第63話【最後に愛は勝つ】
ジャックに胸を突き刺されたクルーニャの体は、膨大な魔力と共に光を放った。そして、その魔力と共に一瞬にして光が消える。
「まさか……知っていたのか」
「真理の義眼は真実を知る力。奇石を使用した」
クルーニャの体から完全に魔力がなくなっていた。これは、クルーニャの体にあった奇石の消滅を意味する。
「使用だと?」
「お前も分かってるんだろ?奇石は無限の力を持つ。どんな願いも叶い、死人すらも蘇らせる。奇石の力が大分なくなっていたから一人蘇らせるのが精一杯だったがな」
「何を言っている?誰か蘇らせて俺を倒してもらおうって魂胆か?そいつはアマノだったりするのかな?ケッケッケ」
クルーニャはそう言って笑ったが、その瞳は少しも笑っていない。それどころか恐怖しているようにも見え、これから起こることをほんの少しだけ知っているようにも見える。
「もう道化を演じるのはやめろ。ゲームのネタバレを少し見てしまって慌てて見てないフリをする子供のように、お前は演算でこの後起こることを知ってしまっている。それを望んでもいるし、拒んでもいる」
「……」
クルーニャはそれ以上ジャックに突っかからなかった。考えるのを放棄したような表情で風に靡かれ、死にかけのジャックをじーっと見下ろしている。
「その通りだ」
やっと言葉を発したクルーニャは、表情を変えずにジャックに手刀を振るう。だが、ジャックは決して微動だにせず、真理の義眼でクルーニャの後ろの方を見ている。
「クルーニャ」
クルーニャの背後から女性の声が聞こえた。ジャックが最も生き返らせてたいアマノの声ではない。かといって、クルーニャの友ルナの声でもない。ジャックもクルーニャも聞いたことのある懐かしい声だ。
おかげで、クルーニャの手が止まった。
「何をしているんだ?」
クルーニャが恐る恐るゆっくりと振り返る。振り返ってその声の主を確認するまでの時間が止まっているように感じる程、その動きは遅くぎこちない。
「ッ……サタン」
息を詰まらせたクルーニャ。その瞳に映るのは、一年前自分で殺したサタンと名乗る天使だ。ジャックの母親によく似た顔をしており、クルーニャが唯一『愛情』を感じて認めた存在だ。
「はっ!貴様ジャック!」
遅かった。クルーニャが振り返った時には、ジャックの姿はなかった。あるのは、自分の神器とジャックの血痕だ。この状況がジャックの最後の作戦だとクルーニャは悟る。
「説明してくれクルーニャ。私はあれから記憶が曖昧でな。確かジャックとクレープを食べながら話をし、その後私はお前に気持ちを伝えた。フフッ。口にすると少し恥ずかしいな」
サタンが淡々と話をする中、クルーニャはパニックになっていた。クルーニャにとって愛情は不安だ。ルナを悲惨な想いで失ったクルーニャは、その過去がトラウマなのだ。
だからこそ、自分の手でこれ以上の不安がないようサタンを殺したのに、それが再び蘇ってしまった。
これを受け入れるか再び拒むか、矛盾した心がクルーニャを惑わせている。
「やめろ……」
「なあ。あれからどうなったんだ?なぜ私はこんな所に居るんだ?ジャックはどうした?」
「ああ……あああ!」
クルーニャが頭を押さえて蹲る。それを見て、サタンは穏やかな表情でクルーニャに寄り添った。
「具合が悪いのか?」
クルーニャは頭痛と吐き気に苛まれながら、サタンの首を強く掴む。そして、息を荒くしたままぐしゃぐしゃの顔を上げて下唇を強く噛む。
「お前さえ居なければ……」
「また私を殺すか?」
「ッ!」
首を絞められてるサタンは魔力が出せない状態。それだというのに、冷静で冷酷な瞳で強気にクルーニャを見下ろした。
「記憶あるじゃねえか」
「好きにやればいい」
「お望み通り」
クルーニャが強く首を絞めようとする。瞬間、サタンは優しくクルーニャの腕に触れ、頭を強く撫でて軽く抱き寄せた。
「でも……やっぱ二度も死にたくない。叶うならお前と生きてみたいよ」
サタンの涙がクルーニャの顔に流れ落ちる。その表情を恐る恐る見上げたクルーニャは、胸が痛くなり不思議と落ち着きを取り戻した。それはきっと、その表情がルナの表情と重なったからだ。
「……ふざけやがって」
クルーニャも涙目で捨て台詞を吐く。そして、掴んでた手をゆっくり離し、許しを求めるかのようにサタンの手をゆっくり掴んで顔を下げた。二人共それ以上何も言わない。だが。クルーニャの涙が静けさをかき消した。
*
神界から天界第9階層に一人の神が落っこちていた。かなり時間が経っているはずなのに、一向に背が地面に付かず、強い風に押されている。それが傷を痛ませたが、同時に心地よかった。
「ジャック!」
地面ギリギリでドラゴンに乗ったポム吉がジャックをキャッチした。だが、落ちた先が柔らかいポム吉の上の為、ポム吉はぺちゃんこだ。
「ジャック!!」
「大丈夫か!!」
意識のある神やベル達一年生が駆け寄って来た。ジャックはその声を聞き、ゆっくりと目を開ける。
「治癒魔法!」
「回復魔法!」
「クルーニャは?どうなった?」
皆がジャックを治療する、ゼウスが人込みを押し寄せて不安そうな表情を向けた。皆も、勝敗がどうなったか気になっている様子だ。
「ああ……倒したさ。邪神クルーニャはもうこの世には居ない」
「ほんとか!?本当なのかジャック!」
「心配なら記憶見て見ろよ。ほら」
ゼウスはすぐさまジャックの頭に触れ、記憶を探るように見た。記憶を見たゼウスは、一瞬驚いたような表情を見せ、すぐに穏やかで安心したような優しい表情を見せた。
ジャックもそんなゼウスをただ静かに見ている。
「本当じゃな。邪神クルーニャはもう居ない」
「おお!!やった!勝った?」
「勝ったぞ!!!やったーーー!!」
「やったよ!!!流石ジャック!」
「やっぱり英雄だ!ジャックは英雄だ!二度も世界を救った大英雄だ!」
ゼウスの一言を聞いた皆は、一斉に歓声を上げてジャックを胴上げした。皆喜びに満ち溢れて満面な笑顔だ。そんな中、ゼウスだけ少しの涙と何とも言えない表情を見せた。
*
海が見える。波の音が聞こえる。砂浜の温かい体温がある。
「ッ……」
クルーニャは静かに涙を流していた。海を前に呆然と立ち尽くしていて、何億何兆年ぶりの涙をゆっくりと拭った。
「止まらない……何で……」
その涙は止まらなかった。感情は海のように清らかなのに涙だけは止められなかった。
「言ったでしょ?」
「……ルナ?」
海を前に立っているのは、逆光で顔が見えないルナだ。それがとても美しく、眩しさの余り見ていられない。
「あの子は貴方を救ってくれた」
「ああ。凄い奴だよジャックは。こんな方法で俺を止めるとはな」
「もう悪さは止めてね。そして次は貴方があの子を助けるのよ」
「あいつは助けを求めない。一人でも突き進むさ」
「そう……お詳しいこと」
「……ルナ」
クルーニャは少し黙り込み、ルナに近寄ろうと足を動かした。
「ダメ」
「え?」
「こっちに来ないで」
「なぜ?」
「私がそっちに行くから」
ルナは裸足で砂浜を歩き、そのままクルーニャを抱き締めた。その数秒、クルーニャからルナの顔は一切見えない。まるで、見られたくないかのように逆光を利用していたかのようだ。
「元気でね」
「ルナもな」
光が二人を包み込んだ。二人共静かに涙を流しているが、その表情はとても清らかだ。まるで、迷える魂が綺麗に救われたかのような瞬間だ。
*
目覚めたクルーニャの瞳から涙の残りが流れ落ちた。泣いた後のせいか、顔を中心に乾いたような感覚だ。
「起きたか?」
「……こんな心地よい目覚めは久々だ」
サタンの膝の上で目覚めたクルーニャは、朝日に照らされている。どうやら朝になるまで眠っていたらしい。
「なあ。私を名前を憶えているか」
「ああ」
「呼んでくれないか」
「……」
「照れているのか?」
揶揄うようなサタンの表情は、クルーニャを辱める。
「ルシファー……これでいいか?」
「適当な言い方だな。初めて呼ぶのだからもっと心込めて言ってくれよ」
「やだよ。お前の爺さんの方を思い出しちまう」
「面識あるのか?」
「内緒」
「言わないと許さないぞ」
「許し何て要らないさ」
「こいつ……」
「はっ……ははは」
ムスッとするサタンの顔を見て、クルーニャは思わず笑みを見せた。今まで見せたことのない爽やかな笑いだ。その笑いにサタンも驚いている。
「あ?何だよ?」
「お前、そんな笑い方出来たんだな」
「え……あ……今俺どんな風に笑った?」
「え?ははははって……爽やかで静かな笑いだったぞ」
「ケッ……まじかよ。まじか……」
「もう一回笑えるか?」
「そう言われて笑える奴がいるのかよ。自分でもびっくりしてんだ」
「だよな。お前の笑いは人を嘲笑う笑いだ。それしか見たことない」
「そっくりそのまま返すよ」
「……」
「……」
再び黙り込む二人だが、すぐに「フッ」と漏れたような笑みが零れる。そして、二人同時に控えめな笑いを見せた。
「フフッ」
「「はははは!」」
「ハハッ……なんか分かんないけどおかしいな」
「ああ……おかしい。こんなに清らかに笑ったのは本当に久しい」
「あいつのせいだな」
「ああ。やっぱり奴は凄い。自分は全然笑わない癖に私やクルーニャをこんな風に笑わせるなんて」
クルーニャは深く黄昏ていた。長く触れる愛する人の体温、心地よい風、眩しい太陽、全てが美しく見える。闇に染まり、後悔を重ね悪さで心を埋めてきたあの頃にはない感覚だ。達成感や快感とは真逆の安らぎ。一年前、ジャックがアマノに感じてたものだ。
「愛の奴隷か……」
「なんて?」
「いや……何でもない」
「やっぱお前は相変わらず変な奴だ」
「ジャック程じゃないさ」
そう言ったクルーニャは、瞳を閉じて小さくニッと笑った。




