第42話【最初の神様】その3
アメノが歴史を創り始めて一億年以上が経つ。ムスビはほんの少しづつ、アメノの望む世界を受け入れようとしていた。
「う〜んっ!相変わらずおむすびは美味しい!ムスビは天才だよ」
「ですね!アマノ様!」
おにぎりを食べながらアメノともう一人美しい女性が楽しそうにムスビの近くに座る。ムスビも無表情でおにぎりを食べている。
「アメノよアメノ。旦那さんに影響されすぎ」
「えへへ。自慢の旦那です」
ムスビはアメノが作った歴史に馴染めなかった。たが、そんな自分をほんの少し克服した。米を握って食べやすいようにした料理を編み出したことにより、それが商品になり、おむすびと呼ばれるようになった。勿論、ムスビが作ったからおむすびだ。
それをきっかけに妻を貰い、家族を築き上げた。アメノも我が子が自分の世界を受け入れてくれて嬉しそうだ。
「お父様お母様!遅れてすみませぬ」
そこに、もう一組大人の男女が現れる。どうやら、ムスビの子供らしい。
「やあ!久々。二人共大人っぽくなったね」
「これはこれはアメノ様、ご無沙汰してます。アメノ様は相変わらず若く美しいですね」
「まあね。まあ、前ムスビに老けたって言われたんだけど……」
ムスビの子と楽しく話すアメノは、すぐに嫌味な顔でムスビの方をチラッと見る。
「大人の女性になってきたって意味だ。中身ババアなんだからいちいち気にするなよ」
「あー!ムスビ言っちゃいけないこと言った!明らかに度を超えた陰湿な悪口!失礼よね?ね?」
「そうですね」
「あはは!けど父上の言うことも間違ってないですよ」
「何だと小僧!もう一回言ってみろ!」
「ははは!」
ムスビはすっかり家族の居る生活に馴染んでいた。昔は毛嫌いしていた歴史だが、今はその歴史の中に居る。それでも、心の中で妙なざわめきは時々ある。
「え?その赤ん坊は?」
「今頃ですかアマノ様。つい先月子供を授かったのですよ」
「何ー!ムスビの孫!おめでたいの〜」
「抱いてやって下さい」
アメノは進んで赤ん坊を抱き寄せ、心の底から嬉しそうに微笑んだ。それを見てる周りの者も心が清らかになっている。
「やはり歴史設立は間違ってなかった」
「え?」
アメノの独り言は、ムスビ以外の皆を不思議そうな表情にさせた。逆に、ムスビは少し嫌そうな小難しそうな表情を浮かべている。
「こうやって命を繋いでいく世界を作って良かったって言ったのさ」
「あー。言ってましたね。何回も何回も何度も何度も聞きました」
「歴史を創り始めてからもずっと分からなかった。ムスビとも気まずい時期もあったし、胸がざわめくようなこともたくさんあった。だからずっと正解だったのか分からなかったけど、こうやって新しい命に出会えて、神との繋がりを感じてると正解だったって思える」
「私も正解だったと思いますよ。少なくとも私は、神々が命を繋ぎあってお互いを尊重し合うこの世界が好きです。この子にもアメノ様みたいな素晴らしい思想を持つようになって欲しいものです」
「……照れちゃうね」
ムスビの息子はそう言ったが、ムスビ本人は全くそうは思っていなかった。理屈はないが、こんな世界が許せないと思う時もあるくらいに気に入らなかった。外見や中身がアメノに限りなく近い妻を貰っても、そこにアメノ以上の愛情はない。理由は何となくだが分かっていた。
「思い出か……」
ムスビが生まれ、幼少期を迎え、大人になるまで、この変化の思い出があるのはアメノだ。何より、ムスビが最初に美しいと感じたのは三つの命だけの世界で、海を眺めるアメノの姿だ。所詮、どれだけ思い出を作ろうと、妻はアメノの劣等品でしかないし、自分の本当の望みは、アメノと二人の穏やかな生活を『永遠』に迎えることだった。
今のアメノと今のムスビは、何かしら縛りがあり、その永遠はやって来ない。その全てを頭と体で分かっていたのだ。
「アマノのような素晴らしい思想……そうだよな。俺の思想は、誰にも理解されないさ。誰も分からない。皆、アメノや親に影響されていく。これからも、誰も現れない……俺を理解する者」
ずっと隠していた。ずっと黙っていた。ずっと受け入れようと必死だった。自分一人がこの世界に合わせればいいではないか……そうやって本心を押し殺してきた。だが、それが永遠に保たれることはない。
*
「最近はよく来るな。とうとう暇になったのか?」
海を眺めているムスビの横にアメノが静かに座り込んだ。そして、ゆっくりと大きなムスビの肩に寄り添う。
「最近少し成長してね。自分の仕事を他人に分散したんだ。何なら、一番仕事してないの全世界で私かも」
「それはない」
「じゃあムスビ」
「いや、あそこに居る」
ムスビが目を向けたのは、海に流されて遊んでいるポム吉だ。遊んでいるのか海に流されているのか微妙だが、世界一の暇人……暇熊なのには変わりない。
「ホワああ〜!誰か〜!」
「本当だ。あんなに暇な奴は見たことないよ。あっ、今見てる」
「それに、例え全ての仕事を他の奴に任せても……」
ムスビは言葉を詰まらせた。その後、何も言わずに誤魔化すようにブドウジュースを一口飲む。
「ま、任せても?」
「……何でもない」
「えー!言ってよ!気になるでしょ?早く言って!言わないとタバコ吸わせるわよ」
「……」
何も言わないムスビ。痺れを切らせたアメノは、無言でタバコを取り出し、それに火を付けて強引にムスビの口に咥えさせた。
「……ゴホッゴホッ!ぺっ」
「あはは!やっぱ吸えないのね?抵抗しないから吸えるのかと思っちゃったじゃない」
アメノは大笑いし、咽せるムスビをしばらく眺めてからタバコを取り上げて、それを深く深く吸って吐き出した。その煙がムスビの目に染み、少量の涙が出る。
「……」
「泣いてる?」
「煙のせいだ」
「……で?さっきの続き言ってよ。言うまで帰さないよ」
「なら……一生話さない」
「いつからそんなに意地悪になったのかな?まあいいわよ。君がその気なら……私も……」
アメノは黄昏た表情でムスビに近寄り、ゼロ距離でベッタリと寄り添っている。それは、ムスビが望んでいた瞬間だった。昔を思い出すような、過去に戻ったような、とても清らかな時間だった。そのせいか、溜まりに溜まってた想いが溢れ出た。
「仕事がなくても、アマノには愛する神々が大勢居る。俺くらい仲のいい神も居れば、俺以上にお互いを知ってる神も居るだろう」
「……そうだね」
「だから二度と昔のようには戻れないさ」
「……その通りだ」
二人の会話はゆっくりしているが、不思議と淡々としている。それでいて、どこか寂しさを感じる。タバコのせいだろうか?二人が涙ぐんでいて、死んでしまうか不安になるくらい体と心が弱り出している。
「……もし、もしもだ。もし、あの頃に戻って欲しいと言ったらどうする?どうしてくれる?」
「断るさ。君も満足してるのではないか?素晴らしい家庭、素晴らしい生活、富も名声も地位も全てあるではないか」
「わざわざ言わせるなんて、やっぱアマノはアマノだ。そんな物一つも要らない。俺は永遠の安心が欲しいんだ。アマノとの穏やかな生活、それは一番の安心で心の安らぎだ。それが永遠に欲しい。わかるだろ?アマノ」
「全然分からないよ。今の生活が素晴らしすぎて分からないよムスビ。一体何を言ってるか理解できない」
ムスビには見えていた。その薄っぺらの感情と言葉の真実が。それは、アメノが何かから逃げてるように思えた。
「じゃあ、もしだ。もしも、俺が全ての神を消すと言ったら、どっちの味方になってくれる?俺か?世界か?」
「世界さ。君を殺して私も死ぬ」
「そうか……」
それから一兆年以上もの間、似たような会話を何回も何回も繰り返した。昔に戻れないか?とか、もう誰にも会わず俺と暮らさないか?とか、俺と世界どっちが大切?とか。その会話は次第に幼稚になり、エスカレートしていった。
どれだけ経っても、ムスビが求める物は一つだけだった。昔の……幼い頃の自分に戻りたかったのだ。
「……ム、ムスビ」
「……」
「く、くるし……」
そして、とうとうその気持ちは行動に出てしまった。自分でも何をやってるか分からない。気が付いたらそうしていた。
「ムスビ……」
ムスビは素っ裸のアメノの首を絞めていた。自分でも訳が分からず、我に返っても理解が出来ない程にどうかしていた。ムスビは慌てて首から手を離し、アメノからゆっくりと降りた。
「アマノ……俺……そ、そんなつもりじゃ……俺はただ……その。ごめん……ごめん。本当に……ごめん――」
何もかもが怖くなった。言葉に思考が追いつかない。生まれて初めて頭が真っ白になった感覚を覚える。しかし、アメノの反応は予想と大きく違う。
アメノは少し奴れた顔のままムスビを抱き寄せた。子供を抱き寄せる母親のように、自分の倍近いムスビをゆっくりと優しく抱き締めた。それも、長く深く、しばらく何も言わずに。
おかげで、ムスビの心が次第に落ち着いた。
「ごめんなさい……まさかここまで追い詰められてる思っていなかった。本当にごめんなさい」
「……ッ」
「今日から私と暮らしましょう。それも二人きりで。貴方が望むなら……世界を戻すわ。神も人間も皆殺して」
「なんで……何でそこまで……」
ムスビは大粒の涙を流しながら、子供のように言葉を詰まらせて聞いた。
「言ったでしょ。ムスビを一番愛してるって。だからさ、私が間違ってた。一番愛してる物を失う所だった」
「馬鹿野郎……」
ムスビはそう呟いてワンワン泣いた。こんなに情けなく泣いたのは、ムスビが生まれた時以来だろう。
「気付かせてくれてありがとね、ムスビ」
これで全てが済む。ムスビ本人もそう思っていた。もう自分が自分を押し殺す必要はない。アメノが自分を一番に優先してくれる。それも、ここまで築いてきた世界を壊してでも……。問題が起こる要因は一つもないように見える。
それでも、アメノが生み出した神という存在はそう単純じゃない。
ジョジョの奇妙な冒険という漫画を知ってるでしょうか?
きっと、知らない人の方が居ないくらい有名な漫画です。その漫画のセリフに、漫画で一番大切なのは『リアリティ』だ。という言葉があります。
知らない方は調べるか読むかして下さい。
私はその言葉を聞いて、「全くその通りだ」と思いました。
それがどんなファンタジーな作品でも、どんなに非日常な物でも、リアリティが作品に面白さを生んでくれると私も思います。
ジョジョの奇妙な冒険は、キャラクター一人一人の行動や心理状態、キャラクター同士の絡み方に違和感ないです。更に、自分もそこにいるかのような感覚にさせてくれるような面白さがあります。それはリアリティがあるからだと考えます。
ぶっ飛んだ内容や、「いや、こうはならんやろ」という状況でもどこかにリアリティは必要です。
私が作品を書く時気を付けてるのはまさにそれで、特にキャラクターの行動にリアリティを待たせるようにしてます。
このキャラならこうする、と読者に納得させるように書いてます。
それを平然とやって退けるプロの人達は、本当に凄いですよね。そこにシビれます憧れます。




