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ミトロジア  作者: ビタードール
一部】二章『愛を知らない神様』
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第51話【ラース】その4

 熱い海水で焼けた皮膚を見て、ラースは瞬時に理解した。


「海水を火で炙り熱湯に変えたのか」

「そうだが、お前の考えているスケールじゃないぜ」

「同じこと!」


 ラースは再び磁力を付与させようとメタトロンに手の平を向ける。


「アイ.モーメント」


 しかし、メタトロンは一瞬でラースの視界から消え、遠くに離れた海賊船の物陰の方へ逃げてしまう。


「転移魔法?メタトロンは転移魔法が使えない天使だと聞いてたが、いつ使えるようになったんだ?」

「ハハッ。俺はてめえら神と違って進化し続けるんだよ。何の為に毎日修行してると思ってんだド三下」

「海賊船の方か!逃がさない!」


 ラースはメタトロンが立ち去った方向へ進んでいく。しかし、体に妙な違和感が走った。


「はあ、はあ……暑い。汗が止まらない……大して動いてないはずなのに」


 汗が拭いても拭いても出てきて、真昼間の砂漠の様に暑い。


「なっ。鼻血?それにめまいまで」


 ラースは鼻血を流し、その場でクラクラと倒れそうになる。


「温度計……一体何度だ?ゲッ!50度!?それにどんどん上がってる!急激に上がってる!周りが海水だから湿気はあるものの、それがジメジメしたいやらしい暑さの原因になってるんだ!でも何で急に?いくらあいつの能力が炎だからってすぐに海全体を熱くすることは出来ない!まっ、まさか!」

「今頃気付いたかド三下!!俺は海に潜ってからずっと海全体を温めていたんだ。お前にバレないよう慎重かつ丁寧にな」


 どっからか聞こえるメタトロンの声は、ラースを更に動揺させる。


「体から魔法の熱を出しながら戦っていたのか?そんな器用なこと主神でも不可能だ」

「その力の差こそ俺とお前らの差だ。逃げることは出来ない。このまま熱さで壊してやる」

「そうはいくか!」


 ラースはメタトロンを無視して海の外へ飛び出した。


「湖から出たのにまだ熱い!しかし!遠くへ逃げれば熱さから逃れれる!単純なことだ!なっ!」


 微笑みを浮かべたラースだが、その表情はすぐに消えて元の絶望の表情に変わる。


「何だこれ?炎の檻か?魔法領域の中に居たのか俺は!?」


 ラースを中心に半径数キロm、炎が円形状に張られている。恐らく、地面や建物越しに全てを囲っており、円の中だけが砂漠のように暑くなっているのだ。

 このような魔法で創られた領域は、全て魔法領域と呼ばれており、その全てが上位魔法で魔力消費も激しい。


「魔法領域を作ってから湖に入ったからな」


 慌てふためくラースの背後にメタトロンがぬるりと現れた。暑さで壊れてるラースは、息を切らして怯えた様子でメタトロンを見上げる。


「終わりか?七つの亡霊リーダー」

「な訳ないだろ!!生き残るのはこのラースだ!いつもそうだったんだ!」


 ラースは領域の端っこに行こうと宙を舞う。


「領域の一部さえ壊せば脱出できる!」


 しかし、一向に領域の端が近付かない。全く景色が変わらないようにすら思える。


「なぜこんなに遠いんだ」

「暑さで頭がやられてんな。脳みそ赤ちゃんレベルになってるから教えてやるぜ。この魔法領域は対象を中心に自動で動く。つまり、お前に合わせて領域そのものが移動するから端には行けない。さすがのお前もこの距離の磁力付与は無理だ。積みだぜ」

「違うな。貴様を殺せば全て問題ないッ」


 ラースは背後のメタトロンに短剣を突き刺した。しかし、メタトロンは炎になって姿を消してしまう。


「分身?」

「いいリハビリ相手だったぜ」

「ッ!」


 ラースは背後から剣で突き刺され、胸を抑えて背後のメタトロンと目を合わせる。


「たかが天使なんぞに……」

「デス.ブレイド」


 そして、炎に包まれて海の底へ沈んでいく。その両腕はまだ何か掴みたがっているような手で、片方は短剣を大事そうに持っている。ラースのその表情は、後悔に満ちたものだった。


「一応死体を見に行くか」


 メタトロンが下に降りようとしたその時、遠くに複数の神々の姿が見えた。


「そんな余裕もなさそうだな」


 肩や首の骨をバキバキと鳴らせたメタトロンは、スッキリした様子でその場を立ち去った。


 * 


 海の底へ落ちるラースは、短剣を握りしめて深い深い夢を見ていた。本当に本当に遠い遠い昔昔の小さな記憶を見ていた。


「ラース様!大丈夫ですか!お怪我はございませんか!?」


 一歳のラースがハイハイをしてる途中、手を滑らせて頭をぶつけた。今日で10回目だ。


「ラース様私が持ちます!」


 次は何だ?ああ、次は哺乳の中身をぶちまけた。今日で5回目。一度目は瓶が割れ、二度目は勢いよく中身が出てきて、三度目は飲む場所が瓶から外れ、四度目は手から滑り落ちてそれが股間に当たって怒りで哺乳瓶をぶっ壊し、五度目は喉に詰まらせて噴出した。逆にすごいと周りの執事とメイドが褒める程だ。


「ラース様!」

「おやめを!」

「全て私めがやります!」

「何もしなくていいですよ」


 ラースのドジは生まれついてからだ。皆、何かの呪いや魔法だと思っているが、それを確かめる方法はこの時代になかった。


「ラースの見張りは常に三人以上にしろ。あの子は酷いドジだがIQはそこそこ高いし、魔力もそこそこある。私の息子だけはある。大事な後継ぎだ。丁重に使え」


 ラースの父は小さな王家の者で、何よりもラースを大切にしてきた。ラースがどんなドジをしても決して見放さなかった。


「おっ、おはようございます王妃様!」


 ラースの母は、ラースの父よりも身分が高い王家の出身で、とても冷たい人だった。ラースとほとんど口を利かないし、執事やメイドには必要以上に厳しい。夫であるラースの父にも冷たい人だ。


「お母様。遊んでくれませぬか?」

「ラース様!母君は忙しいのです!お下がりを!」


 執事もメイドもラースの母にはびくついてた。それもそうだろう。ラースには目も合わせず、存在を認知してるのかも怪しい態度だ。


「どうにかならないのですか?あの王妃は」

「昔はああではなかったのですよ。ラース様が生まれてから人が変わったように」


 周りは王妃をそういう目で見ていた。しかし、ラースは違った。それもそうだ。ラースは皆の知らない母を知っているのだから。


「お母様……」


 ラースは毎日寝る前に母の部屋に訪れる。王妃の部屋となれば、執事もメイドも立ち入ることは出来ないのは当然だ。


「いらっしゃい。ラース」


 母は限りなく無表情に近いが、そこには穏やかさと花のような美しさがある。ラースはそれに惹かれるように恐る恐る部屋の奥に進む。


「今日は何を教えて下さるのですか?」

「今日は折り紙よ。貴方は器用だからすぐに覚えれるわ」

「器用ではありませぬ。お母様も知ってるでしょう?」

「いいえ。貴方は器用よ。さあ、やってみましょ」


 ラースは母から何かを教わるこの時間がとても好きだった。いつもは勉強ばかりさせられて必要以上に何かをさせてもらえないから、何でも自分で挑戦できるこの時間が大好きなのだ。

 ミルクを入れるのも、紙にペンで書くのも、服を着るのも、全て執事やメイドがやってくれるが、この時間は全て自分でやる。


(お母様だけは僕を尊重してくれる。僕のドジを不便に思わず、不幸とも捉えない。それが心地よい)


 勿論、ラースが何かすればドジが起きて怪我をするのはしょっちゅうだ。だから、周りには誤解される。


「ラース様の顔に傷が出来てるわ」

「王妃様にやられたのよ」

「ほんと可哀そうに」


 ラースが三歳になった日もそんな生活は続いていた。


「今日は何を教えて下さるのですか?」

「今日は料理よ」

「料理ってナイフを使って物を切ったり?」

「ナイフはまだ早いわ。今日は混ぜたり焼いたり簡単よ。台所から道具を持ってくるから良い子にしてなさい」

「分かりましたお母様」


 ラースはウキウキで料理をしようと、部屋にあるテーブルの周りをウロチョロしていた。その時、部屋の奥にある帽子掛けにかけてある光り輝く物に目を奪われた。


「……」


 ドキドキしながらそれに近付く。


「ナイフだ。料理ナイフかな?」


 ラースがナイフだと言ったものは短剣で、鞘に綺麗に収まっている。まだ三歳のラースは、好奇心を抑えることは出来きず、その短剣に手を伸ばした。


「もうちょっと……いや、届かない」


 全然届かない。しかし、なぜか帽子掛けが手元まで倒れてきて、短剣が鞘から外れ、上空へ高く飛んだ。帽子掛けが倒れたのも、上空に短剣が飛んだのも自身の磁力魔法の片鱗だが、ラースはそのことを知らない。


「遅くなってごめ――ラース!!!危ない!」


 そこに帰って来た母が現れ、ラースの元へ駆け寄った。


「……」

「……お母様?」

「……怪我はない?」


 ラースが手に持ってる短剣が母の心臓を突き刺した。実際は、落ちて来た短剣がラースを庇った母に刺さっただけだが、これもラースの不幸体質だろう。たまたま短剣を持つ形になり、自分が刺したと勘違いしてしまっている。


「目を離してごめんなさい」

「お母様……僕……」

「私が悪いの。神器をしまい忘れた私が……貴方は悪くないわ」

「……」

「ごめんねぇ〜。ずっと黙ってたけど貴方のドジは私の遺伝なのぉ……」


 しばらく沈黙が走った末、母は堪えていたかのように普段見せぬ感情を浮かべた。


「呪いに限りなく近い遺伝だから……貴方のドジは貴方のせいじゃないの。これからたくさん苦労すると思うけど、負けないで。普通に生んであげられなくてごめんなさぃ……」


 ラースも母も静かに泣いていた。母が泣きながら倒れるのを見て、ラースの心は沈んでいく。だが、そこにあるのは悲しみや苦しみではなく、憎悪や怒りだ。


「結局、貴方が一番僕を憐れんでいたんだね。ガッカリだよ」


 瞬間、ラースは人が変わったように母の胸に突き刺さるナイフを抜き、その刃を強く握りしめて怒りの表情を見せた。


「ちっ……」



 ショックだったのだ。謝られたことも、哀れみを受けていたことも、母だけは違うと信じていたからこそ、幼いラースの心には深い傷だった。


「負けないで?言われなくとも誰にも負けないさ。手始めにまず、誰もやったこのない偉大なことをして見せるよ。このドジすらも武器に変えて世界を驚かせてみせよう」


 これが、これが本当のラースだ。純粋無垢な少年の裏にはいつもほんの少しの怒りと大きな好奇心、そこに狂気じみた何かを秘めていた。

 母の死は、そんな本当のラースを引き出したきっかけにすぎない。ラースの目的は『神を滅ぼして自分が真の神となる』それ一つだが、行動原理は複数重なっており誰にも理解できない物になっている。

 自分自身すらも、そんな邪神ラースを理解していないだろう。

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