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神秘の泉のまじない

作者: タケロ

乗合馬車でゴトゴト揺られてやってきたここは神秘の泉。

古代から先住民族が祈りを捧げたり、浄めの加持を行ったり、逆にまじないをかけたりしてきた聖なる場所だ。


「ゴンザレス教授〜!なにか建物が見えてきましたよ!」


長い長い階段を降りて、総勢10人が地底にたどり着いた。

泉は大きな洞穴の底にある。

底から見上げると原生林の中を切り取ったように丸い空が見えた。

泉のまわりには広場もある。


「おー!みんなご苦労さん。あの建物が古代神殿だよ」

「神殿、というか小屋みたいですね。」

「ふふふ、まぁ小さくはあるな。だがあの石造りは気が遠くなるほどの年月と手間をかけて石壁から削り出したものだよ」


教授と呼ばれた壮年の男性がやさしく笑った。

今回は学院のゼミ生を連れての調査だ。へんぴな場所なので訪れる人もないが、危険もない、神秘的な観光地のような場所で、生徒たちは物見遊山で景色を楽しんでいる。——1人の青年を除いては。


「さあ、建物に入ってみよう。ここで採掘された遺物はそのまま保存展示されているんだよ」

「教授。危険な展示物とか、侵入者除けの罠とかはないですか?」

「大丈夫だよ、アレックス。ここにはそんな複雑なものは置かれていない」


アレックスと呼ばれた青年は、ごく普通の、いやちょっと可愛い感じの青年だ。茶色のふんわりとした巻毛が頬にかかっている。愛嬌のある茶色い瞳が、今は少し細められて心配そうな表情になっている。


「はは、アレックスは心配性だな。早く行こうぜー」

「マテオ、毒蛇とサソリはいるから気をつけろよ」

「ちょ、教授!早く教えてくださいよ!」

「あははは」


陽気に騒いでいる男女の若者のうち、口を開けて朗らかに笑っている女の子の1人、クインの様子をアレックスはチラッと伺った。


——なんか嫌な予感がするんだよな。


「どんなものがあるか、楽しみだね。興奮する〜!」


アレックスの視線に気付いたクインがにっこり笑ってアレックスに話しかけた。美しい金髪と金色の瞳が一見近寄りがたい雰囲気を持つクインだが、人懐っこい性格のおかげでゼミの中でも人気が高い。


「時間はしっかりとってある。ゆっくり展示物を見てごらん」


考古学や民俗学に興味のある生徒が集まるゼミだ。みんな熱心に発掘品に触れたりメモをとり、何人かは教授を質問攻めにしはじめた。


「——ここにあるものの中には、先住民族たちがまじないを込めたもの、念がこもったものの扱いに困って奉納したようなものもあるんだよ。例えば、この人形などはこの地方のまじないのプロトタイプだ。贈った人の念でガタガタと動いたり夜中に歩き回る、しゃべるなどという逸話がある。ほら、ちゃんと関節も可動するよう出来ているだろう?」


生徒たちは神殿の中を散らばって思い思いに展示を見学している。


クインは聞こえてくる教授の話を流して聴きながら、最も興味のある分野である刺繍を目で探していた。発掘品の近くに、この地方の伝統的な刺繍品を集めたコーナーを見つけ、そちらに進む。と、刺繍品に紛れて何かが小さく動いたのが見えた。


「ん?」


気になって近寄ると、刺繍されたタペストリーの影に白っぽい球のようなものが置かれている。

その白いものがブルブルと小さく震えているようだ。クインはそっとその白い球に触れてみた。大きさはクインの手のひらに収まるくらい。軽く触れただけで、その球は静かになり、動きを止めた。


生徒たちが歩き回っているから振動を拾ったのかな?と深く考えずに、クインは他の展示物に視線を移した。


「クイン、面白いものあった?」

「ファナ!先住民族の衣装を見てるんだ。この刺繍のデザインがすごく好き!」

「いいね。私はあそこの儀式用の動物の置物がお気に入り。とぼけた表情がたまらない」

「うわぁ、見たい!どこどこ?」


しばらくして、クインとファナの2人の女子は展示されたカラフルな動物たち置物の前で頬をゆるませていた。


「いいね、この奇抜な色使い……」

「この猫と鳥が合成されたような生き物、連れて帰りたい……」


ふとクインは、動物たちの横に先ほどと同じような白い球体が置かれているのに気付いた。


「あれ?これ……」


さっきのと同じ?と思いながら目にとめた。

でもすぐに、この地方の風習にちなむ物かもしれないと考え、ファナとの展示品談義に意識を戻した。





「——まじないにはどんなものがあると思う?」


離れた場所で教授の話す声が聞こえる。何人かの取り巻きを相手に講義をしているようだ。


クインはファナに声をかけると、他の展示品を見学するために分かれた。


「——病を治すための祈祷、があると思います」

「えぇと、誰かを恨んだり呪ったりするものとか?」

「そうだね。他にも雨を降らせたり豊穣を願ったり。

ここの先住民族たちのまじないの面白いところは、それほど大それたものばかりじゃなくて、もっと生活に密接した小さな物事にも日常的に使われていたことだよ。なくなったものを見つけたり、逆に大切なものを隠したり、とかね。()()()()とか()()()()()と呼ばれるまじないだ」


神殿の中に教授の声が心地よく響いている。





——クイン?


1人で発掘品を眺めているクインの後ろ姿を見つけて、アレックスは眉を寄せた。


——またこんなものをまとわりつかせて。


アレックスはそっとクインの背後に歩み寄って、クインの上着の裾にくっついていた白い球体をペシりとはたき落とした。球体は床で弾むと展示台の下に転がって見えなくなった。


「ん? アレックス、どうしたの」

「なんでもない。何か面白いもの、見つかった? クイン」


アレックスは完璧な笑顔でクインに微笑みかけた。


「うん、いくつか真似してみたい意匠の刺繍があった! 残りの時間でスケッチするよ」

「そう。じゃそっちの展示に行こう」


アレックスはクインを伴ってさっさとそこを離れた。





一刻ほど時が経った。

生徒たちはあちこちでメモをまとめたり、スケッチをしたり、教授や仲間と話しこんだりしていた。マテオとファナは神殿の外に出て、泉のほとりでサンドイッチを食べている。アレックスもその横で寝転んで日光浴をしていた。


クインは民族衣装の展示の前のベンチに腰かけて、刺繍のスケッチに集中している。

いつの間にか白い球体がまたクインの横に現れ、ブルブルと震えている。


クインが視界の端に入ったそれに気付いた。


——え? また?


一瞬、警戒心がわきあがってきたが、わずかに震えている以外はただの球のように見えた。


気味悪さより好奇心が強くなってきたクインは、球体を観察することにした。

さっきのものより少し小さい、かな? ゴムボールみたい。

軽く触れると、先ほどと同じように動かなくなった。


クインは球を持ち上げると回転して仔細に調べた。

裏側にシワが何本かあった。横線が上に2本、下に1本。横線の間の真ん中に縦線が1本。

これは、まるで……まるで無表情な人の顔のようだ。


「あは。ファナが好きそうな、とぼけた顔だ」


そう思うと可愛く見えてきた。

お腹も空いたし、スケッチはおしまいにしよう。ついでにこれをファナに見せよう、と立ち上がり、神殿の外に出た。





何かを手にして広場に出てきたクインの姿を目にした途端に、くつろいでいたアレックスが慌てて立ち上がった。


「見てー!ファナ。 これなんだと思う?」

「クイン! それ、放して!!」


「え?」


ファナに呼びかけたクインだが、ただならぬ表情で駆け寄ってくるアレックスに驚いて、手の中の白い球体を見た。

すると白い球体はクインの手の中で小さく縮み始めた。


「わ!」


アレックスがクインの腕を取ろうとした瞬間。


パシッ


小指の先ほどの大きさになっていた球体が手の中で弾んで、アレックスの口の中に飛び込んだ。


「ぐわッ」


喉を押さえてうずくまるアレックス。


「大丈……!?」


アレックスの背に触れようとしたクインが驚いて倒れる。


一瞬前までここにいたアレックスの姿がかき消えて、そこには巨大な影がそびえ立った。


「ア、レック……ス……?」


洞穴の淵に届きそうなそれは、巨大な竜だった。


泉のほとりにいたマテオとファナが、突然現れた巨大な質量に悲鳴をあげて神殿に逃げこむ。

と同時に、ゴンザレス教授が神殿から出てきた。

そして竜を見上げると、あちゃー、と片手を髪に触れた。


「ゴ、ゴンザレス教授……、あの、アレックスが……????」


クインは尻もちをついたまま、竜の方を指さした。


「アレックス、戻れるかい?」


微動だにしなかった竜が、また一瞬で姿を消した。


竜がいた場所には再びアレックスが立っていた。


「……」


アレックスは視線を横に逸らして俯いたまま黙っている。





「目あかしのまじないに触れたようだね」

「……はい」


教授がアレックスに聞いた。

アレックスは力なく返事をすると、うなだれた。


——なんかアレックスの目の横が赤くなってる。


クインは食い入るようにアレックスを見ていた。

アレックスが息を深く吸って顔をあげてクインの方に恐る恐る視線を向け、また逸らした。


「アレックス……?」


「ごめん」


「教授……?」


「ごめんね」


——2人から謝られてしまった。





「はーい、集合ーう!」


ゴンザレス教授が神殿を振り返ってのんびりと声をかけた。


「も、もしかして教授、今の竜が()()()()()のまじないですか!?」


生徒の1人、メガネ君がいち早く立ち直って教授に詰め寄った。


「あー、違うんだ。実は」


「……この、人の姿が、めくらましのまじない、デス」


教授のあとを継いでアレックスが、小さいけれどはっきりとした声で言った。

ちょっと語尾が、小さくなってしまったけれど。


生徒たちの悲鳴と喧騒が神秘の泉に響き渡った。





アレックスが、自分は竜だと言った。

これまでずっと人間の姿で学院に通っていたという。


「皆さんを騙していてごめんなさい」


謝るアレックスに、メガネ君が顔を近付けて観察している。

メガネ君が「すごい、これがめくらまし……」と小さくつぶやく声が聞こえる。近い。

ファナとマテオが目をキラキラさせてアレックスを見ている。たぶん、もうすぐ「もう一度竜に戻ってみて」とせがんでくるだろう。


クインは教授に助け起こしてもらってから服を整えた。


「……どうしてもそばで見守りたい人がいて」


アレックスはチラリと上目づかいでクインを見ながら言った。

クインは、アレックスの表情にちょっと顔を赤らめて咳払いをした。


「んん。アレックスにも教授にも聞きたいことはたくさんあるけど……。アレックス、また、私たちと仲良くしてくれる?」

「……うん」


「よーし、じゃ、昼食を済ませてない者は早めにとるように!半刻したらまた乗合馬車を乗り継いて学院に戻るぞー」

「「はーい」」


教授ののんびりした声が洞穴の底に響いた。

神秘の泉の上には、美しい青空が広がっていた。


—完—


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