第42話.思い出……
荷物をまとめ終えた後、部屋の鍵を閉めてエントランスへと向かう。この時間帯になってくると、大半の人は観光に行くで、廊下にもエレベーターにも人はいない。
いるとすれば、エントランスにチェックインしに来た人が数人いるくらいだ。
「終わっちゃったね」
凛がそう名残惜しそうに言う。
「だな」
そして俺は簡潔にそう返した。
2人の間には会話がなく沈黙が続く。
この沈黙で一つ思い出す。今の凛からはあまり想像できないが、元々凛は全然喋らない人間だったのだ。多分向こうにいた時に、性格を矯正して変えたか、自然と今のようになったかのどちらかだろう。
だが、変えても変わったとしても、ふとしたタイミングで昔の自分に戻ることはある。きっと今の凛がその状態。
「お待たせー」
数分経った頃に、俺達の沈黙を打ち破るか如くパッと明るい声が響いた。俺と凛はその声のした方を向く。もちろんそこにいたのは他でもない空宮達だ。
「おう」
「やっと来たね」
空宮達だという事を確認すると各々そう言う。
「すみません少し待たせてしまいまして」
華山も俺達の声の後にそう言うとぺこりと頭を下げた。
「別にいいよ、そこまで待ってないしな。なんなら俺たちは今来たところと言っても過言ではない」
「そうなんですか?」
「あぁ。本のページが50ページほど進むくらいしか待ってない」
「え、それって結構待ってるんじゃ……」
華山はそれを聞いた後に本当に申し訳なさそうな顔になる。
(いや、なんかごめん。俺読むの早い方だから50ページ位なら割とすぐに読めるんだわ。本当に早いからね?)
「まぁまぁ、刻の冗談は置いといて」
「冗談じゃないからね?」
危うく空宮に俺の話を冗談扱いされそうになったのをカバーしつていると、そんなものは我知らずと言わんばかりに空宮はまた話の続きを始めた。
「さて、もうそろそろホテルを出ないといけないからチェックアウトするよ」
空宮はそう言うと泊まっていた部屋の鍵を、後ろで俺達の様子を見ていた先生に手渡した。その後、俺の部屋の鍵を俺から貰い受けそれも先生に渡す。
「じゃあ私が色々しておくから、君達はそこのソファであと少しのこの時間を楽しんでおきたまえ」
先生はそう言い残すと受け付けの方に歩いていった。
「ねぇ、どんな写真撮れた?」
先生が向こうに歩いていくのを後ろから見届けていると、空宮にそう聞かれる。そして俺はカバンからカメラを取りだし、撮った写真を保存してるフォルダーを開いた。
「大体こんな感じ」
「ほぉ、鹿さんがいっぱいだね」
空宮は俺の撮った写真達を見るとそう言った。
(感想さもっと他に何かあったんじゃないかな?鹿さん以外にも神社とか海とか原爆ドームとか、かき氷なんかもあったんだよ?)
内心少し落ち込みつつも気を取り直す。
「凛と華山はどんなのが撮れたんだ?」
そう聞くと、既にスタンバっていた凛が写真を見せてくれる。
「僕のはねこんな感じだよ」
凛の写真はよく見ると分かるが、主役となるものしか写っていない。多分これは意図的なものなんだろう。主役だけにすることによって、他の被写体に目が向かずそれ一つだけに集中出来る。
「綺麗だな」
「ありがとね」
そう一言だけ感想を言うと凛も礼を返してきた。
さて次は華山か。我が部の部長の写真は一体どんな仕上がりかな?
俺達は華山がカバンからカメラを取り出すのを待った。
「あ、ありました」
華山はどうやら奥に入れておいたいたらしいカメラを、1分ほどかけて探し出すと、すぐに撮った写真を見せてくれる。
「私が撮ったのはこんな感じのです」
華山が撮った写真には凛の物とは違い主役がいない。というか脇役もいない。全ての被写体が全て主役で、全て脇役なのだ。
そのお陰だろうか、どこを見てもそれを中心とした世界がそこにはある。
「俺もこんなの撮ってみたいな……」
「ん、刻なんか言った?」
どうやら無意識のうちに独り言を呟いていたらしく、空宮が俺にそう聞いてきた。
「いや、何も言っていない」
そう言うと空宮は「そう?なら別にいいんだけど」とだけ言って、華山の写真をまた見始める。
そこから数分経った後に先生が戻って来た。
✲✲✲
新幹線が駅のホームに到着する。2日前にここに来た時と同じ景色。周りには行きよりかは少ないが家族連れもちらほらと数組見られる。
「あーあー、本当に合宿終わっちゃったなー」
空宮がひどく残念そうにそう言う。
「そうですね。私もこんなに楽しかったのは随分と久しぶりです」
華山も空宮と同じく残念そうに、けどもとても満足気にそう言った。
楽しかった……か。確かに俺も部活に入って今までした事の無いことをして、それで合宿にも行って、今年は今までと何か違う年になりそうだな。
「ちょっといいかな?」
急に後ろから方を叩かれてそう聞かれた。振り向くと声の主が先生だと分かる。
「別に大丈夫ですけど。何か用ですか?」
俺はそう先生に聞いた。
すると先生はクイクイっと俺を手招く。
「すまないね、少しあの子たちから離れた所で話がしたくて」
「別にいいですけど。それで用件は?」
俺がそう聞くと先生は柔らかい笑みを浮かべてまた話し始める。
「いや、君にお礼を言いたくてね」
「お礼?」
自分が礼を言われるような事をした覚えが無いので、当然疑問に思った。
「なんでお礼を言われるの?って顔してるね」
「そりゃそう思うでしょ」
「あはは、まぁ確かにね」
ひとしきり笑うだけ笑うと、また柔らかい面持ちになる。その顔は姉妹である華山有理と瓜二つだ。
その顔に見とれていると、先生がまた喋り始めた。
「それでお礼についてなんだけどね」
「はい」
「あの子の部活の手助けをしてくれてありがとう。それだけ言いたかったのさ。ほら、あの子たちの元に戻ろうか」
簡潔にそう言って俺の方をまたトントンと叩くと、3人の元へ歩いていく。俺はその後ろ姿をしばらく見つめ続けた。
風が吹き夏の暑さが一瞬だけ忘れられる。だけどこの思い出は一瞬の時もこれからの人生忘れる事は無いだろう。
第42話終わりました。やっとPhotoClubメンバーが神戸に帰ってくるよ!やっと他の内容もかけるっ!
さてと、次回は16日です。お楽しみに!