第297話.ご褒美の変更と交渉
布団の中で手を繋ぎながら私は隣で寝ている刻に話しかける。先程布団に入ったばかりだからまだ寝てはいないはずだ。
「ねぇ」
「うん?」
「この前の化学の小テストでいい点数取ったから何か好きな食べ物買ってあげるって話があったでしょ」
「あったな」
「あれさ、食べ物じゃなくて行きたい場所に変えてもいいかな?」
そう聞くと刻は少し不思議そうにしながら「別にいいけど?」と返してくれる。
「でもどこに行きたいんだ?ここら辺ならもうかなり行き尽くしてるし、どこか買い物にでも行きたいのか?」
「ううん、買い物と言うよりも少しハッチャケに行きたいかなって感じかな」
「ほぉ、ハッチャケるのか」
どこの事を指して話しているのかまだ分からないらしく、「どこの事だろ。ハッチャケる?」とぶつぶつ呟いている。
その行き先を隠すつもりは微塵もないのでサラッと話した。
「USJだよ。アルティメット・スパークル・ジャパン」
「あぁ、USJか。それならハッチャケるの意味も分かるな」
「でしょう?」
「でもまたなぜそこに?」
こう聞かれることは何となく予想はしていたので、予め用意しておいた答えを口にした。
出来れば考えたくない事なのだけど、避けられない話なわけでもあるのでそこは受け入れておかないといけない。
「ほら、私達って今は高校2年生だけどさ、この三学期が終わったら受験学年になるわけでしょ?」
「まぁ、そうだな。考えたくはないけど」
「あはは、それは分かる。まぁ、だけど、そこから目を逸らし続けるわけにはいかないでしょ?」
「うん」
「だからさ、こうやって時間がまだ残ってるうちに刻との思い出をもっと作っておきたくて」
「そうかぁ」
刻はそこからしばらく喋らない。何か機嫌を損ねてしまうような失言をしてしまったのかと心配になってしまうが、どうやらそれは杞憂に過ぎなかったようだ。
私の手を一度離してからもう一度握り直してくれる
「思い出作りは大切だもんな。……よし、じゃあUSJ行くか」
「いいの!?」
「おう、もちろん」
「やったぁ!!」
年甲斐もなく私は大きい声で喜ぶ。
完全に一軒家にいた時のテンションで声を出してしまったが、ここはマンションだ。近所迷惑の事を考えないといけなく、刻にも「こら」と小さく怒られた。
「そ、それで、いつ行く?」
「うーん、テストが終わってからなのは確定だけどなぁ。土日に行くと確実に混むからどうしたものか」
脳内で三学期のカレンダーを出しているのか「この日は難しいよなぁ」とか「ここは混むだろうし」とぶつぶつ呟きながら予定を考えてくれる。
だが、この調子だと春休みになっても行けなさそうな感じなので、私は元々考えていた案を一つ出してみることにした。
案があるのなら初めから出せと思うかもしれないだろうが、現実的に考えてこれ中々リスクが大きいから最後に取っておいたのだ。最後と言っても思ったよりも出すのが早かったが。
「あのさ」
「うん?」
「平日の金曜日に行くのはどうでしょうか?」
「……学校は?」
「お休みする!」
「いや、そんなに元気よく言われても……」
溜息をつきながら刻は体をこちらの方に向けて私の頬を指でつつく。
「授業とかどうすんの。部活も休むことになるし、何より休む理由が遊びに行くからですだなんて、どう先生に伝えればいいんだよ」
確かに刻の並べるものはどれも至極真っ当なものだ。
しかし!ここでそんな事を考えてUSJに行くのを諦めていてはいけないのだ。
「部活はユウに頼んで日をずらしてもらう。勉強は先に予習していく。理由は……羽挟先生に熱意でゴリ押しする!」
「羽挟先生相手にゴリ押しが通用するとでも?」
「わ、分かんない……。だけどそれしかないし……刻とUSJには行きたいんだもん」
「だぁ……何でそう寂しそうな目をしながら話すのかねぇ」
「むぅ……」
「そんな顔されたらトライしてみたくなるだろ……」
「え、てことは!?」
「そのゴリ押しで一回話してみるよ。まぁ、その前に羽挟先生にはここで同棲のことをカミングアウトしないといけないけどな」
「あ、本当だ」
✲✲✲
後日俺と蒼は帰る直前に羽挟先生を呼び止めて残ってもらった。
普段俺達に呼び止められることなど無かったせいか、羽挟先生は少し驚いたような表情を見せたが、それもすぐに鳴りを潜める。
「それで、用件はなんだ?」
今から怒られるわけではないものの、いや、怒られる可能性は十分にあるが、それでも羽挟先生の切れ長の目に見られるのは少し怖い。
「あのですね」
俺はそう話を切り出し用件を伝える。
聞いている最中は基本羽挟先生は静かに聞いてくれていた。ただ、内容が内容なだけに先生も少したじろいではいたが。
「はぁ……。言いたい事はまぁ色々あるのだが、それよりも同棲の件はまた別で聞くからな。覚悟しとけ」
「あはは……」
蒼の方にちらりと視線をやってみるが蒼の方はなぜか自慢げに「ふふん!」と立っている。
「それでその休む理由についてだが……うーむ。正直な話私が学生の立場でその話を聞いたとしたなら、別にいいのではないかと思う」
「えっ、てことは」
「まぁ、待て。あくまで"学生の立場"なら、の話だ。私は教師だからな、その立場には立てない」
「ですよね……」
こんなに都合のいい話があるわけがない。
さすがに無理かと諦めようかと内心のどこかで思い始めたところで隣に立つ蒼が先生に話しかける。
「じゃあ教師の立場としてはどう思いますか?」
「いや、蒼そんなの聞かなくても分かるって」
「分かんないよ。もしかしたらがあるかもしれないし」
十中八九無理だろうと俺は強く思った。教師が自ら生徒が風邪でもないのに休むのを許すわけがない。
「教師の立場としてか」
「です!」
「ふっ、元気がいいな」
「USJに一緒に行こうって決めてからずっと蒼は元気ですよ」
苦笑いを浮かべながらそう言うと先生も珍しくその仏頂面を崩して微笑んだ。
「ふふ、まぁ、本来の教師としての役目を考えればお前達が休むのを止めるのが私の仕事だ」
「……ですよね」
「だけども、その生徒の立場を使えるのも人生で数年と短い」
先生は何かを思い出すように話しながらこちらを向き直る。
「だから、今はたくさん馬鹿やって楽しめ。お前達は私が守る。だから、その日は好きに過ごせ」
「じゃあ、先生つまり!?」
蒼は体を前のめりにしながら先生にそう尋ねる。
「今回は目をつぶろう」
「やったぁ!!」
「まぁ、その分英語の課題を2人には増やすがな」
「そ、そんなぁ」
課題という言葉を聞いて蒼はたいそうショックを受けたようだが、俺としてはその程度で済んでむしろラッキーとさえ思う。
がっくしと項垂れる蒼の頭をぽんぽんと撫でながら俺は頭を下げた。
「すみません、無理言ってこんな事頼んで」
「ふん、別にいい。私も似たような経験があるからな」
「そうなんですか?」
「まぁ、昔の話だ。詳しいことは忘れた」
「えぇ!?先生!私その話聞きたい!」
「無理だな。忘れたものは忘れたんだ」
「えぇ!!しーりーたーい!」
小さな子供のように駄々をこねる蒼を宥めると俺はもう一度会釈をしてその場を去った。同棲云々の話はひとまず明日に持ち越しらしい。
「ぶぅ……羽挟先生の昔の話聞きたかった」
「それはまたの機会にでも聞いたらいいだろ」
「むぅ……」
不服なのだろうか。頬をぷっくりと膨らませたまま蒼は俺の手を探ってくる。そして見つけるとそのまま握って歩き出した。
「ひとまずはUSJの前にテスト勉強だな」
「うん」
「頑張るぞ」
「うん!」
勉強に関して過去一番のいい返事を貰えた事に満足しつつ、俺達は帰路に着いた。
第297話終わりましたね。さて、テストを終え次第この2人はUSJに行きますね。どんな風に書こうか今から楽しみです。
さてと次回は、10日です。お楽しみに!
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