第49話【ラース】その2
ジャックはとにかく水中戦を避けたい。海の中では、魔法で水を弾くラースに勝てる訳ないからだ。言わば、こっちは水中で戦ってるのに対し、ラースは空中を移動するように何のストレスもなく戦える状況。
(とにかく脱出だ!サン.ライト!)
ジャックが放った光は、ラースに眩しさを与え、一瞬の隙を生み出す。その隙に、ジャックはすたこらと海水から脱出しようと陸へ向かって泳いだ。魔法と羽根を上手く使って泳げればおよそ三秒ほどで脱出できる。だから、ジャックは脱出成功を確信した。
(ッ!)
しかし、ジャックの体は水面ギリギリで身動きが取れなくなり、徐々に深海に引っ張られて行く。よく見れば、ラースが目を瞑ったままジャックの方に手を向けており、お得意の魔法で自分の手元に引き寄せている。
(くそっ!)
ジャックはワイヤーを陸地の岩に引っ掛けて耐えようとするが、すぐに岩が崩れて再びラースの居る深海に引っ張られる。
(もうやるしかない!水の中のせいか、陸地よりは手足を動かせれる!刀を重さの軸にし、このまま回転して切り裂いてやる!奴が引っ張る力を使うならその力に合わせて攻撃し、弾く力を使用したらそれに合わせて身を引くんだ!)
ジャックは渦の中に吸い込まれる感覚を味わっていた。水中の流れに身を任せ、魚が泳いだ水圧で動きを加え、そのままラースの射程距離までやってきた。刀を振り下ろし、ラースへの攻撃を試みるも、やはりそれに合わせ一瞬だけ弾かれた。それに合わせて距離を取ったジャックだが、またすぐにラースの手元に引き寄せられる。ジャックは冷静にそれを確認し、引っ張る力に合わせて攻撃を仕掛ける。
「へっ?」
しかし、ラースの射程距離に入った瞬間、刀だけが引っ張られ、ジャック本人は一瞬弾かれてしまった。
(やられた!やばっーー)
刀を手に取ったラースは、流れるようにすぐにジャックを引き寄せ、腹に蹴りを入れる。ジャックはそのまま深海に沈む海賊船の中まで吹き飛ばされてしまう。
「かっ、くそっ。こうなったら拳に頼ってやる!いや、けど刀だろうが拳だろうがきっと攻撃の瞬間だけ弾いてくるだろう……フェイントで対応するしか……」
ジャックは受け身を取り、腹を押さえたまま苦しそうにフラフラと海賊船の中を彷徨き、ブツブツと作戦を口にしながら苦痛に耐えている。だが、その痛みが癒えるより先にラースが海賊船の中に到着しそうだ。
(やばいやばい……こうなりゃ真理の義眼だ。未来を見て奴の攻撃に合わせてカウンター食らわせてやる)
もう頭の中がごちゃごちゃだ。それでも、海賊船の奥へ奥へ向かい、ラースを誘い込むだけのことはしている。頭が回らなくても、体は何とか動いている。
「愚か!このラースから逃げれると思ったか!」
海賊船に到着したラースは、逃げるジャックを見つけて再び手元に引き寄せた。しかし、ジャックの瞳を見て慌てたようにジャックを弾き飛ばした。
「な、なぜ!そんなバカな!未来通りにならなかった!」
ジャックは焦りと戸惑いを見せた。それを見て、ラースは安心のため息を吐いて、ニヤッと笑みを浮かべる。
「やはりか。その真理の義眼で未来を見てたか……」
「知ってたのか」
「天之御中主神の目だろう?万物を知り、それを操ることのできる力の源。私は太古の存在、知らないはずがないだろう」
「万物を操る?何言ってだ?」
「お前は未来を見るのが精一杯らしいが、それも調べておいた。瞳に紋章が浮かんでる間は近寄らないでおくよ……ジャック」
ジャックは気が滅入ってしまったかのように頭を押さえ、分かりやすく深く落ち込んだ。しかし、すぐにニヤッと笑ってラースに向かって行く。
「そうきたか……単純だが結構厄介だな」
ジャックは目を瞑っている。これでは、ラースが目印にしてた紋章があるか分からない為、未来を見ているのか見てないのか分からない。
「だが所詮子供の浅知恵よ」
ラースはギリギリでジャック目掛けて短剣を投げた。
(未来が見えてるならこの短剣が来るのも知ってるはず。この距離、お前の反応スピードなら反射的に防ぐはずだ。逆に、未来を見てなれば避けれない。狙いは急所、とどのつまり心臓!未来が見えてなければここで死ぬ。さあどうする!ジャック!)
気になる短剣は、思いっきりジャックの胸に刺さった。それも呆れる程綺麗に突き刺さり、背中まで貫通している。
「くっ!がはっ!!」
「温存の為かな?未来は見ていなかったのだな」
勝ちを確信したラースは、ジャックの真横に体を移動し、そのまま前方に体勢を崩したジャックの顔面を殴りに掛かる。
「ッ!?なにぃ!?」
しかし、ジャックはその拳の上に手を置き、体を浮かせて倒れ込んだ片目を開けて真横のラースを睨み付けた。その瞳には紋章が浮かんでいる。それは、真理の義眼の能力を発動している証拠だ。
「見てやがった!こいつ未来を!はっ!」
ラースは魔法で対応する隙もなくジャックの頭突きを食らった。腕はジャックによって引っ張られてもがれてしまい、脳震盪を起こして体勢を崩す。ジャックも胸の傷によって身動きが取れなくなり、お互いに空中と水中に身を委ねる。
(こいつ、未来が見えた上で攻撃を受けたのか!?俺を油断させて攻撃のチャンスを得る為だけに……それだけに命をも賭けたというのか?イカれてやがる……こいつは生存や勝利より、成功するかも分からぬチャンスを取ったんだ。狂気の沙汰!狂気の沙汰だ!グリードやエンヴィーまでもが敗北した理由が今分かった)
ラースは驚いたものの、死ぬ程の致命傷ではない。腕が一本、大きなダメージを一つ、それだけだ。まだ動けるし、多少戦うことも可能だ。一方、ジャックは瀕死の状態だ。治癒魔法で胸の傷を治したいが、ダメージが大きすぎて体が思うように動かないし、魔力も上手くコントロールできない。
「驚かされたぜジャック。お前みたいなタイプは初めてだ。ナイス一撃だったぞ」
ゆっくりと状態を起こしたラースは、死にかけのジャックを見下ろしたまま賞賛の言葉と拍手を送る。
「フッ、フフッ、フハハハハ!だがしかし!死んでしまっては意味がなかろう!この短剣の能力を見くびったな!お前が今魔力をコントロールしづらいのは傷の痛みだけが原因じゃない!この短剣は魔力を少し奪い、数秒魔力を乱すのだ!お前が治癒魔法で傷を癒す前に、俺はお前を殺せるという訳だ!それもダンス一回に曲をひとフレーズ歌った後でも余裕なくらいになぁ〜」
ラースはそう言ってジャックの周りでノリノリでダンスを踊り、水中にある切れた腕を魔法で引っ張って傷口にくっ付けた。
「ここで一曲、『坂本 九』で『明日があるさ』お聞き下さい」
ノリノリなラースは、徐々に死にゆくジャックの周りで拍手をし、魔法陣から取り出したマイクを手に取った。
「声かけよう♪声かけよう♪だまって見れる僕〜♪明日がある〜明日がある〜明日があるさ〜♪」
素晴らしい歌声、なかなか上手い方だろう。ひとフレーズ歌い終えたラースは、片目でチラッとジャックを見下ろし、クスッと上品に笑った。
「ジャック、お前さんも明日があるさ。黄泉の国での素晴らしい明日さ」
ラースは優しい表情でそう言い、マイクから短剣に持ち変え、ジャックの首元に短剣を持ってきた。
「デス.ブレイド」
「ッ!」
だが、遠くから飛んできた炎がそれを阻止する。反射的に身を引いたラースは、少し上を見て嫌そうに片目を痙攣させる。
「なんだ貴様は」
「最強戦士、メタトロン」
ジャックの近くにゆっくりと着水したのは、天使メタトロンだ。
「メタトロン?ここ数百年天使最強と呼ばれてた奴か。確か一年前、ジャックによって投獄されたと聞いたが……」
いつも通りムッとしてるメタトロンは、警戒するラースにゆっくりと指を指す。
「何の真似だ?」
「さっきの曲をもうひとフレーズ歌ってくれ」
「フッ。そんなに私の歌を聞きたいか?」
「ああ、とても心地よい。明日がないお前の『明日がある』……とっても心地よい」
メタトロンの一言は、ラースを嫌な顔をさせる。ラースは何も言わずにメタトロンに手の平を向け、メタトロンを手元に引き寄せる。当然、メタトロンも最初のジャック同様ほとんど身動きが取れないままラースのに引っ張られ、短剣に刺されてしまう。
「何?」
しかし、短剣に刺された瞬間、メタトロンの体は炎になってバラバラに消え、ラースの背後で体を形成させた。焦ったラースは、慌ててメタトロンを弾き飛ばす。
「やはりカスだな。臆病者」
メタトロンはニヤッと笑って罵倒と挑発を続ける。
「物理攻撃無効化があるのか。しかし、その系統の魔法は魔力消費が激しい。あと何回続くかな?」
だが、ラースは挑発に乗ることなく冷静にメタトロンの実態を観察し、頭の中で整理している。だが、それはメタトロンも同じことだ。ラースにもメタトロンにも共通してるのは、戦闘経験がジャック以上だということだ。
お互いに何を考えているのか、何を狙っているのか、既に読み合いの戦いが始まっている。
「もう一匹いたか」
ラースは瀕死のジャックを連れて逃げようとしてるセーレを見て、そちらに手を向けた。しかし、ラースの視界に巨大な炎が現れて邪魔される。
「邪魔だよ」
ラースは炎を弾き飛ばし、背後のメタトロンに目を向ける。メタトロンは剣を持ってこちらに向かって来ていて、そのスピードはさっきのジャックをはるかに上回っている。
ラースはメタトロンの両橋に手を向け、そこにあったガラクタをメタトロン向けて引き寄せる。しかし、そのガラクタは一瞬にして燃えてしまう。
「ならばこれだ」
ラースは指を銃に似せてメタトロンに向ける。すると、海水が弾丸のようになってメタトロンの体に当たる。
「チッ。さっきの魔法の応用だな。海水の一部を弾き押し出すことで、水圧を弾丸のような破壊力にしてるのか」
「その通りだ。海水は無尽蔵に貴様を囲っている。これがどういうことか分かるか?」
メタトロンの体は海水の弾丸によって蜂の巣にされる。その威力は、肉が抉れる程だ。このままでは、一方的に攻撃されてしまうだろう。
「海水は常に体に引っ付いてる。攻撃の軌道を見ることができないし、水中に居る今のお前では避けることもできない」
ラースは優勢な位置から指を構え、メタトロンは物陰に身を隠す。
「視界に入れば攻撃される。水中の中、どうにか奴に見られず悟られずに攻撃しなくてはな」
「そうそう、そうやって逃げるしかないんだ。臆病者」
「はぁ〜、面白くなってきた」
メタトロンは逃げ終えたジャックとセーレを目で確認し、久々の戦闘に心躍らせるようにニッと純粋な笑みを浮かべた。




