第57話【ラスト】その5
いつの日だろうか。生前、ラストがクルーニャに殺される前のこと。ラストはラースやエンヴィーと違い、20年程しか生きてない若い神だった。
「エルク.ラヴィタス」
当時まだ10代前半。それでいて、海の水を全て浮かせれる程の魔法力があった。
「凄いね君は」
「君誰?いつから居たの?」
ラストが海を浮かせている隣で、ちょこんと座る小柄で仮面を身に着けた男が話しかけて来た。
そいつは、男か女なのかも、大人か子供かもパッと見分からない。
「ずっと居たさ。それより、海を戻してやってくれないかな?僕は海が好きなんだ」
「いいよ」
ラストはニヤッと笑い、男の真上から海を落とした。そして、海を自由に操って男を捻り潰す。
「ひゃひゃ!いい音!」
海は元通りになり、男はその場に血塗れになって倒れる。だが、何事もなかったかのように起き上がり、ラストの方をジーッと見た。
「どういう魔法だ……魔力は感じなかった」
「次は上にある世界をこの世界に落としてみてくれよ。君ならできるだろう?」
「世界を落とす?」
「君のその力で……できないのかい?」
「できるさ!」
ラストは天空に向けて魔法を発動させる。だが、雲が動いて空が蠢くだけで特に何か起きる訳ではない。
「そのまま。より具体的なイメージを持って……そう、もっと強く想うんだ。世界を壊すぞって……強く強く想うんだ」
男は、ラストの背後に回って手を支えるように持ち上げ、ダンスを教えるような態勢でラストに言葉を掛け続ける。ラストも不思議とその気になってしまい、妙なパワーまで感じていた。
「すげ!できそうだ!いける!」
空間が歪み、空がほんの僅か動いた。それも確実に感じる。世界が落ちてきている感覚を。
「あ!」
しかし、それも惜しいところで世界が戻って行く感覚に戻る。
「惜しい!けど凄い!もしかして俺様になんかしたの!?」
「いいや。君の力だよ」
男は両手を背後で組んで、首を少し傾げた。仮面の上からでも微笑みが想像できる仕草だ。
「もう少しでできそうだった!世界を消せる!」
「この世界でそれが出来るのは数える程しか居ないから、君は本当に凄いよ。僕にない力だ」
「逆に居るのかよ。世界を消すこと出来る奴。見たことあるの?あんたさ」
「見たことないけど、最初の神、天之御中主神。見たことある者なら、時の異訪者」
「誰それ?」
「別の時代から来た神様。僕はゼロと呼んでる。本名で呼ぶとうるさいからね」
「へ~。他は?」
「他はこの先たくさん現れるさ。それもゼロが言ってた。まあ、歴史が変わってると思うけど」
「で?君は誰?」
「エルピス。忘れないでくれると嬉しい」
男――エルピスは、その日以来姿を見せなくなった。そして、ラストもその日以来別の世界を今居る世界に落とすことが出来なくなった。何度やっても、エルピスと一緒にやった時のように上手くいかなかった。
*
(できたぞエルピス!俺様はお前が居なくても出来たんだ!世界を消す存在になれた!)
そして現在、ラストはついに掴んだ。世界を消す力を勝ち取ったのだ。
「嘘だろ……世界を消す?」
「世界を消す力があると言われた者はどいつもこいつも有名な神や悪魔達だ。時の支配者クロノス、戦争と死の神オーディン、太陽神アマテラス、魔王サタン、堕天使ルシファー……」
「そして最強の熊ポム吉!」
メタトロンのセリフに無理やり入り込んできたのは、スサノオを逃がしていたポム吉だ。だが、すぐにメタトロンに殴り飛ばされる。
「ほわっ!!?」
「ポム吉がここに戻ったってことは……転移で逃げるってことは出来なそうだ」
「神界へ続く扉で逃げるぞ!」
「させるかよぉ!魔道具!」
ラストが魔法陣から出した魔道具は、ラストの前方目掛けて辺り一帯を囲う。ラストは結界外だが、ジャックとメタトロンとポム吉は結界内だ。
「扉が出ない!」
「魔法も使えない!まさかこいつ!」
「そう。魔法領域の効果を持つ魔道具さ。中に居る者は魔法や魔力の類を扱えない。扉も転移も不可」
ジャックもメタトロンも苦しい表情を浮かべる。それを見て、ラストはケタケタと笑う。
「結界は5分間続く!落ちてくるまで残り1分もない!どうする人間共!」
「熊だよ」
ラストの邪悪な笑みに対して、ポム吉がジャックの足元にひょこっと現れる。
「君には言ってないの」
「そんな!」
一瞬ポム吉を見下すラストは、すぐにしゃがみこんで目線を合わせて哀れんだ口調とため息を零す。
「それに、君熊ですらないでしょ。ぬいぐるみ……つまり布切れ。簡単に言うとゴミだね」
「そんなしょんなちょんな!」
軽くあしらわれたポム吉は、両手蝶足をばたつかせて暴れる。
「だまれっ」
「ごめん」
だが、ジャックに踏み付けられたことで大人しくなった。
「くそっ!ジャック手伝え!地面を掘って穴を作るぞ!そこに逃げるんだ!」
「なるほど!」
「無意味な。この世界は山や海でデコボコだけどさ、それも全部平にされちゃうんだよ。ふわふわの綿あめがぺっちゃんこになったら凄く小さくなって硬くなるのと同じさ。魔法が使えない君らが掘れる穴なんてたかが知れてる。窒息死だね」
「うるせえ!やってみないと分かんねえだろ!」
ジャックとメタトロンは結界越しに中指を立て、ラストの近くで地面を掘りまくる。
「フフフ。動物園の動物を見てる気分だよ。なんて愚かな動物だろう。人間どころか猿だね」
「急げ!急げ!」
「わあってる!」
ラストは結界ギリギリに座り、穴を掘る二人を見下ろしている。空はもうなくなっており、辺り一帯が真っ暗だ。
「明かり貸そうか?暗くて何も見えないだろう?まるで君たちの未来と同じだね」
ラストは手の平に出してる光で辺りを照らし、ジャックとメタトロンに話しかける。そしてとうとう、ジャックとメタトロンは穴から出て来た。
「どう?逃げれそう?世界はもう寺の天井より低い場所まで来た。俺様もう行くけど、最後の言葉聞こうか?」
「別にないさ。最後の言葉なんて。必要ない」
「そう。なら俺は覚醒能力でお前らのアマノちゃんとサンダルフォンちゃんを蘇らせ、遊びまくるよ。じゃね~!」
「残念。最後の遊び相手は俺達だぜ」
メタトロンが結界ギリギリの地面を剣で突っついた。すると、地面が雪崩のように流れ落ち、結界外の地面も崩れ落ちる。おかげで、地面に座っていたラストは地面と一緒に結界内に入ってしまった。
「何ッ!?」
「バカめ!俺達が穴を掘ったのは、地面を崩してお前を結界の中に入れる為だ!結界は中からは出れないが、外からなら入れる!猿はお前だったな!ラスト!」
「このクソガキ……いいだろう!我慢比べだ!」
「我慢比べ?何甘いこと言ってんだ。こっからは拷問だ」
ジャックとメタトロンはラストの腕や足を背に縛らせ、そのまま体を持ち上げた。
「なんだとぉ!!」
「自分の魔法だろうが。最初に味わえ」
真っ暗で何も見えないが、ラストの体が押しつぶされる感覚になった。そう、もう世界の底がラストにくっ付いたのだ。当然、ジャックとメタトロンもタダでは済まないが、この状況で一番ダメージを負うのはラストだ。
「離せええ!!クソガキ共があああぁぁ!!!」
「絶対に離さないぜ」
「ぬおおおおおぉぉぉ!!!」
三人の体が悲鳴を上げている。骨や内臓が破壊される音が世界が落ちる音よりもうるさい。それでも、世界は無慈悲に落下し、天界第8階層の上に第9階層が着地した。
*
静まり返っていた。世界が落ちる音はもうなく、一つの世界が地面と成り代わっていた。第8階層に居た神や天使のほとんどが世界を繋ぐ扉で避難を済ませたが、それが出来なかった者が三名も居る。
「がはっ!!!」
地面から芋虫のように出て来たのは、体がぐちゃぐちゃになったラストだ。辛うじて生きているが、地面を這いつくばるので精一杯だ。
「へへっ!魔道具を解除して魔法を使わなかったら危なかった。おかげで重力で地面を押し上げ脱出できた。にひゃひゃ!!ざま見ろガキ共……道ずれになるとでも思ったか。俺は重力で逃げたが、俺が脱出した後は重力を重くした……脱出不可能だぜ。おかげで魔力はカラだがな」
ラストはそう言いながら地面を這いつくばり、奥に見える光差す建物に向かう。
「ッ……」
だが、その光は閉ざされる。ラストの目の前に現れた瀕死のジャックとメタトロンがそれを阻止しに来た。見えていた光が閉ざされ、一気に奈落の底へと落とされる。ラストも絶望の表情を浮かべている。
「なぜ……」
「地面を掘った。それから転移した」
「バカな!コース.レゼンで行ける場所はあの熊の元くらいだ!あのクマは地面の中に居た!」
「誰もコース.レゼンと言ってない。メタトロンのアイ.モーメントだ」
「……嘘だ。メタトロンは転移が使えないはず。父さんが調べてたのを見た」
「一年前まではな。成長するのがお前だけな訳ないだろ」
「あっ……あ……」
ラストの表情は曇りに曇って、思考停止寸前まで来ていた。何かを考えることができないくらい追い詰められたのだ。
「おら、どうする魔神ラスト」
「ああああああああ!!」
怯え、叫び、暴れる。だが、動くのは腕や胴体だけ。逃げることも出来なかった。
「はっ!」
「がはっ!?」
ジャックがラストを空高く蹴り上げると、メタトロンがそれに向けて炎を放った。
「デス.ブレイド」
「うぎゃああああああああ!!!」
焼け死んだラストは、髪の毛一本残らなかった。その焼け焦げた灰を見て、ジャックもメタトロンもスカッとした表情でその場に座り込んだ。
「久々にいい汗かいた」
「ああ。スカッとしたぜ」
二人は、お互いに目を合わせず少し微笑んだ。




