第44話【最初の神様】その5
ムスビはラース.ラトュリアと名乗った少年をベンチに座らせ、懐から出したおにぎりを食べさせた。
(ラトュリア家の者か。戦争前はかなり有名な王家だったが、戦後で権力が一気に衰えたと聞いたな。それに、つい先週王女が死んだとも聞いた。どうりでこの目……きっと立ち直れないような死に方だったのだろう)
ムスビは当時まだ三歳のラースを見て哀れんだ。歴史がとても素晴らしいことをアメノから教わってるし、自分自身もそう思うが、こういう影の部分を見ると何とも言えなくなる。
「おじさんは夢とかある?」
ラースは死んだ目を下に向けたまま問いかけてきた。少し気味が悪くなったムスビだが、特に気にせずに接する。
「特にないな」
「ないの?」
「強いていうならーー」
「強いていうなら?」
「いや、やっぱ特になかった。そういうお前の夢は何だ?」
「パッと思いつかないんだけど……とにかく偉大なことをしたい。それも誰もやったことのないような、すごいこと」
「主神になるとか、世界平和とかか?」
「いや、本当に誰もやったことなくて、誰もやろうと思わないすごいこと」
ムスビはこの時点でラースを変なガキだと思っていた。でも、話の内容は今のムスビの興味を引く内容だ。
「やったことなくて、やろうとしない?あんまよく分からないが、世界征服だとか、革命や開発か?」
「世界征服は強者なら誰でも狙う道だ。革命も開発も……。別に意味はなくていい。とにかくこの先誰もできないこと」
「めんどくせガキだ。それじゃあ、世界を閉廷するとか……神を全員殺すとかか?誰もやりたがらない。無意味だからな」
少し面白半分で言ったムスビだが、横目で見たラースの表情はほんの少し生き返っており、ゾクゾクした様子で瞳の奥を輝かせている。
「それだ。とてもピンときた」
「へ〜そうかい。大正解か。頑張れ頑張れ……ふふっ」
「そうするよ」
ムスビが冗談半分な言い方に対し、ラースは冗談が全く通じてなさそうだ。ムスビも少し引いたような目でラースを見下ろし、その純粋な心に合わせるように会話を続ける。
「例えそれをやったとしよう。その先に一体何があるんだ?何を求める?そんな嫌われることしないで、皆に好かれるような世界平和とかを夢にした方がよかねえか?」
「それじゃダメだ。皆ができることをできる神じゃダメだ。誰にも出来ないことをやってのけてこそーー」
「ラース様!!!」
ラースの言葉を遮って遠くから複数の男達が飛んで来た。ラースはその男達を嫌そうに見て、少しガックリした様子でおにぎりを急いで口に放り込んだ。
「こんなとこに居たのですね。王女様に殺されかけたばかりなのです。外出は控えて下さい」
「ああ……」
「お父様が待ってます。帰りますよ」
「……」
男達に連れてかれたラースは、背を向けたまま横を向き、口元を大きく動かした。それは確かに、『またね」と言ってた。
*
ラースとの会話について、ムスビは少し考えていた。
(神を皆殺しか……そうすればアマノと俺だけになる。いくら神々との思い出があろうと、俺しかいなければ俺との生活しか見えない。本当の意味で昔に戻れる)
しかし、すぐに我に返った。
「バカか俺は。それはアマノを侮辱することになる。アマノが作った歴史を壊せる訳ないだろう……」
*
一年後、ムスビを大きく変える出来事が起きた。それは、現代でいう魔女狩りと呼ばれるものだろう。
「この魔女!!主神達を返せ!」
「そうだ!何が最初の神だ!最初の神だからって何でもしていい訳じゃないぞ!」
アメノが魔女狩りにあったのだ。理由は、アメノが主神達を皆殺しにしたかららしい。
「おい!待て!誰か見たのかよ!アマノが主神を殺したの!」
十字に磔にされるアメノを囲む民衆。その民衆の胸ぐらを掴み怒鳴るのは、やはりムスビだ。
「証拠が上がってるんですよ」
「だから見たのかって!」
「見てないけど主神五神を倒せるは天之御中主くらいだ!こいつの真理の義眼なら暗殺を可能にする!」
「んなこと関係ないだろ!証拠を言えよ証拠を!」
「なんせアリバイがないだ。それが証拠だろう」
ムスビは訳が分からなくなっていた。遠くにいるアメノは酷く傷ついており、民衆から石や物を投げられ、非難を浴びている。いつもクールなムスビだが、アメノが関われば別だ。
「うあああ!」
「高御産巣日様!何をなさる!」
ムスビはその場に居た民主達を皆殺しにした。当然、すぐに戦士タイプの神々が増援に来て、ムスビとアメノを囲った。
「まさか、主神を殺したのは高御産巣日なのか?」
「ふふっ。フハハハハ!そうだ!今頃気が付いたか!こんなひ弱な女が主神に勝てる訳ないだろうが!」
ムスビはピエロになる。神の一言に乗って、大笑いをしながら磔にされてるアメノを蹴り飛ばした。
「なっ!」
それを見て、神々はムスビが犯人だと確信付いた表情を浮かべ、吹き飛ばされたアメノの拘束を解いた。
「やばい!息をしてない!早くアメノ様を治療しろ!」
「貴様高御産巣日!自分を産んだ親を殺すか!」
「そうさ。これは戦争でも革命でもない。ただの復讐だ。俺とアマノは昔から根本的に合わなくてね。おかげでたくさん苦しめられた。だからその復讐さ」
「何だと!」
「手始めに主神らを殺してやった!次狙うのは最高神だ!てめえら全員首を洗って待っておれ!この高御産巣日がこの世を閉廷してやるぞ!はっはっは!」
ムスビはピエロを演じたまま空を飛んで逃げて行った。その時、アメノと目があっていたが、お互いに特に表情を変えることはなかった。
*
その後、ムスビは真っ先に怒りを覚えた。
「なぜだ!アマノが何をしたってんだ!主神五神の命が何だってんだ!今までアマノに良くされといてなぜ簡単に疑うことができる!犯人扱いできるんだ!普通信頼が勝つだろうが!すぐ周りに振り回される大馬鹿共が!」
その怒りはラースとの会話を思い出させた。
「神を全員殺す、確かあいつはそう言って……。アマノは歴史を創り出したが、その歴史がアマノを殺しかけた。もう侮辱になろうと関係ない。俺も世界の敵になった。ちょうどいい。寧ろ、俺が望んでいた展開なのかもしれない。もう躊躇う必要はない」
ムスビはこれを機に一線を超えた。神を無差別に殺し始めた。当然、気に食わない奴らから殺した。
*
雨が降っている。その雨は少しずつ強くなっていて、家や建物に避難する者が大勢だ。そんな人混みの中、アメノとムスビは少し離れて向き合っている。
「もういいんだ。ムスビ。私は少しも怒っていないし、民衆の反応も当然だ」
「当然じゃないし、アマノが良くても俺が良くない。同じ道を行くなら、いずれ死では済まされない悲劇がやってくる」
アメノとムスビは、お互いに表情が分からない。アメノは仮面で見えず、ムスビはサングラスで見えない。お互いに渡したプレゼントがお互いの表情を閉ざしてしまっている。
「だからって息子が大量虐殺をする殺人鬼なんて、私嫌よ」
「もう戻れない。俺は神を殺しすぎた」
「戻れるわ。私が事情を説明する。私を助ける為に一役買ったことを説明する」
「無駄だ。その証拠に誰もが主神殺しの犯人をアマノと信じて疑わなかった。奴らは救いようがないバカだ。全員がそうじゃないが、一人でもそういうバカが居るとそれは伝染する。だから俺はアメノ以外の神を皆殺しにする」
「私が喜ぶと思うの?私が創った歴史を壊すの?」
「アマノが歴史に殺されてしまう前に、俺が歴史を殺す。アマノもいずれ分かる。自分が愚かだったってことを」
「……私は手伝ってあげれないよ。それに、受け入れることもできない。こっちに戻ってきてくれ、ムスビ」
「無理だ。俺は神々を滅ぼすまで止まらない」
「それこそ無理だ。いくら君が強くても全世界を敵ににして生き残れる訳ない。それこそ酷い仕打ちを受ける」
「それでも、俺は進み続けるさ。手伝いたくなったらいつでも歓迎する。いつでも俺と来るがいい、アマノ」
「私もこっちで待ってる。いつでも戻ってきなさい」
二人は、表情を見せないまま激しい雨の中に消えていく。
*
その翌日、ムスビはアメノが殺されたことを知る。誰が殺したかは分からないが、いつ殺されたかは判明していた。
そう、ムスビとアメノが別れたすぐのことだ。死に場所は、あの雨の中の道のど真ん中だ。
「ああああああああ!チクショおおおお!!!大馬鹿野郎がああ!」
ムスビは怒りと後悔のあまり、意味もなく神々を殺し回った。もう、神々を殺す理由などないはずなのに。ただの八つ当たりだ。
「……」
殺し回って疲れた。おかげで、他の神々に追い詰められ、草むらに身を隠していた。瀕死の中、息を潜めてただ苦しんでいる。その苦しみは体のものではなく、心のものだ。
「おじさん、助けてあげようか」
そこに、見覚えのある子供が現れる。赤髪の子供――ラースは、雨の中傘を差したままムスビを見下ろしている。
「お前は……確か……」
「天之御中主が死んで生きる意味も神を殺し続ける意味もなくなってしまったようだね」
「そういうお前は生きる意味を見出したようだな」
「僕と一緒に来い。天之御中主が犯した罪を一緒に背負おうではないか」
ラースが差し伸べたその手は、傘の下を出ているのに濡れていなかった。乾ききったその手は、闇の中の光そのもののようだ。
「そんなことして、俺に何の得が……」
「得はない。けど、僕には君の力が必要なんだ。ずっと待っていたのだろう?自分の思想を理解してくれる神を」
「……」
ラースの言葉一つ一つが、ムスビの傷付いた気持ちを思い出させる。あの日以来、ずっと蓋をしていた気持ちを。
「君にとってこれが最後だ。共に夢を見よう。神も歴史もない……永遠の安心を作ろう。君が望むなら、天之御中主を生き返らせ、君と二人きりにさせよう。昔のように」
「俺の……望んでいた世界を……なぜ?」
「僕は神だ。全て知っている。最初の神は歴史を創ったが、僕は歴史を壊し最初の神を生き返らせよう。そして認めさせてやる。僕はお前よりすごいんだって」
「イカれたガキだ。今だに何がしたいか分からない」
その後、ムスビは高御産巣日という名前を捨てて『エンヴィー』となる。自分の妻や息子や孫すらも殺し、まだ子供だったひ孫のスロウスだけをラースの家族として迎え入れた。
そして、しばらくしてから衝撃の真実を知った。
主神五神とアメノを殺したのは、当時四歳だったラースだということを。しかし、怒りはなかった。あったのは、自分がどうすべきか気付かせてくれた感謝だった。
私は劇場的なシーンを書くのが好きです。
私が言う劇場的というのは、何か芸術的で引き込まれるようなシーンのことです。
若者の言葉を使うなら、エモいでしょうね。
私はそういうシーンを常に想像し、それをどう物語に組み込ませればより面白くなるか考えます。
ミケランジェロの彫刻やモナリザの絵画に見とれる人々が読者であるのなら、私も彫刻や絵画のように人々が足を止めてしまうような一種の芸術を描きたいのです。
そのようなシーンはただ書けばいいんじゃない。
そこまでの持っていき方、タイミング、場所、キャラ、その全てを上手く操作し、ハマらないといけない。
個人的には、アメノとムスビのやり取り、最後のラースとエンヴィーの場面は、私にとって劇場的なものです。
そう、劇場的なシーンというのは、何故かハッピーじゃないものが多いような気がします。
まだその答えは分かりません。結局、答えが出るまで劇場的なシーンというのを書き続けるしかないのでしょう。
ハッピーな劇場的なシーン...書けるといいなぁ。




