第683話.海辺のウッドデッキ
時間が過ぎゆくのは年が経つにつれ早くなっていく。仕事が忙しくなればなるほどなおのこと。
仕事が忙しいから、まだ今のままの関係で。ずっとそんな事を頭にしながらのらりくらりとこの関係性を続けてきた。けれどそろそろけじめをつけないと彼女が可哀想だ。
2人して珍しく休みが取れた日に、近場にデートをしに行く。学位時代からよく来ていた場所で街の変化も見なれている。特に目新しいものがあるわけではない。ただ思い出を巡るようにゆっくりと練り歩いていた。
少し歩いてはよく喋り、少し歩いては物思いに耽り、少し歩いては笑い合う。そんな事をして過ごしていれば時間は光の速さで進んでいく。高かった日も今や海の下だ。
海沿いに伸びるウッドデッキの街灯に照らされながらベンチに腰かける。潮の香りを感じながら緩く吹く風に身を任す。
隣に座る彼女は学生時代とは打って変わって髪の毛を短くしていた。短いと言ってもボブ程度はあるのだが。仕事上髪をいちいち纏めて仕事をするよりも短い方が楽だかららしい。これまでの20余年を共にすごしてきたが、初めて見たその髪型は正直に言って新鮮で、また惚れ直してしまった。髪の毛の長い彼女しか見た事がなかったから、短い彼女という発想が無かった。けれど俺にとっては衝撃だったのだ。
じーっと横顔を見つめていたせいだろうか、彼女は俺の視線に気がつくと「何か付いてる?」と自分の頬を撫でながら尋ねてきた。
俺は首を横に震る。
彼女は「そう?」と言うと正面の海に向き直った。それに倣うように俺も前を向く。
誰に相談したわけでもなく、自分で決めて自分で考えて言葉を選んで今日は伝えに来た。うるさすぎる程に響く心音を抑えながら俺はぽつりぽつりと話し始める。
「俺と蒼ってさ、今年で出会ってから20年以上経つよな」
「そうだね。最初は幼稚園とか下手したらそれよりも小さい時だったからね」
「あの時はまさかここまで縁が続くとは思わなかったけど、振り返ってみると結構早かったよな」
「うん。色々あったし、というか恋仲になるとは最初思ってなかったし」
懐かしむように笑いながら蒼はそう話す。
「そうだな。俺も最初はまさか付き合うとは思ってなかった。けど、付き合いだしたら想像以上に相性が良くて、今まで以上に蒼のいい所とかちょっとした癖とかも見えてきたよな」
「それは私も一緒」
「そうだな」
和んだ空気が流れる。
そろそろだぞ、俺。
鏡坂刻よ。
「俺さ、実は前々から考えてたことがあってさ」
「うん?考えてたこと?」
「そう、考えてたこと。蒼にも関係する大切なこと」
「私にも?」
首を傾げながら俺の顔を覗こうとする。上目遣い気味の瞳が街灯の光を反射してキラキラと光っていた。
「そう、蒼にも。俺、家庭を持ちたいんだよ」
「家庭」
「そう。頑張って働いて帰ったら蒼がいてましろがいて、子供がいる。そんな普通で幸せな家庭」
「……」
「俺は蒼とそういう家庭を築きたいって思ってる。……だからその……不甲斐ないし、頼りがいがあるのかと聞かれたらあれだけど……そんな俺でも良かったら結婚してくれませんか?」
蒼からの返事はすぐには返ってこない。見てみるとぽわぁっと惚けたような驚いたような顔をしている。そして見続けているとキラキラとしていた瞳が涙でどんどん濡れ始めて、耳も頬を赤く染った。
「わ……私でいいの?」
「当たり前だろ。じゃなきゃこんなに長く付き合わないし、俺には蒼以外に幸せに出来そうにない」
「ふへへ……じゃあ私の事幸せにしてください。私も刻の事、精一杯幸せにするから」
ポロポロとこぼしていた涙が頬を伝わりながら、蒼は表情をふにゃっと柔らかくする。
あぁ、なんて愛おしいそう思いながら俺はしっかりと例のものも取り出した。
「これ、ちゃんと渡したかったから」
そう言って蒼の左手の薬指に指輪をはめてあげた。
「これって……」
「婚約指輪。蒼に似合いそうなのを選んでみたんだけど、どうかな?」
「ふふ……もちろん、嬉しいに決まってる!」
そう言うと学生時代の元気っ娘の表情でにっ!と笑った表情を浮かべた。
第683話終わりましたね。プロポーズしちゃったよ。ね、あいつら結婚するってさ。ということでエンドロールも随分と迫ってきました。ちなみに結婚するのはだいぶ前から決まってた流れです。なので過去の話でいきなり場面転換でプロポーズされるシーンが挟まってたはずです。何話なのかは忘れましたけど!
さてと次回は、13日です。お楽しみに!
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