第71話.言質
ビルの間に隠れていく太陽を背に向けながら、俺は電車の座席に座り続ける。俺達が乗っている車両には、俺達以外には人がほとんど居ない。いるのは一人で乗っている人が隅の席に座っている程度で、周りから喋り声が聞こえる訳でもない。
その状況がいけなかったのだろう。
隣でずっと寝ている現はもうそろそろ降りる駅に着くというのに、さすっても、声を掛けても、揺らしても全然起きる気配がしなかった。
レム睡眠とノンレム睡眠で分けたら多分レム睡眠の方なのだろう。
ただ静かに、全く反応を示さずに寝ているその様子を見ていると、死んだのではないかと少し心配にもなる。
「おい、現もう六甲道だぞ?二個後の駅で降りないといけないんですけど、起きてくれませんかね?」
現に語りかけていると、隣から華山も助太刀してくれた。
「現さん、もうそろそろ起きて下さい。鏡坂くんが困っちゃいますよ?」
「そうだぞ〜。俺が困っちゃうんだぞ〜」
俺と華山の二人がかりでしばらくそんな風に、寝ている現に言い続けていると、現の瞼が少しずつ開き始める。
「刻兄……うるさい……。有理さん……声綺麗……」
起きたかと思えば俺に文句を言い、なぜか華山の事は褒めるという訳の分からない奇行に走り出した。
(起こしてあげたのに、もういっその事この子起こさずに帰ろうかな?)
そんな風に割と真剣に考えていると、華山がふふっと笑う。
「ほら、現さん?鏡坂くんに起こしてもらったんですから、うるさいじゃなくて、ありがとうって言いましょうね」
華山は小さい子に諭すようにそう言った。するとその声を聞いた現は目をいつも通りの大きさまで開いて、俺の方を見た。
「え、どしたの?」
「刻兄、起こしてくれてありがとね!」
「お、おう……」
露骨な手のひら返し。もう何も信じられない。とか言ってる場合じゃない。この子、空宮と同じくらい華山の事気に入ってるだろ。
「あとは有理さん」
現は俺に礼を言うと反対側を向いて、華山に向き合った。
次は何するのだろうか。
それについては華山も同じように思ったらしく、少し困惑したような目をこちらに向けてきた。だが現にはそんな事はどうでもいいらしく、喋り始める。
「有理さん」
「は、はい?」
「有理さんまた私と遊んでくれますか!」
現は華山に抱きつきながらそう言う。華山は先程よりも困惑したようで頭の上と、その透き通った瞳の奥にクエスチョンマークを浮かべている。
「え、えーと……はい、私でよければ?」
華山は何故か語尾が疑問形になりながらも、返事を現に返してやっている。
「ほ、本当にっ!?」
「は、はい」
現は顔をパァーと明るくして笑顔になる。俺はそんなふたりの様子を微笑ましく見守る。
「よしっ、言質取ったぞー!」
「ふえ?」
「ん?言質?」
俺と華山は現の言葉に首を捻らずにはいられなかった。
「現ちゃん?言質を取ったっていうのはどういう事かな?」
現にそう聞くと現は満面の笑みを浮かべながらこちらを向き、そして喋り始める。
「ふふん〜、明後日私はプールに行く約束を取り付けておきました!」
「あー、なんかそんな電話してたね」
今日一日の記憶を手繰り寄せて、そんな事があったことを思い出す。
「それで、それが何で言質を取る事と関係が?」
「それはね〜、プールに行く約束を取り付けた相手が蒼姉だからだよ!」
「空宮に電話してたのかよ」
「そうそう。あ、ちなみに刻兄は強制参加ね」
どうやら俺に自由はないようです。
現の言葉を聞いた華山はポカンとしていた。
大丈夫かしら?
「あの、有理さん?」
あまりにも華山がポカンとしているので、さすがに現も心配になったのか、声をかける。すると、その声に反応して華山はすぐに元に戻ってくれた。
「あ、す、すみません。それであの、プールですけど多分私は行けますよ」
「本当か?こいついきなり決めたから、無理しなくてもいいんだぞ?」
そう聞くと華山は首を横に振って俺の言葉を否定する。
「大丈夫ですよ。夏休みの宿題も終わってますし、特に予定も入れてませんでしたから」
華山がそう言うと、現はとても嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「やった〜、ありがとうございます有理さん!」
「いえいえ」
華山達は今日が初対面だったとは思えないほど、仲良くお喋りをしている。
「次は六甲道、六甲道です」
「あ、もう駅に着いたので私はここで降りますね」
「おう、それじゃあまた連絡するわ」
「有理さんまたね〜」
「はい、また明後日」
俺達は簡単にそんなやり取りをした後に華山と別れる。
「ふふっ、楽しみだな〜」
隣で現は華山と喋っていた時と同じ笑顔を浮かべている。
「嬉しそうだな」
俺がそう聞くと現は特にこちらを向くこともなく、喋り始めた。
「そりゃそうじゃん!だってあれだけ美人な人と遊べるんだよ!そこに蒼姉とかもいたらもう最強じゃん!あとは蒼姉がもう一人美人な人を誘っとくとか言ってたから、もう私のハーレムの完成だよ!」
現はそんな事を言って一人テンションをあげている。
楽しそうなのはいいけどね、変な道に進んじゃダメよ?
俺は内心でそう思いながらスマホを開いた。
第71話終わりましたね。プールで泳ぎたいです!海でもいい!でも今は寒い!という色んな葛藤を抱えながら僕は今日も話を書きます。
さてと次回は12日です。お楽しみに!
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