第12話【魂奪還】前編
天界・第一階層。
この場所のとある場所には、既に神々や天使達が集まっていた。
そこへ、アマノがたった一人で静かに現れる。
「来たか……」
神々は武器を構え、アマノを警戒している。
広々としていて、建物が一切ないこの場所では、アマノに逃げ場はないように見えた。
「初めまして……私は今回、貴方のお爺さんを地獄行きに提案したエアードという者です」
「貴方方が人質にしている人間は無関係です。大きな罪もないのに、身勝手に魂を地獄行きにするのは、あまりにも理不尽……そうは思わないの?」
怒りを抑えながら、アマノは冷静を装ってエアードに問い掛ける。
「大きな罪?魔女の子アマノを育てたという、立派な大罪があるじゃないですか。ですが、貴方の命を引き換えに天国行きにすることもできますよ」
エアードがニヤついた笑みを浮かべる。
その言葉を聞いた瞬間――。
アマノの片目が痙攣した。
全身の骨が硬直し、身体全体に重力が掛かったかのように力が入る。
「それ以上、大口開くな」
「そうして欲しければ、こちらのお望み通りに動けば――」
その瞬間――。
アマノが目にも止まらぬ速さで刀を抜き、エアードの首元へ斬りかかった。
だが――ガキィン!
エアードの周囲にいた数人の神々がアマノの刀を受け止め、そのまま神器をアマノへ向ける。
『落ち着け!周りにも数人の神が透明になって潜んでいる。作戦通り、逃げ回るんだ』
アマノの頭の中へ、声が響く。
デモのテレパシーだった。
「分かってる!」
アマノは苛立ったように叫び、刀から光を放つ。
そのまま刀を振り上げ、周囲の神々を吹き飛ばした。
そして、空間に扉を作り出す。
アマノはその中へ素早く駆け込んでいった。
扉が閉じる。
その隙間から、点々とした光が漏れ出し、遠くへ向かって移動していく。
「街の方へ逃げましたね」
「向こうにいる奴らに連絡しとけ。すぐに追うぞ」
神々も後を追うように扉を出現させ、その中へ身を預けていく。
しばらくすると、デモも点々と続く光を見つめ、困ったような表情を浮かべた。
「アイムと言い、アマノと言い……皆、頭に血が上るとすぐ攻撃的になるな」
デモも扉を出現させる。
そして、アマノと神々を追って姿を消した。
■魂の行き場
アマノとデモが神々を引き付けている間、ジャックは人々の魂が行き着く場所へ向かっていた。
「一応、天国や地獄ってのはあるんだな。けど、アマノやデモが言うには、まだ魂は天国にも地獄にも行っていない」
ジャックがいる場所は、眩しいくらい美しい場所だった。
周囲は氷で包まれているように見える。
だが、上空は快晴のような明るさだった。
中央には、視界に収まらないほど巨大な美しい球体が存在している。
その球体を、無数の金色の羽根が包み込んでいた。
物体と植物の中間のような樹木を抜けたジャックは、初めて見る光景に足を止める。
「凄い……」
ジャックは、その場から動けなくなっていた。
最初は、目の前の光景があまりにも凄すぎて動けないのだと思った。
「何だ……体が……やっぱり動かない」
だが、どれだけ足掻いても身体は動かなかった。
「やはり来ると思っていた。この場所は見張りがないから、油断すると思ったんだ。小さな人間の子供よ」
声と共に、目の前へ透けるように現れたのは、身体の大きな大男だった。
妙な雰囲気。
圧倒的な余裕。
そして、虫を見るかのような瞳。
その存在が神であることを、ジャックは一瞬で理解した。
男は、ジャックの臍へ指を強く押し付けているだけだった。
それだけで、ジャックの身体は動かない。
全身が何かに包まれているような感覚がある。
「動けねえ……」
「傷は付けない……このまま死なすから……飛び切りの笑顔を頼むよ」
男は、ジャックの細い指の何倍もある巨大な指を、ジャックの臍へ突き刺していく。
だが、腹から血は出ない。
まるで指そのものが、ジャックの肉を取り込んでいるようだった。
痛みも、感覚も一切ない。
「てめえは笑うな……吐き気がする」
「あっ、そう」
ジャックは威嚇するように男を睨み付ける。
男は、さらに深い笑みを浮かべた。
その瞬間――ドスッ!
「ぐはっ!」
一本の槍が、男の胸を貫いた。
「この槍は?」
身動きが取れるようになったジャックは、すぐに男を蹴り飛ばして距離を取った。
血が付着した槍は、ひとりでに動き、上空へと引き寄せられていく。
そこには、男を見下ろす黒髪の美しい天使――サタンがいた。
「魔王……サタン」
「シュラー.フレイム」
更に追い打ちを掛けるように、黒炎が放たれる。
だが、胸を負傷していた男は、間一髪で黒炎を避けた。
「魔王サタン?どこがだ?天使の女ではないか」
男はそう言って、胸の傷を見下ろす。
そして、指先から肉の塊を生み出し、傷口を埋めていった。
さらに魔法陣を展開し、そこから大きなハンマーを取り出す。
近くにいるジャックと、上空にいるサタンを警戒していた。
「なぜ助けた?」
ジャックは男と距離を取りながら、サタンへ問い掛ける。
だが、男もジャックに合わせるように距離を縮めてくる。
「お前は私の理解者となる存在だからだ」
「まだ言ってんのか」
「それより、目の前の男に気を付けろ」
ジャックは、サタンが今この状況で自分の害にならない存在だと確信した。
サタンも男の背後へ回り、戦闘態勢に入る。
「そこの女……名前は?」
「名乗ってほしければ、まず自分から名乗るんだな」
「俺はモモス……名乗ったぞ」
男――モモスは律儀に名前を名乗った。
細めた目で、サタンを警戒している。
「ジャック、あまりこの男に近寄るな。私の援護をしてくれればいい」
「分かった」
サタンはモモスを無視し、ジャックとコンタクトを取りながら、槍に付着した血を振り払った。
「この距離で……近寄ってないつもりだったんだな」
モモスはそう呟き、大きなハンマーを振りかざした。
ドォォン!!
ハンマーが地面を叩き割る。
氷のような地面が大きく砕け、モモスを中心に大きな揺れが起こった。
サタンは一瞬早く身体を浮かせる。
だが、ジャックはバランスを崩した。
「くそっ!」
そのまま、割れた地面の中へ落ちてしまう。
「お前をさっさと殺すことにした!人間のジャック!」
モモスは深く落ちていくジャックを追い掛け、空中でハンマーを振るった。
(神器だけじゃ受け止めれねえ!かといって手で受け止めても、腕ごと身体が潰れる!)
ジャックは咄嗟に神器の刃を横にし、その刃を足と手で押さえた。
しかし――ドゴォン!!
「がはっ!?」
ハンマーは刃越しにジャックの足を粉々にし、片腕を千切った。
それほどまでに、ジャックとモモスの間には圧倒的な力の差があった。
「生きてるのか!?何とも幸運な子供だ……いや……一発で死ねなくて不幸か」
モモスは、すかさず第二撃を放とうとする。
だが――。
地面の上から槍が落ちてきて、モモスの頬を掠めた。
「二回目は食らわない」
槍を避けたモモス。
だが、槍は再び上空へ戻っていく。
そして――モモスの目を切り裂いた。
「ぐっ……!」
更に、槍の第二の刃がジャックの服へ引っ掛かる。
そのままジャックを地面の外へと引き上げた。
「はあはあ……がはっ!?くっ……」
ジャックは過呼吸になりながら血を吐き出し、その場に蹲った。
そんなジャックを見下ろすサタンは、少しだけ笑みを浮かべる。
そして、再び地面へ目を向けた。
「雑魚に限って弱い者いじめが好きだからな。だが、強者の中にも弱い者いじめが好きな者がいる」
サタンはニヤッと笑う。
「私とかな」
巨大な魔法陣が展開される。
そこから、圧倒的な範囲の黒炎が放たれた。
放つまでに時間は掛かった。
だが――。
黒炎は地面の中へ染み込むように広がっていく。
「うぎゃあああああああ!!!!」
地面の中にいたモモスは、黒炎によって身体を焼かれた。
抗う時間など、数秒もない。
圧倒的な火力だった。
「見ろジャック。酷く醜いが、何だか見ていて幸せだろ?私もお前も、ああはなりたくないな」
ジャックを抱えていたサタンは、嬉しそうに言った。
だが、瀕死のジャックの耳には届いていなかった。
■ジャックの治療
モモスを倒したサタンは、ジャックの傷の手当てをしていた。
ジャックの足は、近くの樹木を使って固定されている。
千切れた右手は、魔力を応用した技術で繋ぎ合わせ、包帯で固定して吊るしていた。
大きな怪我がないのは、顔と胸部、そして左手だけだった。
「私が使えるのは回復魔法だけだ。痛みは和らげたが、治癒はアマノに頼め」
サタンの顔と瞳は、いつもより穏やかだった。
「右腕は完全に使えないから、早めに神経や血管を繋げないと上手く機能しなくなるからな」
そのせいか、ジャックは見とれてしまった。
「足も使えないが、移動手段は羽根があるから問題ないだろ?」
「うん」
「お前はもう帰れ。お前達の身内の魂は、私が天国に導いておく」
「……なぜ?なぜそこまでするんだ?何か企んでいるのか?」
ジャックの疲れた目が、疑いの目へ変わる。
「私はただ信頼して欲しいだけだ。お前が欲しいから……アマノ以上の信頼が欲しいのだ」
「そう……なら無駄だって言っとくよ」
「男は言うこととやることが違う生き物だからな。分からないぞ?」
サタンはジャックの頭をポンッと強めに撫でる。
そして、白い羽根を広げ、巨大な球体の方へ向かっていった。
「魂はサタンに任せてよさそうだな」
■魂奪還
ジャックとサタンが別れた、ほぼ同時刻。
アマノとデモの頭の中に、ジャックの声が聞こえた。
『魂は無事奪還。いつでも逃げてどうぞ』
それを聞いたアマノは、安心した表情になる。
デモも嬉しそうに笑った。
「じゃあ……やるか」
デモの身体は、周囲から目で見えないように透明になっていた。
透明化したデモは、優雅に神々の中心へ身体を移動させる。
そして――。
上空に巨大な魔法陣を出現させた。
「なんだ!?この光は一体何なんだ?」
その魔法陣は、あまりにも巨大だった。
そのため、神々には魔法陣だと認識されていない。
ただ、妙な光が空中に広がっているようにしか見えなかった。
『アマノ、転移で逃げて。君も食らってしまうよ』
『わかった』
テレパシーでアマノの無事を確認したデモは、すぐに魔法を放った。
薄い光が、虹のように透けながら広がっていく。
魔法陣の範囲にいる神々へ、光が降り注ぐ。
そして――キィィィィン!!
超音波のような高音と共に、辺り一帯が光に包まれた。




