第10話 【天界騒動】 前編
魔界の最果ての地。
そこでは、アマノとサタンがお互いの神器をぶつけ合っていた。宙を舞いながら繰り広げられる斬撃は、ジャックが立ち入る隙のない圧巻のものだった。
「流石……アマノ……魔女の子と言われ恐れられるだけの力はあるようだな」
「気付いてたのね」
「シュラ―.フレイム」
「ライト.ファロン」
距離を取った二人は、お互いに魔法を放つ。だが、サタンが放った黒炎がアマノの光魔法を撃ち抜いた。黒炎の残り火は刀で受け止められるが、その死角の一瞬でサタンの姿が消えた。
「アマノ後ろだ!」
離れた場所から様子を見ていたジャックが咄嗟に叫んだ。声に反応したアマノは、冷静に背後に刀を振るう。だが、アマノの背後に移動していたサタンが刀を避け、アマノの腕をへし折り首に槍を当てて身動きを取れなくした。
「お前みたいな赤子が私のような絶対的な王に勝つことは出来ない。今この状況でも理解できない訳ではないだろ?」
「早く殺したら?それとも赤子を殺すのは心が痛むかしら?」
「女はそのくらい強気の方が良い。だが、自分以上に強気な女相手には命取りになるぞ」
サタンは、もう一本のアマノの腕もへし折った。アマノの刀は手から離れ、宙に留まる形となる。
「ジャック、アマノを助けたいか?」
ジャックの方を振り向いたサタンが、不器用な微笑みを見せて言った。
「助けたければ仲間になれと?そう言いたいのか?」
物分かりのいいジャックは、悟ったように唾を飲んだ。
「そうだ。私の理解者となるんだ。アマノとは永遠に離れてしまうが、私と同じ時間と幸せを共有させてやる。私がお前の母親となってやろう。断るなら……アマノは殺す」
サタンはアマノを盾にしたまま、ゆっくりとジャックに近寄った。
「アマノ、どうしたらいい?」
迷いに迷ったジャックは、目の前のアマノに直接聞いた。アマノは難しい表情をしたまま、困ったように目を逸らす。
「コース.レゼン」
魔法を唱えるたと同時に、アマノがジャックの背後に転移した。サタンは、分かっていたかのように槍をアマノ目掛けて振るう。
「がはぁ!?」
槍はアマノの頬掠れたが、同時にジャックの刀がサタンの腹を突き刺した。
「はぁはぁ……アマノに手を出させない……」
「その勇気と度胸……ますます気に入った」
ジャックの手は震えていた。自分より圧倒的に強い者に手を出すのは、ジャックからしても容易ではなかったからだ。
腹を刺されたサタンは、口から血を吐き、槍を手元で回した。槍はジャックの腕を切り落とし、アマノの片足をも切り落とす。
「良くやったわジャック、おかげで腕を治癒できた」
へし折られた右腕を治癒したアマノは、刀でサタンの目を突き刺し、手に持っている槍を蹴り飛ばす。
「まさか治癒魔法を自分に使えるとはな……。だが、この程度、私は怯まない」
「刀が抜けない……何て器用なことを……」
アマノの刀はサタンの目から引き抜けなかった。よく見れば、サタンの目は血に染まって力んでいる。
「シュラー.フレイム」
サタンが手から放った黒炎が、吹き飛ばされた槍に纏わりついた。槍は独りでに動き、アマノに襲い掛かってくる。アマノは、すぐにサタンから離れ、空中で独りでに動き槍の斬撃を受け止める。
「魔力で操っているのね」
「お前には出来ない芸当だ」
槍は、サタンの元を離れているのに、アマノの周りで斬撃を止めない。痺れを切らせたアマノは、魔法陣の中からワイヤーを取り出す。
「神器、魔漂線!」
刀に巻かれたワイヤーは、槍に素早く絡まった。すると、槍は死んでしまったかのように動きを止めた。
「なるほど……私を拘束した魔力を出さなくする神器か」
「返すわ」
アマノは、ワイヤーを振り回し、槍をサタンに投げた。サタンは、飛んで来た槍を手に取ろうとする。だが、槍が手前で止まり、素早くサタンの胸を切り裂いた。
「がはぁ!?」
「私にも出来る芸当だったようね」
サタンは血を吐き、槍と共に下に見えるお城の中へと落ちて行く。
*
捨てられた城の中では、サタンが血を吐いて倒れている。そんなサタンの元に、アマノとジャックがゆっくと降りて来た。
アマノの片腕は折れており、足も一本切れてなくなっている。ジャックも両腕が切れていて、傷口を軽く瀉血しただけになっている。
「はぁはぁ、私の負けか」
「潔いいわね。死か牢屋か好きな方選ばせてあげる」
「少し考えさせてくれ」
サタンは、仰向けになりながら過呼吸で血を流していた。考えているかのように、空の赤い月を見ており、薄い笑顔を浮かべてる。
「この位置は遠くが良く見える。いい場所だ」
「神器」
アマノがワイヤーを取り出し、笑うサタンに巻こうとする。
「また会おう。アイ.モーメント」
サタンがそう呟くと、ワイヤーから逃げたかのように姿を消した。ジャックが慌てて周りを見渡すが、そこにサタンの姿はない。
「アイ.モーメント、見える範囲で瞬間移動する魔法。上を見ていたからきっと上空に逃げたわね」
「追わないの?」
「きっと無理してでも奥に逃げた。逃げられたよ」
「そう」
「それより、腕の治療しましょ。余り時間が経つと正常な状態にならなくなる」
「うん」
アマノは、一瞬空の赤い月を見上げ、すぐにジャックの腕に触れ、切れた腕を徐々に再生させた。
「痛くなってきた」
「あら?珍しく弱音吐いたね」
「弱音じゃない。本当のこと」
「今のは弱音とも言うんだよ」
「……」
ジャックは拗ねて目を細めた。そんなジャックを見て、アマノがほんの少しだけ笑みを浮かべる。
*
サタンを追い払ったアマノとジャックは、森に戻っていた。二人共疲れた顔をしており、ぐったりした様子で椅子に座った。
「ジャック、肩揉んで」
「え〜」
「いや?」
「別に嫌じゃないけど……」
「それなら、お願いしますよ」
「分かったよ」
ジャックは、疲れた表情のままアマノの肩を揉む。強めに押し、ゆっくりとコリを解すように丁寧にマッサージをしていく。
「補佐官のサナスに報告しなくていいの?」
「テレパシーでもう報告した」
「いつの間に……」
「……サタンを刺してくれてありがとね。ジャックが居なかったら結構危なかった」
「負けてた?」
「いや、勝ってた」
「本当かよ」
その日、二人は疲れて深い眠りについた。
*
アマノがサタンを追い払ったほんの少し前、アイムは死んだはずのデモと再開していた。
「デモ、お前なんで生きて…」
天界新聞では、確かにデモの死亡が書かれていた。死因は自爆魔法だと。しかし、今アイムの目の前にはデモその人が居る。
「お前死んだんじゃ……」
「光魔法と爆発魔法で自爆に見せかけただけだよ〜ん!」
その場に居たカイは、場の空気を読んだかのように部屋を出て行く。
「あのカイって人間はなぜ僕達が見えると思う?」
「単に体質じゃね?」
「違う、彼は元天使さ。僕が神や天使を人間にさせれるのは知ってるだろ?カイは元天.シックスの一人、勿論天使の頃の記憶はない」
「だからか、謎が解けてスッキリしたよ」
天使の子供は、アイムとデモを不思議そうに見ていた。デモもその視線に気付く。
「この子、君の養子?」
「違う。俺達とアマノの処罰に反対して処刑にされそうになった天使だ」
「へ〜、名前は?」
「そういえば聞いてなかったな、お前名前は?」
子供は、二人から見られて少しビクつく。
「ルゼ」
「……ルゼ、これからお前はどうしたい?天界に戻れば安全はない。そうしたいと言うなら俺と下界に居るのも良いが、俺は邪神天悪の一人だ、どっちにしろ危険になる」
「やっぱり二人は邪神天悪だったんだ」
「どうする?」
「アイム様と一緒に居たい」
「……分かった」
ルゼは、安心したように表情を和らげるが、それも一瞬だった。
すぐに、何か心配事があるかのような表情を浮かべた。
「何か不安か?」
「お母さん、処刑されちゃう。ミカエル様が天界で言っていた」
「助けてやってもいい、ただしお前は足でまといになる。俺だけ行く……それでいいな?」
「ありがとう……ございます」
泣きながらお礼を言うルゼに、アイムは忘れていたかの頭を撫でる。
「もしかしたらお母さんを助けれないかもしれない。その時、今みたいに情けなく泣くなよ」
「わっ、分かった」
「行ってくる」
成長したアイムの姿を見て、デモは嬉しそうに笑う。
「僕も行くよ」
「要らねえよ。引っ込んでろ」
*
天使に化けたアイムと、一般の神のふりをしたデモは、天界を堂々と歩いていた。時間帯は昼間、天使達は穏やかで平和そのものだ。
「情報によれば死刑は今夜、先に刑務所に回ってルゼの母親を救う」
「刑務所は第一階層以外にもたくさんあるよ?」
「処刑される場所は第一階層だ。目安はついている」
二人が向かったのは、第一階層でそれなりに有名な『バスティリャ刑務所』。見回りをしている刑務官を気絶させ、監視カメラを無効化させて地下に進む。
「205、さっき刑務官を脅して分かった。205号室にルゼの母親が居る」
205号室、その牢屋の鍵を開け、扉を開く。その中に居たのは、女性の天使だった。
「貴方、刑務官には見えませんね」
女性は窶れていた。栄養が足りないとかではなく、気が滅入ったような窶れ方だ。
「俺達は邪神天悪だ。今じゃ邪神悪魔だが……ルゼの母親だな?ルゼに言われて助けに来た」
「ルゼに?それに邪神天悪の方?」
「取り敢えず、俺の言う通りに動いてもらう。すぐに逃げるぞ」
デモが女性に付いていた手錠を外すと、女性は貧弱そうに立ち上がる。
「逃げることは出来ないぞ……邪神天悪のアイム」
階段から聞こえた声が、アイムの足を止めた。聞いたことある声に思わず目を向ける。
「すでにこの刑務所に数十名の戦闘員が来ている。逃げ場はないぞ」
そこに現れたのは、天使の王ミカエルだった。そして、ミカエルの隣にはもう一人貫禄ある神が居る。
「ミカエルに、知らねえジジイか。悪いが逃げるぜ」
アイムは、ルゼの母親を抱き寄せ、デモに触れる。
「行けデモ」
「分か――」
魔道具で転移を試みようとした瞬間、なんの前触れもなくルゼの母親が爆発した。骨も羽根も残らず爆発し、その爆発でアイムの体の半分近くが吹き飛んでしまう。
「貴様があの子供を連れて逃げた時、私は考えたのだ。もしかしたら母親も助けに来るのでは?と……だから母親に爆破魔法を仕込んどいたんだ。つまり、貴様はネズミ捕りに引っかかったネズミだ」
体半分が吹き飛び、体が燃える痛みなどこれっぽっちもなかった。あったのは、左手で抱き寄せていたルゼの母親が死んだと言う真実。その突然訪れた信じ難い真実は、アイムにゼパルを失った時の気持ちを思い出させた。
「医療魔道具!」
デモが取り出した湿布により、アイムの体は少しづつ再生し始める。しかし、目と表情は死んだままだ。




