第50話.朱に染まる1日
カフェ黒木のドアを開けるとカランコロンといい音でベルがなり、中からはジャズミュージックが心地よく流れている。
カウンターではいわゆるマスターが、コップを拭きながらこちらの方を見て微笑みながら会釈した。
会釈を返すと近くにいたスタッフに声を掛けられる。
「こちらへどうぞ」
近くにいたスタッフの方が案内してくれた席に移動する。
メニューを開くとそこには写真などは無く、商品の名前だけが載っており高級感が溢れている。
「どれにしようかな」
目の前に座る凛はメニューに穴が空くんじゃないかと思うくらいに熱心に見ている。
「何と迷ってるんだ?」
凛にそう聞くと、凛は頬を少し赤らめて口元を隠しながらこちらを見る。窓の外から入ってくる日光に反射して凛の目がキラキラと光り、より一層凛が綺麗なのが引き立てられた。
「えっとね……」
「うん?」
「全部で迷ってるの……」
「あぁ……そう」
凛は本当に恥ずかしそうな顔になりながら俺にそう言った。
別に迷う分にはいいと思うけどな。全部食べるわけじゃないし。
「まぁ、ゆっくり選べよ。今日は時間あるわけだしさ」
「うん」
凛はコクっと頷くとまたメニューを眺め始めた。
(何にしようかな。やっぱりコーヒー?)
手を軽く上げてスタッフの人を呼ぶ。
「すみません。コーヒーを一つお願いします」
「コーヒーですね。お連れ様は何にされるか決まっておりますか?」
「凛は決まったか?別に後でもいいけど」
そう聞くと凛はまたメニューから顔を上げる。
「決まったよ!」
「では伺います」
「チョコケーキとフルーツケーキとコーヒーを一つずつお願いします!」
「かしこまりました。少々お待ちください」
スタッフの人はそう言ってメニューをメモすると戻って行った。
「にしても、ケーキ二つも食べれるか?」
俺は凛にそう聞く。
(いや確かにさ全部じゃないからまだマシだけど、二つでもそこそこだぞ?)
凛の方を見ると凛はまた顔を少し赤らめた。
「だ、だって食べたかったし。それに……」
「それに?」
「刻くんと一緒にシェア出来たら嬉しいなって……思ったんだけど……」
「あ、そう……」
「うん……」
凛はテーブルの方をじっと見つめてしばらく黙りこくる。かく言う俺もしばらくの間は何も言葉を発せなかったけど。
5分ほどすると俺達が注文したコーヒーがまず届いた。湯気が立ちコーヒーの良い香りが辺りに漂う。
俺は角砂糖を数個とミルクを少し入れて、ティースプーンでかき混ぜてから飲む。
「ふぅ」
一口飲み一息着くとカバンから本を取りだした。
「刻くん本読むの?」
凛は両手でカップを持ち少し飲みながら俺にそう聞いてくる。
「読むぞ?てか合宿先で俺凛に本探すの手伝ってもらっただろ?」
「いやまぁ、そうなんだけどさ。そうじゃなくてなんの本読んでるのかなぁ、って思ったって事」
「あぁ、そういう事」
「うん、そういう事」
頷いた後に俺は本にかけているブックカバーを外してその表紙を凛に見せた。
「これだよ」
「えーと、[神様への祈りごと]って題名なんだね。どんなジャンルなの?」
「まぁ簡潔に言えば恋愛ものだな。ありきたりだけどヒロインが病気って設定のな」
「面白い?」
凛は少し興味が湧いたのか、本の表紙を凝視しながら俺にそう聞いてくる。
「俺は面白いと思うぞ?ヒロインと主人公の掛け合いが面白かったりしてなおさらな」
「へー……」
俺の説明を聞いた後もしばらく本の表紙をじっとみ続けている。
(何だかそんなに見られたら恥ずかしいわっ!)
とか思ったり思わなかったりと。
いや、こんなに見続けられると何か居心地はあまり良くないんだが。
「そんなに興味があるんだったら貸そうか?」
この状態を抜け出すために凛にそう聞いた。するとすぐに凛は顔を上げてこちらを見る。
「いいの?」
「いいぞ、本を読むのは良い事だしな。感情も豊かになるし、俺みたいにモテなくても恋愛の疑似体験が出来るしな」
少しだけ冗談を言うと、凛は顔を赤らめながら右斜め下を向いて何かブツブツ言っている。
「モテないって言ってるけど、僕は刻くんの事好きなのに……」
何て言ってるのかしら?俺聞こえないんだけど。
少しだけ凛が言っている内容に少し興味を抱きつつも、興味の無いふりをするためにコーヒーに口をつけた。
✲✲✲
「お待たせしました、チョコケーキとフルーツケーキです」
「ありがとうございます」
凛は届けられたケーキを受け取ると早速食べ始める。
「チョコ美味しい〜」
凛は頬に手を当てながら幸せそうに食べながら、こちらの方を見た。
「どうした?」
「いや、刻くんも食べる?というか一緒に食べようよ」
凛はそう言うと、もう一本フォークを取り俺に手渡してくる。
「はい」
「あぁ、ありがとう」
俺はそのフォークを貰うとチョコケーキを少し頂く。
「美味いな」
「だよね!こっちのフルーツケーキも食べてみて」
「おう」
俺は凛に言われた通りにフルーツケーキも一口貰った。
口の中には苺やキウイなどの酸味から、スポンジの中に隠すように入れてあるバナナの甘さが、いいアクセントになって美味しい。
「こっちもかなり美味いぞ」
俺が凛にそう言うと凛もパクッと1口食べた。
「本当だね、僕どっちも好きだなぁ」
凛はそう言うと顔を緩めて笑顔になる。
(本当にこいつ美味そうに食べるんだな。マスターも嬉しそうに見てるよ)
俺はそんなふうに思いながら凛の様子を眺める。
「と、刻くん?何でそんなにじっと僕の事を見つめるのかな……?」
「あ、すまん。少しぼーっとしてたわ」
「そ、そう」
凛はまた顔を赤らめる。
(うん、この様子を見て一言。今日凛よく顔を赤くしてるよね!熱かな?)
俺は少しだけ心配しつつも、カップに残っているコーヒーを全て飲みきった。
カップにはコーヒーがしばらく同じ位置から減らなかったことによって生じた線が、俺達がこのカフェにいた時間の長さを教えてくれる。
多分今日も俺は楽しんでいたんだろうな。
第50話終わりましたね。今回は、というか今回も凛がメインのお話でした。次はどんな感じかまだ分かりません!明日一気に考えますね。
さてと次回は1日です。もしかしたらまた番外編かも?お正月的な感じでね。お楽しみに!




