第82話.曲者
部屋にはシャーペンが紙の上を滑る音が響く。その音の速さから、現達がかなり集中して課題に取り組んでいる事が分かった。
見てみると現サイドはかなりのスピードで課題を進めており、もう既に課題冊子の幾つかは[完]と書かれた付箋が貼られた状態で机の上に無造作に置かれていた。
「うぅ……」
現達の頑張り具合を見た後に、自分の課題を開き間違えた所をもう一度解き直し始める。
間違えた所は主に数学。微分積分は公式が多く、中々覚えられない。一応文系だから理系に比べたらまだ数学の課題で出される問題の難易度は低いのかもしれないが、それでも難しい。
少し自暴自棄になりつつも、そのままでは埒が明かないので教科書とノートも開いて、それを参考にしつつ解いていく。
「うぅ……全然わかんない……」
「うん、どれが分かんないんだ?」
自分の課題を進める手を止めて、先程から「うぅ……」と言っている空宮の方を向きそう聞いた。
「これと……これ」
空宮は半分涙目になりながら分からない問題を指さす。
「えーと、どれどれ」
空宮が指さした問題をよく見るために、少し空宮側に寄る。
問題の内容は古文の助動詞の活用。
(確かに覚える量も多いし、意味も種類によったら一つの助動詞に六つぐらいあるしな。初めは俺も覚えるのに苦労した)
「まずだな、この文はいわゆるなんて言われるものだ?」
簡単にそう聞く。
「えーと、短歌?」
「そう、正解」
そう言うと空宮は可愛らしく胸の前で小さく拳を作りながら「やった!」と呟く。
(まあ、小学生でもわかる問題だけどな。五七五七七のリズムが何に使われるのか知ってれば即答も可!)
「それでまあ、短歌が何なのかって話だけどこの《けり》あるよな?」
「うん。そこがよく分からない部分だしね」
「そうだな。ちなみにだがこの《けり》の意味は分かるか?」
(意味をしっかり理解しているのとしていないのでは、教えたとしても理解の差に雲泥の差があるしな)
「えーとね、多分の意味は、過去?とか何とか」
空宮は頭上に?を浮かべながらそう言う。
「まぁ、半分正解だな。《けり》の意味は過去。それにプラス詠嘆がある」
「英単?」
「違うそっちじゃない。それは英単語」
「も、もちろん分かってて言ったことだよ!」
空宮は俺がそう言うと慌てた素振りを見せる。
「まあ、それは置いといて。結論から言うとまずこの問題の意味の答えは詠嘆だ」
「どうやって見分けたの?」
空宮はその方法を知りたいですっ!と言わんばかりの表情でこちらの顔を見つめてきた。
やめて、そんなに見られるとなんか照れる。と、ふざけたこと考えてる暇があれば教えねば!
「見分け方は簡単だよ。特に今回の場合はな。まずこの詠嘆と訳すとき現代日本語訳に直すと「〜だなぁ」っていうのが一般的だ。だから、その本文を訳していく中で出てきた《けり》が「〜だなぁ」と訳すのが一番適していたら、それは詠嘆だ」
「なるほど」
空宮はそう言うと分かったような分からなかったような、何とも言えない微妙な表情になる。
(まあ、これに関してはそもそも訳が出来ないと解けないしな)
「そしてもう一つ」
俺が人差し指を立てながらそう言うと空宮の注目がまたこちらに集まった。
「どっちかと言うと今俺が言ったことよりも、これから言うパターンの方が多いからよく覚えておくように」
「分かった!」
そう言うと空宮は元気よく返事をしてメモ帳を取り出してきた。
「準備OKだよ!」
空宮は親指を立てながら俺にそう言ってきた。
「コホン、では改めてこの《けり》の詠嘆になるパターンについてのお話をしよう。一つはさっき俺が言ったもの。そしてもう一つは、俳句や短歌、日記文学といったものに使われるときだ」
「なるほど!」
空宮は今回はしっかり理解したようでカキカキとメモ帳にその情報を書き込んでいっている。
(まあ、知識問題に近いからなこれ)
「だから、今回のこの《けり》は詠嘆で訳すんだね!」
「そういうこと」
そう言うと先程まで今にも泣きそうだったうるうるした空宮の目が、今はうるうるからキラキラに変わっていた。
分かるって結構嬉しいもんな。
俺は1人そう思う。
「まぁ、後は補足としてだけど日記で出てくる《けり》も詠嘆になるけど、覚えてたらいいのは土佐日記とかメジャーなやつくらいだから、そこだけ忘れずに」
俺がそう念だけ押しておく。
(短歌と俳句での意味の見分けはついて、日記文学は無理ってのは悲しいからな)
「土佐日記っと」
空宮はそう言うとメモ帳を閉じる。
✲✲✲
「だあぁぁーーー、終わったー!」
部屋には現の疲れきった声が響く。そしてその後に続く華山の優しい労いの声。
そして俺の隣を見れば空宮は疲れきったようで机の上に突っ伏して寝ている。
「後で起こしてやるか」
俺はひとまず空宮をそっとしておくことにした。
ふと今が何時なのか気になり時計を見る。外は夏のためまだそこまで暗くはないが、多分それでもかなり経ってはいるだろう。
そう思いながら時計を見ると秒針はちょうど直線の形になっていた。
つまり6時。
予想していなかったと言えばまぁ嘘になる。何となく分かっていた事だし。10時にスタートして途中昼食を挟みつつまた再スタートみたいな感じだったからな。
昼食を直後はなかなかペースが戻らなかった。おかげで1問にかける時間が異様。それはそれは永遠に終わらないんじゃないかと思ってしまうほどにだ。
俺は今日一日の振り返りをしつつ片付けも始めていく。
「有理さんと、凛ちゃんはこの後どうするの?」
隣では現がそんな事を聞いている。
「そうだねぇ、今日は疲れたし私と華山さんは帰るよ」
「そっか、分かりました!」
「ふふ、よろしい!」
凛達と現は仲睦まじくそんなやり取りをしていた。
「ところで蒼ちゃんはどうしよっか」
不意に凛からそのような発言がなされる。
(まあ、聞かれた時に言うこと決まってるから不意でもなんでもないんだけどな?)
「空宮は後で起こして俺が送るわ」
「そっか」
凛はそう言うと納得したようで、荷物を持って華山と一緒にに立ちあがった。
「じゃあ、僕達はそろそろお暇するね」
「お邪魔しました」
華山はぺこりと頭を下げて玄関の方に向かう。そしてそれを見送るために現も立ち上がって、その後ろを着いて行く。
さてと、俺はそろそろこいつを起こさないとな。
第82話終わりましたね。今回は課題を片付ける回だったのでダイレクトに古典の話が出てきましたね。書いていてテスト勉強しているような感覚に陥りました。病気です。
さてと、次回は6日です。お楽しみに!
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