第263話.母の味よりも彼女さんの味
手を合わせると私達は「いただきます」と口々に言ってご飯を食べ始めた。
食卓に並ぶのはお母さんの得意なクリームシチューと、おばさんの得意料理である鮭のムニエルだ。そしてどちらにも言える事は、ものすごく美味しいということ。私の料理なんて足元に及ばないくらい。
刻も現ちゃんもすごく美味しそうに食べている。というか、お父さん達も黙々と食べていた。
(母の味は強しという事ですか)
やはり作ってきた年数が違うからなのか、それとも慣れ親しんできた味だからなのか、胃袋を掴んで離さないという根本的なところに実力差を感じた。
私にもこんな料理をいつか作れる日が来るのだろうか。正直なところはあまり分からない。ただそうであって欲しいと願う事しか出来ない。
「蒼には作り方また伝授してあげるから安心しなさい」
「あ、おばさんも蒼ちゃんにメニュー伝授してあげるね〜」
「あ、ど、どうも」
この自然と思考を読むという展開はあまりにも心臓に悪い。今の私も困惑して言葉が詰まった風に見えるかもしれないが、その実態は心臓がバクバクしすぎて、その脈拍のせいで上手く呂律が回らなかったのが正体なのだから。
「刻も期待しておきなさい?蒼ちゃんから母の味が提供されるその日をね!」
「あぁ、うん」
なんとも言えない微妙な返事をしたと思えば、その後すぐに口を開く。
「蒼の作る料理の味の方が俺は好きなんだけどな」
「……ッ!?」
「おぉっ!」
ボソリとこぼされたセリフに、思わずお父さん達以外は全員釘付けになる。
現ちゃんは興味津々の眼差しで。お母さん達は何やら微笑ましいものを見る優しい眼差しで。お父さん達はお母さん達の料理に夢中になってるから一切気付いていないけど。
セリフの後にぽっと頬が熱くなっていくのを感じながら、私は思わず顔を伏せた。
今もし誰かと目が合ってしまえばすごく消えたくなってしまうから。
「刻兄やるねぇ」
「何が」
「別に〜」
鏡坂兄妹、と言うよりも刻は私の状態にあまり気付かないまま2人でじゃれあっていた。現ちゃんはチラチラとこちらの様子を伺いつつ刻に話しかけているので、おそらく気付いている。
恥ずかしいという感情が嬉しいという感情を上回ってしまっているので、やはりどこも向けない。
お母さん達は2人仲良くこちらの様子を伺いながら楽しそうにお喋りしているし、お父さん達に助けなんて求められるわけがない。
「穴があったら入りたい……」
ボソリと呟くと、私は目の前にある料理を少しずつまた食べ始めた。
こんなに美味しい料理、しかも母親の味よりも私の作る料理の味の方が好きだと言ってくれたのだ。その事を思い出すと恥ずかしさもやはりあるが、段々と込み上げてくるように嬉しくもなってくる。
「明日は蒼の料理がいいな……」
私にだけ聴こえるように刻は耳打ちをする。
あの低い音程の声で、私の方がいいと言ってくれたのだ。嬉しくないわけがない。
「わ、分かりました……。お楽しみに……」
「ん、楽しみにしとく」
簡単な口約束でしかないが、これで十分だ。なぜって私が作ってあげたいのだから。
体の芯からまた燃えるように熱く体温が上昇してるのを感じるものの、もうなりふり構っていられない。今はひとまず完食が先だ。
パクリと高速で食べ進めると、あっという間にお皿の底が顔を覗かせる。
「ごちそうさまでした」
そう1人で小さく呟くと、私はそそくさと立ち上がってシンクにお皿を運んだ。隣には私のすぐ後に食べ終わったのか刻も並ぶ。
肩がちょんと触れる距離を保ち、時々指を触れながらバレない程度にイチャイチャとした。
キッチンからダイニングの様子がよく見えるように、ダイニングからもキッチンの様子はよく見える。あまり大胆なイチャイチャは出来ない。だが、そのバレるかバレないかのスレスレの当たりを責めたスキンシップにはスリルがあって少し癖にもなりそう。
無性にキスをしたいという衝動に駆られてしまいそうになるが、何とか理性を働かせると私は洗い物を完璧にこなし終えた。
「さて、蒼達の洗い物も終わった事だし、そろそろ今日の本題に入ろうか」
そんなお母さんの声が突如として部屋に響く。
全員の視線がそちらに向けられ次第に空気にも緊張が走り出した。
本日の主題。
それは一体何なのかと想像しながら私は固唾を飲んだ。
第263話終わりましたね。段々とイチャイチャ要素が見え隠れし始めましたね。もう少ししたらどうなるのか予想もつかないお話に入れますので乞うご期待!
さてと次回は、3日です。お楽しみに!
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