第14話【新たな恐怖】前編
デモの話を聞き終えたジャックは、唖然とした様子で首を傾げた。
「えっと……何でアマノの母さんは死んだんだ?」
「追手が下界まで追ってきたから。だから娘のアマノの安全を確保する為、人間……ジィジだっけ?その人にアマノを預けたのさ」
「教えてくれてありがとう。けど、何でそこまで詳しく知ってるの?」
デモは横目で、不思議がるジャックを見下ろし、すぐに薄い笑顔で顔を近寄せた。
「最初の神だから」
「嘘つけ。最初の神は天之御中主神という日本神話の神だ。アマノから習った」
「僕はその神が最初に作った存在だったり〜?」
デモの笑顔は、ジャックをあしらうような薄っぺらい笑顔だった。ジャックは、デモの言葉を真に受けず、困ったようにそっぽむく。
「あっそ」
ジャックはデモから顔を背け、ほんの少しだけ考えた。アマノも知らない過去に、デモとアマノが関わりがあった真実について。しかし、考えれば考える程、その真実はどうでもいいことだと、ジャックは思った。
*
ジィジの魂奪還計画が成功した数日後、アマノとジャックはいつも通りの生活に戻っていた。
「デモってどこ行ったの?家とかあるのかな?」
「アイムと共に行動してるって言ってた」
二人は優雅に朝食を取っていた。緑豊かな荒廃したビルの下、神秘的な光を浴び、パンと紅茶を食している。
「未だに人間から魂を騙し取っているってこと?」
「そうね。人間との契約で魂を食ら行為、その行為だけで簡単に強くなれるからね。たくさん食べてるアイムはもう私を超えたかも」
「何かずるいやり方」
「けど、食べ過ぎると身を滅ぼすリスクもある。信念と精神力が高くないと大量に魂を食べることは不可能」
「じゃあアイムの信念と精神力は?」
「かなり高い。彼、相当努力してる。もしかしたら天悪戦争の生き残りかもね」
「天悪戦争?」
「天使と悪魔の戦争。昔は頻繁に起こっていたらしいよ」
「そうなんだ……どこの世界も酷いものだね」
「そうね。それとジャック、昼から買い物行ってきて」
「分かった」
ジャックはそう言い、自分とアマノの食器を持って席を立った。
*
数百年前の時間に戻った感覚だった。夢を見ていると分かっていても、それが現実の気がして止まない感覚だ。魔法と神器の嵐、秒単位で天使や悪魔が朽ちていく世界は、地獄以上に地獄だった。安心も希望もないこの世界を、神も人間も天使も悪魔も、『戦争』と呼ぶ。
「向こうはどうなっている?」
「双子天使が全線に出てきて形成逆転された。やっぱ向こうも化け物揃いだ」
「メタトロンとサンダルフォン……炎と氷の使い手の最強戦士か」
「ミカエルは勿論、天界ではルシファーとかいう女が率いる部隊に苦戦してるらしい」
「ルシファー!?あのルシファーか!?当の昔に死んだはずだ!?」
「だから女っつたろ。たまたま名前が同じなだけだ」
「あ……すまん」
アイムは、仲間と共に地面の中に身を潜めていた。身を潜めながら、スナイパーライフルのような神器を構え、弾丸を敵に向かって放つ。しかし、何の前触れもなく、アイムの居た場所が魔法で吹き飛ばされた。近くに居た仲間の首が吹っ飛び、アイムも遠くへと吹き飛んでしまう。
「はあはあ!ああああああああ!」
アイムは、吹き飛ばされた右腕を抑え、苦しみ藻掻く。目の前が掠れていて、意識が程遠い。腕を抑えながら、大勢を起こし、腕と足を引きずる。
「デス.ブレイド」
そんなアイムに向けて、一人の天使が真っ赤な炎を放った。その瞬間、アイムの前に大男が現れ、炎をその身一つで防いだ。
「誰……だ?」
「熱いな……防具がゴミ以下の塵になっちまった」
「まじかよ!受け止やがった!」
アイムの目の前に現れた男は、長髪が良く似合う整った顔立ちの高身長の大男だった。身長190cm以上のアイムより更に大きく、背中は炎によって黒焦げになっている。
「立てガキ、いつまでもボケっとすんな」
「悪い」
男は、アイムの手を引っ張り、素早くアイムを立たせた。
「バカが……デス.ブレイド」
天使は、男とアイムに向けて炎を放った。だが、男はアイムを抱えて仲間の方へと飛んで逃げた。
「感謝する……あんた、名前は?」
「あ?あー……マモン」
男――マモンは、一瞬言葉を詰まらせて名前を言った。
*
デモは、アイムとルゼと同じ家に住んでいた。アイムはまだ寝ており、ルゼは近くで本を読んでいる。
「ルゼ……これからもアイムと居てくれるかい?」
突然、デモが黄昏た様子で呟くように言った。デモにしては、珍しく顔を背けており、お日様輝く外の方を見ている。
「どうしたの?突然?」
「いや……僕はアイムに情が移ってね。アイムを我が子のように想ってる。だから、ルゼがアイムと居てくれたら安心かなって思ったの。別に深い意味はないよ」
「デモ君のそういう正直なとこ好き。デモ君のお望み通りアイム様と永遠に居ますよ」
「それは良かった」
デモは、そう言って満面の笑みでルゼの方を見た。そして、その場で背伸びをして席を立つ。
「どっか行くの?」
「天界の様子を見てくる」
「そう……気を付けてね」
「ありがとね」
デモは、笑顔で小さく手を振った。そして、デモが玄関を出ると、すぐ近くに気配を殺した天使が一人居た。
「この場所バレたんだね」
「明日この場を全戦力で一斉攻撃する。デモ.ゴルゴン……貴方の強さは異例だからな」
「随分臆病じゃないか」
「勿論逃げることも考慮している。そうなれば我々と貴方方三人と追いかけっこになる。天使の子供を守りながら我々を敵に回すのは貴方からしても嫌だろ?けど、貴方一人で天界に来るなら、二人を見逃してやろう。我々が最優先してるのは貴方だからな」
「いいよ。いつ行けばいい?」
「今この時だ。テレパシーを使われても困るし、二人と共に逃げられても困るからな」
「分かった。じゃあ……行こう」
デモは、天使と共に天界へと続く次元の扉に入って行く。
*
ジャックは買い物の帰りだった。買い物袋を抱え、上空を飛んでいる。
「あっ!」
買い物袋からリンゴが三つ落ちた。ジャックは慌てて下降し、リンゴを一つ二つとキャッチする。だが、三つ目は既に地面に落ちてしまいそうだ。
「届け!」
だが、リンゴは近くの椅子に座っていた男にキャッチされた。男は、リンゴを観察するように見つめ、隣のジャックを横目で見た。
(やっべ。姿現して返してもらうか?いや……空から落ちてきたリンゴを返してというのも……)
ジャックは、ほんの少し困った表情を浮かべ、恐る恐る男からリンゴをこっそり奪おうとする。
「無事でよかったな」
「え?」
男はジャックの姿が見えていた。宙に浮くジャックを見て、手元のリンゴを返した。
「あっ……あんた神か?焦ってて分からなかったけど……気配からして神……だな」
「そうだぜ。それより、お前は人間のジャックだろ?有名だからな」
男の言葉を聞いたジャックは、慌てて上空へと逃げようとする。しかし、男はジャックの足を引っ張り、ニヤッと笑う。
「待てよ。俺はお前とお話がしたいだけなんだ。お前が逃げなければ、危害を加えないと約束してやるよ」
「……分かったよ」
ジャックは男から目を逸らし、警戒した様子で男の隣に座った。
「あんた……何者なんだ?やっぱり追手か?一体誰なんだ?」
「俺はクルーニャ。別に追手じゃないし、お前の敵って訳でもない」
オシャレに結んでいる黒髪、女性のような綺麗な顔立ち、黒い服、赤い目――クルーニャは、そう言って手に持っていたクレープを一つジャックに渡した。
「クレープ?」
「嫌いか?毒とか入ってないぜ。すぐ目の前のお店で買ったやつだ」
「好きだけど……怪しい……」
「食わないなら捨てろ」
ジャックは、恐る恐るクレープを一口食べる。だが、その美味しさの余り、警戒するのを忘れてクレープにかぶりついた。
「なぜアマノと居る?奴が魔女の子と言われて恐れられているのは知ってるだろ?」
「拾ってくれたから。拾われた犬がその飼い主と共に居るのは当然だろ?」
「犬って自覚あるんだな。けどアマノに拾われたからってアマノに従う必要はない。仮に、俺がお前の面倒見るって言ったらどうする?」
「男嫌だ」
「女好きか。ちなみに、どんな女が好き?」
「皆に嫌われてて孤独で綺麗な人」
「つまりアマノね。随分趣味が悪いな」
「あんたの目的は?本当に俺と話したかっただけ?」
「俺の目的?ん〜、お前を……殺すこと」
ジャックは、反射的に神器を取り出し、クルーニャの首めがけて刀を振るった。しかし、刀はジャックの手元から無くなっており、クルーニャの反対隣に置いてあった。
(反射的にこいつに斬りかかってしまった。殺気を放たれたわけじゃないのに……こいつを怖いと思ってしまったのか?)
ジャック自身もなぜ斬りかかったか分からなかった。驚かされて飛び跳ねることと同じように、反射的に神器で斬りかかってしまったようだ。
「刀。後で返してやるから……もう一度座れ」
ジャックの震えは加速していた。いつも冷静なジャックだが、今回は不思議と冷静になれない。
「リオ―ノ.メル――」
「一体何に恐れてる?さっきお前を殺すと言ったのは冗談だぜ」
クルーニャは、素早くジャックの手首を掴み、小さく首を傾げてジャックの頬を触った。過去のトラウマで、男に触れられるのが怖いジャックにとっては、恐怖そのもののはずだ。しかし、クルーニャに触れられているジャックは、不思議な安心感があり、母親に抱き締められているような幼い気持ちになっていた。怖くないこと……それが怖いと感じた。
(魔法が出ない……)
そのせいか分からないが、魔法も発動出来なくなっていた。
「俺の秘密を教えてやる。俺は魔法が使えないんだ。けど、俺に触れられている神や天使は今このように魔法が使えなくなる……ただの人間に成り下がるってことなんだ。俺はそこまで強い神じゃないかもしれない……けど、一度も負けたことがないんだ」
クルーニャはそう言って、ゆっくりとジャックを嘲笑う笑みを浮かべた。今まで味わったことのない不思議な感覚を味わったジャックは、頭が真っ白になり、涙目になっていた。




