第16話【デモの戦い】前編
天界の第5階層は、宇宙より広い世界と言われている。その広さ余り、まだ見つかっていない世界や果実がある。デモが連れてかれたのは、そんな広々とした世界の一部だ。
「僕が逃げたら?」
どっしりと構えられた扉の前で、デモが隣の天使に問いかけた。
「お仲間の方を全力で始末させて貰います」
「僕を倒したらどっちにしろ始末する気なのに?」
「それを阻止したければ、勝てばいいじゃないですか」
「だね」
子供のような笑顔を見せたデモは、悟ったような表情で目の前の扉を開ける。その扉の向こうには、数百の神々が待っており、全員が戦闘態勢に入っている。
(周りにはざっと一万の神々が身を潜めているな。姿を見せている神々は囮みたいなものか)
迷路のように入り組んだ場所は、デモにとって不利な状況を作り出している。神々がどれだけデモを警戒しているかは、神々の数と準備されたこの状況を見れば一目瞭然だ。
「ここまでしないと勝てない存在だと気づいたようだね」
「ああ……今まで表に出てこなかったのが不思議でしかたない」
神々の先頭――ゼウスが嫌そうに唇を動かし、警戒したように目を細める。
「確かに……僕はこの世界に居ていいような存在じゃない。強すぎる、優しすぎる、そしてかっこよすぎる」
「貴様……もしや神ではないのか?」
飄々としているデモに対して、ゼウスが感づいたかのように口を開く。その瞬間、明らかに空気が変わり、太陽のようだったデモの瞳が氷のような冷たさへと変わるのを、神々は確かに感じた。
「神様って揃いも揃って傲慢でさ……自分達が一番優れた存在だと思っている。下界では人間達が同じ思考にあってさ、自分ら人間が一番優れた存在だと思っているんだ。少し前まで僕もそうだった。けど本当に優れている物ってのは、慢心せず常に成長し続けるんだよ。変わらない自分を見て思った。成長できる奴らが羨ましいって」
過去の記憶に黄昏ているデモの頭には、アイムとジャックの姿が浮かんでいる。常に強さを求め、自らの成長を止めない二人は、デモにとって羨ましいと思える存在だ。
「だからどうした?」
「だから……僕が知らない僕に会いに行く」
少年のように笑ったデモは、誰にも悟られることなく刀を取り出し、上空へと斬撃を飛ばした。
「いつの間に刀を!?」
神々が刀に気付いた頃には、上空に放たれた斬撃が辺り一帯の空気を切り裂き、そこから溢れ出た魔力が神々へと火の粉のように放たれていた。その魔力に触れた神々は、次第に次第に体が動かなくなり、朽ちるように深い眠りに着く。
「何だあの禍々しく膨大な魔力は!?」
「あの歪んだ空間から漏れているぞ!あの魔力に触れるな!」
「待て……奴はどこだ?」
複数の犠牲者が出て、慌てて魔力から離れた神々だったが、その一瞬でデモの姿を見失う。しかし、神々はすぐにデモが何をしているか分かった。姿が見えなくても、周りの神々が悲鳴一つ上げずに朽ちていくその状況だけで、デモによって一人一人丁寧に始末されているのが分かる。倒れていく神々は、死んではいないものの、確実に戦闘不能になっている。
「どこだ!?魔力感知に引っかからないのはなぜだ!?」
「神は天使や悪魔と違って微かな魔力を纏って飛んでいる。なのに空中に居る神をこうも簡単に……」
「地上から攻撃しているなら地面に張っているトラップ魔法が発動してるはず。どうやら奴は魔力を使わずに飛んでるらしいな」
背中合わせになる神々は、数人で固まって距離を取る。しかし、警戒を固めた矢先に、神々の背後にデモが現れる。姿より先に気配と魔力を感じた神々は、一斉に距離を取って振り向いた。
「流石にこのやり方で勝っても満足できないからね。正々堂々と勝つことにしたよ」
「もう勝った気でいるな?」
「ちょっと違う……君らが僕をそうさせてるんだよ」
薄い笑顔で答えたデモは、散歩程度から徐々にスピードを上げ、一気に神々の居る方へと身を走らせる。遠くに居た存在が近くになるにつれ、神々は緊張と恐怖を思い出していく。
「来るぞ!」
「怯むな!」
神々は、真正面からデモにぶつかりに行くが、一人一人丁寧に攻撃を受けていく。その光景は戦いというより、デモが神々に囲まれて軽やかにダンスをしているように見える。それ程、デモに圧倒的な余裕があり、神々は手も足も出ない。
「魔法だ!」
「さっきからやっている!」
「届いていない!奴の体に纏っている魔力が防御になっている!」
直接的な攻撃は当たらず、魔法や神器はデモの体を通ることもしない。神の手の平で踊らされる人間……その気持ちを痛い程理解できた。自分達が優れた存在だと思い込んでいた神々にとって、何よりも屈辱だ。
「まだだ!」
デモの周りに巨大な魔法陣が出現すると、その範囲に居た神々が遠くに転移され、同時にデモに向けて強力な魔法が何発も放たれる。空気すら歪むその魔法は、デモの体を吹き飛ばすのが普通なのだろう。
「何だあれは?」
神々が目にしたのは、何事もなく空に留まっているデモの姿だ。しかし、明らかに様子がおかしい。デモを中心に波紋が広がっており、空気が液体のように靡いている。その液体はゆっくりと形を変え、液体から固体と成り代わる。
「あの大きさ……膨大な魔力の塊で出来ている」
「魔法じゃない……魔力の減りが一切ない……」
「じゃあ……あれは一体何なんだよ」
神々が唖然としたその光景は、神々しく神秘的なものだった。体の全体が見えない大きさの人の形に似た巨象。白く光る体は、見た目だけで硬さを物語っており、体のあちこちに白金と黄金の薔薇が咲いている。肝心な顔には目元が無く、宙に同じような顔が二つ浮いていて不気味さと美しさを備えている。デモは、その巨象の手の平に居る。
「神様方……早く来なよ」
デモの一言は、神々を一歩後ずさりさせる。同時に、巨象の体から突き出た白金の樹木が神々を一斉に蹴散らす。危機と恐怖でいっぱいになった神々は、雄たけびを上げてデモと巨象に突っ込む。
神々は、巨象に対抗しようと、炎の化身や氷の化け物を作ったり、風の魔物や雷の魔神を召喚するが、デモが作り出した巨象の前ではゴミのように扱われる。
「僕最強」
デモは、巨象の手の上で無邪気に笑った。
*
静まり返っていた。辺り一帯に広がるのは、ゴミのように倒れている神々の姿だけだ。その上空では、ボロボロになっているゼウスと無表情のデモが睨み合っている。
「なぜ儂だけ残した」
ゼウスは、息を乱したままデモに問いかける。しかし、デモは質問に答える訳でもなく、不思議そうに首を傾げた。
「おかしいな……君本当に本気出してる?」
「ここまでしといて挑発か……とことん舐めおって」
「魔力とは別に妙な感じがする。確かに君は本気を出しているように見えるし、今にも死にそうなその表情は嘘や演技には見えない。だけど変だ……君からエネルギーや生命力をびんびん感じる」
「お褒めの言葉として受け取っとく。しかしな……結果が分かってもここで引く儂では……ない!」
ゼウスはそう言い、体全体を雲に変えてデモとの距離を一瞬で縮めた。だが、それとほぼ同じタイミングでデモの拳がゼウスの腹を突き破った。
「まあ、別にいいか」
「がはっ!?」
ゼウスはその場で蹲り、穴の空いた腹を抑えて血を吐いた。
「流石だね。まだ全然生きてるね」
ゼウスの表情は、ピクリとも動かず、呼吸や瞬きすらしなかった。だが、すぐに異変が起きた。風穴の空いた腹から大量に血が流れ落ち、ゼウスの腹が白い渦に巻かれた。その白い渦は、爆発的に大きくなり、腹の傷から押し出されるように白い何かが現れる。
「ううううううううう!おおあああああああ!」
悶絶を上げるゼウスは、腹から出てきた何かを見て、ゆっくりと死んだ目を震わせた。
「親父……貴様……儂の封印を……」
流石のデモも不思議そうに目を細め、困ったように白い何かを下から上まで観察した。その白い何かは、一見神のように見える。身長はゼウスより小さめの2mくらいだろうが、デモよりも細身で弱弱しい。青年のような顔立ちに真っ白な肌と髪、ギリシャの彫刻のような体も持ち主だ。
その男は、今にも死にそうなゼウスの頭を踏みつぶし、無表情で冷酷な目でゆっくりと瞬きをした。
「がはっ!」
「お前ほどの男が瀕死に追い込まれることはないと思っていたが……待っていて良かった。お前が弱りに弱ったおかげで封印が限りなくゼロに近い弱さになった」
男はゼウスにそう言い、ゼウスの腹を足で突き刺し、その場で持ち上げて痛めつける。しかし、デモが男からゼウスを奪い、少し離れた場所にゼウスをゆっくりと置いた。
「何をする?貴様もゼウスの敵なんだろ?」
「僕は嫌われてるだけ。僕に敵は居ないよ」
「なぜ助ける?」
「君が痛めつけるだけで、殺す気がないって分かったから」
「お前は誰だ?ここ一帯に倒れてる奴らはお前がやったのか?」
「僕はデモ。君こそ誰?」
「我はクロノス。時を司る神だ」
男――クロノスは長髪の髪を靡かせた後、薄い目でデモを観察するように見続けた。
「ああ……そう言われたら思い出したよ。君有名神だもんね。それでクロノス、君は何がしたいの?」
「……私は昔この神界を総べる王だった。しかし、権力を保持したことで実の息子ゼウスに倒された。昔は自分がこの世の王なら何でも良かった。けど今は違う……普通に生きたい。普通に自分自身を高め、この世界をより良い物としたい。それだけだ」
胡散臭い言葉を並べるクロノスは、一切表情を変えずにデモから視線を外さない。
「ほんと?」
「本当。私はお前なら信じられる。ゼウスを倒して圧倒的な力があるお前なら、私の望んでいる素晴らしい世界を作れる。私にはそれが見える。だから私を見逃してくれないか?他の神々にバレれば追われる身になる」
「僕は君の望む素敵な世界は作れないよ。試したけど失敗した。誰にも言わないからお逃げ」
「お前は優しいな……デモ。ありがとう」
ゼウスを痛めつけていたクロノスの面影はない。人が変わったかのように口角を上げ、死んだ目のままデモに笑顔を向けた。だが、デモが瞬きをしたその途端、クロノスがデモの背後に回っていた。
「くっ……貴様さっきまで無防備だった癖に……最大限の魔力で防御をしおってえぇ!」
だが、クロノスの手は、爪が割れて指が折れ曲がり、自身の血で真っ赤に染まっている。かたやデモは、無傷で突っ立っている。
「時間を止めて僕の背後に回り込んだこと……後悔した?」
「私が時間を止めるタイミングを分かっていたな?でなければここまで私に気付かれず魔力を体に纏うのは不可能だ」
「それだけでないよ。君がさっき言った戯言、全て噓だって分かってる。君は未だに世界の王になろうとしてる。そして、自分が圧倒的な力を保持し神々を従えさせたい。だから自分より強いかもしれない僕を殺したかった。残念だけど、君が思ってる以上に僕は強いよ」
無表情だったクロノスは、嫌悪の目でデモを睨め付ける。そんな中、デモは満足げに微笑んだ。




