第58話【本当の正体】
「照れちゃう!」
地面の中からポム吉がひょこっと出て来た。周りは地震が起きた後のような被害で、建物や瓦礫で散漫している。
「仲間!」
そんな中、独りでに歩いてるぬいぐるみに目が向き、思わず嬉しそうに飛び跳ねた。そのぬいぐるみは黒い犬のぬいぐるみで、ビクッと体を震わせてた。
「……照れちゃう」
「照れちゃう!」
少しぎこちないぬいぐるみは、ポム吉と目を合わせてすぐに逃げるようにどこかに行った。
「僕以外のぬいぐるみが動いてるの初めて見たよ」
ポム吉はそう言い、奥に見えるジャックと合流する。
「照れちゃう!」
「お前、やっぱ生きてたのかよ」
「さっき犬のぬいぐるみが一人で歩いてたよ!助けた方がいいかも」
「何言ってんだ。お前じゃあるまい……今なんて?」
ジャックは何かひっかかたように聞き直す。その表情にはほんの少し焦りがある。
「え?助けた方がいいって」
「そっちじゃない!ぬいぐるみが一人で歩いてたって?」
「うん」
ジャックはメタトロンと目を合わせ、お互いに勘づいた表情で唾を飲み込んだ。
「奴は魂に干渉できる能力を得た」
「そしてその魂を銅像や死体に入れて操ってた」
「まさか……」
*
黒い犬のぬいぐるみは、一人で歩いている。
「うにゃははっはあ!やはり最後に笑うのはこのラスト!ククッ。今はこんな体だが、より強力で相性のいい体を見つけ、また体制を整えてやる」
ぬいぐるみ――ラストはケタケタと笑い、そのまま坂を転げ落ちた。
「しかも運がいい。やはり無事だったようだな。プライド」
ラストが転げ落ちた先には、プライドが突っ立ていた。ぬいぐるみ姿のラストを見て、仮面を外して優しく微笑んでいる。
「助けてあげようか?」
「当然。とにかくここを離れよう」
「分かった」
プライドはそう言い、ラストを赤子を抱くように持ち上げた。すると、プライドの手の平に魔法陣が現れ、その魔法陣がラストを縛り上げた。
「何の真似?」
「この魔道具は魂だけを縛り、その魂に永遠の幻覚を見せる最上位の魔道具」
「何を言って?どういうつもりなんだプライド」
「もうプライドでもルーナでもない」
「何?どういうことだ?」
「俺はクルーニャ。あの時は世話になった」
プライドがニヤッと笑ったのを見て、ラストは過去の出来事を全て思い出した。自分が死ぬ前、クルーニャという若い神を拉致し、その神に殺されたことを。
「クルーニャ?あのクルーニャだと?はっ、ははっ!まさかお前の正体がクルーニャだとはな!あの女の復讐をする為、わざわざラースや俺様を生き返らせたのか!回りくどいっていうか、執念深いっていうか……つまんない野郎だね~クルーニャ」
「最後の言葉はそれでいいのか?最後の笑顔になると思うぜ」
「お前の女、最高にッ――」
ラストが邪悪な笑みを浮かべた。同時に、ぬいぐるみの体はその場で弾け飛んで粉々になる。そして、残った魔法陣も静かに消えて行った。
*
「ここは?」
ラストは天国のような場所に居た。体は元の体で、傷一つない。
「これがさっきの魔道具の効果か。どんな幻覚が来ようと耐えてやる。それに、魂がここにあるなら、俺の能力で脱出できる可能性がある。痛みや苦痛なら慣れてるし、何とかなるだろう」
ラストはそう言って、目の前のテーブルのお酒を飲む。すると、どこからか現れた美女達がラストを囲んで、セクシーにボディタッチしてきた。
「あら~!カワイ子ちゃん!どこから来たのかな?ククッ、幻想と思えないくらいリアルだ」
「ね~。ラスト様、もっと~!もっとお願い!」
「仕方ないね~」
ラストは幻覚ということを忘れるくらい、その気になって美女達とムフフな時間を楽しんだ。だが、その時間はすぐに地獄へと変わる。
「ラストちゃんもっと~」
「分かってるって……」
気が付くと、美女達が不潔でオカマなおじさんに変わっていた。剛毛で、汗でべとべと、そしてビキニを着ている。
「なんだこの親父!?どこから現れた!!」
「ずっと居たじゃないの~」
「うわお!!触るな!!」
「皆ラストちゃんを抑えて~!私がご奉仕するわ~ん!」
「や!やめろ~!離せ~!」
美女達との天国の時間が、おじさん達との地獄へと変わる。
「やめろ!ぬおおお!!!触るな!!」
「ほら、私のおっぱい飲んで」
「やめてくれ!!触るんじゃねええええ!!や!やめろおおおおおおおおおお!!!」
*
プライドはただ静かに消えた魔法陣を眺めていた。そして、ゆっくりと目線をずらす。
「どういうことだ」
そこには、傷だらけのジャックが突っ立ている。坂の少し上からプライドを見下ろし、驚きを隠せないといった顔だ。
「お前がクルーニャだと?」
「久しいな。ジャック」
目が合ったと同時に、ジャックの瞳が真理の義眼に変わる。その瞳に映る情報は、一年前のクルーニャとの因縁を思い出させた。
アマノとジャックを出会わせた張本人でありながら、ジャックの前に現れて手助けと邪魔を繰り返した謎の神。そして、ジャックの母によく似た天使サタンを殺した男だ。
「貴様!!地獄に葬り去ったはずだ!」
「ラストと同じように体を入れ替えたのさ。ずっと見てたぜ、ジャック」
「くっ!!」
ジャックは攻撃を仕掛けようと羽根を広げるが、ラストとの戦いで体に限界が来ている。足は動かず、疲労を思い出してその場に膝を付けてしまう。
「何が目的なんだ?ルーナとして学生を演じ、プライドとして敵を演じた」
「前も言ったろう?俺はただ面白おかしく楽しみたい。俺がゲームマスターでお前はプレイヤーだ」
「けっ。そんなに俺と戦うのが怖いかよ。上から見てて楽しいか?」
「そうだな。そろそろお前の物語に終止符を付けよう。最高の舞台を用意してやる。その時はラスボスとして待ってるさ」
ルーナは魔法陣から取り出した短剣をクルッと回し、自身の胸に突き刺した。
「ラースは神界でお前を待っている。すぐに行くといい」
血を吐いて倒れるルーナから生命力を感じられない。それは、真理の義眼が教えてくれている。
「何を企んでる。クルーニャ」
*
神々はパニックになっていた。天界9階層が8階層に潰されて困惑するのは当然だ。今までこんな事例なかったのだから。
「こんな時にゼウス様は何をしてらっしゃる!?」
「どこにも居ない。連絡もつかない」
「瀕死で運ばれてきたスサノオ様と何か関係があるのか?」
「分からないが、俺達は七つの亡霊を舐めていたらしい。まさかここまでやる連中だとは」
ゼウスは連絡が取れず、スサノオも瀕死。今動ける神は主神を含めても僅かだ。
「皆落ち着け」
困惑してる神々の前に現れたのは、主神アヌビスだ。民衆はその威圧に圧倒され、膝をついて頭を下げる。
「七つの亡霊ラストはジャックとその奴隷メタトロンによって倒された。だが、七つの亡霊リーダーラースは生きている。ゼウスは恐らくラースに拉致された。ジャックからの連絡によれば、ラースは残り一日で死ぬらしい。そしてジャックが来るのを望んでいる。つまり、ラースの目的はジャックだ。彼を一人にする訳にはいかない。今居る最高戦力でジャックの加勢に行ってもらう。勿論、ラースがジャックに何かする前に」
アヌビスには嫌な予感がしていた。それが何なのかは分からないが、今安心できる状況ではないのは間違いない。
*
神界の外れにある小さなお城。そこで下を向き薄い笑みを浮かべてるのはラースだ。
「決着が着いた。さあ、来るのはどっちかな?」
「くっ……」
「全ての結末を見届けてもらうよ。坊や」
ラースはそう言い、拘束したゼウスを踏み付け、ワインを一口口にする。そして、ワイングラスを机に置いて奥にある扉に目を向けた。
「今日は付いてる。ワインも零さずグラスも割れない。人生最後の日にふさわしい日だ」
ルーナによって一日の命を与えられたラースだが、不思議と死の恐怖はない。一度死んだせいか、今日死ぬことを理解しているからか、いつも以上に調子が良かった。
「……」
城の扉が開いた。扉からは雪と風が一気に入り込んできて、それが持ち主の魔力のようにすら見える迫力だ。だが、不思議と魔力は感じない。
それとは別に感じる静かな殺気がラースをゾッとさせている。
(ジャックでもラストでもない……何だこの気配は?)
雪を踏む足音から地面を踏む足音へと変わった。それだというのに、吹雪のせいで姿がよく見えない。
「フンッ」
痺れを切らせたラースは、磁力魔法で扉を閉じて玉座の上で足を組む。そして、目を細めて扉から入って来た男をジーッと見た。
「なっ……貴様は!」
「ケッケッケ。命の恩人に対しては少々無礼じゃないか?」
「どういうことだ。ジャックに封印されたと聞いた」
「どうもこうもねぇ。今俺がここに居る。それが全てだ」
「私の家族を皆殺しにした邪神……クルーニャ」
「この姿では……久方ぶりかな」
現れたのは、黒髪を赤い紐で結んだ中性的な男――クルーニャだ。一年前、ジャックによって地獄に封印されたはずの体でラースの目の前に現れた。
「まさかここに来るのが貴様だとは……そんなに私が憎いか」
「いや。ただ、面白い駒だとは思うよ」
「そうか」
「さあ、始めよう」
ラースが魔力で威嚇をする。それに対し、クルーニャもニヤッと笑ってテーブルをひっくり返し、それを上空に飛ばした。
(居ない。テーブルと一緒に飛んだか?私の磁力魔法を警戒して障害物を挟んだか)
ラースがテーブルに磁力を付与させ、そのまま壁に押し付けた。だが、そこにクルーニャの姿は見えない。
「ッ!」
天井が破壊され、そこから刀が落ちて来た。それを弾くラースだが、刀は独りでに動いて再びラースを襲う。
(この動き……ワイヤー操作か?ジャックがやってたのと同じだ)
一瞬の思考がラースに隙を与えた。少し上を見え上げた瞬間、胸に鋭い痛みを覚える。
「何ッ?がはっ!」
「この城は暗いからなぁ」
黒いマントからクルーニャの赤い瞳が見えた。その目は、先程のように笑っておらず、殺意と怒りが見える。




