び気絶する。
(恐らく俺の正体が悪魔だと言わないな。奴の性格上、俺が悪魔だと公表しないで己の手で殺したいだろう。プライドの高い奴で良かった)
アイムは、気絶したメタトロンを見て、少しほっとしたように横になった。
*
観客席で、少し眠そうにしたサタンが闘技場を眺めている。それを横目で見たクルーニャは、感づいたようにため息をついた。
「アイムが勝って安心したな」
「なっ!?顔に出てたか?」
「顔にも出てたが、普通の心理だと思うぜ。自分に勝った奴が勝たないと自分に言い訳出来ないもんな」
「言い訳はしてない」
「そうか。どっちでもいいけど三位何だろ?20分後の表彰式、行くんだろ?」
「欠片がないから行かない」
サタンが疲れた目で首を横に振り、羽根と足を伸ばして席に座る。
「一位が貰う時に奪えばいいだろ」
「確かに……疲れすぎてその単純明快な発想が出てこなかった」
「けどリスク高いぜ。欠片の受け渡しをするのはあのゼウスらしいし、貰うのはアイムだ。それに顔も分かんないような奴に神々が欠片を渡すと思えない。何らかの罠や作戦を用意しているはずだ」
「だろうな。まあ、ともかく欠片を近くで見ときたいし、安全に奪えるチャンスが訪れるかもしれない。奴らの近くに身を置いとく」
「それと、今回まだ奇石団ってのが動いてない。この大会の裏で欠片を探しているかもしれないし、ここから動くかもしれない。そっちにも気を付けろよ」
「分かった。上の様子見とけよ」
「了解」
疲れた体をゆっくりと立ち上がらせたサタンは、クルーニャを一瞬見下ろして観客席から立ち去る。
「皆欠片が欲しいのか。しかし、そういう欲張り者共が居るからゲームが成り立つ」
大人しく穏やかな表情をするクルーニャは、音もなくゆっくりと立ち上がる。
「スリーブ状態のプレイヤーを……動かしに行くかな」




