第22話【最強の天使】前編
欠片の大会が始まって一時間が経過しようとしている。
「おい。お前選手だろ?観客席来ていいのか?」
「ダメだ。だから喋るな」
観客席で話をしているのは、クルーニャとサタンだ。サタンは仮面で顔を隠しており、観客席から見える光景を確認している。
「神々の様子はどうだ?」
「……」
サタンが小声で話しかけるも、クルーニャは一切反応がない。
「おい!無視するな!」
「めんどくさい女だな~。お前が喋るなって言ったんだろ」
「めんどくさい男だ。お前から喋るなって意味だ」
「……神々の様子は何ともない。主神連中も普通に試合を見てる」
「そうか」
お互いにめんどくさそうな表情をするが、すぐに表情と機嫌を取り戻す。
「どこまで行けそうだ?」
「一番……と言いたいが、今回は主神に近い強さを持つ奴が何人か居る」
「やっぱそうか」
「まず言わずとも知れた最強の天使メタトロン、そしてその妹サンダルフォン。特にメタトロンは戦闘の天才だ。それに四台天使が全員参加してるようだ」
「まさか天使の王ミカエルも参加するとはな。多分神々に言われて参加したんだろうけど」
「どうせ選手の監視が目的だろ。恐らくジャッキーって子供はジャックだろうし、奇石団の連中も参加してる可能性は十分ある」
「で?結局何位まで行けそうだ?」
「一番だ」
「ケッケッケ、自信があっていいな」
「そろそろ第二回戦の一試合目が始まる。何か妙なことがあったら連絡くれ」
「ああ」
サタンが観客席から離れると、クルーニャは大会のパンフレットを広げて次の試合を確認する。
「ケッケッケ。ジャックもついてないな……二回戦目からこいつに当たるとは」
クルーニャは憐れむように笑い、パンフレットをそっと閉じた。
*
「第一回戦の全試合が終了したので第二回戦に移行します!第二回戦!第一試合!メタトロン対ジャッキー!」
実況と共に観客席が大きく盛り上がった。観客達は、闘技場に現れた一人の天使に熱中しているように見える。
「来ましたね」
「天使最強の男、メタトロン。一回戦でジャックが勝ったから、シードのメタトロンと当たるのは分かっていたけど」
観客席から見る光景は余りに滑稽だった。身長差、体格、オーラ、魔力、実績、全てに差があることが目に見えている。
「メタトロン。身長は166cmで、天使達の中では小柄の方だけど、130cmちょっとのジャックからしたら十分大きい。元は人間だったけど、かつて四台天使が追い払えなかった魔導士を天界から追い払ったことで注目され、そこから天使最強と言われるようになった。天悪戦争では天使トップの実績を残している。荒っぽい性格と強調性の無さでも有名だけど、戦闘の実力は文句なし」
「流石に棄権させた方が良いと思いますよ。彼が加減をしてくれるとは思えませんし、ルール関係なしに殺す可能性もなくはありません。彼の強さはその冷酷さと結果に固執したハングリー精神でもありますし」
「ルールや余裕があるこの戦いで負けて死ぬようなことがあれば、いずれ早いうちに死ぬわ。勝てないと分かってても戦わないといけない状況は必ず来る。少なくとも、私と行動するってことはそういうこと」
「流石鬼の子ですね」
いつも以上に無表情なアマノと心配そうなタナトスが会話する中、ジャックは一人精神を落ち着かせていた。目を瞑ったまま深呼吸をし、恐れずにゆっくりとメタトロンの姿形を確認する。
「こいつが……あのメタトロン」
赤い髪に合わせたような赤色の騎士のような服装、手袋やブーツも血のような赤で染まっており、右手にはシンプルで輝かしい黄金の剣、肌は病人のような色の悪さで、目付きは剣のように鋭い。青年のような見た目をした男は、顔付きや立ち方、雰囲気や魔力だけで圧倒的な貫禄がある。主神を直で見たことのあるジャックだったが、メタトロンを見て主神達を思い出していた。
(勝てない)
そう思うと、ジャックの頭の中は真っ白になった。初戦で天使に勝利し、強くなった自分を自覚していたが、メタトロンを見てその自信が失われていく。蛇に睨まれた蛙、ジャックにとってメタトロンの目付きは蛇以外の何物でもない。
「試合開始!」
試合が始まったことで、ジャックの焦りは本格的なものとなる。だが、メタトロンはすぐに攻撃はしてこないで、ゆっくりとリズムの良い足音を立てて近寄って来た。警戒して神器を構えるジャックだが、瞬きした次の光景は全く別のものだった。風がジャックの髪を靡いたと思えば、メタトロンが真横に居て、ジャックの首を掴んでいた。掴まれるギリギリまで、ジャックは現状を理解出来なかったのだ。
「かっ!?」
「……」
メタトロンは何か言う訳でもなく、ただひたすらジャックの首を強く掴んで持ち上げ続けている。ジャックは足をばたつかせて、持っている神器を振るおうとするが、神器がもう片方の手で受け止められる。しかし、ジャックの首を掴み続けるメタトロンに異変が起きる。首に触れている手がドロドロに溶け始めていた。
「リオ―ノ……メルト」
メタトロンはすぐに手を離し、ジャックにかかと落としを振るう。その一連の動きには一切の無駄がなく、ジャックはサンドバッグのように地面に叩き付けられる。同時に、メタトロンが何かに気付いたように背後を振り向く。だが、背後には何もない。
「照れちゃう!」
声がした方を振り向くが、当然の如く姿は見えない。しかし、背中に微かな違和感を感じて背中の何かに手を伸ばす。それは、熊のぬいぐるみ――ポム吉だった。
「照れちゃう!僕ポム吉!君メタトロン!背後はジャック!」
ポム吉を不思議そうに見るメタトロンは、隙だらけだった。当然、ジャックはその隙を無駄にせずに、背後から神器を振るう。だが、メタトロンは頬微かに攻撃を食らうだけで、華麗に避けて距離を取っていく。その時、二人はようやく目を合わせた。
「……同族」
ずっと無言だったメタトロンが初めて言葉を発した。見下ろす側の身長差なのに、見上げるような目付きだ。
「同族?」
「……戦いのセンスと才能はピカイチ、それでいて努力を怠らなかったのも分かる。顔や手の傷、手や足の傷、程よく鍛えられている筋肉、幼いながらに強い」
「そりゃどうも……」
「しかし、短い時間で得た力は付け焼き刃に過ぎない。すぐに己の諸さを知る」
「だから辞退しろと言いたいのか?」
「しろではなく、したくなる」
「ふっ……」
メタトロンの一言に殺気を感じたジャックは、不思議と笑いが零れた。銃を構えられているような状況で、自分が出来ることは思うがまま戦うこと。それを分かっていたからこその笑みでもある。
「ド三下が……いい度胸だ」
「来たらどう?最強の天使さん」
メタトロンがジャックの挑発に乗り、羽根を広げて真っすぐと突っ込んで来る。その単純過ぎる動きに合わせて、ジャックが神器を振るう。しかし、分かっていたように背後に身を引いたメタトロンは、そのまま距離を取って手の平をジャックに向けた。
「火魔法、デス.ブレイド」
ジャックの視界は一瞬にして真っ白になる。太陽のような炎の塊が一瞬にしてメタトロンの手の平に現れ、それが容赦なくジャックに放たれる。ジャックは避ける暇もなく、炎に飲み込まれていく。
「あーあ、初戦敗退。ガキやっちまった」
炎の爆風が収まると、ジャックの姿はなくなっており、床が焼け焦げて空気が熱くなった。
「照れちゃう!」
炎が放たれた場所の中央には、ポム吉が無邪気な様子で座っている。それを見て、メタトロンは目を細めた。
「召喚していた妖精か?どうせ負けだし、あいつもやっとくか」
「ストップ!ジャッキー対メタトロン!ジャッキー選手の死亡……というより消滅によって試合終了!勝者なし!なのでメタトロン選手ストップ!その妙な生き物を殺すのはやめて――」
「デス.ブレイド」
実況が慌てたようにメタトロンを止めるが、構わずに炎がポム吉に放たれる。しかし、ポム吉は小さな足を走らせ、間一髪炎の範囲外に身を避けた。
「何かいじめたくなるな……ああいう弱そうなチビ助」
「ジャックを返せー-!」
ポム吉は、そう言ってメタトロンに突っ込んで行き、小さな拳を思いきり振るう。だが、当然びくともせず、メタトロンに頭を掴まれて持ち上げられる。
「ほわっ!はなしぇー!やめろー!」
「やっぱぬいぐるみだよな?命が宿る魔法でも掛けられたか?まあいい……勝利を得れなかった変わりにお前を持ち帰ることにした。何か妙な生き物だし、情報も欲しいしな」
メタトロンがニヤッと冷酷で邪悪な笑みを見せたその時、ポム吉の背後からジャックが突然現れ、メタトロンの首を深く切り裂いた。
「がはっ!?」
「ジャック!どこから!?」
「弱い奴見ると油断しちまうようだな……それが熊のぬいぐるみなら無理もないが」
「一体……どうやって……」
メタトロンが首を抑えて尻もちを着いたのを見て、ジャックが畳み掛けるようにメタトロンをワイヤーで縛り、手から放った液体を掛ける。液体は、みるみるとメタトロンの体を溶かし、ワイヤーで徐々に体が切れていく。
「デス.ブレイド!」
炎が再び放たれたが、ジャックはポム吉を空中に投げるだけで守ることも避けることもしない。当然、炎はそのままジャックを飲み込む。
「消滅……いや、まだ生きている。焼けた影がないし、何より俺の感がそう言っている」
ワイヤーを燃やしたメタトロンは、溶けた皮膚を気にも止めず首の傷を炎で炙って止血した。同時に、空中からポム吉が落ちてくる。メタトロンは、何の迷いもなくポム吉を真っ二つに斬った。
「ほわっ!」
「さっき奴はこの熊の背後から何の前触れもなく現れた。それまで気配も魔力も悟られず……それがあり得ないことだ。何かの魔法だろうが……今のとこその正体は分からないな」
真っ二つになったポム吉の片方が、メタトロンの右後ろに伸びてる影に落ちる。その影から微かに顔を出しつつあるのは、獲物を捕らえた目付きをする冷静で冷酷なジャックだ。




