第50話【ラース】その3
ジャックは目を覚ました。体の傷と痛みは大分癒えたが、以前重症の状態だ。
「ここは?」
「ここは安全な場所だよ」
ジャックの目の前には、魔道具や医療器具で手当を行うセーレが居る。
「ラースは?」
「これが不思議なんだけど、投獄されてるはずのメタトロンが現れてラースと戦っている。セーレはたまたまジャックを助けに来てたから本当にいいタイミングだった」
「メタトロンが?」
「うん」
「……じゃあ、まだ奴はラースと交戦中か?」
「分からない」
「……取り敢えず俺はこの傷だ。ラースはメタトロンに任せて避難しよう」
「そうしよう」
「と言いたいけど、どっちが勝ったか見届けないといけない。俺は残って奴らの生死を確認しに行く。セーレは先に帰って応援を呼んでくれ」
「分かったよ。次は助けに行かないから、無理しないでね」
「どうも」
ジャックとセーレは、互いに目を合わせて別々の方向へ去って行く。
「メタトロンが助けに来た?なぜ俺の危機が分かったのか不明だが、奴に助けられたのは間違いない。どちらにせよ結果を見届けなくては」
*
湖に浮かぶ海賊船。その海賊船の中は、湖に浸っていて沈んでいる。観光地帯でもあるその湖の中では、七つの亡霊リーダーラースと最強天使メタトロンが戦いを繰り広げていた。
「どうした?そのまま隠れてるつもりか?」
メタトロンが物陰に隠れて一分経とうとしている。流石のラースも痺れを切らせ、壁を魔法で引っ張ったように破壊した。だが、そこにはメタトロンの姿はなく、魚達が優雅に泳いでいるだけだ。
「なにっ!?」
「こっちだ」
「っ!?」
ラースの背後では、巨大魚に捕まるメタトロンが拳を身構えていて、熟練された綺麗な肘鉄砲をラースの頬に当てる。しかし、触れた瞬間、メタトロンは弾かれるように魚と一緒に吹き飛ばされた。
「こいつ……魚で身を隠しながら背後に周ったのか」
「すぐに弾いたから致命傷にはならなかったか」
「「やるじゃねえか」」
二人は、お互いに警戒を高めている。だが、先に動いたのはラースの方だ。今まで通り、手の平をメタトロンに向けて見えない力で体を引き寄せる。メタトロンもそれを読んでいたかのように魚にしがみ付き、無防備状態を極限まで減らそうとしている。
「デス.ウォール」
更に、自身の体を炎の鎧で纏って防御を高める。魔法で生成された火だから、水の中にいようとそう簡単には消えないし、寧ろ水が蒸発する程の火力だ。しかし、ラースは遠距離攻撃を行う訳でもなく、あくまでも右手に構える神器で対抗する気だ。メタトロンの体を引き寄せ、ロクな体勢が取れない状態を作り出し、その首元目掛けて素早く短剣を振るう。短剣は、周りの水と炎を弾きながら進み、一切他者を寄せ付けないでいる。そして、メタトロンの首元の肌が見えた瞬間、その短剣とメタトロンが惹かれあったように加速した。
「がはっ!」
首に短剣が突き刺さったメタトロンは、慌ててラースを蹴り飛ばそうとする。だが、その足はラースに触れれない。またもや、見えない力で軽く弾かれている。二人の周りでは、引っ張る力と弾く力の二つが細かく働いているのだ。
それも、全てラースの有利な方に。
(何だこいつの能力は?引っ張る力と弾く力の二つを思い通りに操る魔法……あまりにも無敵すぎる。どんなパワーもスピードも無意味になっちまう程の理不尽な魔法だ)
メタトロンはそう思いながら身を捻り、抱き締めてた巨大魚を目の前に持ってくる。すると、見えない力が解除されたかのように自由に動けるようになった。
「デス.ブレイド!」
流れるように魔法を放つも、当然のように弾かれてしまう。
「ッ?」
その時、ラースに惹かれるように集まってきた小さな小さな光砂のような粒が見えた。メタトロンはそれをジーッと見ながら、もう一発魔法を放つ。
「無駄だ」
だが、突然のように炎は弾かれる。
「チッ、やられた。上手い逃げ方だな」
メタトロンは弾かれた炎に包まれたままラースから距離を取り、そのまま海賊船の奥底へと逃げ込む。
「海底の方へ逃げたか。そんなに焦らんでも地の底へ行けるというのに……フフッ」
メタトロンを追いかけるラースは、余裕の笑みを浮かべながらゆったりと下へ降りて行く。水を泳いで進むメタトロンと違い、空気に囲まれたまま飛ぶラースは、体力の消耗が少なく、圧倒的に優位だ。
「デス.ブレイド」
暗い地の底から炎が放たれた。ラースは嫌気が指した表情を浮かべ、手の平を向けて弾く力で炎を弾き返す。しかし妙だ。炎は弾き飛ばされたが、炎の中から出てきた刃が魔法の干渉を受けずに真っ直ぐラースに向かってきている。それどころか、そのスピードは先程より倍以上に早くなっている。
「こいつ!まさか!?がはっ!」
ラースの喉に刃が刺さった。更に、炎と刃を囮にしたメタトロンが、サメに引っ張られてラースの真横までやって来る。
「貴様!」
「いい気味だ!このド三下!」
ラースは拳を一発受け、そのまま身を後方に預けてメタトロンを再び吹き飛ばす。
「私の能力を見破ったようだな」
「ああ。磁力だろ?対象に磁力を付与させ、その力でひっぱたり弾いたりをする。お前が弾く能力を使用した時、周りの砂鉄だけが吸い寄せられていたのを見て気が付いたよ。すなわち、元々磁力のある物に関しては逆の力になってしまう。だから俺の炎を弾いても炎の中のハサミの刃が引き寄せられたって訳」
「よく気付いたな」
「逆に気付かないとでも思ったかバーカ。魔法頼りの三下野郎」
メタトロンは舌を出して目下のくまをひっぱる。その態度は、ご馳走にありつけた子供の様に無邪気で純粋だ。
「だが、お前が持ってる磁石は背後に隠しているハサミの片割れだろ?つまり、このラースを仕留めるチャンスは一度きりという訳だ」
メタトロンは背後に隠していたハサミを強く握り、ニヤッと笑いながら唇を舐める。
「その通り!これ一本切りの勝負だ!俺がこれを使うまで、そうやってビクついてろ!」
ハイになってきたようだ。隠していたハサミを見せつけたメタトロンは、嬉しそうに笑いながらサメに掴まり、ラースの周りをスイスイ泳ぐ。
「磁力魔法、アグナ.エティス」
ラースの手元に魔力が集中する。繊細に練られた魔力から放たれたのは、ラースの特技『磁力魔法』そのものだ。その効果は二つ。プラスとマイナス、S極とN極、すなわち、引き寄せる力と弾く力。
「まっ、そうくるよな。能無しの三下らしい」
そして、今ラースが使用してるのは引き寄せる力。ラースの手元に磁力が付与されたメタトロンが引き寄せられている。これを回避するのはほぼ不可能だ。実際、メタトロンも磁力を付与され、身動きが取りずらい態勢で引っ張られている。
それに、そのスピードは徐々に加速していき、多少離れてても手元に着くまで三秒もかからない。
「デス.ブレイド」
反撃は可能だ。しかし、メタトロンが放った魔法に弾く磁力が付与され、別の方向に飛んで行ってしまう。手元に着くまで約二秒を切った。
「ちっ」
メタトロンが別の巨大魚にしがみつく。しかし、ラースは魚にも引っ張る磁力を付与させ、それを無意味にさせる。手元につくまで残り一秒。
「どうする最強戦士?磁力を反転させるハサミを使用するか?それとも物理攻撃無効の魔法を使うか?どちらにせよ振り出しに戻すけどね」
ラースが短剣を振るった瞬間、メタトロンは体が炎になってラースの背後に回った。
「物理攻撃無効か。けど、かなりの魔力消費。連続して出せないのは知ってるさ」
「ハズレ。両方だ」
「ッ!」
ラースとメタトロンがお互いに振り返り攻撃を交えようとした時、ラースは背後の違和感に気付いた。
(背後にハサミ!?物理攻撃無効は体を炎にすることで死角を作り、ハサミを投げたのを隠す為か!)
(ご名答。だが遅いぜ)
メタトロンの攻撃は弾かれた。ラースに触れることなく、体が後方に吹き飛ばされたのだ。
(俺に磁力を付与させたってことは、ハサミは当たる。今の一瞬で逆方向にある物まで磁力を付与することは出来ねえだろう!)
メタトロンはほくそ笑んだが、ラースはかっこつけて空かした態度で水の中に留まっている。ハサミはラースに当たっておらず、ギリギリで止まっている。
「何?」
「位置さえ把握してればすぐに磁力付与できる。私の近くになればなる程尚更。ハサミがバレなければ成功していたかもな」
「ずるい魔法だ。俺はシンプルな属性魔法で頑張ってるのに」
「この覆ることない力こそ神と人間の差だ」
メタトロンは勝機を完全に断たれた。ラースは再び半径数メートルに磁力を付与させ、水を弾いて周りに空気を発生させる。対してメタトロンは、魔力消費が激しい魔法を使用したことで魔力が少なく、水の中の戦闘で体力も削られている。
「言い残すことはあるか?」
ラースはメタトロンに手の平を向けて問う。もういつでも始末できるという態度だ。
「それが神ならその上を行く。俺が一番になる」
「あっそ。お望み通り上に行け」
無抵抗のメタトロンは、すんなりとラースの手元に引き寄せられて行く。メタトロンが水の中から出てきて、ラースの周りにある空気内と入り込む。その時、メタトロンに付着してる水が少しだけラースの体にかかった。
「ッ!あっちゃっちゃ!!おおおおお!!熱い!水が熱い!」
ラースの皮膚が火傷するくらい水は熱くなっていた。それを見て、ラースは不意にメタトロンの方を見る。
「俺が上に行き、お前は下に落ちるのさ」
「貴様、一体何を……」
メタトロンから磁力を外してしまったラースは、宙に浮くメタトロンを見上げる。まるで、神と天使、神と人間の立場が逆転したかのようだ。
「熱い熱い地獄の底へようこそ」




