第60話【ラース対クルーニャ】後編
さっきまで身も心も痛くて痛くて仕方なかったのに、今は物凄くさっぱりしている。体の中に何も入っていないんじゃないかってくらい、スッキリしている。
「……」
波の音、綺麗な砂浜、透き通った海、なんて美しい場所だろうか。そんな場所の中心で桃色の髪をした少女が身を縮めて泣いている。少し幼いクルーニャは、そんな少女にゆっくりと近付いた。
「なんで泣いているの?ルナ」
少女はクルーニャの唯一の友人ルナだ。ルナはクルーニャの声に反応し、更に身を縮こまらせ背を背けた。
「……ごめんよ」
「ッ……」
小さく呟かれた「ごめん」は震えていて、恐怖と苦悩が混ざっている。それを感じたのか、ルナの涙が一瞬止まった。
「俺が強かったら……ゼウスくらい強かったら……こんなことにならなかった。俺が……」
「何でよ!!」
ルナの叫びで、周りの空気と波の音が消えた。
「……」
「貴方は悪くないじゃない。なんで自分を責めるのよ。どう見たって勝ってに動いた私の自業自得よ」
「……」
「もういいのよ……済んだことでしょ。貴方が仇をとってくれた……それで充分嬉しいから……もういいの」
ルナはそう言ったが、その涙は止まっていない。それを察したクルーニャは、ルナの横に座り、静かに彼女を抱き寄せた。頭を胸に当て、心音を聞かせて落ち着かせるような優しい行為だ。
「うっ……あーーん!怖かった!痛かった!苦しかった!ずっと死にたいって思ってた!けど、やっと死んだら死んだで寂しくて悲しくて……何でこんな思いしなくちゃいけないのか分からなった!」
「……」
「ううっ……はぁぁ……うっ……。あ~ん!」
クルーニャはただ優しい瞳を向け、ルナに寄り添うだけだった。生きていた頃、こんな近くまでルナと居たことないのに、それがとても懐かしく思えた。
この感情を感じるのは、実に何年ぶりだろうか。クルーニャがずっと避けていたこの感情をなんて呼ぶのか、クルーニャは良く知っている。だが、決してそれを認めたくない。
思い出すだけで苦しくなってしまう……クルーニャにはそれが耐えられなかった。
「クルーニャのバカ。もう悪いことは止めて……あの子は貴方の玩具じゃない」
「あの子……ジャックのことか?」
「彼は貴方を救ってくれる。認めたくないこと、全部認めて」
泣きながら肩に寄り添うルナは、まだ目が開ききっていない。
「救い何て求めてない。それに、俺はずっとここに居る。悪さ出来ないだろ」
「今なら間に合う。早く行って」
「何を言っ……」
「いいから!海の向こうへ!走って!」
「おい!バカ!」
ルナに突き飛ばされたクルーニャは、そのまま海に流されていく。そんなクルーニャを見詰めるルナは、ゆっくりと立ち上がって苦い笑顔をめいいっぱい見せた。
「ありがとう!クルーニャ!」
*
痛みを思い出した。全身が痺れている。手が特に痛い。さっきまで心地よかったのに、なんて酷い目覚めだろうか。
「楽に行け」
ラースが近くに落ちている刀でクルーニャの首を掻っ切ろうとした。クルーニャにはそれがゆっくりと見えていて、走馬灯をハッキリと見ていた。
「ッ!」
体が勝手に動いた。さっきまで抜け殻だったクルーニャだが、刀を上空へ蹴り飛ばし、両手に刺さっている短剣を引き抜き、それでラースの首元を掻っ切た。
「貴様!まだ動けたか!」
「……」
更に、上空から落ちて来た刀をキャッチし、流れるようにラースに刀を振るう。
「終わりか?」
だが、ラースに攻撃は当たらない。磁力魔法がラースを守っていて、何者もラースに近寄ることは出来ない。
「磁力魔法、アグナ.エティス!」
ラースの磁力魔法がクルーニャを襲う。瞬間、クルーニャは無意識に左手を伸ばした。
「ッ!?どういうことだ?アグナ.エティス!」
何故か分からないが、磁力魔法が発動しない。いや、発動はしているが、それがクルーニャに通用しないのだ。それに驚いているのはラースだけで、クルーニャはそのことに動じていない。
「アグナ……エティス」
更に、クルーニャが右手を翳すと、逆にラースが吹き飛んだ。どう見ても、ラースの磁力魔法を使用している。
「がはっ!どういうことだ?なぜ私の魔法を……魔法の使えぬ貴様が」
「あの時と同じだ。魔法無効化の力を手に入れた時と……」
抜け殻だったクルーニャがやっと笑った。いつものニヤついた笑みだが、どこか吹っ切れていて純粋さを感じる笑みだ。
「神や天使は感情や記憶を引き金にごくまれに『覚醒』をするというが……まさか貴様も。それも二度目?魔法の使えぬ出来損ないの貴様が……なぜ?なぜだ!」
「魔法が使えないから俺だからこそじゃないか?そう、新たな覚醒は魔法の吸収と放出。俺に魔法は効かないぜ」
「図に乗るなよ。お前に魔法を使わなけらばいいだけだ」
クルーニャがラースの足元に短剣を投げた。それを横目で見るラースは、悟ったようにクルーニャを睨み付ける。
「お互い限界だって分かってるだろ?その短剣が合図だ」
「ガンマンの早打ち勝負ってことか……良かろう」
静かだ。もうラースの魔力もクルーニャの邪気も感じられない。ラースの胸の傷口が開き、クルーニャの腕が上がらなくなってきている。それを見届けるのは、全知全能のゼウスただ一人だ。
「……」
「はっ!」
ラースが短剣を蹴り飛ばした。同時に立ち上がり、クルーニャの目に血をぶっかける。クルーニャは目が見えなくなるも、飛んできた短剣を刀で弾き飛ばし、流れるように刀を振った。
だが、ラースも弾き飛ばされた短剣をキャッチし、それをクルーニャの首元目掛けて振るう。
「「……」」
二人が交差した。どっちの攻撃が入ったのか分からない。
「がはっ!」
クルーニャが血を吐いてその場に倒れた。それを見たラースはニッと笑って嬉しそうに仁王立ちをする。
だが、その胸からは血が噴き出て、胸から心臓が零れ落ちた。
「ぐっ、がはっ……私の負けという訳だな」
クルーニャの傷は浅い。それを見て、ラースは悟ったように足を引きずって玉座に向かう。
敗北したラースがその途中で思い出していたのは、亡き母の姿だ。だが、それは決して息子が母親を想うような綺麗なものではなく、もっと邪悪なものだった。
「貴方だけは……私の味方だった。だが、結局は貴方が一番私を憐れんでいた。それが幼い私にはとても残酷だった。私は呪いを抱えて尚、素晴らしい神なのに……貴方は憐れんでいたんだ……俺を……憐れんだ」
ラースは独り事を言いながら、ゆっくりと玉座に座る。血でべっとりと濡れた玉座は、さぞ座り心地が悪いだろうに。
「ああ……でも、一人居たっけな。私を憐れんでいない神……」
ラースの脳裏に浮かんだのは、綺麗な白髪を靡かせ、仮面を被った女神――アメノに頭を撫でられる幼い自分だった。
「全部悔しいかったんだ。貴方から憐れみを受けたこともアメノを認めてしまった自分も……そして、結局何も成せない自分も……悔しくてたまらないなぁ」
ラースは悔し涙とぐしゃぐしゃの笑顔を浮かべて静かに死んでいった。それを遠くから見ていたゼウスとクルーニャは、死に際のラースにほんの僅か恐怖に似た感情を覚えていた。
*
ジャックはラースが死んで一足遅く城に到着した。崩壊した城、死んでるラース、拘束されてるゼウス、負傷のクルーニャ、全てを見て状況を飲み込んだ。
「……」
ジャックはゼウスやクルーニャに目を向けず、羽根を広げて静かにラースの死体に近寄った。そして、死んでいることを確認し、死体を黒い布の中に丁寧に居れた。
「あんたに……そんな表情あったんだな」
ラースの顔を見詰めるジャックは、ただ一言そう呟き、クルーニャに目を向ける。そして、素早く動きクルーニャの腕を神器で切り落とした。流れるように攻撃を仕掛けるジャックだが、既にクルーニャは転移魔道具を取り出していた。
「またな。ジャック」
「ちっ」
神器を振るうも、クルーニャは転移魔道具で逃げてしまう。ジャックは諦めたように神器を仕舞い、ゼウスの拘束を解いて軽い治療を行った。
「ラースを殺したのはクルーニャだな?」
「ああ。それよりなぜ奴は生きている?一年前、お前が地獄門に封印したはず」
「別の体に魂を入れ、一年間活動していたんだ。その体が七つの亡霊の最後のメンバープライドだ」
「そういうことか」
「ああ。七つの亡霊は全員倒したが、問題は奴だ。奴はこれから世界を巻き込んで俺を追い詰める気だ」
「つまり?」
「あんたの力が必要だ。正直あんたのことは大っ嫌いだ。アマノ迫害派のリーダー的存在だったしな。それでも、全神を統一できるのは主神のあんただ。クルーニャは一人でも必ず俺達を追い詰め破滅に追いやる」
「作戦でもあるのか?」
「奴の出方次第だ。だが準備は出来る。出来るだけ戦闘員を集め、いつ奴が攻めてきてもいいような状態を作るんだ」
「分かった」
「きっと奴は俺との一体一を願ってる。それを受けてやるんだ」
ゼウスは少し申し訳なさそうに下を向き、何か言い掛けた。だが、すぐにそれを止め、何もなかったかのようにジャックと共に神々に保護された。
*
「手に入れた。新たな能力……そして整った新たなステージ。最高のストーリーになりそうだ」
クルーニャは緊急治療室の治療マシーンで全身を治し終えていた。切れた腕も元通りで、傷は一切ない。そして、鏡を見ながら洗濯し終えた服に着替え、髪を丁寧に結ぶ。
「お前がこのゲームをクリアできなければ、この世界は滅ぶ」
クルーニャはそう呟き、懐から光輝く奇石を取り出した。その奇石は、一年にクルーニャと一緒に封印された膨大な魔力を秘める危険な物だ。
「楽しませてくれよ……ジャック」




