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ミトロジア  作者: ビタードール
一部】一章『アマノとジャック』
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第15話【新たな恐怖】後編

 ジャックは、味わたことのない恐怖に似た何かと対峙していた。クルーニャという神は、今まで出会った神や悪魔の中で誰よりも自分に近いと感じた。腕を掴まれ、首を掴まれ、魔法を封じられ、力で勝つこともできない。ジャックの精神は実年齢と同じとこまで落ちていた。


「シュラ―.フレイム!」


 だが、そんな二人に真っ黒な炎が放たれる。クルーニャは一瞬早く反応し、ジャックを抱えたまま攻撃を交わした。


「天使?なぜここに?」

「魔王……サタン?」


 攻撃を放ったのは、魔王サタンだった。黒い髪を靡かせ、白い羽根を大きく広げ、ジャックを抱き抱えるクルーニャを見下ろしている。


「ジャックから離れろ」

「知り合いか?」

「え……うん」

「そうか」


 クルーニャは、一瞬困ったように目を逸らし、諦めたかのようにジャックから手を離した。ジャックは、慌ててサタンの元へ行く。


「たっ……助かった」

「いいんだ。私が欲しいのはお前からの信頼だ。好きなだけ私に頼れ」

「どっ……どうも」


 ジャックの中に、サタンへの警戒は全くなかった。それどころか、徐々に信頼すら覚えていた。


「ほら、アマノの元へ帰れ。こいつの足止めは私に任せろ」

「ありがと……」


 ジャックは、サタンから神器を受け取り、クルーニャを横目で見たまま奥へと飛んで行った。


「さあ、ジャックにとっての危険を排除するか」

「待て。俺はジャックに危害を加える気はなかった。あいつが勝手にビビッて攻撃してきたから動きを封じただけだ」

「信じられんな」

「もし俺がジャックを殺す気なら逃がしたりしないだろ?ジャックを人質にしてお前と戦うこともしなかった。これでも信じられないか?」


 クルーニャは余裕のある態度だ。サタンはその態度が気に入らなそうだが、構えていた黒炎を解除した。


「分かった。ジャックとは何をしていたんだ?」

「お話」

「内容は?」

「好きな女のタイプとか……かな」

「ジャックは何て言ってた?」

「お前が邪魔してきたから聞きそびれたな」

「……そうか。怪我はないか?」


 サタンは小難しい顔を浮かべ、少し申しわかなさそうにクルーニャに近寄る。


「ない。魔王サタンと呼ばれていたな?なぜその名前を名乗っている?」


 クルーニャがそう言うと、サタンは優しく微笑んで右手を差し伸べた。


「どういう意味だ?」

「握手。私の記憶を見せてやる。説明するのはめんどくさいからな」


 クルーニャは嫌そうに目を細め、恐る恐るサタンの手を取った。その瞬間、サタンがクルーニャを強く引っ張り、もう片方の手から黒炎を出した。黒炎はクルーニャの腸を抉り、体を軽く吹き飛ばした。


「ジャックに関わった以上、生かしておく訳にはいかないのだ」


 クルーニャは、血を吐きながら立ち上がり、ゆっくりとサタンを睨みつけた。そして、ほんの少しニヤッと笑い、服から取り出した布で止血する。


「ケッケッケ。全く、随分臆病な女じゃねえか。さっきのガキもお前のように怯えていた。なぜなんだろうな?警戒しすぎは辛いだろ?」

「お前こそ、今のまま死ねないのは辛いだろ。楽にしてやろう」


 サタンの手から放たれる黒炎は、クルーニャを一切近寄せてくれない。炎を避けるので精一杯で、攻撃の隙が付けない状態だ。


「神器、黎冥刀れいめいとう


 逃げ惑中、クルーニャが真っ黒な刀を袖から取り出し、その刀で丁寧に黒炎を切り裂いていく。その動きは美しさが中心となっており、無駄な動きが一切ない。反射的に距離を取ったサタンは、黒炎を止めて魔法を放つ大勢に入った。


「闇魔法、ブラト.ジュール」


 赤い月が魔法陣から出現すると、月から赤い液体がぽたぽたと血のような雨が流れ落ちる。その血のような雨は、徐々に落ちるスピードが速まっている。クルーニャの体に付着した雨は、体から流れ落ちず、くっ付いた状態で少しずつ大きくなっていた。


「魔力と血を吸いとる魔法か」

「その腹の傷、吸い取られつ魔力と血……もう死を受け入れたらどうだ?悪あがきは醜いぞ」

「黙って死ぬよりは醜くねえよ」


 血の雨の中、クルーニャは構わずに突き進む。真っ黒な刀を構え、何の迷いもなくサタンの首元に刀を振るう。しかし、刀が首に当たる前に、体に付着していた赤い雨が爆発し、クルーニャの体を蝕み壊した。


「がはっ!?」

「今体験した通り、その雨は魔力と血を吸い取りすぎると破裂する」


 跪くクルーニャに、ゆっくりと死が迫る。勝ちを確信したサタンが槍を構え、過呼吸になってるクルーニャから命を奪おうとした。だが、クルーニャとその周りを見て違和感を覚える。


「刀は?」

「ケッケ」

「はっ!?」


 サタンは、慌てて上を見て、上空から落ちてきた刀を槍で弾いた。しかし、その一瞬の隙を取られ、素早く立ち上がったクルーニャに首を掴まれた。


「魔法が……出ない……ジャックの時と同じ……」

「俺に触られている間は無力そのもの。さあ、どうするんだ?」


 クルーニャは、残り少ない力でサタンの首を締め上げ、ニヤついた笑みでサタンを見上げる。だが、すぐに手を離し、その場に尻もちを付いたサタンの近くに座った。


「なぜ……離した?」

「だから言ったろ。俺はジャックの敵じゃないし、お前と敵でもない。それを信じて欲しかっただけ。だから手を離した」


 先程と違い、澄ました顔をしてるクルーニャは、怪しい程に余裕があるように見える。だが、サタンはその表情を観察するように見て、すぐにニヤッと笑った。


「嘘だな。単にお前自身の体が限界なんだろ?腹は抉られ、血と魔力もない。勿論、魔力がないから血の補充や治療ができない。だから私を信じ込ませ、私に傷の手当をさせる気だったんだろ?つまり……お前は私を殺したとこで、すぐに自分も死ぬことを分かっていたんだ」


 悪事を咎めるような言い方で言われたクルーニャは、しばらく澄ました表情を続けた。しかし、すぐに笑みを零し、諦めたように大勢を崩した。


「ケッケっケ。賢いんだな……その通りだぜ。そもそも、俺は魔法が使えないから魔力があっても大した治療が出来ない」

「魔法が使えない?何の冗談だ?魔法の使えない神なんて聞いたことないぞ。さっきの魔法無効化は魔法じゃないのか?」

「残念ながらな。能力に近いものだ」

「ふーん」


 疲れ果てたクルーニャに、サタンの槍がゆっくりと向けられた。お互い目線を外さず、穏やかな表情で睨み合っている。クルーニャには神の貫禄があり、恐怖や焦りなどは全く見えない。


「フフッ……素晴らしい覚悟だ。死を受け入れたというより、死を深く捉えてないように見える。自分の命ですら他人のような扱いだな」


 鼻で笑ったサタンは、槍を魔法陣の中に仕舞い込んみ、首を傾げてクルーニャを見下ろした。


「どうだ?契約を結ばないか?」

「内容は?」

「私の犬になれ。私の目的はジャックに信頼してもらい、私の理解者にさせること。それと神と天使を皆殺しにすることだ。つまり……少しでも信頼できる人手が欲しい」

「なるほどな。契約を破ればその呪いで死ぬ。だから契約して俺を駒にしようということだな」

「そう。死ぬか、今私に治療されて犬になるか……決めろ」

「ケッケッケ、んなの契約するに決まってるだろ」

「決まりだな」


 息をするのも疲れる状況で、クルーニャに選択の余地はなかった。それを分かっていたサタンは、優越感に浸り、ニヤッと笑って自身の指を掻っ切った。


「私とジャックに危害を加えないと誓えるな?」

「ああ」

「なら、口を開けろ」


 砂漠でオアシスを見つけたかのようなクルーニャは、震えた口をゆっくりと開けた。その乾いた口に、サタンの血が流れ落ちる。一滴の血を飲み込んだクルーニャは、傷こそ治らないが、痛みと疲れが癒えた。


「助かった。傷の手当もお願いできるか?」

「黙れ。それより天界に招待してくれ。私は堕天使だから扉を出せないし、余り目立った動きも出来ない。お前となら上手く紛れれる」

「……分かったよ」


 傷を抑えたままのクルーニャは、体をよろめかたまま天界への扉を出現させた。


「さぁ、行くか」


 クルーニャという犬を手に入れたサタンは、少し嫌そうな目をして天界への扉を通って行った。


 *


 クルーニャから逃げ切ったジャックは、息を切らしてアマノの居る森に駆け込んだ。


「どうしたのジャック?そんなに息を切らして」

「さっき神に会って……かなり危なかった……はぁはぁ……クルーニャとか言う神だった」

「聞いたことない神。危なかったってのは、一体何されたの?」


 目を合わせずに座っていたアマノも、少し気になるような目でジャックの顔を見る。


「えっと――特に……何もされてない」

「何もされてないのに危なかったの?」


 矛盾を感じたアマノは、首を傾げてジャックの方に近寄る。


「いや、奴は話がしたいだけって言って、危害を加えないことも約束してくれた。クレープもくれたし……本当に敵意はなかったんだ」

「いい神じゃない?」

「そうなんだ。けど、奴の目的を聞いたら、冗談で俺を殺すことだって言われて……それで反射的に攻撃をして……そこからは頭も回らなかったし体も思うように動かなかった。けど……恐怖じゃなかった……寧ろ安心していた。その安心が俺を困惑させていたようにも思える」


 ブルブル震えるジャックを見るアマノは、少しの沈黙を走らせてジャックの額を触った。長めに額を触るアマノには、ジャックの記憶が全て見えている。


「今回はサタンに感謝しないとね。クルーニャ……敵か分からないけど、奇妙な神ね。単純な強さとは別の力を感じる」


 額から手を離したアマノは、一瞬ジャックの顔を伺い、ゆっくりと森の出口へと向かった。


「どこ行くの?」

「多分終わっているだろうけど、一応見てくる。まだサタンが戦ってるかもしれないし」

「俺も行くよ」

「震えは収まった?」


 揶揄うようなアマノの笑いで、少し恥ずかしそうにジャックの姿勢が正された。


「震えてない……息が切れてただけ」

「大して動いてないのに息が切れてるようじゃ、修行不足だね」

「ふんっ」


 アマノは、少し怒ったジャックの表情を見て、安心したように瞼を閉じた。

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