11月27日
ほろ苦い思い出も込めてこの短編は消していませんが、皆さんに読んで頂きたいのかそうではないのか・・・複雑な心境です笑
11月27日
「今日はありがとうございました」
「意外とちゃんとコース回れてたな」
今日はゴルフの接待で土曜出勤だった。
天候は最悪、ずっとしとしと雨が降っていたが、接待先の業者も歳が近く、また一緒に接待をした部長とも仲が良いこともあって、そこまで苦では無かった。
とは言え朝早く起きて、夕方の時分まで気を張ってないといけない。しかも代休もないとくれば、令和の時代を働くサラリーマンにとって今日はテンションが上がる要因なんて何一つない1日だ。
でも俺にとって今日は違ったのだ。
ゴルフの後、夜から彼女と会う予定なのだ。
それだけで憂鬱だったはずの土曜日が一気にアガる日になり、正直今週は週の半ばから楽しみでそわそわしていた。
恋愛脳と言われるかもしれない。
確かに恋愛脳気味なのは否定しないが、それだけ俺は彼女のことが好きで大切なのだ。
「よしゴルフバックを車に積むか、寺本」
「分かりました」
接待した業者の車がゴルフ場の車止めから出ていくのを見送った後、俺と部長はゴルフバックを車まで運んだ。
普通は車止めまで車を回してバッグを積み込むところだが、夕方で車止めが混んできていたので、車まで運ぶ事にしたのだ。
「よしじゃあ帰るか、あ、寄れそうなコンビニがあったら寄ってくれ」
「分かりました」
コンビニに寄るのは俺にとっても好都合だった。
何時から会うのかまだ彼女に伝えていなかったからだ。
ゴルフ場というのは当たり前だが郊外にあるのものであり、俺の住んでいる街からは車で1時間半ほどかかる。しかしこれは高速が混んでいなかった場合の話であり、その日のその時の道路状況を確認しないとどれぐらいかかるか分からないものなのだ。
流石に業者を見送る時間から車に乗るまでの間にスマホをいじるのは難しく、どうやって連絡を入れたものかと少し困っていたのだ。
だいたい車を15分ほど走らせた時分だろうか。
「部長、ここのコンビニに寄りますね」
「おう、わかった」
コンビニがあったのは対向車線側ではあったが、ちょうど対向車のいないタイミングだったので寄る事にした。
車を停め、コンビニに入る段になって俺はようやく半日ぶりにスマホを見ることができた。
「え・・・」
スマホの通知画面に彼女からの連絡が入っていた。
「今日会う予定だけど、ちょっと変更して外で会えないかな?カフェとかがいいな。話したい事があるんだ。何時に会えるかな?」
概ねこんな感じの内容だった。
俺は今年30になる。
それなりに人生経験を重ねてきた。
瞬間的に悟ってしまった。
ご飯を食べるのではなく、話をするという表現。
人目のあるカフェという場所のチョイス・・・
別れの時がきたのかと。
兆候があるかないかと言えばあった。
彼女は携帯の通知は切る派だった。
その事を言うと、だいたい周りの人間はなんとも言えない顔をした。
当然だ。
俺も携帯の通知を切っている人間は何かやましいことがある人間である確率が高いというのはわかっていた。
だが、俺の信条としては恋愛というのは相互の信頼関係によって成り立つものだ。
彼女が通知を切りたいのであればそれを許容するべきだし、当然それに伴って連絡の頻度が少なくなりがちなのは仕方のない事だと考えるようにしていたのだ。
でも正直なところしんどかった。
連絡を途切れされるのは毎回彼女の方。
特にここ2週間ほどは、ちょっとはマメに連絡返してよ、と言いたくなる所をぐっ堪えていた。
こういうデリケートな話題はメールや電話ではなく直接話さないと、想いのすれ違いが起こりやすいという事は俺もわかっていたのだ。
そして何より、俺にとって彼女の関係は大切だった。
5歳年下だけど、しっかり自分を持っていて、おまけにこれまで俺が喋ったことのある女性の中で一番美しかったのだ。
しかし彼女が自分に心から惚れていないのなんとなく気付いていた。
だが彼女との出会いはマッチングアプリであり、付き合ってもまだ3ヶ月たたないくらいだが、そもそも最初に会ってからも4ヶ月も経っていないのだ。
時の長さだけ見ると、それでも4ヶ月経ってはいるが全部合わせても10回程度しか会っていないのだ。
その中には、泊まりのデートや旅行も含まれているから回数の割には密度が濃いかもしれない。
だが、どこまでいってもその程度なのだ。
彼女に自分のことを好きになってもらうには時間が必要な事はわかっていた。
でも時間がかかったとしても、俺は彼女に相応しい男になりたかったのだ。
だから言いたい事はぐっと我慢して、頃合いのタイミングをみて慎重に切り出そうと考えていた。
今回のデートでその辺は少し話せたらと思っていたのだ。
だが・・・
(この連絡の内容はもう・・・)
こんなに取りたくない彼女と会う約束もないものだったが、ひとまず「わかった。7時に待ち合わせで」と送った。
今日の予定が変更になった理由は怖くてきけなかった。
部長とコンビニで飲み物を買い、車に再度乗り込んだ。
心が動揺しているのだろう。
ちゃんと運転席に座っているはずなのに、どこかふわふわとした感覚に包まれていた。
(心ここにあらずとはまさにこのことか・・・)
部長とゴルフの話も少ししていたはずだが、脳の表面を掠めるばかりで全然頭に入ってこなかった。
しばらく下道を走り、高速道路のI Cが見えてきたときだった。
「寺本は今日、彼女と会うのか?」
部長が何気なく話題をふってきた。
俺は特に自分の恋愛事情を隠すタイプではなかったので、いつもの調子で軽くふってきたのだ。
だが、今の俺にとっては東京卍會総長マイキーのキック並みの威力があった。
「えっと、その、会うというかなんというか・・・」
適当に誤魔化しても良かったのだろうが、もう現状でいっぱいいっぱいな俺には適当な作り話を作る余裕はなかった。
いや、多分誰かに聞いて欲しかったのだろう。
俺はありのままを話した。
「そうか・・・だがまだ確定した訳ではないだろう。彼女も何か話をしたい事があるからわざわざ会おうと言っているはずだと思うぞ」
「そうですね・・とりあえず会って話さない事には分からないですよね」
部長も俺も表面上は「まだ希望が残っている」とそれからやり取りを暫くしたが、二人とも別れ話が待っていることを、内心では確信した。
暫くすると会話が途切れた。
当然だ。
これ以上何を話すというのだ。
部長も俺がいっぱいいっぱいな事は分かっているし、実際問題俺はいっぱいいっぱいでこれ以上喋る気力はなかった。
しかし、人生において悪い事は重なるものである。確かマーフィーの法則と言っただろうか。
「めちゃくちゃ渋滞しとるやないか・・」
「そうですね・・・事故渋滞っぽいですね」
あろうことか道半ば付近にて高速道路が大渋滞していたのだ。
「5キロ渋滞か・・」
「仕方ないですね・・・」
今朝は5時起きである。
そして雨の中18ホール回ったのだ。
しかも俺は下手くそなので139打も叩いている。
クタクタである。
こんなコンディションだと渋滞に巻き込まれると寝そうになるものだ。
(こんな不幸中の幸いなんて、どこにも需要ないな・・・)
これから待ち受けているであろう、別れ話に意識を取られ睡魔はかけらも近寄ってこなかった。
そうなどうしようない事をつらつら考えながら、1時間ほど運転し部長の家に着いた。
部長の車でゴルフ場まで行っていたので、一度寄る必要があったのだ。
俺も自分の車を持っているのでやろうとすればゴルフ場までマイカーでも行けたが、高速代やガソリン代の請求が面倒だったので部長の車に乗り合わせていっていた。
ちなみに部長の車は社用車なのでそもそもガソリン代等は会社持ちである。
「今日はお疲れ様でした」
「まぁ。大変やと思うけど頑張れよ」
「そうですね・・とりあえず会ってきます」
部長には申し訳ないが、俺はもうきもそぞろである。
適当なやり取りをしたのち、俺は部長の家を後にした。
(すっかり遅くなってしまった)
約束の時間は7時だが、現在は6時丁度。
自分の家までは30分だが、今は6時である。
道が混まないわけがない。
とりあえず彼女に「ごめん、7時10〜15分ぐらいに着くかな」
と送った。
そして車を運転する事50分、予想していた通り、いやそれ以上に渋滞していた。
(工事渋滞て・・・こんな時間に工事すんなよ)
言い忘れていたが、俺は不動産業の会社で働いている。そして事業の一環としてマンション建設も行なっており、そのプロジェクトを担当したこともある。
当然、建物を新しく建てる際には前の道から水道やらガスやらを引き込む必要があるので、道路を一部封鎖することはよくある。
いつもこちらが近隣の皆さんにご迷惑をかける立場なのだから、こんな事を言う権利は他の人達以上にありはしない。(まぁ、ほとんどの人間はどこかしらの家に住んでいる訳で、その住んでいる家を建てる時には同じ話なので、常識の範疇の工事に文句を言う権利がある人なんていないのだが)
だが、この時間帯の俺の心は荒みきっており、いつもは仕方ないと思える事についてもイライラしてしまっていた。
さっきまでは部長という他人の目があったので、表面上は冷静を保っていたのだ。
でももう、今は車中で一人きりである。
俺は車中で何度も叫んだ。
そうせずにはいられなかったのだ。
この車を降りてしまえば、また街の他人の目がある。
想いを吐き出す場はここしかなかった。
しかし、不思議なものだ。
彼女を罵る言葉は出なかった。
それに気付くとどれだけ彼女のことが大切なのか思い知らされる気がして、一層喉にこみ上げるものがあった。
そしてようやく家の近くの駐車場に着き、再度スマホを見た。
「ゴルフお疲れ様!私は時間は合わせれるよ!でも寺本くんさえ良ければ、ぜんぜん明日でもいいよ?ずっと運転で疲れたでしょ?」
人間の認知機能における正常性バイアスとは恐ろしいものである。
こんな連絡に希望を見出してしまう。
(明日でもいい話題ってことは、重い話ではないってことなのか?だったら・・・)
こんな事を考えてしまうのだから。
「疲れは大した事ないよ!会うことできるなら今日俺は会いたいかなぁ。でも到着7時半になりそう!大丈夫かな?」
そして挙句にこんな連絡を入れてしまうのだ。
でもこんな連絡を送りながらも根っこではわかってしまっている。
「ずっと気になっていたのだけど、何で今日これないの?」
だからすぐ追加でこんな連絡を入れてしまうのだ。
一度楽観的なると、そうじゃなかったときより苦しいから、訊いてしまうのだ。
ゴルフバッグを下ろし、ジャケットを羽織り地下鉄へ急ぐ。
彼女との待ち合わせは、俺の家から地下鉄で4駅のターミナル駅のコーヒーショップである。みんなよく知る人魚のロゴが特徴的なショップだ。
彼女が指定した店舗は、家電量販店が入る大きなビルの8階に入っており、俺の使う地下鉄の路線のホームからは結構距離がある。
そしてターミナル駅に着く頃彼女から連絡があった。
「7時半ね!わかった!そうだよね、きになるよね。今日寺本くんの家に行けない理由を今日会って話したかったんだ。話の内容的に会って話をした方がいいと思って」
(確定・・・か)
正常性バイアスもここまでくると無力である。
(もう、手も握れないんだな)
とっさに浮かんだのはそんな事だった。
でもここまでくると俺にも男の意地がある。
少し丸まり気味だった背筋を伸ばした。
気持ちむねをはり堂々と歩く。
大げさすぎるだろうが、気分は憲兵隊の持つライフル銃の銃口の先へと向かう、レジスタンスの気分である。
避けられない運命であるならば、せめて堂々と。
薄っぺらでもいいから最期はせめて笑顔で飾ろう。
「分かった。それならなおさら会おう」
俺はそう連絡を送った。
彼女の既読は珍しくすぐ着いた。
十中八九少し引きつった笑みになってしまっていたとは思うが、俺は何とか指定されたコーヒーショップの店舗についた。
(ここ80席以上あるんだな)
なんてどうでもいい事を考える。
そして彼女を見つけた。
まだ彼女はこっちに気づいていない。
いつも着ているニットのワンピースを着ていた。
(はぁ、やっぱり可愛いな)
こんな時でも、いやこんな時だから余計になのかもしれないが彼女は綺麗だった。
俺はカウンターでラテのショートサイズを頼み、彼女が待つ席に向かった。
「お待たせ!めっちゃ道混んでて遅くなってしまった」
「ううん、全然大丈夫!それよりゴルフ大丈夫だった?ゴルフ場は晴れてた?」
「それがな、雨すごかってん。もう最悪だわ。」
そんな表面的な和かな会話をつづける。
でもお互い分かっているのだ、こういうカップルなら当たり前にする会話をするために今一緒にいるのではない事を。
(俺から切り出すか)
「それで話って何かな?みさちゃん」
できるだけの自然な微笑みを浮かべ俺はみさに話を切り出した。
「えっと、話としては別れ話なんだ」
「そう、だよな・・・」
それから色々とみさに訊ねた。
要約すると、俺に対して具体的な不満はないけど、他に気になる人が出来たからもう付き合えないという内容だった。他に気になるひとができるという事は俺に対するみさの気持ちはそれまでのものだろうからと。
みさも25歳。
結婚を意識する年頃だ、その中で俺と今後の人生を歩んでいくビジョンが見えないとの事だった。
「そうか・・・」
もうそれしか言えなかった。
だが誤解のないよう言っておくと、俺はみさを責める気は毛頭なかった。
むしろここまで筋を通してくれる女の子は初めてだった。
確かに気になる人は他にいて遊ぶ約束もしているとの事だ。でも正直俺なら、その人と何回か遊びに行って、付き合えることが確実もしくは付き合ってしまってから別れ話をしたと思うからだ。
そしてメールや電話ではなく、きちんとこうやって場を設けてくれている。
そういう所を含めてみさのことが俺は好きだったのだ。
それに不満はないが結婚まで思いが至らないというのは俺も理解できる所だ。
みさに関しては結婚までしてもいいと、結婚したいとすら思っていたが、みさの前に付き合った彼女に対しては、今回のみさと同じ事を思ったのだ。
そして同じくそれが理由で別れたのだ。
みさの考えがわかるだけにもう何も言えなかった。
「みさの中ではよく考えた結果なんだよね?」
「うん」
「俺の気持ちとしては別れたくないけどこればっかりはな・・・」
そして訪れる沈黙。
俺はいつも間にか、微笑みを消し文字通り頭を抱えてしまっていた。
周囲の喧騒が遠くに聞こえた。
正直、別れたくない。
この場を離れたくない、多分離れてしまったらもう二度とみさに会う事は出来なくなってしまうのだから。
何か、何か、何かないのか・・・
そう思い悩みながらふと頭をあげると、みさの顔が目に入った。
悲しげな、苦しげな顔をしていた。
(こんな顔を好きな人にさせてはいけない)
その時俺の頭をよぎったのはそんな事だった。
(ふう、寺本太郎30歳。最期くらい格好つけますか)
「よし」
そういって俺は体勢を起こし、隣の席座るみさの方を向いた。
「みさちゃんの気持ちはわかった。ほんと短い間だったけど、俺はみさちゃんのことが好きになれた。楽しい時間をありがとう。元気でね」
と言って俺は手を差し伸べた、みさちゃんの顔は困惑していたから周囲の喧騒にかき消され俺の口上はきこえていなかったのかもしれない、それに最期に握手というのもしっくりこなかったのかも知れない。
でも俺にとっては必要な事だった。
「じゃあ、先いくね」
そう言って俺は、振り返らずコーヒーショップを後にした。
返事は聴こえなかった
精一杯背筋を伸ばし、張り付いた笑みを浮かべ、独り暮らしの家への途についたのだった。
The end
実体験をデフォルメしてます。
この続きとしてラブコメを作ろうかなぁと思ったり思わなかったり。
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