第35話.約束?
4時半頃にまたホテルに戻ってきた。空模様はあまり良くなくて、どんよりと曇っている。
雨降りそうだなとそう思っていると、
「雨、降りそうだね」
心を読んだかのように空宮がそう言った。それを軽く聞き流すと、ゾロゾロと自動ドアを抜けてエントランスに入る。エントランス内は今日の朝ホテルを出た時と何ら変わらない。
「原爆ドーム凄かったね」
「そうですね。鉄骨が顕になってもしっかりと形を保ってるところには、凄く驚きました」
空宮と華山は今日行ってきた原爆ドームの話をしている。俺達はこれでも一応部活の合宿という名目で来ているのだ。原爆ドームを見に行ったのは歴史を学びに、と言うよりも写真を撮りに行った、という方が正しいだろう。
✲✲✲
時は遡ること約8時間前。俺達はそれぞれ私服に着替えてホテルを出る準備を済ませる。
「おー、刻かっこいいじゃん!」
「そうですね」
「あら、これは予想外」
部屋から出て、廊下で待っている空宮達の前に行くと空宮達にそう言われた。
「ちょっと借りるよ」
凛は急にそう言ったかと思えば俺の被ってる帽子を、サッと俺の頭から取り自分で被ってポーズをとってみせる。
元々美人でハーフというのが大きいのだろうが、帽子をかぶった凛の姿はそれはもう言葉では言い表せないくらいに綺麗に俺達の目に映った。
「ほわぁ……」
華山は言葉を無くすほどその姿に驚いたようで、終始目をパチクリとさせている。
「どう?こんな感じかな」
俺達は凛の言葉で、何とか凛の発するオーラ的なものから抜け出せた。
「良いんじゃないのか?凄く似合ってる。メンズの帽子だけど」
そう凛に返すと、凛は瞬きをする間に笑顔になる。
「えぇ〜、そんなに似合ってるかな〜」
「えへへ〜」と言いながら、凛は笑顔のまま頬に手を当てて喜んでいる。
頬は朱に染まり次は美人と言うよりも可愛らしい顔になった。もう何でもありだ。
「さてと」
「あっ」
サッと凛の頭から帽子を取ってそれを被り直すと、エレベーターのある方へ歩き始める。
「そろそろ行きますか」
「そうだね〜」
俺の動きに合わせてみんな着いてくる。ただ着いてくる中に1人、少し不満そうに頬を膨らませている子も混じっているのだけど。
「もう少し刻くんの帽子被っときたかったなぁ」
「まぁまぁ、私達は日傘がありますし我慢しましょ?鏡坂くんは日傘無いんですから、日に焼けちゃいますよ」
華山が不満そうにしている凛を宥めながら後ろを着いてくる。
(凛一つだけ言っておこう。この帽子結構被るの楽しみだったから、今日一日は俺優先で被らせていただきますよ。別の日なら貸してあげるから)
ホテルを出た後、電車やらその他の交通機関を使って原爆ドームのある場所の最寄り駅で降りる。夏休みのこの時期は必然的にこの場所には人が集まっており、俺達はその人混みを避けながら目的地をめざした。
見えてきた円形のドーム。全体的に今にも壊れそうな雰囲気を醸し出しながらも、しっかりと残っているその様は見るものを圧倒する。
パシャリとカメラのシャッター音がすると、連鎖的にそれが俺の周りで広がる。華山達が本来の目的を達成させに来ているのだ。
「本当に凄いな……」
ボソッとそう呟くと先生がこちらに気付いたようで、俺に近付いてきた。
「そうでしょう?私も学生の頃に一度ここで絵を描いたことがあってね。まぁ鉛筆を使ったただのデッサンだったんだけど。描きながら思ったよ。これは残していかないといけないものなんだって」
「そうですね。それは、俺も写真を撮ってそう思いました」
「だろ?」
先生はニカッと華山に似た目付きの笑顔でこちらを見た。
✲✲✲
原爆ドームの辺りをしばらく散策した後、お腹が減ったので近くのお店に入る。入った店は広島風お好み焼きが売りの店だ。店内は活気づいており、更には奥から漂ってくるソースの香ばしい匂いで食欲がそそられる。
俺達は店員さんに案内されて席に着くと早速メニューを開いた。
「わぁ、いっぱい種類があるんだね」
「そうだな」
「刻はどれにする?」
空宮はそう言って俺の肩が当たる距離まで近付いてきた。空宮の方からは、ソースよりもいい香りのするシャンプーの匂いが……、
(っていかんいかん、これじゃただの変態だな)
俺は何とか理性を保ってメニューを空宮と一緒に覗いた。
「本当にどれにしよう。迷っちゃうな〜」
空宮は腕を組みながら真剣に悩んでいる。
それもそうか、神戸からめちゃくちゃ遠い訳でもないが、なかなか来る機会ないもんな。後悔はしたくないだろう。
「じゃあ、この一番オーソドックスなやつでいいんじゃないのか?」
俺はそう空宮に提案する。
もし空宮が後悔したくないのなら、これが一番正解なはずだ。
「そうだね、そうする!」
どうやら空宮もそれで納得したようで、早速注文し始めた。
✲✲✲
「ふぅ、食べたね」
「だな」
俺達はお皿に載せられたお好み焼きを、綺麗さっぱり食べてしまう。意外とボリューミーだったにもかかわらず食べ始めたら止まらない。
(おかげでちょっとお腹が苦しいよ)
そんな風に思っている事も気にとめず、空宮はゆっくりとお水を飲んでいる。
「ぷはぁ……やっぱこれだねぇ」
「酒かよ」
そう空宮に言うと空宮はムッとした顔でこちらを向いた。
「私はまだ未成年です!お酒も飲まない家庭なので、成人しても飲むつもりはごさまいません!」
「はいはい、冗談だから」
「もー、刻ったらたまによく分からない事言うから……」
と、空宮はそこで言いかけていた言葉を途切れさせた。
「どうした?」
俺がそう聞くと空宮はそれには答えずに、なにやらカバンを探り始めている。かと思えばすぐに顔をこちらに向けた。
「刻、口の周りに少しソースがついてるからじっとしてて。今拭くから」
空宮はそう言って先程カバンから出したハンカチを俺の口元に近付けた。
「いや、いいって。自分で出来る」
そう言って身をよじらせながら避けていると、空宮が言葉を発した。
「こら、じっとしてなさい。そして口も閉じなさい」
「い、いや、でも……」
「でもじゃないの。いいからじっとしててね」
そう言って空宮は俺の口の周りについたソースを丁寧に拭き取った。
「す、すまん。そのハンカチ洗って返す」
そう言うと空宮は右手の指を立てて俺の動きを静止させた。
「別にいいよ、この位。私がしたいようにしただけだしね」
空宮はそう言った後自身の指を唇の元まで持っていくと、「静かに」と合図するようなポーズになってこう言った。
「洗わなくていい代わりに、貸一つってことでいいかな?」
空宮はそう俺に聞く。
こう言えば俺が断れないという事を知っていての作戦だろうか。幼なじみの特権的な奴だな。
「それでいいぞ」
俺はこくりと頷く。
それを見た空宮は「やったね」と笑顔になった。相変わらずその笑顔は可愛い。
貸しなんてこんな事しなくても、とっくの昔からいくつも俺は空宮から借りているというのに、どうして空宮は俺から貸しを作ったのだろうか。それとも貸しなんて必要のない事だったのか。まぁ、今はそんなことを気にしても仕方がない。俺は貸しを何で返すのか考えておかなくちゃな。
第35話終わりました。過去に家族と一緒に広島へ旅行しに行った時、広島風お好み焼きを食べたのですが。もう感動モノでしたね。美味しすぎて。また食べたいなぁー。
さてと、次回は12月2日です。お楽しみに!